神、圧倒的です。
――2009年 4月30日 木曜日 AM5:00――
side 暁神
まだ日が昇りきらない朝方。
目が覚めた俺は、またしてもベッドに潜り込んでいたモモを起こさないように音も立てず、気配も揺らがせずに起きる。
思うんだがどうしてモモが潜り込むのに気付けないのだろうか。寝ていても気配が近付くと普通なら気付くんだけどな。
何か特殊な事でもしているんだろうか、モモは。
とりあえず【
その途中でカズの部屋の前を通ったがすでに気配はない。そういえば朝は新聞配達のバイトをしていると言ってたな。
靴に履き替え玄関を出て軽く準備運動にかかる。
とりあえず多馬川まで走って河原で朝の修練をしよう。今日の修練は余り他人に見せたくないから出来るだけ人目のないところがいい。この時間帯のここら辺りだったら河原がちょうどいいはずだ。
準備運動を終え身体を軽く揺らしながら、俺はとりあえず市内一周するために走り出した。
side out
side 川神百代
みんなと一緒に登校して、学園の門を通ったその直後だった。
グラウンドに並ぶのは50人の馬鹿な男ども。
火曜日のラジオでの私の暴露にいずれは動き出すと思っていた男の私のファンたちだ。ジンがいない間は女の子しか興味がなかったから存在自体忘れかけていたけどな。
思っていた以上に早く行動しだしたけどこれは喜べる事じゃないな。月曜日のクリと決闘を見ていなかったのか、それとも見ていても彼我の実力差に気付かなかったのか。
何人かインターハイ常連の奴もいるというのに、ジンの力の一端を感じ取れなかったのは嘆かわしい事だ。
「貴様が暁神か!」
「そうだけど?」
先頭にいた―あれは確か男子剣道部の部長だな―男が怒りの籠った声でジンに問い掛けた。というよりは怒鳴った。疲れた声で答えるジンに一層怒りが積もっているのが赤くなる顔で容易に分かる。
理由が分かっているくせに律義に付き合ってやるあたり、やっぱりジンは甘いけど優しいな。私の中のジンへの好感度は上限がないぞ。
「あーこりゃアレだな、ラジオの」
「そうだね、間違いない」
「なんだなんだ? なんか楽しそうな事が始まりそうな予感がするぜ!」
「キャップは大人しくしててね、ややこしくなるから」
「これみんなモモ先輩のファンなんですか?」
「そうだよ、巻き込まれる前に下がろう」
「クリー! 特等席に行くわよ!」
「引っ張るな犬!」
「それじゃあ頑張れよ兄弟」
私だけを残してファミリーのみんなはグラウンドでこれから起こる事に備えて、見学しやすいところへさっそく移動していった。
それを見ていたジンはこれから起こる事に頭を抱えるように額を押さえて溜息を吐いた。
「それで? あんたたちはこんなところで何やってんだ?」
「知れた事! 貴様が川神さんにふさわしい男かどうか見極めるためだ!」
大きなお世話だなホント。男どもはこうだから嫌なんだ。私に告白する勇気もないくせに誰かが私と付き合う事を許さない。何様だお前たちは。
その分女の子は可愛い。私の気を引こうと必死になって競い合っている。私が自分のファンでも女の子ばかりを優遇したのはそういった理由からだ。
もちろんジンがいたから男に興味がなかったという理由もあるぞ。
「あんたら何様のつもりだ」
低く抑えたジンの声が響いた。
「モモが誰を好きになって、誰と付き合うかなんてモモの自由だ。それを見極める? なに上から目線でモノ言ってんだ」
放り投げられたジンの鞄を受け取る。ポケットから取り出した髪止めゴムで下ろしたままだった長い髪を後頭部で一纏めにしたジンは数歩、男たちの方に近付いた。
何事かと集まっていた野次馬たちの中から女の子の黄色い悲鳴が上がった。
これだからジンのポニーテール姿を見せたくなかったんだ。髪を下ろしたままでもジンはカッコイイが、髪を束ねた時の姿は3割増しで凛々しくなる。私が惚れ直すぐらいカッコイイんだから他の女の子たちが黄色い声を上げるのは仕方がない。
仕方がないが気に入らない。あれは私のものだからな。
「それで、見極めるために決闘を申し込むつもりだったんだろうが、俺にそれを受ける義務なんてないだろ? 相手をとやかく言う暇があったらモモに認めてらうように自分を磨け」
「ぐっ……」
行動を見抜かれ、しかも出鼻まで挫かれさらに遣り包められ言葉に詰まる男子剣道部部長。ややこしいから代表だ。確かあいつが男のファンクラブの代表だったはずだ。
その代表だが、あれはたぶん雰囲気にも気圧されているな。急にジンの雰囲気が変わって驚いているに違いない。
