やっちまった……
それがクリスと黛さん以外の全員の心の声だった。
誰もが聞きたかった。でも誰もが聞いていいのか迷っていた。
この中で1番仲のいいヒロも理由は何となく察しているのだろうが、どういう言葉で聞いていいのか分からにから今まで深く聞かなかったのだろう。
空気の読めない人間とは時々凄い事をする。
今まさにそんな状況だった。
「それとは?」
クリスと同じように場の雰囲気を分かっていない黛さんは、問われた言葉をオウム返しに首を傾げた。だがそんな黛さんを見てもクリスは怯む事なく言葉を続ける。
全員が空気の読めないお嬢様に、とりあえずこの場を任せたのだ。
「その携帯ストラップと会話しているように見えるんだが」
「ああ松風ですね」
クリスの言葉に何に対して聞かれていたのかを理解した黛さんは、掌に乗せていた黒い馬のマスコットの着いたストラップをテーブルの上に置いた。
「松風、ご挨拶を。しっかりとしなやかに、そして華麗に」
「オッス。オラ松風。まゆっちの友達だぞ」
見事な腹話術だ。ストラップとして喋っている時は唇が殆ど動いていな。いっ○く堂も真っ青な完璧な腹話術だった。
みんな呆然となる中で黛さんは言葉を続ける。
「松風は父上が作ってくれた携帯ストラップです。いつか友達が出来て携帯が必要になったらと心を込めて……」
「で、今まで友達いなかったって事は、携帯は……」
「はい。必要が無いので買ってませんでした。ううぅ!」
ミヤの容赦ない問い掛けに、答えた自分の言葉で傷ついている黛さん。自虐にもほどがあるぞ。憐れを通り越してこっちまで哀しくなってきそうだ。
そんな黛さんを慰めるように背中を撫でるヒロ。
さっきから思っていた事なのだが、ヒロにしてはなんて言うか自分から積極的に人と関わり合うのは実は珍しい事だった。
個性の強い風間ファミリーだが、人との関わり合いにおいて1番積極的なのは情報・人脈を広げるのが目的のヤマで、次いで人見知りをしないキャップとカズ。モモとガクは普通でタクとヒロはどちらか問えば積極的に自分から関わる事はあまりしない。
ちなみにミヤはヤマとは真逆で仲間以外の人間に関しては殆ど排他主義だ。
そんなヒロが黛さんに対してはいつもと違う態度を取る。否定はしているけど、これはお互いに特別な意識を持っているだろう。少なくとも黛さんにとってヒロは特別なのは間違いない。
「なんだか可哀想ねアンタって」
「ワン子に同情されるなんて、可哀想すぎる」
「どーいう意味よ!」
同情めいたカズの言葉にヤマはフォローを利かせたのか、友達がいなかった事ではなくカズに同情された事を不憫だと言い切った。それが分かっていないカズはヤマに食って掛かる。
しかしキャップはそれすら無視して黛さんに話し掛けた。
「なんでその携帯ストラップと会話してんだ?」
「私、ひとりで部屋にいる時に話し相手がほしくて、松風にいつも話し掛けていたんです」
何故かその姿がすぐに目に浮かべる事が出来る。
「するとある日、松風が返事をしてくれて」
「オラに九十九神が宿ったんだな」
彼女の父親もきっと娘がひとりで自分の作ったストラップと会話しだすとは思わなかったはずだ。しかし、この子があの有名な剣術家の娘なのか……少し子供の育て方を間違えてるんじゃないだろうか。
「そういう設定なのね」
ミヤの身も蓋もない言葉に黛さんは顔を歪めた。
「せ、設定……そ、そんな身も蓋もないこと」
「でも腹話術のようなものでしょ」
「……それを認めたら松風が松風でなくなります」
「まゆっち~。どこまでも優しい人間だ~」
ミヤの情け容赦ないツッコミにめげずに何とかかわし、松風の言葉を使って自分で自分を褒めている黛さん。案外いい根性をしている。
ヒロもそう思ったのだろう。ある意味でヒロが1番黛さんのその行動を見慣れているが、さすがにこの会話には苦笑いを浮かべるしかないようだ。
「これからは遠慮なく私たちに話し掛けろ」
モモが話を纏めるように黛さんに声を掛ける。その言葉に黛さんは感極まってしまったのか無言で頷いて答えた。
それを見ていたキャップが感慨深く呟く。
「モモ先輩、まゆっち気に入ってるな」
「ま、まゆっち!?」
「何でそこで驚くのさ、まゆ……」
突然あだ名で呼ばれた事に驚く黛さんをヒロが呆れたような声で窘める。そんな2人を不思議そうに見ているキャップ。
