真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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第6話投稿。

視点切替をしてみました。


第6話 初めての勝負、その結果

――2002年 5月18日 土曜日 PM7:00――

 

  side 暁神

 

最近、モモの様子がおかしい。

 

ボーっと外を眺めていたかと思うと、何かを思い出したかのようにハッとし、勢いよく頭を振る。

 

何をしているのだろうと声を掛けると、びくりと身体を震わせこちらに振り向く。

 

数秒の間視線を合わせ、もう1度声を掛けるが、ぼうっとしていた事が恥ずかしくなったのだろうか急に顔を赤くしたかと思うと、意味不明な言葉を漏らしながら勢いよく走り去っていく。

 

明らかに言動がおかしくなっている。

 

そんな行動がここ1週間何度かあった。いつからだろうかと思い考えみると、あの初めての勝負の翌日からだった事に思い至った。

 

あの試合の後、気を失ったモモを抱えて彼女の部屋に戻った。

鳩尾の打撲以外の外傷もなかったし、衝撃は身体を突き抜けたはずだから後遺症もなかった。

 

案の定、モモは10分後に目を覚ました。

最初は何が起こったのか分からなかったのか、少しの間ぼうっとしていたけど、今いるのが自分の部屋で俺がベッドの横に座っているのに気付いた。

 

目を覚ました時は特に変わったところはなかった。

となるとその後の会話に何かしら原因があるのだろう。その後の会話を思い出してみる。

 

『私の負けか……』

 

『体は大丈夫?』

 

『ああ、特におかしいところはない』

 

『よかった。モモちゃんは今日はそのまま寝てた方がいいよ。鉄心さんには僕の方から言っておくから』

 

『分かった。そうする』

 

『うん、じゃあ僕はもう行くね』

 

『ジン』

 

『なに? モモちゃん』

 

『これから私ことは“モモ”と呼び捨てで呼べ。それから自分の事は“僕”じゃなく“俺”と言え』

 

『急にどうしたの?』

 

『どうしたもない。私に勝った男がいつまでも子供っぽい口調で話すな』

 

『いや実際まだ子供だよ僕?』

 

『い・い・か・ら! そうしろと言ってるんだ!』

 

『分かったよ。えっと……じゃあ俺はもう行くからモモはちゃんと寝ててね』

 

『ああ、分かった』

 

以上がモモが目を覚ました後で交わした会話の全て。

 

思い返してみても未だにモモの挙動不審の原因が分からない。

 

言われた通りに呼び捨てにしているし、自分の事もちゃんと俺と言っている。それに合わせて口調も少し変え、ようやく慣れて意識しなくてもよくなってきた。

 

それなのに『モモ』と呼びかける度にびくりと身体を震わせるし、自分の事を『俺』と言う度にこちらの顔を見てくる。見てくるのに目が合うと急いで顔をそらす。

 

そんなモモの行動に訳も分からず顔を捻るしかない俺だった。

 

  side out

 

 

  side 川神百代

 

私は今、自分がしでかした事に頭を悩ませる毎日を送っている。

 

事の起こりの1週間前、あの勝負の後のジンとの会話。

 

気を失って目が覚めたばかりで少し意識がぼうっとしていたのは否めない。だが呼び捨てで呼べと言った事も、ジン本人の呼び方を『俺』に変えろと言った事も後悔しているわけじゃない。

 

常々、と言うかこの1年、なんというかジンが私の事をちゃん付けで呼んだり、自分の事を僕と言うのに違和感のようなものを感じていた。

だからこそ、私に勝ったという事実にかこつけて呼び方を変えさせたのだが――

 

これが思いのほか恥ずかしいのだ!

 

自分の事を『俺』と呼ぶ方はまだいい。(まあその割には、そう言う度に振り向いて反応してしまうので完全にいいわけではないが……)

 

名前の方はダメだ。

私がそう呼ぶように命令したくせにダメだ。

ジジイと同じ呼び方なのにジンに呼ばれると何がダメなのか分からないがダメだった。

 

とにかくなぜか恥ずかしく感じてしまうのだ。

 

なんと言えばいいのか分からないが、ジンの声で『モモ』と呼ばれる度にこう、胸のあたりが締め付けられるような感覚が沸き上がってくる。

でもそれを私は不快に感じていない。どちらかといえば心地良いと感じてしまっている。

 

そう、心地良いのだ。

 

戦っている時の高揚感の心地良さとはまた違う、穏やかでいて心を落ち着かせるよな心地良さ。

 

確かに呼ばれる度に恥ずかしさが込み上げてくることは否定しない。

 

 

それでも……

もっとずっと……

何度でも呼んでほしい……

そんな欲求が後から後から沸き上がってくる――

 

 

――って!? 私はいったい何を考えているんだ!?