「鉄心さん、そこにいますよね?」
「ふむ、気付いておったか」
いきなり私の後ろから現れるジジイ。ていうか気配消して人の背後に立つなよ。
睨みつけてやるがジジイは飄々とした顔で私の視線をやり過ごすと、代表と向き合っているジンの隣へ歩いて行った。
「して何の用じゃ、神?」
「決闘って変則的に受けてもいいんですか?」
「お互いが納得すればの」
何か考えがあったんだろう、ジジイの言葉に頷いたジンはもう1度ポケットに手を入れ決闘のワッペンを取り出すと、それを人差し指と中指にはさんで目の前の代表に突き出した。
「お望み通り決闘は受けてやる。ただし、
さすがに男のファンどもも、周りにいた野次馬生徒たちも言葉を失ったようだ。
まあそれも無理はないだろ。代表して話している男子剣道部部長だけじゃなく、同じ男子剣道部、男子柔道部、男子空手部、拳法部、ボクシング部、相撲部、ラグビー部といったインターハイ常連の武道やっている奴らからガタイのいい奴らが揃っているんだ。
それなのにそいつら全員を一気に1人で相手をするとジンは言っている。普通に考えたら無理に決まっているし驚くなと言う方が無理だろ。
ジンにしてみれば朝飯前どころか昨日の晩飯前だろ。意味分かんないし言葉の使い方も違うかもしれないが、それだけ簡単すぎて結果なんて分かり切った事だ。実際勝負するだけ無駄な時間使うだけだろ。
「ふざけるな!」
さすがにジンの態度が頭にきたんだろう、物凄い剣幕で怒鳴る代表。だがジンの方はどこ吹く風といった感じで怒鳴り声を聞き流している。
「本来ならふざけるなと言う権利は俺にあると思うんですけど。さっきも言ったように誰と付き合うかはモモの自由。見極めるなんてふざけた理由での決闘を俺が受ける義務なんてありません」
言い聞かせるようにゆっくり言葉にするジンだが、あれはもうかなりキレかけているな。声音が平淡なのにどんどん敬語になっていってる。
あれはジンがキレかけている何よりの証拠だ。これが穏やかで丁寧な口調になったらもうアウト。完全ブチ切れ状態だ。
「それでも引き下がらないようですしね、俺もこれから何度も決闘を受けたくないですし、貴方たちも手っ取り早く終わらせる事が出来るような代案を出したのですから感謝してほしいくらいですよ」
終わったな。完全に切れたなジンの奴。
チラリと仲間の方に視線を送ると、ジンの雰囲気の変化の意味を理解していないクリとまゆまゆ以外、全員が手を合わせてファンどもを憐れむように合掌していた。
さすが旧知の風間ファミリー。みんな同じ思いのようだ。
「面白い、俺たちの誰かが勝てばお前は身を引く、それでいいんだな?」
ジンの言葉に会議をしていたがどうやら受ける事に決めたんだろう、代表は確認するかのように問い掛け、ジンは無言で頷いた。
てオイ、いつの間に勝負で負けた方が身を引く事になったんだ。私の意見は全くの無視か。ジンが負けるなんてありえないって分かってるが、いったいどういった作戦会議をしていたんだお前らは。
「後悔するなよ!」
「誰に言ってるんですか?」
代表が男のファンたちの総意でワッペンを地面に叩きつけると、ジンもその上に自分のワッペンを重ねた。
「決闘の成立を受理する! 場所はグラウンド! 武器使用はあり! 勝敗の結果は相手を気絶さえれば勝ち! 変則1対50の勝負! 10分後に開始する! 見届け役兼審判はワシが務める!」
ちょうど側にいたジジイが決闘受理を宣言し、野次馬たちは怒号のような歓声を上げたのだった。
side out
side audience
彼にとってそれは、かつてのあの日の再現に見えた。
今から2年前、彼は入学式で1人の女生徒を見かけた。凛々しく美しく、そして無駄のないプロポーションを見て彼は今まで感じた事のない衝撃が胸を貫いたのを感じた。
それが一目惚れだと気付いたのは数日後の事だったが、彼はどうすれば彼女の気を引けるかずっと悩んでいた。
そこで思いついたのが決闘と呼ばれる制度を使う事だった。
彼は強かった。
中学3年間毎年全国大会に出場したし3年連続で表彰台に立った。2年連続で全国1位にもなった。当然なのだろうか彼は中学でモテた。
ルックスは自分でも悪い方ではないと自負していたし、実際中学の3年間で彼女に困った事はなかった。
彼は強かった。そして天狗になっていた。
自分が勝てば、強さを見せつければなびかない女はいないと思い込んでいた。だからこそ彼女に決闘を申し込んだ。そして彼女は特に何も言う事なく彼の決闘を受けた。
