第86話 強さの在り方、暁神の本質
――2009年 5月6日 水曜日 AM9:00――
side 暁神
川神院の武道場。
本来、この時間は門下生たちの修練が行われているが、今日は師範代以下全ての人間が海まで駆けて行き、砂浜で修練を行っている。
ぶつくさ文句を言ってたモモも、カズの言葉に折れて門下生たちと一緒に海へ行った。故に、今この川神院の武道場に残っているのは俺と鉄心さんだけだ。
正確に言うのならわざと残った、が正しいだろう。その理由も実に簡単。俺と鉄心さんが手合わせをするためだ。
俺は川神院でお世話になっているが川神流の遣い手じゃない。それは幼い頃から変わらない。時々モモと手合わせする事もあるが、あれはあくまでも“俺”という個人の身体能力での手合わせだ。
本来の“暁”としての手合わせは、川神院では鉄心さんにしか出来ない。
モモにも出来ないわけじゃないか、まだ力に頼るところが多々あるから恐らく“暁”としての俺と手合わせしたら1分も持たないだろう。
「準備は出来とるか?」
武道場の真ん中で正座をして瞑想をしていたら鉄心さんが声を掛けてきた。閉じていた目を開き正面に立つ鉄心さんを真っ直ぐに見る。
「問題ありません。そちらは?」
「こちらも万端じゃ。では結界を張ってくれんかの」
鉄心さんの頷き細く息を吐き、それを止めると同時に武道場の床に手を着き体内で廻らせた気を解放する。
【
武道場の中央を中心として建物全体を囲う気の結界を展開させる。この結界を張るのには意味がある。1つは周囲に被害を与えないための。そしてもう1つが外に俺たちの手合わせを気付かせないため。というよりは、モモにバレないために張っているんだけどね。
もう1度だけ気を廻らせて結界の強度を確認する。特に問題はないな。
今回、結界として張った【
まあ、この土地は寺院が建立するほどだから気脈自体は問題ない。かなりの無茶をしない限り結界が破綻する事はないだろう。
「すまんのう。お主の
立ち上がる俺に謝罪する鉄心さんだが、特に気にはならないので首を振って答える。俺と鉄心さんが手合わせすれば周囲が無事にすまないのは分かり切っている事。被害が出ないような事なら喜んでやりますよ。
「では、始めるかの」
「そうですね。時間は?」
「門下生たちが帰ってくるまで2時間ってとこかのう」
「じゃあ、それまでには終わらせましょうか」
決めるのは制限時間だけ。俺と鉄心さんの手合わせにルールなんてものはない。どんな力や業を使ってでも相手を倒せばそれで終了。ずっとそういう手合わせをしてきた。
まあ、まだ1度も勝った事ないんだけどな。
だが今回は日本に戻って来てから初めての手合わせ。年月で言えば実に5年振りぐらいだ。あの時はまだ本来の意味で『覚醒』していなかったが、マルギッテと初めて手合わせした時に俺は“暁”として『覚醒』した。
もしかしたら今日初めて、最強の武神、川神鉄心に勝てるかもしれない。
「ゆくぞ! 暁神!」
「来い! 川神鉄心!」
同時に膨大な闘気を放出する。
まずは闘気のぶつけ合いをするのがこの手合わせの暗黙の始め方だ。しかし思った通り力の強さはモモの方が上だが、気の強さは量・質、共にまだ圧倒的に鉄心さんの方が上だ。
武芸者としての年季が違うってことなんだろうが、ここで引くわけにはいかない。今まではいつもここで圧し切られて主導権を握られてきた。
だがさっき言ったように、あの頃とは俺自身が違うんだ。負けるとは微塵も思っていない。
「ほっほっほ。強うなっとるな神」
「5年前とは違いますからね」
闘気のぶつけ合いはほぼ互角。数十秒経過して圧し負ける事は圧し勝つ事も出来ない。このまま続けるのもそれはそれで面白いかもしれないが、埒が明かないのは確かだ。
ならきっかけを作って一気に局面を変えるのも1つの手だな。
呼気を整える事で放出しぶつけている闘気の質を一気に変換。鉄心さんの闘気も巻き込んで一瞬にして掻き消し、武道場内を空白にする。
「【
驚いている場合じゃないですよ鉄心さん!
