閑話、外話ではなく本編にしました。R15の許容範囲かな?
side 川神百代
案内された部屋で後から来るジンをとりあえず待つ。
気配からしてもうすぐ来るのは分かる。どうやらワン子とクリの先導で山道を走ってきているようだ。相変わらず面倒見のいい奴だな。
湧き上がってくる苦笑のままテーブルに備えられているお茶を用意する。ジンの奴が息切れとか疲れとかあるわけないのは分かっているが、労いのためのお茶を入れてやるのもいいかもな。
ジンが帰ってきて今日で10日。
何故だろうな。不思議と自分の中に穏やかなものが常に満ちていて、あれほど飢えていた戦闘衝動が嘘のように大人しくなっている。
最初はジンが帰ってきた事が嬉しくて、それで気が回っていないものだと思っていたが、どうやらそうでもない事が最近になって分かった。
自分が幸せなんだと思える。
もちろん、闘いたいという衝動が全部なくなったわけじゃない。それは私の生まれ持っての
それでもジジイたちがうるさく注意していた頃に比べると格段に収まっている。
満たされているんだ。ジンが隣にいる事で。
でもただ隣にいるだけでここまで満たされているんだ。もし心だけじゃなく身体も1つになったらどれ程の幸せを私は得るのだろうか。それが少し怖くて物凄く楽しみ。
もちろん今日はそのつもりでいるし、ジンもその気でいてくれているはず。じゃなきゃわざわざ私たちだけで別の部屋を取るなんて事はしない。そもそも言い出したのはジンの方だからな。
だから凛奈さんに
それよりも勝負下着はいつ身に着けるべきか。やっぱアレか。夕食食った後に温泉だからその後だよな。脱衣所まで一緒だとバレちゃうけど……まあいいか。どうせジンに見せるためのものなんだから。
お? どうやら彼氏が来たようだ。さて、第一声は私らしくいくか。
side out
side 暁神
「遅いぞージン。可愛い彼女を放ったらかしにするなんて重罪だぞー」
襖を開けて謝罪をする前に声が飛んできた。どうやら俺が謝るのを分かっていて出鼻を挫いてきたな。だがまあ、一種のコミュニケーションだなこれも。その証拠に声は咎めているが顔は笑っている。
「はいはい、悪うございました。では可愛い彼女を放置した彼氏にはどんな罰が待ち受けているんでしょうか?」
おどけるように言ってもモモは不機嫌にならない。それどころかより一層笑顔を深くすると座っている横の畳を叩いた。どうやらそこに腰かけろと言う事らしい。
素直に従ってモモの隣に腰を下ろす。すぐに腕に飛びつくかと思ったが、俺が来る前から用意していたんだろう、テーブルの上に置かれていた湯呑に急須からお茶を注いで俺の前に置いた。
さて、これはいったいどういう意味なのだろうか。
「とりあえず労いのお茶だ。飲め」
何に対しての労いなのかはよく分からないが、差し出されたお茶を無碍に返すほど人でなしじゃない。ちょうど喉も乾いていた事だし、ここは素直の受け取っておこう。
「これが罰なのか?」
お茶を一口含んで問い掛けると、モモは満面の笑みを浮かべる。
「そんなわけないだろ。もっと凄いものが待ち構えているぞ」
凄いものねぇ……でもなんだろう、このままいけば罰というよりご褒美になりそうな予感がするんだが……果してこの予感は当たるかな?
そんな事を考えながらお茶を飲み干し湯のみを置くと、笑顔のままのモモに問い掛ける。
「これからどうする? 夕飯まで自由行動だけどまだ3時間近くあるだろ? どこか行くならどこまでもお伴するが?」
モモの事だろうから外に行くだろうと思っていたが、その予想は裏切られる結果となった。
俺の問いかけに答える事なくモモは満面の笑みを浮かべたまま立ち上がると、外の景色が見えるようにと開け放たれていた障子のある壁際に座る。
突然の行動に首を傾げている俺に視線を向けると、正座して座った自分の太腿を叩いた。
コレはあれか……いわゆる“膝枕”というやつを誘っているのか?
