side 直江大和
『聞こえるかー! ジーン!』
兄弟の持つスピーカーフォンにした携帯から姉さんの声が聞こえる。姉さんから連絡が来たという事は、どうやらクリスたちも開始位置に着いたようだ。
「おう、こっちも準備は整った。いつでもいいぞ」
作戦を伝え終えた俺たちを見て兄弟が電話の向こうの姉さんに準備OKの言葉を掛ける。
屈伸をしたりして軽く準備運動をしているワン子と京の横で、眼を閉じて始まりの合図を待っている俺に携帯越しの姉さんの声が届く。
『大和ー! 試合の進行は私とジンが責任を持って監視してるからな! ヤバいようなら強制的に止めるぞ!』
「了解だとよ。分かってるよなヤマ?」
熱で大きな声を出せないから頷く。それを見た兄弟が代弁して姉さんに伝えてくれた。
言葉ではああ言っている姉さんと兄弟だけど、たぶん本当にヤバくなるギリギリまで俺のしたいようにさせてくれるはず。だったらその思いに応えなきゃいけないな。
『よし! では最終戦! 始めっ!』
「そりゃあぁぁぁぁ!」
「行ってくるね! 大和!」
姉さんの開始の号と同時に、ワン子と京はそれぞれの道を設置ポイントへと駆け上がっていった。
俺たちが勝つためには本来なら全員で正規ルートの方の設置ポイントに行き、『宝物』を取ったらそのままもう片方の設置ポイントに行くのが正攻法。
こっちの方が人数が多いのだから例え接触したとしても1人で逃げる事が出来る。
だけど今の俺の状態を考えると集団で行動した場合、足手まといなる算段の方が高い。俺たちが勝つには俺が2つの『宝物』を持ってゴールをしなければならないのだから。
とにかく、序盤はワン子がどれだけ早く設置ポイントに着くかにかかっている。頼むぞワン子。
俺は先を行く背を眺めながら、出来るだけ速く道を駆け上がれるように足を進めた。
side out
side クリスティアーネ・フリードリヒ
「よし! では最終戦! 始めっ!」
モモ先輩がふもとにいる大和たちに聞こえるように携帯を片手に持って開始の号を上げた。
「打ち合わせ通り行くぞタカ!」
「はい!」
それと同時に今登ってきた道を全力で駆け下りる。設置ポイントが近い正規ルートの方を行く正攻法。結局自分たちが勝つにはこの方法が1番正しい。
問題は犬と京、どちら近い方の設置ポイントに来るのかなのだが、タカの言う通り、恐らく自分では大和の作戦を見抜く事は出来ない。
先にクジを引くのを決めた時のじゃんけん。第1試合の勝つために潔く勝負を捨てる作戦。第2試合の深い知識。第3試合はいいとして。第4試合も体調が悪くなければ自分が負けていたかもしれないほどの記憶力。
そして最終試合であるこの『変則ケイドロレース』のルールを聞いている時のあの真剣な表情。
認めよう。
大和の戦い方は確かに常に勝つ事を考えたものであり、誇りあるものだ。常時のせこさはまだ納得できないが、あのような考えを持つ者がいる事は認めよう。
だが、認めたからといって勝ちを諦めたわけじゃない。私に自分が真に強い男だと認めさせたいのなら、なにがなんでもこの勝負を勝ってみせろ、直江大和!
「クリスさん!」
「なんだ!?」
坂道を全速力で走りながら声を掛けてきたタカに言葉を返す。この状況で声を掛けてきたということは、恐らく今向かっている設置ポイントに来る相手の事だろう。
案の定、自分の考えは正解した。
「恐らくこのルートの設置ポイントに来るのは京ちゃんで間違いない」
「その根拠は?」
「走りながら林を見ていたけど、所々ショートカット出来そうな獣道があるんだ。たぶん一子ちゃんは朝の鍛錬で森の中を駆け回っているだろうから……」
「なるほど、まず遠くの設置ポイントに犬と大和が向かって『宝物』を取ったら、犬の案内でショートカットでこっちに来るという事か!」
考えたようだがその作戦、少し穴があるぞ大和。せっかく犬がショートカットの道を知っているのだから、まず正規ルートの設置ポイントに全員で行き、その後で遠い方の設置ポイントに犬の案内でショートカットして行く。
自分ならそういった作戦を立てる。その方が戦力を分散させる事もなく安全で1番確かな作戦だ。どうやら熱のせいでまともな思考が出来なかったようだな。
体調不良には同情するが悪いな大和、これで自分たちの勝ちが確定したようなものだ。そうと分かればその勝ちをより確実にするために急がなければ!