 

変な方向に辿り着きそうになった考えを振り払うように頭を振る。

 

この1週間、考えれば考えるほどループしているような感じがする。

なんというか、答えは分かっているのに本能的にその答えに辿り着く事を避けているようなもどかしさがあるのだ。

 

そんな思考に囚われている私の耳に奴の声が入ってきた。

 

「こんなところで何やってるんだ、モモ?」

 

   ビクッ

 

思わず過剰に身体を震わせ反応しながら声のした方を向く。

もちろんそこには、この1週間の私の思考の大半を占めている人物――ジンの姿があった。

 

ジンの言葉遣いは少しだけ変わった。

今までは優しげな口調だったが、今は俺と言う呼び方に合わせた少し男っぽい口調になっている。

 

それがまた似合ってきている。

そしてその事が込み上げてくる恥ずかしさを一層強くしているのだ。

 

「モモ? 本当にどうしたんだ?」

 

黙ったままじっと見ていた私を、不思議に思ったのかもう1度問いかけてきたジン。

 

その声から発せられた私の名前が聞こえた途端、確かに感じた心地良さと共に、またしてもあの恥ずかしさが込み上げてきた。

 

顔が赤くなっている事が自分でも分かるほど、頬に血の気が集まってきているのを感じる。

 

「う…あえ…ジ…ジン…そ…あ…う…」

 

何とか答えようとするが思うように口が動かない。

漏れて出るのは意味不明な言葉の羅列だけ。

 

その事実がより一層、恥ずかしさに繋がる。

 

「って? モモ!?」

 

居た堪れなくなり、その場から逃げ出すように駆け去る私の背に戸惑ったジンの声が届いた。

 

ああ! 私はいったいどうしたいんだ~!?

 

自分の胸の内の思いに答えを見つけられない私は、いつになったらまともにジンの顔を見る事が出来るのだろうか?

 

最近あまりジンと話が出来ていない事に寂しさを感じながら、立ち止まると自己嫌悪で落ち込む私であった。

 

  side out

 

 

  side audience

 

廊下での百代と神のひと騒動を遠くで眺めていた鉄心は、面白そうにそれでいて嬉しそうな笑顔で自慢の髭を撫でおろしていた。

 

「どうかシましたか? 鉄心様」

 

後ろからルーが声を掛けた。

 

「いやなに、さっきあそこに神とモモがおってのう」

 

「あ~またアノやり取りですカ」

 

鉄心の言いたい事を理解したルーはその言葉を引き継いで呟いた。

 

この1週間の2人のやり取りはもはや川神院では知らない者はいなかった。

第3者の視点で見れば、百代の行動が何を意味するのか分かるのか、ほぼ全員が温かな眼差しで、ほんの一部は生温かい眼差しで2人のやり取りを見ていた。

 

ちなみにルーは前者で鉄心は後者だ。

 

普段の百代ならそんな視線で見られている事にすぐ気付くが、自分でも持て余している感情に周りを気に掛ける余裕がなかった。

一方の神は、見られている事には気づいていたが百代と2人1組で見られている事の意味が分からず、百代の反応も含めて、誰に聞く事もなく首を傾げる毎日だった。

 

「しかし、あの百代があんな風になるとは思いもよりませんでしたヨ」

 

「ホッホッホ、そうじゃのう。まあ、モモ本人は初めての感情に戸惑っておるようじゃがな」

 

「神の方はそれに全く気付いていないみたいですけどネ」

 

「あやつのようなタイプはそっち方面には間違いなく鈍感じゃて」

 

なおも楽しそうに笑顔を浮かべる鉄心。

ルーにしてみればそれは楽しいというよりも、面白そうな玩具を見つけ、どうやって弄ろうかと考えているニヤケ顔にしか見えなかった。

 

「鉄心様、面白がって余計なチャチャを入れないようにして下さいヨ」

 

一応注意をしておく。

 

「分かっとるわい。この変化は百代にとっても神にとっても良いものじゃからな」

 

ルーの注意に真面目な表情に戻し、鉄心は答える。

 

個人個人の考えや思惑は別にして、今回の百代の言動の変化は川神院全体である意味で歓迎されていた。

 

武の天才である百代は、その強すぎる自分の力を持て余していた。

師範代クラスと手合わせが出来るといっても、それは修練の時だけ。

全力で戦う事が出来るのは鉄心、ルー、釈迦堂の3人だけなのだ。

 

そして生まれ持っての(さが)なのか、百代には戦闘狂の面影が見え隠れし始めていた。

 

まだ10歳でしかない百代の危険な本質に、どのような対策を取るべきかと考えていた鉄心は、その一環として神との手合わせを許可したのだ。

 

その結果、自分が考えていた以上のものが得られた。

 

(まさかモモの奴が神に惚れるとはな)

 

百代が戸惑っている感情の正体を知っている鉄心は、またも面白そうにほくそ笑んだ。

 

(はてさて、モモが自分の感情に気付き自覚するか、神がモモの態度から感情を察しその気持ちに気付くか、果してどちらが先かのう)

 

そんな事を思いながら笑う鉄心の表示にルーは呆れたように溜息を吐く。

 

「鉄心様」

 

「分かっとると言っておろうが」

 

再度注意を促すルーに答えた鉄心は、楽しくなるであろうほんの先の未来を思い浮かべながら、夜空に浮かぶ月を眺めた。

 

 

ちなみに、百代が自分の感情の正体が分からないものの、なんとか意識せずに神を見られるようになったのは、それからさらに1週間後の事であった。




あとがき~!

「第6話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」

「第1話以降久方ぶりの、暁神です」

「さて、今回は試験的に視点切替をやってみたのだが」

「いい感じに出来てると思うよ。ところで『side audience』ってどういう意味?」

「えっと、『audience』が『観客・視聴者』っていう意味だから、つまり三人称のつもりで付けたというわけ」

「なるほど」

「そのまま三人称の英語表記でもよかったんだけど、なんかカッコ悪かったからね。それよりも神くん、君本当になんで百代の言動がおかしいのか分かんないの?」

「原因が分からない以上、何を分かれって言うんですか?」

「ほんとに鈍感なんだね……」

「鈍感って俺の事ですか? よく気がきくって言われるんだけどなぁ?」

「よく気がきく人間ってあっち方面は鈍感なのはデフォなのか……いや、こいつの場合気付いていてい気付かないふりをしてる可能性が……」

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