闘気を掻き消したと同時に床を蹴り、一瞬にして鉄心さんの間合いの内に踏み込むと、捻じるように突き出した両掌を鳩尾の前で重ねる。
俺の意図を悟って飛び退こうとしているけど、少し遅いですよ。
【
衝撃と闘気を掌から撃ち出す。
だが直撃したはずなのに手応えが殆どない。恐らく内功・外功を駆使してダメージを最小限にしたんだ。【
「まさかあれだけの気を一瞬にして掻き消すとはのう。いやはや末恐ろしい奴よのう」
「俺としては結構いい不意を突いたと思ったんですけどね」
ああも何もなかったかのように立っていられると、ちょっとばかりプライドが傷付くな。まあ、目標は高く遠い方がいいってよく言うけど。
気持ちを切り替え床を蹴る。瞬時に間合いに踏みこみ闘気を纏った拳の連撃を繰り出すが、受け止め、捌かれ、いなされる。
一瞬だけバランスを崩した隙を突かれ脇腹に掌底が入る。即座に両手で鉄心さんの腕を挟み放たれるであろう衝撃を相殺する。
同時に身体を捻り沈み込ませ、右手で手首を掴み左手で腕を抱え込み背負い投げを放つ。が、手応えがない。投げると同時に床を蹴って勢いを殺された。
それを理解した時には投げの途中で両手を放し、空中で体勢を整えている鉄心さんの顔面に向かって左拳を叩きこむ。
逆に掴まれて同じように投げ飛ばされる体勢になったが、鉄心さんの背がこちらを向いた瞬間に右掌底を添える。そのまま床を踏み衝撃を透そうとしたが、勘付かれて掴まれていた腕を離し間合いを開けられた。突き出した腕は虚しく空を突くだけとなった。
間合いが開いた事で一瞬の停滞が生まれる。
だがその停滞を動かすように2・3度軽くジャンプする。その後で足場を確認するように床を数度足先で叩く。
足場は問題ない。あとは鉄心さんに通じるかどうか。だが考えていても意味はない。やってみなければ分からないからな。
軽く上体を揺らしながら、鉄心さんを中心に円を描くように移動する。それに合わせて鉄心さんも身体を動かし常に俺の正面に位置するようにしている。
気を廻らして全方向からの攻撃に対応できるようにしているのに、常に俺を視界に入れるなんてかなりの警戒様だ。それだけ認められているって事だろう。
ならそれに応えよう。
再び床を蹴り鉄心さんの間合いに踏み込む。その瞬間に驚きで気配がブレるのを感じる。それも当然だ。俺は鉄心さんの背後から近付いたのだから。
さっきまで視界に入っていたのは気で作った囮。俺自身は気配を殺し最初の位置から全く動いていない。
【
認識を誤認させて相手を惑わす歩法。暁の
肉薄した時にはこちらを向いているのは予想通り、だがこちらは既に次の攻撃の準備は終わっている。
右拳を鳩尾に当て右足で床を踏みしだき、引き絞った弓から矢を解き放つかのように身体を捻じり伸ばし右腕を突きあげる。
震脚によって発生した衝撃は、身体を捻じる事で螺旋の力も加わり右拳に一点集中、鉄心さんの身体を撃ち抜く。
【
一撃必殺にも近い技だが防がれている。【
思った通り、鉄心さんは空中で体勢を整えると両足で床に降り立った。
さて、これでも駄目となるとどうするべきか。【
「こちらから本気を出さんと、お主は本気を出せんか、神?」
急な鉄心さんの言葉の意味が分からない。
「どういう意味ですか?」
俺は本気を出している。現に鉄心さんに向かって躊躇う事なく技を仕掛ける事が出来た。手加減抜きの全力で。だけどそれでも鉄心さんは俺を否定した。
「気付いておらんようじゃが、それはお主の悪い癖じゃ。相対する人間の強さに合わせて闘う。圧倒的ではあるが相手を傷付けない程度の強さに抑える」
そんな事ない。そう反論したいのに声が出せなかった。そして気付いた。反論できないという事は心の中でそう思っている、それを肯定している自分がいるんだという事に。
でも本当にそうなんだろうか? もし本当ならどうして俺はそんな事をしていたんだ? どうしてそんな事をするようになったんだ?
全力で向かってくる相手に、全力で応えない。俺はそんな失礼な事をしていたという事なのか?
「それはお主のせいではない。見誤るな神」
戸惑う俺を落ち着かせるように鉄心さんは穏やかな声音で声を掛けてきた。でも、俺のせいじゃないっていうのはどういう意味なんだろうか?
その疑問に、鉄心さんはゆっくり答えてくれた。
「それは同等の強さを持つ者がおらんが故の弊害じゃ」
同等の強さ持つ者がいないための弊害? 何だろう。昔同じような事を言われたような覚えがある。そう、あれは確かモモと初めて勝負をした時だ。あの時も鉄心さんに言われた。
強さの比較対象がいないせいで自分の強さを自覚出来ていない。
あの時はモモと勝負をする事で自分の強さを自覚する事が出来た。鉄心さんの言葉はあの時の言葉と同じような意味なのだろうか?