「あだ名ダメか? そのストラップで『まゆっち』って言ってるだろ?」
「い、いえいえ! いえいえいえ! いえいえいえいえ! 是非!」
「だから顔怖いよまゆ」
自分としては物凄く嬉しくて歓喜の表情をしているつもりなのだろうが、ヒロが言う通り今の黛さんの顔は相手を睨み付けるような表情で、子供が見たら絶対に泣くぞ。
この子もある意味で前途多難だな……
「じゃあこれからはまゆっちで」
ヤマの言葉にモモとヒロ以外が頷く。
今回は俺も『まゆっち』と呼ぶ事にしよう。本来俺の呼び方だと『ゆき』になるけど、誰も名前で呼んでいないしコユキとどことなく被る。
なにより1番仲のいいヒロが『まゆ』って呼んでいるのに、そのヒロを差し置いて名前で呼ぶのは憚れた。
そう思いヒロの方を見ると、俺の視線の意味を察したのか合わせていた視線を落ち着きなく彷徨わせる。どうやらヒロ自身、自分の気持ちにまだ気付いていないんだろう。
煽ってもいい事にならないし、ここは見守るのが1番だろう。
「私はまゆまゆって呼ぶぞ。まゆまゆ強いだろ? そこが気に入った」
モモ1人だけ違う呼び名にしたようだが、やっぱり感じ取っていたか。
そう、まゆっちは強い。それも相当。恐らく俺たちの中ではヒロといい勝負――若干ヒロの方が上だろう――が出来るぐらいの強さは持っている。
そう思っていると、モモは謙遜するまゆっちに軽くだが拳の連撃を繰り出す。だが急な事に慌てながらもまゆっちはその攻撃を全部よけた。
おお、やるね。
その動きを見て取るなら、
自分から力をひけらかさない。自分が戦うと決めた時のみ、その力を揮う。御するよ言うよりは元々戦う事があまり好きじゃないタイプだな。
そういった意味でもヒロとまゆっちは相性がいいのかもしれないな。
「私などまだまだです……」
それでも謙遜するまゆっちだが、過度な謙遜は嫌味に繋がる。だが今のところまゆっちの実力に気付いているのは俺とモモと、恐らくヒロだけだろう。
「黛十一段の娘が何を言っている」
「父上をご存じなのですか?」
「うちのジジイも持ってるが、国から帯剣許可を貰えた剣聖だろう」
父親の名前をモモの口から聞いたまゆっちは驚きに目を見開いたが、俺としては言葉を聞いた時に一瞬ではあったか表情を変化させたヒロの方が気になった。
それも仕方ないのかもしれない。篁緋鷺刀と黛由紀江。この2人はある意味で因縁めいたもので繋がっている。
『十一段』。
この称号は彼が11年程前に授かったこの国でただ1人、最高の剣士にのみ許された名誉ある称号。その称号を掛けて2人の剣士が勝負し、それに勝った当時は剣聖十段と呼ばれていた黛氏が手にした。
そして勝負し敗れたもう1人の剣士が、当時剣帝十段と呼ばれていた篁氏。
ヒロの父親だ。
勝負に勝ち『十一段』の称号を受けた父を持つ娘と、勝負に敗れその後病でこの世を去った父を持つ息子。その2人が同い年で同じ学園で出会った。
これはある意味で皮肉とも言える運命なのかもしれない。
まゆっちは気付いていないようだが、恐らくヒロは自己紹介した時に気付いているはずだ。それでも何も言わないのは、親の事は自分たちには関係ないと思っているのか。あるいは言い出したくないのか。
チラリと横目で窺ったヒロの表情は、読み取ることができないほどいつもと同じ穏やかな表情だった。
俺はそこで考えを止めた。深く考える事じゃないのかもしれないな。
「よぅし! 新メンバーも加わった事だし、既存メンバーも含めここで1度全員で自己紹介をし合おうじゃないか!」
俺の考えが終わった事を感じ取ったのか、モモは小さく笑いながら一瞬だけ視線を向けると、みんなに向かって宣言するように言い放った。
自分の言葉に全員が頷くのを確認したモモは先陣を切って自己紹介を始めた。
「川神百代3年。武器は拳1つ。好きな言葉は『誠』!」
「川神一子2年。武器は薙刀。勇気の『勇』の字が好き」
「2年クリスティアーネ・フリードリヒだ。武器はレイピア。『義』を重んじる」
「椎名京2年。弓道を少々。好きな言葉は『仁』……女は愛」
「1年黛由紀江です。刀を使います。『礼』を尊びます」
次々に名乗りを上げ自己紹介をする女子を見て思う事が1つ。いつの間に時代は男より女が強くなったんだろう。なんかこのメンバーを見ていると本当にそう思えてくる。
「んで、男どもだが――」
「ちょっと待ったモモ先輩! 俺たちも自分で自己紹介するぜ!」