真意を計りかねている俺を呼ぶようにもう1度太腿を叩くモモ。どうやら本当に膝枕をしてくれるらしい。そうと分かれば遠慮をする必要もない。
座ったままの姿勢ですり寄り横になってモモの太腿に頭を乗せる。数回頭の位置を調整するように動かすとモモはくすぐったそうな声を漏らした。そして程良い位置を見つけて動きを止め真上にある俺を見下ろしているモモの視線と重なる。
「これも罰なのか?」
「ああ、そうだ。これも罰の1つだ」
『1つ』って事は他にもあるって事か。でもこれってもはや罰じゃなく本当にご褒美だぞ。後頭部に感じる温かさと柔らかさに思わず口元が緩む。そんな俺を見る笑顔のモモは幸せそうだ。
「気持ちいいか?」
「ああ、最高だ」
「そうか」
言葉数少ないやり取りの中でも十分に心が満たされているのが分かる。3年前はこんな雰囲気になった事はない。大人になったと言うよりは、子供じゃなくなったと言うべきだろう。
もちろん一緒に出かけたり遊んだりするのも楽しい事には間違いないが、それだけじゃなくただ一緒にいるだけで幸せを感じる事が出来るようになった。
「ジン」
「ん?」
「好きだぞ」
ゆっくりと梳くように俺の髪を撫でるモモが、いろんな想いが込められた声で言う。それに対して俺は目を閉じてゆっくり頷く事で返す。
言葉で返してもよかったが、何故か口にすると陳腐になりそうな気がして声に出せなかった。だがそれでも想いは伝わったようで、髪を撫でる手がより優しいものになったのを感じた。
「眠たかったら寝てもいいぞ。まだこっちの生活スタイルに慣れてないだろ?」
どうやら気付かれていたらしい。
確かに時間で区切られた生活をする学生の生活スタイルにはまだ慣れていない。それまで2年8ヶ月もある意味で時間に自由な生活をしていたんだ。たった10日で慣れる方が難しいのかもしれない。
「それに加えて仲間の事、ワン子の事、そして私の事。帰ってきて10日しかたってないのに少し頭を働かせすぎだ」
「そうか? そんなつもりはないんだけどな……」
「そこがお前のいいところだが、彼女としてはもう少し甘えて欲しいな」
つまりは『甘える事』が『罰』なわけか。だが確かにこれは『物凄い罰』だ。
基本、俺は誰かに甘えるという事に慣れていない。孤児だという事を小さい頃から知っていたからか、川神院のみんなや鉄心さん、モモの両親が俺の事を家族だと思っていてくれているのは分かっていたが、どこか遠慮して思いっきり甘える事が出来ない自分にも気付いていた。
だから俺は誰かに思いっきり甘える事はないんじゃないかと思っていた。
だけどそうか。俺はモモには甘えてもいいんだ。
『家族』で『友達』で『仲間』だけど、他の人たちとは違う『恋人』という特別な繋がりのあるモモ。きっとこの世界で1番、俺の隣にいるのが当たり前な存在。
でもなんで今更気付いたんだろうな。もっと前からモモに甘えていただろ、俺は。
モモがいたから、両親の事で悩む事がなかった。モモがいたから、風間ファミリーの仲間とも出会えた。モモがいたから、記憶を失っている間も自分には帰る場所があるんだと信じる事が出来た。
良く考えたら、モモに甘えっぱなしじゃないか。
だがそうか、モモは俺がこの世界で唯一思いっきり甘える事の出来る存在なんだ。いや、それも違うな。俺にとってモモは切り離す事の出来ない一部なんだ。
『暁神』は『川神百代』がいるからこそ存在しえた。なんかそんな感じがしてきた。
自分の思い至った考えに含み笑いしている俺を、不思議そうに見下ろしているのが分かる。でも纏っている雰囲気はちっとも変っていない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて眠らせてもらうけど、モモは暇じゃないか?」
「そんな事ないぞ、お前の寝顔はなかなか見れないからな。この際じっくり観察させてもらう」
「イタズラ書きだけは勘弁してくれよ」
「そういえばやりたい放題だな」
おいおい、なんだよその反応は。注意しない方がよかったじゃないか。まあ言葉のやり取りだけで本当にやる事はないと思うけどな。
「モモ」
「うん?」
「好きだ」
さっき言えなかった言葉を、モモと同じようにいろんな想いを込めて言う。言葉は返ってこなかったが気配で頷いたのは分かった。それでも想いは伝わってきた。
まるで真逆のやり取りに、俺もモモも小さな笑いを零す。
『好きな人』から『愛しい人』になり、やがて『かけがえのない人』になっていく。人を好きになり求める事は、この過程を進んでいくという事なんだろう。
なら、もう次に進んでもいいか。
眠気に誘われ薄れていく意識の中で、俺はそんな事を思った。
side out
side 川神百代
湯船に浸かり今日1日に疲れをほぐすように両腕を伸ばして伸びをする。