side out
side 暁神
お。どうやら正規ルートの設置ポイントに最初に着いたのはミヤのようだが、すぐそこまでクリスとヒロが来ているな。恐らくミヤもそれが分かっているだろう。
どうやらクリスたちは正攻法できたようだ。
警察側はどちらか片方の『宝物』さえ確保できればまず負ける事はないからな。多少位置的に不利でも近い方に2人で一緒になっていった方が圧倒的に有利に立てる。
本来なら泥棒側も一緒になって正規ルートの設置ポイントに行くのが正攻法だが、今のヤマの体調を考えればその作戦は取れないだろう。
だからこそ順当な作戦である両方の設置ポイントに向かう作戦を取ったようだが、あのヤマの事だ、順当な作戦なわけないな。きっと何かしらのクリスたちの裏を取るだろう。
っと、カズの方が設置ポイントに到達するにはもう少し時間がかかるようだが……ヤマのペースが遅い。体調の悪さが相当影響しているようだ。
俺は携帯を取り出しモモに連絡を取る。
『なんだ、ジン?』
「ヤマの様子を見てきてくれ。体調悪いにしても少しペースが遅い。止めるまではしなくていいが、1度続けるかどうかの意思確認だけしてくれ」
『分かった』
通話が切れたと同時にモモの気配が動いた。ってオイ。ルート無視でヤマのいる位置まで一直線かよ。
でもまあ、意思確認をしろと言ったがヤマがやめる事はないのは分かっている。だがある意味で最後通牒を渡しておこう。
ヤマとクリスのお互いの誇りのために必要な勝負なのは間違いないが、まゆっちが言ったように体調が悪いのを無理に押してまで戦う事でもないのも確かだ。本当にヤバくなったらヤマの意思なんか関係なく強制的に止める。
お。どうやらミヤとクリスたちが接触したようだ。
『宝物』を受け取ってからミヤが動かなかったのが少し気になるところだが。さて、いったい何人が俺が言ったルール説明の中に含まれていた
それを知ってる知らないでかなり状況が変わるが……楽しませてもらうかな。
side out
side 川神百代
駆けつけた時、大和は途中にある橋の欄干に背を預けていた。歩けないほどヤバい状態なのか?
「おい大和。大丈夫か?」
声を掛けたらビクリと体を震わせて顔を上げた。どうやら私が近付いていた事に気付かなかったみたいだ。マジでヤバい状態なのかと思って顔を見るが、顔色の悪さはそれほど変わっていない。
まあ、最初からかなり悪かったからそう変わるものじゃないけどな。
「どうしたの、姉さん?」
「どうしたの、じゃない。ジンからお前の様子を見てこいと言われたんだ。動けないほどヤバいのか?」
私の言葉にどうやら自分が止まっていたことが原因だと気付いたようだ。一瞬呆然としていたがすぐに苦笑を浮かべてきた。どうやらまだ少しは余裕がありそうだ。
「心配し過ぎだな兄弟も……俺がここで止まっているのはワン子を待ってるからだよ」
ワン子を待ってるだと?
確かのこの道の先にある設置ポイントに向かっているのはワン子だ。だがそれが大和がここで待っていることにどう繋がるんだろうか。向こうでは京とクリたちが既に接触している。
状況は大和たちの不利なはずだが、こいつのこの落ち着きよう……全部作戦の内って事か。
私からすれば小賢しいことだが、体調の万全じゃない今の大和が取れるもっとも効率のいい作戦なんだろう。こいつは相手が自分の体調が悪いという事を知ってるからそれすら取り込んだ作戦を立てたに違いない。
ホント、普段は腑抜けなくせにやる時は徹底的だな。まあ、そこが気に入ってるから唯一の舎弟にしてんだけどな。
「もちろんまだ続けるつもりだよな、大和?」
「当然。兄弟に意思確認しろって言われた? 姉さん?」
全くこんな状態でもよく回る頭だ。根っからの軍師だなホントに。
「ああ、ジンもまだ止めなくていいって言ってたし本当に意思確認だけだ。だが、お前なら分かるだろ?」
「最後通牒的なものだろ? 分かってる。だけどまだやめるわけにはいかないんでね」
そんな事は言われなくても分かっているよ弟よ。お前が自分の意地と誇りを掛けている時は仲間の誰も言葉では止められない。それこそあのジンですらな。
と、どうやらワン子が設置ポイントに着いたようだな。ならもうすぐこの道を戻ってくるだろう。そろそろ審判として役割に戻らないとな。全体の気配はジンが探っているから大丈夫だが、所々では私がちゃんと見ていないといけないしな。
「じゃあ私は戻るからな」
「うん」
おっと、戻る前にこれだけは言っておかなければ。
「大和」
「なに?」
「審判としては公平だが、姉としては応援しているぞ」
大和は一瞬呆けたような表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべると自信に満ちた声音で答えてきた。
「売った喧嘩だ。絶対に勝つよ」
ああ、それでこそ直江大和だ。
side out
side 川神一子
「到着!」
「うわぁ! ビックリした! どっから出てくるのさ!?」
林の中の道を通ってショートカット。設置ポイントに飛び出したらそこに待ち受けていたモロがビックリしてた。
あっちゃー、失敗失敗。驚かせるつもりはなかったんだけどね。エヘヘ。でも山は既にアタシの庭だし、こんな近道ぐらいなんてことないわ!