おざなりに紹介をされると本能的に悟ったのだろう、キャップは言い掛けたモモにストップを掛けると勢いよく立ち上がった。
「風間翔一2年! 武器は速さ! 好きな言葉は『自由』! この風間ファミリーのリーダーだ!」
「島津岳人2年! 武器は力! 好きな言葉も『力』! 見よこの筋肉を!」
「2年師岡卓也。武器と言えるか分かんないけど得意なのは機械系。好きな言葉は『絆』かな」
「2年直江大和。武器は智謀。好きな言葉は『繋がり』。軍師を任されてる」
「篁緋鷺刀1年です。武器は刀。信頼の『信』の字が信条です」
みんなが言い終わって俺に視線が集中する。俺も言えってか。
期待に満ちた視線に小さく溜息を吐き俺は言葉を発した。
「暁神。武器は何でもだが基本は拳。真実の『真』を誇りにしている」
一通り自己紹介というよりはまるで武将の名乗りのようなものを終えてみんなを見回す。
しかしあれだな。人数では男子が勝ってるが女子は全員が武闘派で結構強い。勢いよく言ったもののそれを改めて実感したのか愕然としているキャップとガクとタク。
「女子全員が何かしらの武道をやってるね」
「俺様のタフガイさが霞むぜ」
「女の子が強い時代になったよな。男の立場がないぞ」
何やらこそこそと話し合っていがそれを悟って何やらやるつもりだなヤマは。
「あいや待たれい! 情けないぞ諸侯!」
「軍師大和!」
ヤマの声にキャップが答える。軍師と呼んでいるのをみると、結構な期待を込めてヤマの言葉を待っているようだ。
とりあえず静観しておくかと判断し手振りでヒロにも伝えておく。武闘派の女性陣に対して、はてさてどんな行動を取るか楽しみだ。
期待を込めヤマの言葉を待つキャップとガクとタク。
「武力で負けている分、知力で勝負するんだ。男だってそう簡単に負けちゃいられねぇ。誰もが勇気を忘れちゃいけなんだぜ」
一気に捲し立て士気を高めるためか、宣言するよう格好いい事を言ってるようだがなヤマ、今この場でその言葉は拙いぞ。もう少し言葉を選べ。じゃないと……
「ほほー、よく言った。こっちへ来い」
思った通りモモに引きずられて女性陣の輪の中心へと連れて行かれた。
思いっきり誤解されてしかもそれを弁明する機会すらないんだろう。あ、何か言ってモモに殴られている。あそこは弁明の出来る法廷なんかじゃない。モモが牢名主の獄中だ。
おお、何やらミヤがやる気だ。拙い方向に行かなければいいがな。
「ピンチの時は少年誌的展開なら仲間が来てくれるはず!」
イジられる寸前のヤマが女性陣の中から期待の籠った視線でこっちを見てきた。それに対するみんなの対応は――
「じゃあな……頑張って耐えてくれ」
「俺様も男としてのプライドを失いたくないからな」
「僕には到底無理だからさようなら」
だがこの場は少年誌ではなかった。ものの見事に助けを求めたヤマを見捨てるキャップ、ガク、タク。だがヤマも諦めず一縷の望みを持って叫ぶ。
「兄弟! ヒロ! 強大な敵に立ち向かってくれ!」
ギャグのつもりかヤマ。まあそれすら分からないほど意外に切羽詰まっているんだろう。どうしていいか迷っているヒロの頭を抑えて、俺が代表して答えてやる。
「モモ、度が過ぎない程度に抑えておけよ。ミヤ、カズの教育上悪影響を及ぼす18禁的行動に移ったら問答無用で止めるからな」
「兄弟ぃぃぃぃぃ!?」
言葉で俺が静観すると決めた事を感じ取ったのだろう、まさにこの世に神も仏もない、といった絶叫を上げるヤマを無視してヒロを連れて居間へと移動する。
ヒロもさっきの言葉でいざという時は俺が割って入るつもりだと分かったのか、特に何も言う事なくついてきた。
居間から状況を眺めているとイヤミったらしいカズと、呆れた感じのクリスにキャップが何かを言い返したが、次の瞬間にはガクとタクを連れて部屋から出て行く。
完全に見捨てられたヤマはまさに孤立無援状態。どさくさ紛れで女性陣の輪から抜けようとしたがクリスとミヤに阻まれ連れ戻される。
うろたえているうろたえている。
だがさすがにそろそろヤバいか。取り押さえられたヤマの服をミヤが脱がしにかかったのを見ると、カズの教育上悪影響を与えかねん状況になりそうだ。
その瞬間、戻ってきた3つの気配に気付き、モモがニヤリと笑みを浮かべて静観する選択を取った。俺もヒロに視線を送り手を出さないように釘を刺す。