恋人予約特典となっている1番見晴らしのいい露天家族風呂は、凛奈さんの言った通り物凄く素晴らしいものだった。
入口以外の壁が全面ガラス張りになっていて風景をさえぎる物が何もない。最上階の端に位置しているからこそ構造だが、覗かれる事がないからこの解放感はかなり気持ちがいい。
腕を下ろし顔を上げると、後ろにいるジンの胸に背を預け満天の星空を眺める。今の私はジンに後ろから抱き締められて座っている状態だ。ジンの腕は私の脇を通りお腹の前で手が組まれ、私もその手に自分の手を重ねて置く。
包み込まれているような体勢に嬉しさと幸せが込み上げてくる。
幸せと言えばさっきの食事の時もそうだったな。ジンは物凄く恥ずかしそうだったが、誰も見ていない、私たち2人っきりという事で何とか納得させて、横に並んでお互いの箸で食べさせ合った。
今までファンの女の子たちには、弁当とかを食べさせてもらった事があったが、それとは全く何もかもが違った。
その時は嬉しい楽しいという感じだったが、ジンに食べさせたり、ジンから食べさせてもらうと真っ先に幸せという感情が湧き上がってきた。もちろん嬉しい楽しいという感情もある。
でもあれだな、世の女の子が恋人のためにお弁当を作りたいという気持ちがよく分かった。それを自分の手で食べさせてあげたいという気持ちも物凄く理解出来た。
だって出された料理を食べさせるだけであんなに幸せになれるんだ。それが自分の作った料理となると格別だろう。
よし決めた。連休明けから私もジンのためにお弁当を作ろう。そして毎日食べさせ合いをしよう。私たちは全校生徒公認のカップルなんだ。どこでイチャつこうが誰にも文句は言われないはずだ。
あぁー。なんか本当に毎日が充実していきそうだなぁ。
「なに笑ってんだ、モモ?」
「笑っていたか?」
「ああ、なにやら嬉しそうに笑っていたぞ」
顔には常に笑みが浮かんでいるのだから雰囲気の変化で感じ取ったんだろう。そんなジンに私は全身の力を全て抜いて完全にその胸に寄りかかった。それでもブレる事にないその身体に安心感が募る。
「どうした?」
私のいきなりの行動に少し不思議がりながら、それでも変わらない穏やかな声で問い掛けてくる。
「恥ずかしさはなくなったか?」
「未だに恥ずかしいよ」
全然そうとは思えない落ち着いた声だ。だが2人部屋を予約した特典を説明した時、ジンは物凄く恥ずかしがった。食事を食べさせ合った時もそうだったが、どうやらジンには恥ずかしさに対するボーダーラインがあるようだった。
そのラインを越えなければどんな事でも恥ずかしがらないが、超えてしまうと逆に私が戸惑うほど恥ずかしがる。
意外な一面だなホント。けど私たちは恋人同士なんだぞ。これからそれ以上に恥ずかしい事をするかもしれないのに大丈夫かこいつ。だけど今はそれより――
「しかし、男に寄りかかるのがこんなにも安心するものだとは思わなかったな」
「それはなりよりだな。俺はモモより背が高くなって結構安堵してるんだけどな。3年前はそんなに変わらないぐらいだったからな」
そうだったな。付き合いだした頃は私の方が背が高く、3年前は同じぐらい。だから再会した時の私を見下ろす視線が凄く新鮮だったな。
私が抱きついた身体。私を抱き締める腕。その全てがジンが“男”になったのを物語っていて柄にもなくドキドキしたな。あの時。
あの時の感覚を再度味わいたくて、私を抱えていた腕を外させ正面から向かい合うように体勢を入れ替える。そうなると私の視線はちょうどジンの顎辺りに来るから上目遣いに見上げれば、見下ろすジンの視線は私の顔と自慢の胸に注がれる事になる。
この体勢もなかなかにいいものだ。
「そういえば、お前と一緒に風呂に入るのって何年振りだっけ?」
「そうだな……7年振りじゃないか? 初めて勝負をしてからは一緒に入らなくなったからな」
恥ずかしさを逸らすためのジンの質問だったが、そういえばそうだ。あの勝負以降に私はジンを異性だと強く認識して、無性に恥ずかしくて一緒に風呂に入るのをやめたんだったな。
それが今、こうして向かい合って抱き合いながら一緒の風呂に入っている。お互いあの時と違い身体は完全に大人になって。そう考えるとちょっと不思議だな。
「モモ……」
優しく掛けられる声にその想いを感じ取る。
目を閉じると頬に手を添えられ唇が重ねられる。啄むようなキスの繰り返しの後、少し顔を動かして深く繋がり舌を絡め合う。
「ン、ふ……ン」
重ねた唇の間から漏れる自分の声に興奮が高まっていく。ジンの首に回した腕に力を込め、もっと強くしてくれと催促する。
「! んんっ……ふ……ンッ」
私の想いに応えるように舌の動きが激しくなると同時に、背中と腰に回されていた手がゆっくり撫でるように動く。その感覚からもたらされる快感が背中を昇り頭のてっぺんまで突き抜けていく。