その時の彼の頭の中は、これで彼女を自由に出来るという興奮でいっぱいだった。自分が負ける事なんて微塵にも思っていなかった。
だから彼は見逃した。そして気付かなかった。
決闘を受けた彼女が喜々として笑っていたのを見逃して、その彼女は自分程度では扱う事の出来ない女だという事に気付かなかった。
気付いた時には宙を舞っていた。
地面に倒れ伏した自分を見る彼女のつまらなそうな目を見た時、彼は唐突に悟った。
『この女は自分なんかが触れていいような存在じゃない』
それは神の啓示にも等しかったかも知れない。
彼はその瞬間に崇拝する存在を手に入れたのだ。
自分がたどり着く事すら出来ない高みから見下ろす至高の存在。自分を見下ろす彼女の姿は、未だに脳裏に焼きついて離れないほど鮮明なものだった。
それから彼は同志を募った。集めるのは簡単だった。
彼と同じように強さに自信を持っていて、彼女によって打ち砕かれた男たちは、彼ほど強烈な衝撃を受けてはいなかったが、大概が彼と同じ気持ちを持っていた。
打ち砕かれて怯える奴らは必要なかった。ただただ彼女の強さを崇拝する者達だけを集めた。結果2年間で50人もの同士が集まった。
彼らにしてみれば彼女は既に神聖な存在になっていた。
触れてはならぬ存在。近寄る事の出来ない存在。そして人とは隔絶した存在。
彼らにとって彼女はそういう存在でなければならなかった。
だからこそ、その男が許せなかった。
彼女が腕を組み、ふやけきった嬉しそうな笑顔で、まるで
その男のせいだと思った。その男がいるせいで彼女が堕落する。その男がいるせいで圧倒的な強さを持つ彼女が弱くなっていく。
彼女は崇高でなければならない。彼女は超越でなければならない。彼女は自分たちと同じであってはならない。
だから決闘を申し込もうとした。全員と1度に勝負するという予想外な展開になったが、彼らにとって有利過ぎる条件で決闘は受理された。
勝ち目はあると思っていた。
インターハイ常連のメンバーもいるし、ガタイなら武道系部活にすら負けないメンバーもいる。
しかも相手はその男1人に対してこっちは50人。卑怯じゃない。向こうが提案してきたのだ。よほど自信があるのだろうが彼らにしてみれば誰か1人が勝てば勝ちになる。
余りにも有利過ぎる条件に絶えず笑いが込み上げてきたが、それも決闘開始の合図とともに引っ込んだ。
まず最初に突っ込んでいった2人が左右に10メートル近く吹っ飛んでいった。
呆然となる彼らを無視して男が動く。まるで普通に散歩をするかのように近くにいた10人の間を通り抜けた後で指を鳴らす。
糸の途切れた操り人形のようにその場に倒れ伏すメンバー。男が何をやったのか全然分からなかった。
何が起きたのか分からず呆然とする中で、1人のメンバーが我に返り俄然と男に向かって突っ込んでいった。
相撲部の部長で全国大会1位の高校生横綱。大学横綱とも対等に立ち回り卒業後に角界入りするのが既に決定している。そのぶちかましに耐えれるのはこの学園では彼女だけだ。
まともに受ければ吹っ飛ぶ。よけたとしてもその隙をついて大人数で仕掛ければ問題ない。メンバー誰もがそう思っていた。
予想は大いに外れた。
男は相撲部部長のぶちかましを、あろう事か左の人差し指1本で受け止めたのだ。手を抜いていないのは顔を真っ赤にするメンバーを見れば一目瞭然だった。
数秒間指1本で受け止めていた男は指離すと、支えを失ってあらん限りの力を込めた勢いのまま突っ込んできたメンバーの鳩尾に、カウンター気味に肘鉄をめり込ませた。
気を失い倒れ込むメンバーを振り払うように左手でどかした男は、残りの人数を確認するように見渡し頷くと右手の人差し指を立てて、挑発するかのように『かかって来い』というように動かした。
それを見ていた残りのメンバーの内20人がいっせいに男に向かって突っ込んでいった。逃げ道を塞ぐように輪になって迫っていく。
20人はそれぞれ空手部5人、テコンドー部5人、ラグビー部5人、彼以外の剣道部5人だ。
まずラグビー部の5人がその体躯とスピードを活かし、男を取り囲むようにタックルをする。対する男は沈み込むように腰を下ろしたかと思ったら、何をしたか分からなかったが突っ込んできたラグビー部5人を吹っ飛ばした。
その間を縫うように、剣道部5人が突き出した竹刀の剣先が迫ってきたが、男はジャンプして5本の突きを同時にかわす。
だが空中に浮いた事で隙が出来る。同じように考えたのか空手部2人とテコンドー部2人が空中にいる男に向かって、それぞれ得意の飛び蹴りを放った。