「いやぁ。でもワン子が来てくれて助かったよ。もしかしたらあっちの方にみんな行っちゃうかと思ってたから。ほらこっちてちょっとジメジメしてない?」
「あはは、こっちって少し暗いしね」
あははは、確かにモロの言う通りね。大和も体調が万全だったらみんなで向こう側の設置ポイントに行くって言ってたし。あれ? でもモロがそう言うって事はクリとヒロは京が向かった方に行ったって事よね?
ええっとええっと、こういう時は何番目の作戦だったかしら。クリとヒロが2人一緒になって近い方のルートに行った場合は……確か作戦2と3ね!
で、ええっと……あ! 時間の確認ね! 腕時計腕時計! 開始から8分で着いたわね。という事は……ええっと、大和なんて言ってたかしら?
確か順調にいけば京が向こうの設置ポイントに着くのが……5分だったわよね。で、クリたちが到着するのが6分。で、アタシが10分以内に設置ポイントに到着した場合は……
そうだ! 作戦3の方だわ!
「思い悩んでるところ悪いんだけどさ、『宝物』いらないのワン子?」
「わあぁぁ! いるわ! いるに決まってるじゃない!」
差し出されサインボールをひったくるように奪い取る。1番大切なこれを忘れたら大和になに言われるか分かったもんじゃないわ。それに大和の足を引っ張ったとなったら京が……
あわわわわ。怖い! 怖すぎるわ! 大和と京の同時のお仕置きなんて怖すぎて夜おトイレに行けなくなっちゃうわ!
「今度は恐怖に打ち震えてるのは別にいいんだけど、いいの? いつまでもここにいて」
「うわぁぁあ! そうだったわ! 早く行かなきゃ! ってどっちの作戦か忘れちゃったじゃない!」
「なんでそこで僕に当たるのさ! 大和にお仕置きされる事を考えながら思い出せばいいじゃん!」
お仕置きなんて嫌よぉぉ! っておお! 思い出したわ! 確か作戦3だったわね! モロのせいで忘れたけどモロのお陰で思い出したから文句言えないじゃない!
あわわ! そんな事考えてる場合じゃないわ! 早く大和の所に行かなきゃ! えっと確かこの道の途中にある橋の所に大和は待ってるって言ってたわよね? とりあえずそこまで速攻で戻ってすぐに京の所に行かなきゃ!
待ってなさいよ! 大和! 京!
side out
side 椎名京
お、来た来た。やっぱりクリスもタカもこっちのルートを選んだね。
えっと時間は6分。私がここに到着してから1分後。大和の読み通り、ここまでは作戦2と3の通りだけど、ワン子はあとどれぐらいで向こうの設置ポイントに着くかな。
まあ、ワン子の足なら開始から10分以内に着くでしょ。そう考えれば作戦は3の方だね。でも10分か……10分も2人を相手にしのがなきゃいけないのはちょっと厳しいね。クリス1人なら何となるけどタカも一緒となると……2人と武器を持っていないのが不幸中の幸いかな?
でもこれをしのげば大和に褒めてもらえる。ククク、恋する乙女は不可能を可能にする。ここで頑張ればきっと大和は私にメロメロになるはず。
美味しい! 実に美味しいねこの役! 負けた大和を慰めて絡め取るのも良かったけど、こっちの方法も悪くない。実に悪くない。
「ムッ! やはり京か!」
「や」
私を見つけて足を止めたクリスに手を上げて答える。あんまり驚いていないところ見ると、私がこっちに来るのは予測済みって事だね。大和の作戦を呼んだのかな? クリスの頭じゃ無理だね。
「やはりタカの言った通りか。犬と大和は向こうの設置ポイントから林の道を通ってこっちに来る算段だな?」
あれま、クリスじゃなくてタカが読んだんだ。まあ確かに私もここに来るまで林の中にいくつかの獣道を見つけたけど。ワン子、朝の鍛錬で山を走り回ったって言ってたしね。タカはそれを見抜いたってわけだ。
やっぱ侮れないねタカは。
「だが解せんな」
「ん? なにが?」
なにかおかしい事でもあるかな? クリスたちがそう考えてくれてるなら十分作戦は実行できるけど、まだ見抜かれていないからクリスが不思議に思うところなんてないと思うんだけど。
「『宝物』は持っているんだろ?」
「うん、そこにいるガクトからもうもらっているよ」
言いながらさっきもらったモモ先輩のサイン入りのボールを手に持って見せる。あ、ちなみにガクトは少し離れた場所にいるけど、さっきから誰かと電話してるみたいだから私たちの会話には参加してない。
決してガクトの存在を無視していたわけじゃないからね。うん、本当だからね。
「では何故ここに留まっている? 早いところ大和たちと合流した方がいいのではないか?」
「ノーコメントで」
本当に正攻法の作戦はすぐに思いつくんだね。でもねクリス? 私の大和がそんな真っ正直な作戦を取るわけないでしょ。場合によっては相手の裏の裏の裏すら考えてるんだからクリスには大和の作戦は読み取れないよ。タカなら分かるでしょ?