さて、これで4対4。どういった展開になるかな。
ボーン
キャップの放り投げた煙幕に突然視界が白に染まり驚く女性陣をしり目に、ガクを先頭にキャップとタクが部屋に侵入。
「そこだー!」
気配でガクの位置を察したのだろう、白煙の中クリスの気合の入った声が聞こえてきた。気配で察するに急所に的確に攻撃が入ったようだが、まだガクは倒れていない。あいつは言葉通りタフガイだ。
その間に2つの気配が近付きそのうちの1つが離れて行く。
何やら小細工を催したのだろう、部屋を出ていこうとする気配はあいつのものだ。
クリスがもう1撃入れてガクが倒れると同時にミヤの側をタクが通る。これも恐らく作戦のうちなのだろう。あの中で1番気配に敏感なのは弓を得意とするミヤだ。
そのミヤに1番気配が薄いタクをぶつける事で、一瞬でもいいから遠ざかる気配から気を逸らすのが目的と見た。
案の定、ミヤは一撃でタクを仕留めるが、完全にあいつは部屋から出ていった。
機転を利かせたまゆっちが窓を開ける。白煙が晴れたもののその場に倒れている3人を見て、女性陣は部屋から出ていったのをやはりヤマだと確信したようで、カズが真っ先に部屋を出ていき、ミヤとクリスも倒れている3人を
完全に引っ掛かったな。
部屋から出ていったのはヤマじゃない、キャップだ。
さっきやっていた小細工はこれだったとはな。背や体格が似ているしなによりバンダナという目立つアイテムがあるため、入れ替わるには格好の人材だ。ミヤもクリスも『バンダナ』というだけで倒れているのをキャップだと思い込んだ。
あの一瞬で指示を出すとはヤマも結構やるな。
だがただ1人残ったまゆっちが倒れているのがヤマだと気付き声を掛けている。
さて、今度はどんな手腕でまゆっちから逃れるかなと思っていると、ヤマは何やらじっとまゆっちを見つめて何かを言っている。
何を言われたのか分からないが、まゆっちは感激に震えると道を譲るように横に動き、ヤマは手を上げて部屋を出ていった。
そんな2人を何となく面白くないといった雰囲気で見ていたヒロの背中を叩く。いきなりの背中の衝撃に驚いたヒロに、俺はまゆっちの方に行くように視線で伝える。意図を察したヒロはどことなく恥ずかしそうに顔を背けてまゆっちの方に歩いて行った。
モモは既に外に出ていったであろうヤマを追い掛けている。4対4になるように自分が仕向けたのだ、これ以上ヤマをイジルような事はしないだろう。
楽しげに話をしているヒロとまゆっちを横目に、俺は気絶して倒れているガクとタクの介抱をする。
しかしまあ、なんともユニークな新人が2人も加入したもんだ。キャップも『面白くなる』、そういう直感でクリスとまゆっちを入れることを決めたんだろうが、本当にあいつの直感は大したものだよ。
これから始まるであろう面白く楽しい、それでいて忙しい日々を思い浮かべながら、俺は込み上げてくる笑いを止める事が出来なかった。
あとがき~!
「第57話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「ウーッス、俺様島津岳人だぜ」
「よ! KOB! 実に23話振りのあとがき登場だな」
「なんだよその『KOB』って。なんかカッコイイじゃねーか」
「気に入ったか? キング・オブ・馬鹿の頭文字を取ったんだんが」
「またしてもそのネタかよ!?」
「他にお前に何がある。さて今回のお話でやっと由紀江正式加入が終わりました。いやしかし、原作ではわずか十数分で終わるシーンをまさか3話もかかるとは思わなかったよ」
「無駄に話数を積み重ねただけだったな」
「うるさいぞKOB。由紀江は緋鷺刀の相手ヒロインでもあるんだ。そう易々とシーンを削るわけにはいかないんだよ」
「相手ヒロインねぇ……なあおい」
「なんだ?」
「俺様に相手はいねーのかよ。ジン兄はモモ先輩だし、聞くところによるとタカはまゆっちだろ? 大和も原作通りなら必ず彼女できるしよ」
「なんだ、彼女欲しいのか?」
「当ったり前ぇろ! なにか? 言えば話に登場させてくれるのか?」
「吝かではない」
「なんだ? やぶさかって?」
「その意味すら分からないのか……次のあとがき登場までに意味を理解していればそれこそ吝かではないな」
「ようし分かったぜ! で? 次の登場はいつだよ?」
「さあ?」
「ふざけてんのかテメーは!?」