「心の本質が『闘争』のモモなら、精神の混濁、戦闘衝動の暴走に繋がるが、お主の心の本質は『調和』じゃ。故にお主は無意識に力を抑えて闘っておる。恐らく上限の設定をモモより若干上ぐらいにしておるのじゃろう」
「そんなつもりはないんですけどね……」
「無意識じゃからの。だがさっきも言ったように、それはお主のせいではない。言うなればワシのせいじゃ」
鉄心さんのせい? それこそ意味が分からない。無意識とはいえやっているのは俺なのに、どうして鉄心さんが自分のせいと言うんだろうか?
そういえば、俺が自分の力を自覚出来ていない事も自分のせいだと言ってたな。
「力を自覚させるためにワシはお主とモモを闘わせた。結果、お主はモモに勝ち自分の強さを自覚した。そこまではワシの思い描いた通りの結果じゃった。だが、その結果がお主の力の上限を作らせてしまった」
ああ、そういう事か。だんだんと鉄心さんの言いたい事が分かってきた。
「お主の心の本質は『調和』。故にお主は自分が突出した存在になるのを無意識に避けたのじゃ。それと同時に強さゆえに孤独になりかけていたモモを救うために、モモより少しだけ強い、という自分の強さを作り上げたのじゃ」
だから鉄心さんは『自分のせい』だと言うのか。モモと闘った事で俺が自分の力を自覚したけど、そのせいで上限を作ってしまったと……
確かにそうなのかもしれない。俺の心の本質が『調和』だという事も別に否定はしない。でも貴方は思い違いをしていますよ鉄心さん。
確かに貴方の言う事も原因の1つなのかもしれません。でも結局は俺自身の
今なら分かる。俺は孤独になりたくなかったんだ。
親に捨てられたと言う過去が、俺の心に確かな
みんなは俺を『面倒見のいい兄貴分』と言い、風間ファミリーというグループも、俺がいるから今こうして変わらずいられるなんて評するけど、それは違うんだ。みんなとの繋がりに縋っているのは他でもない俺自身なんだ。
居心地のいい『風間ファミリー』と言う空間を壊したくないから、俺はみんなに気を配りフォローをするんだ。仲間のためじゃない、自分のためにやっているんだ。
ったく、いまさらそんな事に気付くなんてな。これじゃあミヤの事を強く言うなんて出来ないじゃないか。
「神」
「はい」
掛けられた声に思考を中断して顔を上げる。視界に穏やかな笑顔を浮かべる鉄心さんの姿が映る。なんか、何を考えていたかなんて全部見抜かれていそうだ。
案の定というか、その声は俺を諭すものだった。
「自分の力を恐れるな。これまでお主が築いてきたものは、その程度の事で壊れるものではない。仲間たちを、ここの家族を信じておるのじゃろ?」
「はい」
「なら信じ続ければよい。少なくとも、モモは何があろうとも、もうお主から離れる事はないじゃろうて」
うわぁ……同じようなことをモモに言って、モモからも言われたけど、恋人の家族にまでそう言われると物凄く恥ずかしい。
顔が赤くなってるのを自覚して思わず視線を逸らす。それを見てもなにも言ってこない鉄心さんだが、ニヤケた雰囲気じゃなく、穏やかで少しだけ嬉しそうな雰囲気なのが救いだな。鉄心さんが俺たちの関係を受け入れてくれているのは分かっていたけど、初めて言葉にして認めてもらったような気がする。
うん、でも確かに鉄心さんの言う通り大丈夫と思える。いまさら俺がどんな人間であろうとも、風間ファミリーのみんなも、川神院のみんなも、変わらずに俺と接してくれると信じられる。
「では、本気で行くかの」
「はい」
仕切り直し。ここからが本当の意味での本気の手合わせ。
目を閉じ心を落ち着かせる。マルギッテと初めて手合わせした時のように、意図的に自分の意識を切り替える。頭の中に無数のスイッチがありそれをONへと切り替えるイメージ。そして全てのスイッチを切り替えた瞬間――
“暁神”は誕生した。
何故か分からない。でも、はっきりとそう理解した。今、初めて俺は、自分自身の意思で自分の全ての力を解き放ったという事を理解したのだ。
目を開け正面にいる鉄心さんを見る。険しい表情をしているのを見るに、どうやら俺の変質を感じ取ったらしい。膨大な量の気を練っているのが分かる。鉄心さんも間違いなく本気でくる。
最強の武神、川神鉄心の本気。
いったいこの世界中に、何人の人間がそれを見る事が出来るんだろうか。結界を張っていなければ間違いなくモモにバレているな。
「ゆくぞ! 川神流奥義!」