幸福と快感。そして深く唇を合わせている事で酸素が足らなくなったのか、頭の中がぼうっとなっていく。
「ぷはっ……」
唇が離れ足りなくなった空気を取り込むように大きく息を吸い、力が抜けるそのままに任せて、額をジンの肩に当て身体全身を預ける。背中を撫でていた右手が今度はうなじに移動し、左手は未だに腰を撫でている。
断続的に襲ってくる快感に下腹部辺りが疼き始めているが、今は触れ合う肌の温かさと、聞こえるお互いの鼓動を感じながら、溶けていくような幸福の中に身を委ねていたかった。
side out
side 暁神
半ばのぼせかけていたモモをお姫様抱っこで脱衣所まで運び、少しだけふらついているのを支えながら身体を拭くのと着替えを手伝った。
その時に見えた下着なんだが、何と言うか……アレがいわゆる『勝負下着』というものなんだろう。モモらしいと言えばモモらしい下着だと思うんだが……少し大胆だったな。
「へっへ~」
ふやけきった笑顔で俺に身体を預けるモモの腰に手を回し、倒れないように支えながらゆっくりと部屋へと戻る。
なんだかこの数時間で羞恥のボーダーラインがどんどん低くなっている気がする。1度経験したせいかご飯を食べさせ合うのも一緒に風呂に入るのも、次からは抵抗なくやれてしまうだろう。
いいのか悪いのかは分からないが、モモが嬉しそうならそれでいいか。
風呂に行く時よりも倍の時間をかけて部屋に戻ると、既に布団が敷いてあった。
うん、それは問題ない。だって旅館だ。食事が終わって風呂が終われば、仲居さんの仕事なんて布団を敷く事だけだ。うん、仕事熱心な仲居さんなのはいいことだ。
だけどいくら恋人予約をしていたとはいえ、ここまでからさまだとどう反応していいか分からん。
「おお~! 広いぞ~!」
固まる俺から離れてモモは敷いてあった布団に機嫌よくダイブしだ。モモの言葉通りその布団は広かった。
大人が2人並んで寝るにはちょうどいい広さのクイーンサイズの布団に枕が2つ並べてある。ふと思い部屋の押し入れを開けると、1人用の布団2組は畳まれたままそこに仕舞われていた。つまり、今敷かれている布団はわざわざ別の所から持ってきたという事だ。
恋人予約の特典だからってここまでするか普通? いやだがちょっと待て。この旅館は凛奈さんの馴染の宿で、女将さんとは8年近い付き合いだと言っていたな。
考えるまでもない。間違いなく凛奈さんの入れ知恵だ。
溜息が出そうになるのを何とか堪える。
ここまで御膳立てされているのに何も起きなかったらなんて言われるか……いや何か起こしてもなんか言われそうな気もするがそこは今は気にしないでおこう。
決めただろ。次に進むって。
「モモ」
部屋の照明をギリギリまで落とし、布団に腰を下ろすとはしゃいで転がっているモモを抱き寄せる。抵抗する事なく体を寄せるモモを、胡坐をかいた脚の上に乗せて横抱きにして唇を重ねる。
風呂の時と同じように、数回啄むようなキスを繰り返した後で舌を絡ませて繋がりを深くすると同時に、身体を支えていた右手で脇を撫で、左手で浴衣から覗く太腿を撫でる。
そんな俺の動きに快感を感じているんだろう、時折身体を強く震わせるモモを見て、唇を重ねたまま布団に横たえさせ一層動きを大胆にしていく。
重ねていた唇を離し、荒い息継ぎを繰り返しているが快楽に染まり潤んでいるモモの瞳を真っ直ぐに見つめ、最後の言葉を掛ける。
「いいか?」
穏やかなで幸せそうな笑みを浮かべて頷く。そんなモモの前髪をかき上げ額にキスをして、浴衣の帯をほどきながら、もう1度想いを伝えるように深く唇を重ねる。
2009年5月3日日曜日。
今日この年のこの日から、俺にとってモモは『好きな人』から『愛しい人』になった。
あとがき~!
第73話終了。
前回のあとがきにて神と百代のシーンは閑話か外話として投稿すると言いましたが、書いているうちにどんどん文字数が増えていき、本編と変わりないほどにまでなってしまったので、予告とは違い本編の1話として投稿させてもらいました。
はてさて、今回のお話はいかがったでしょうか?
甘いような甘くないような。
イチャイチャしてるようなしてないような。
とりあえず『穏やかな恋人の時間』というものを演出してみたんですけど……
どうだったでしょうか?
ある意味で私にとってはこれが限界です。
ああ〜でも百代らしさが余り出てなかったかな?
おとなし過ぎるような気もしないではないですが……
難しいですね。
あ、ちなみに題名にもなっている桃の花言葉は、
『あなたに夢中』『あなたの虜です』『愛の幸福』。
他にも『天下無敵』『チャーミング』という意味もあり、百代にピッタリですね。
さて、次は旅行2日目。
頑張ってやりますので次投稿もよろしくお願いします。