誰もが当たると思ったが、次の瞬間に男の姿はより高いところにあった。よけられた事に呆然となる4人に男の蹴りが容赦なく入った。
遠くから見ていた彼には見えていた。
男はジャンプした後、重なっていた5本の竹刀を足場にしてもう1度ジャンプしたのだ。しかもその瞬間に足場にした竹刀を持っていた5人の剣道部を蹴り倒す事までしていた。
地面に着地したのを狙って、残りの空手部3人とテコンドー部3人がいっせいに襲い掛かったが、男は着地するその体勢のまま沈み込み足払いで1回転すると、バランスを崩した6人を立ち上がる勢いのまま振り上げた右脚蹴りで全員を10メートルは吹っ飛ばした。
蹴り足を戻した男は無造作に歩み寄ってくる。
もはや恐怖なのか何なのか分からないまま、自分を鼓舞するような叫び声を上げて、次から次へと男に突っ込んでいく残りのメンバー。
それを次から次へと殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばし、打ちのめす。
まるで流れ作業のように淡々とこなしながら近付いて来るその姿は、長い黒髪も相まってまさに彼女を彷彿とさせるものだった。
男が目の前に来た時になってようやく、立っているのは自分含めて3人だけなのに彼は気付いたのだった。
真っ先の動いた空手部部長は右上段蹴りを放とうとしたのだろうが、蹴り足が上がる前に男の右上段蹴りをくらって倒れた。
その隙をついて男の襟と袖を掴んだ柔道部部長は、投げ飛ばそうと瞬間に膝から崩れ落ちた。恐らく何か攻撃を受けたのだろう。彼には全く見えなかった。
1人残った彼はもう何が何だか分からなくなり、持っていた竹刀に力を込め、自分でも何を言っているのか分からない雄叫びを上げて男に向かって突っ込んで行った。
そして次の瞬間、あの時の2年前と同じように宙に舞ったのだった。
地面に倒れ伏し自分を見下ろす男の姿を見た時、彼はまたしても悟った。
『この男は自分なんかが到底及ぶ存在なんかじゃない』
と――
「そこまで! 勝者、暁神!」
決闘の終わりを告げる鉄心の号に、野次馬で取り囲んでいた生徒たちは何の反応も出来なかった。
50対1の変則的な決闘。
だが始まってみればそれは一方的な展開だった。開始から終了まで僅か5分。圧倒的すら超越するこの現状は川神学園の生徒にとって川神百代以来の衝撃だった。
嬉しそうに勝者である暁神に駆け寄る百代の姿を見て、百代のファン全員、それこそ男女の垣根を超えてある1つの鉄則が生まれた。
即ち――『暁神には手を出すな』
あとがき~!
「第65話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「前回に引き続き、暁神です」
「さて、今回のお話は神VS百代もファン(男子限定)でお送りしました。しかも変則的な三人称……二人称って言うのかな? でしたがいかがだったでしょうか」
「あんな奴がファンなんてモモも可哀想だな」
「あいつらは特殊だよ」
「それもそうだな、なんかある意味で宗教化していたな」
「どうする事も出来ない圧倒的な、しかも綺麗で凛々しい存在が現れたら、人間の取る行動って3つぐらいだと思うんだよ」
「どんな行動だ?」
「1つ目は恐れて触れないでおく。2つ目は憧れてみんなで共有する。3つ目が崇拝して神聖化する。あくまでも作者の考えだけどね」
「なるほど。普通のファン、特に女子が2つ目で、今回俺が相手をしたのが3つ目のファンだったってわけか」
「その通り。しかも川神学園の武士の末裔が多くて武道やってるやつが多いから、そういう奴ほど3つ目になるんじゃないかと思ったんだよ。一般の人たちにしてみれば超越すぎて現実味がなく、武道やっている人たちにしてみればはるかな高みにいる人に感じるだろうからね」
「否定できないな。けど本文最後を見るに、俺はモモのファンたちには1つ目に認識されたのか?」
「そいうわけじゃない。基本的には百代と同じで2つ目の扱い。だけど決闘をする君の姿と駆け寄っていく百代の姿を見て、手を出したり文句を言えば自分が無事にすまないと感じ取ったから、あの鉄則が生まれたわけ」
「ってことはなにか? 俺もモモみたいにキャーキャー言われるのか?」
「百代とセットでね」
「頭が痛くなりそうだな……平穏な学園生活はどこに行った」
「頑張れ、学園最強カップル。もはや全校生徒公認だな」
「……それで? 次回は?」
「(話そらしたな)次回は原作エピソードの1つ『窓割り事件解決編』の前振りと大和リベンジです。では次投稿もよろしくお願いします」