【顕現の参・毘沙門天】
闘気で具現化された神々の化身。その化身から繰り出される拳を無造作に上げた左手で受け止める。驚愕の表情をしているけど鉄心さん、まだまだ驚いてもらいますよ。
受け止めた左手を捻じるように回す。それに呼応するかのように具現化していた闘気の毘沙門天が一瞬にして霧散した。
【
相手の闘気に同量で全く正反対の質をもつ闘気をぶつけて消滅させる暁の業《ワザ》。
「ヌゥ!?」
驚く鉄心さん。床を軽く蹴った次の瞬間、俺は既に鉄心さんの鳩尾に右掌底を当てていた。恐らく俺の動きは全く見えなかったはず。鉄心さんから見ればまさに瞬間移動に等しいだろう。
踏み込む事もせず突き出す事もしない。俺はただ鳩尾に当てた右掌底を軽く押すだけ。
それだけで、鉄心さんは気を失いその場に倒れ伏したのだった。
side out
side 川神百代
私が川神院に帰って来た時、院内は騒がしかった。
海での修練が終わり珍しく現地で解散となった。後は帰るだけだったのでぶらりと仲見世通りを散策し、お昼を少し過ぎた頃に戻ったのだ。
だけどこれ、騒がしいと言うよりは興奮している、と言った方が正しいな。
武道場の方の気の残滓からジンとジジイが手合わせしたのは分かる。またしても私がいない時にやりやがったなあの2人。
いつもそうだ。恐らくジジイが見せたくないんだろう。私がジンの強さに触れて戦闘衝動が強くなるのを避けたいんだ。
私としてはジンが傍にいれば満足だ。その証拠にジンが帰って来てから戦闘衝動は大人しい。ジジイだってそれを感じ取っているはずだ。
今の私は戦闘衝動よりもジンの強さに追いつく事の方が大事だ。同じ位置に立って同じ景色を見たい。この気持ちはワン子と同じだな。
「あ、お姉様! お帰りなさい」
「ワン子か、ただいま」
そうだちょうどいい、ワン子にこの騒がしさの原因を聞いてみるか。まあ、ジンとジジイの手合わせの余韻かなんかだろうと思うけど。
「ワン子、なんだってこんなに院内が騒々しいんだ?」
「ああ、この騒ぎね。なんでもジン兄がじーちゃんを倒しちゃったんだって」
は?
おいワン子、お前さっきなんて言った?
ジンが……ジジイを……倒したぁ!?
「ワン子! それ本当か!?」
「う、うん。料理長さんが倒れているじーちゃんをジン兄が介抱しているのを見たって……」
思わず詰め寄った私にビックリしながら答えるワン子。だが今はそんな事を気に掛ける余裕は私にはない。
勝った? あの私ですらギリギリ勝てないであろう最強の武神、今だ世界中の武芸者を震え上がらせる川神鉄心に勝った?
ふ、ふはは、ふはははは!
やっぱりお前は最高だ! 暁神!
そんなお前の彼女としても誇らしいが、同時にお前に追いつくことがどれ程困難な事か分かったぞ! だがそれでいい! お前は常に私の目標でい続けてくれ!
小さい頃、強さ故に孤独になりそうな私を救ってくれたお前だ。今度は私がお前の隣に立ちその孤独を癒してやるからな。
待っていろ、ジン。
あとがき~!
「第86話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「暁神です」
「最近、このあとがき座談会がつらくなってきました」
「おい。いきなりか」
「なかなかネタが……最近は本編の補足説明的なものになってる気が……」
「最初からそうだろ」
「痛いとこつくね。こんなんだったら『外伝? 〜毎日が記念日 365日の小噺〜』をあとがきとしてやればよかった」
「その通りだな。で、今回の話は?」
「結局やる事ってそれしかないんだよなぁ……さて今回のお話ですが、自分でもよく分からなくなりました」
「オイ!」
「一応は鉄心と君と手合わせを書いて、その中で君が本当は本気を出していなかったってことを説明したかったんだけど……何やら支離滅裂に……」
「時折思うんだけどさ、お前って話全体の見通しを立てていない時もあるけど、1話の流れの見通しを立てていない時あるよな?」
「うん、あるね。時折勢いだけで書いてる」
「あっさり認めるなよ! 読者に物凄い失礼だぞ!」
「でもどうしても勢いだけで書いちゃう時がある。そういう時って時々途中で何を書いているのか分からない時がある」
「問題発言だな……」
「こんな作者が書いている問題いっぱいありな物語ですけど、これからもよろしくお願いします」
「上手く纏めたつもりだが、問題先送りしてるぞ……」