「大和君の作戦なんだろうけど……さすがに分かんないね。逃げる事も隠れる事もしないなんて。何か意味があるの? 京ちゃん?」
「ノーコメントで」
タカはやっぱり分かってる。ダテに長い付き合いしてないもんね。でも完全に読めているわけじゃないみたいだから戸惑っている。
うん、いい感じ。じゃあそろそろ始めようかな。
私は持っていた『宝物』をパーカーのポケットに入れる。そして全身の筋肉をほぐす感じで数回その場で軽くジャンプ。そんな私の突然の行動を訝しげに見ていねクリスとタカは。
ああいう顔をするって事は、2人はジン兄の説明に含まれてた
じゃあちょっとだけ驚いてもらうかな。
最後に1回だけ大きくジャンプしてそのまま屈伸。伸びあがる勢いを利用して地面を蹴り、クリスに向かって蹴りを放つ。
「なっ!?」
「っ!」
さすがタカ。反応いいね。恐らく考えてもいなかった不意の攻撃に身を固まらせたクリスを庇って私の蹴りを受け止めるなんて。でも掴まれたら厄介だからすぐに離れよう。
この中じゃ私が1番近接戦闘弱いしね。着かず離れずの攻撃じゃなないと時間稼げない。
「いきなり何をする京!」
怒ってる怒ってる。うん、でも私は別にルール違反は犯してないからね。怒られるのは筋違いってもんだよクリス。
「岳人君。ジン兄はなんて言ってた?」
でもタカは何か気付いたね。私の蹴りを受け止めた腕を擦りながら何か考え込んできたと思ったら、急にこっちを見学してたガクトに声を掛けた。しかもジン兄の名前まで出した。間違いなく気付いたね。
「相変わらずスゲーなお前も。京の1回の攻撃だけで気付くなんてよ。俺様、さっきジン兄に聞くまで全然気付かなかったぜ」
「そんな事はどうでもいい! いったい何なんだ!?」
そんな事扱いはさすがに可哀想だよクリス。ほらガクトちょっと落ち込んじゃったじゃん。まあいつもの事だからすぐ復活してるけど。
「
「
「そういう事か」
ガクトの言葉をオウム返しに言うクリスと違って、やっぱりタカは気付いたみたい。
「どういう事だ、タカ!?」
「ジン兄は『宝物』の争奪と言った。泥棒側は“死守”して警察側は“奪取”すれば勝ち。でもその言葉の本当の意味は設置ポイントへの到着スピードの事じゃない。さっき京ちゃんがやったように、相手への攻撃も“有り”なんだ」
「だがそれは!」
「ジン兄は『相手を攻撃しちゃいけない』なんてことはひと言も言ってない。種目に『レース』ってついているからって僕たちが勝手に勘違いしただけだよ」
その通り。
つまりこの『変則ケイドロレース』は速さも、戦略も、そしてチームの力も試される勝負。その全てを合わせた作戦を考えた方が勝ち。そういうルールなんだよクリス。
チームの力を全て合わせた作戦を考えさせたら大和の右に出るメンバーはファミリーにいない。
だからね、大和が負けるわけないって事。
あとがき~!
第81話終了。
勝負の途中ですので今回は座談会はなしで。
いやしかし、久し振りにいろんなキャラでの視点で行きましたが大変ですね。
位置をばらせけさせた自分のせいでもあるんですが、皆さん的にはどうですかね?
まあそれはそれとして、宣言通り、1話では終わりませんでした。
あははは。
でも次でたぶん終わります。たぶん。
今回のように視点変更を頻繁には行いませんのでそんなに長くなる事はないです。
あくまでもたぶんですけど……
見通し立ってなくて本当にもし訳ありません。
では次回でたぶん決着になると思いますので、よろしくお願いします。