原作過去エピソードの1つ『原っぱの争奪戦』です。
――2002年 6月2日 日曜日 AM11:00――
右から殴りかかってくる上級生をとりあえずいなしてひっくり返す。
受け身の取れない彼は背中を強かに打ちつけ悶えている。
それを無視して少しだけ身を屈める。
後ろから殴りかかって来た上級生の腕を掴み、勢いのまま片手で背負い投げる。その途中で腕を放すと、3メートルほど飛んでいった。
あ、勢いがつき過ぎた。
背中から地面に着地。そのまま2メートルほど滑って行った。
やり過ぎたかな、と思うものの見ると元気にのたうち回っているので、大した怪我じゃない事を確信する。
「あはははは!」
いかにも楽しそうな笑い声に溜息を吐きながら隣を見る。
そこには案の定、笑顔を浮かべたまま上級生をボコボコにするモモの姿があった。
最初は男である俺に向かって来た上級生――全員6年生らしい12人は、俺が3人ほど簡単にひっくり返したのを見て、半分以上がモモに標的を変え突っ込んでいった。
その結果、2秒足らずで決着。
俺に向かってきた5人は1人を除き足元で背中の痛みにのたうち回っている。
モモに向かった7人は派手にやられたのだろう。モモの足元でなんかやばい感じに痙攣している奴もいる。
モモには一応手加減するようにと言っておいたが、手加減ではなく力を入れるなと言っておくべきだったかもしれない。
そんな失敗に若干の後悔をしつつ、昨日の事を思い出していた。
§ § §
午前の修練が終わりシャワーで汗を流した俺は、タオルで髪を拭きながら廊下でモモと合流して昼食のため食堂へ向かっていた。
隣に並んで歩いているモモの髪もまだ若干濡れている。
「モモ、ちゃんと拭かないと風邪ひくよ」
「ジン、お前の方が髪長いんだからちゃんと拭いておけよな」
してやったりと笑いながら返すモモ。
ちなみにモモの挙動不審は先週の終りにやっと落ち着いた。
なんであんな行動を取っていたのか聞きたかったが、落ち着いたのに聞き出した事で再び挙動不審になられても困るので、解決したものと判断し放っておいた。
「おお百代! こんな所にいたのかネ」
ルー師範代が玄関側の廊下から声を掛け寄ってきた。
「どうしたんだ? ルー師範代」
「今、山門の前に男の子がいるんだけど、百代を呼んで来てくれト頼まれたんだヨ」
「私をか?」
用件を述べたルー師範代の言葉にモモは首を傾げる。
「ああ、なんでも話したい事があるらしいヨ」
「話したい事……なんだろうな?」
ルー師範代の言葉に俺はモモの方を見ながら問い掛ける。
そんな俺に視線を合わせたモモは少し不貞腐れたように言葉を発する。
「私が分かるわけないだろ。まあ行けば分かる事だがな」
「そうだな。どうするモモ?」
「行ってみよう。もちろんお前も付いて来るよな?」
問い掛けながらも返答の有無も言わさず俺の手を引っ張るモモ。初めから付いて行く事など決定事項かのようなモモの行動に、呆れながらも隣に並び玄関に向かう。
玄関を出て山門に到着した俺たちを待っていたのは、俺たちと同じぐらいの年の男の子だった。
「突然呼びだして申し訳ありません。でも、どうか力を貸して下さい」
こちらの姿を確認すると、そう言って頭を下げてきた。
これが、俺とモモと直江大和との出会いだった。
§ § §
大和くんの話は、先週の土曜日に遊び場にしていた原っぱを上級生の6年生数人に力づくで奪い取られたというものだった。
しかも、人質を取られて無抵抗なところを痛めつけられ、彼らのリーダーらしき男の子はコンパスで耳に穴を空けられたらしい。
人質を取った事、多人数で年下を一方的に痛めつけた事、さらにコンパスで耳に穴を開けた事。
以上の3つの事が気に入らなかったのだろう、モモは大和くんの頼みごとを聞くことにした。
実はモモは卑怯な事や不誠実な事を嫌う気質にある。
大和くんからの話を聞いて、どうやらその6年生の取った行動がモモのそれに触れてしまったらしい。自業自得ながらもその上級生には同情せずにはいられなかった。
その後、モモが集めていた野球カードのレアカードを献上した大和くんは、モモと舎弟契約を結んだ。(破ったら嬲り殺すという悪魔のような契約だったが)
ちなみになぜか俺も大和くんと舎弟契約を結ばされた。モモが言うには『私の舎弟はお前の舎弟でもあるんだ』らしく、ほぼ無理やりであった。(しかもモモと同じで破ったら嬲り殺すという契約)
あの時、大和くんに心の底から同情したのは人として当たり前な感情だと思う。
話は進みモモと俺は翌日の今日、大和くんに連れられて原っぱに来たのだった。
「人質とってお前の耳に風穴空けたのはどいつだ」
昨日の出来事を思い返していた俺は、モモのそんな言葉に考えを中断した。声の方を見ると何やらモモが6年生の1人を脅していた。
「やめろ、やめろよ」
「命乞いは、媚びてするものだぞ」
楽しそうに微笑んでいるモモ。
笑ったモモの顔は可愛いが、たぶん脅されてる方は見ている余裕はないだろう。
「俺は本当に
「
あ、キレた。
たぶん子猫をイジメ殺せるってところが気に食わなかったんだろう。
「あそこの建物の3階……屋根まで付き合ってくれ」
「モモ~あんまりやり過ぎないようにな~」
ズルズルと6年生を引きずりながら指さした建物に向かうモモの背中に、無駄だろうと思いつつも一応注意を促す。
「おう~任せておけ~」
俺の言葉に語尾を伸ばしながら上機嫌で答えるモモ。
そんなモモの様子に不安がなくなる事はないが、恐らく酷い事にはならないだろう。たぶん。
「だ、大丈夫なんですか?」
同じように不安に思ったのか、見た目まるっきり女の子のような外見の男の子が声を掛けてきた。
どう答えるべきなのだろうか迷っていたら、モモが連れて行った6年生を建物の屋根から突き落とした。しかもちゃんと足から地面に着くように。
結果、絶叫を上げ落ちた6年生はその衝撃に耐えきれず、足を抱えながらのたうち回っている。
「な、何もここまで……」
「両足イったんじゃないのか、これ……」
バンダナを巻いた男の子と大和くんが呟く。
2人とも腰が引けてる。まあ、無理もないと思うが……
「大丈夫だと思うよ。数日は痛みが続くだろうけどたぶん骨に異常はないはずだから」
顔を引きつらせて目の前の光景を見る彼らを、安心させるようにあえて明るい口調で言葉を掛ける。
それに安心したのか全員腰が引けてるものの、引きつった表情は引っ込んだ。
「ひ……ひぃぃっぃぃぃいいいい!!!」
そんなやり取りをしているうちに、再び聞こえてきた絶叫に視線をモモたちの方に向ける。
なにやら再度、脅しを掛けているようだが、モモが何かを言ったのか6年生は涙目になりながら何かを言葉にすると、物凄い勢いで首を縦に振った。
その後、土下座するような勢いで頭を下げた6年生は、痛む両足を引きずるように歩くと意識のあった仲間たちで気を失った人たちを抱え、逃げるように原っぱから去って行った。
満足したように腕を組みながら逃げていく上級生たちを眺めるモモ。その後頭部を軽く小突く。
「モモ、やり過ぎ。大した怪我じゃなかったからよかったものの、最後のあれは1歩間違えば大怪我になるところだよ」
「私がそんなヘマするか」
叩かれた場所を軽く押さえ、不機嫌そうに口を突き出しながらモモは答えた。
一応は最初に言っておいた『手加減しろ』と言う俺の言葉を守っていたらしい。その気になれば人間を数メートル吹き飛ばす事の出来るモモだ。相当手加減したんだろう。
「まあ、約束はちゃんと守ったようでなによりだよ」
「約束を守るのは当然だ! ……もし破ってお前に嫌われたらなんか嫌だからな……」
労うように頭を撫でる俺に、嬉しそうな笑顔を浮かべてモモは答えた。
最後の方は小声になっていたので何を言っていたかは聞こえなかったが、機嫌が良くなったのでそのまま頭を撫で続ける事にした。
「それで? 最後はなんて脅しを掛けたの?」
「脅しなんて心外だな。私はただ猫イジメのようなふざけた話をまた聞いたら今以上のお仕置きがあるかもな、と優しく言い寄っただけだ」
「それを世間一般では脅しって言うんだよ」
「こんな美少女が言い寄るんだぞ。脅しであってたまるか」
他愛もない会話を続ける。
そうしている内に話し合いが纏まったのだろう、今まで俺たちの後ろで何やらヒソヒソ話をしていた大和くんたち6人が一斉に頷いたのを感じ取った俺は、掛けられるであろう言葉を待った。
「2人ともちょっといいか?」
掛けられた言葉にモモと一緒に振り返って見れば、6人を代表するようにバンダナを巻いた男の子が1歩前に出ていた。
そしてこのバンダナを巻いた男の子――風間翔一が放った言葉が、俺とモモの長い人生における最高の仲間たちとの絆の始まりとなるものになったのだ。
「なあ、俺らの仲間に――『風間ファミリー』に入ってくれよ!!」
あとがき~!
「第7話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回の相手は――」
「前回より引き続きの登場、暁神です」
「はい! さてようやく7話にして原作エピソードを絡ませたわけですが……」
「原作エピソードと言っても過去話だけどね」
「まあ小学生時代から話を始めてるからそこは仕方がないと思ってほしい。で、今回の『原っぱ争奪戦』エピソードなのだが」
「勝手に名前付けちゃってるよ」
「いや名前付けた方が分かりやすいしね。まあ今回のエピソードなんですけど、オリキャラを介入させる事で若干違いが生じてます」
「と言っても上級生の人数が1人増えて、モモが相手した人数が減ったくらいでしょ?」
「そうなんだけどね。原作では回想で語られるエピソードなんだけど、余り弄りたくなかったというところかな? 次回のファミリー加入、自己紹介の話はほとんどオリジナルだからね」
「さりげなく次回の内容言っちゃてるけど……大丈夫?」
「大丈夫でしょ? 本文はまだ全然考えてないけど」
「大丈夫じゃないよそれ……」