同日午後六時三十五分。
もうそろそろ晩飯かと時計を見て思った一方通行は昼に来たファミレスに再度来たが、一度目に来た時とは違う箇所があった。
「あ?なンだって窓が割れてンだ?」
しかもそこから少し怒声が聞こえる。
「他当たるか…」
「あぁぁぁ!!不幸だぁぁぁ!!」
来た方向へ帰ろうと振り向く直前、聞いたことがある声が背後から聞こえた一方通行はファミレスの方向に体を戻す。
ファミレスの割れた窓からツンツン頭の男が出てくるのが見えた。
それはよく知る顔だった。
「あ、の野郎…!!」
一方通行は思わず目を剥いた。妹達を助けるために一方通行を殴り飛ばし、『実験』を凍結に追い込んだ無能力者の少年。
その少年が一方通行のいる方向とは逆へ走り去って行く。その後から武装したウエイトレスとムキムキな店長らしき男も出てきて少年を追いかける。
「…食い逃げかなンかやらかしたのか?」
少し考えた後、ニヤリと、一方通行は悪どい笑みを浮かべる。
「アイツ捕まえて差し出せばアイツは不幸で俺の鬱憤も晴れる。最っ高じゃねェか」
そうと決まれば実行あるのみと追いかけようとしたその時、一方通行のズボンから着信音が鳴る。
チッ、と舌打ちをして一方通行は電話に出る。
「あ〜、こちら一方通行ァ。只今留守にしてるから後から掛けやがれクソッタレ」
『こっちにはそんな巫山戯てる余裕はないの一方通行』
電話から聞こえてきたのはついさっき打ち止めを預けたばかりの芳川からだった。
「芳川か。何の用だ?今すげェ忙し」
『打ち止めが拉致されたの』
その言葉に一方通行の頭の中から一瞬で無能力者の少年の事が消し飛ぶ。
「はァ!?誰にだよ!?」
『天井亜雄。あの子にウィルスをインストールした張本人よ。もう学園都市から外へ逃げたと思ってたのに、油断したわ』
「…何処行ったか検討は?」
『無いわ。でも、わたし達に運はあるようよ』
「どういうことだ?」
『「外」から何者かが警備網を突破して、強引に街の中へ侵入したそうなの。おまけに昼過ぎには第七学区のファーストフード店近くで大規模な戦闘が起きている。
警備強度がオレンジ以上が発令された場合、学園都市内外の出入りは完全に禁止される。つまり、
「ヤツは学園都市の外に高飛びしてないって事だな?」
『むしろ第七学区からも出れないのではないかしら。いい大人が裸に毛布一枚の女の子を連れていれば検問に引っかかるでしょうし』
「ヤツを匿う知り合いは?」
『彼に知り合いと呼べる人なんているのかしら』
「ハッ、そりゃまた、俺みてェなクズだな。てことはだ、ヤツはどっかに身を隠してるって訳だ」
『わたしもそう思うのだけれども、さっきも言った通り、全く何処にいるか検討がつかないのよ』
一方通行は第七学区にあって天井亜雄に関連のある場所を頭の中にピックアップしていく。
「もしかすっと…」
一方通行は一つの建物の名前を言う。
『…そこの可能性は大いに有り得るわね』
「人間ってのは追い詰められれば追い詰められる程行動が分かりやすくなるって言うしなァ?」
ニヤニヤ笑いながら一方通行は大通りを歩いていく。
向かうは、かつて超能力者『超電磁砲』の量産型能力者の開発を行っていた研究所の跡地だ。
同日午後七時二十一分。
ある研究所跡地の側に、一台のスポーツカーが停まっていた。
冷房の効き過ぎた車内で、天井亜雄は身体中に張り付くような粘りのある汗をかきながらハンドルを握っている。
「くそ」
こうなるはずじゃなかった、と天井は思う。
本来なら打ち止めにウィルスをインストールした後、学園都市から高飛びし、外部の反学園都市機関に超能力関係の技術を手土産に拾ってもらう予定だった。
しかし、打ち止めがウィルスをインストールし終えた途端に逃げ出し、しかも外部からの侵入者のせいで学園都市から高飛びすらできなくなった。
彼の予定は大きく狂わされた。
「くそっ!」
ガンッ!と天井はハンドルを殴りつける。じんじんと痛む手が今が現実だと告げる。
予定通りに事が進まなかったら反学園都市組織は天井を切り捨てるだろう。いや、それだけならまだいい。もしかしたら天井が裏切ったと思い彼を殺しに来るかもしれない。そうなれば彼は学園都市と反学園都市組織の二つから追われる事になり、逃げ切る事は不可能になるだろう。
天井亜雄は助手席へ睨みつけるように視線をおくる。
そこには、意識を失い、シートに沈むように座った打ち止めが、耳を澄まさないと聞こえないほどの浅い呼吸をしていた。
打ち止めの顔には電極が貼られ、そこから伸びるコードは彼女の太股の辺りに置かれている端末に繋がっていた。
端末の画面には脈拍、体温、血圧などの打ち止めの身体情報が表示されているが、見る者が見れば匙を投げる程状態は酷かった。それこそ、いつ心臓が止まってもおかしくない程に。
「頼む、あと少し…あと少し保ってくれ…!」
そう言った直後、コンコンと、運転席の窓からノック音が鳴る。
天井が今いる場所はもう使われてない研究所跡地だ。人などいない筈だ。
ゆっくりと、首を助手席から運転席の窓に向ける。
窓の外には、少女のように細く、白い髪と肌の男、一方通行がニタァと悪魔のような笑みを浮かべて立っていた。
「ひぃ!?」
何故この場所が!?という考えを持つ間も無く窓ガラスが一方通行の手によって割られ、首を掴まれる。天井にとってその手は、まるで死神の手のように感じられた。
「よォ、久しぶりじゃねェか?天井くンよォ。けど、久しぶりで悪ィが、ちっとばっか寝てろ」
ベクトル操作で意識を強制シャットダウンされた天井の体から力が抜け、ズルっと運転席に沈む。
天井を気絶させた一方通行は携帯で芳川に電話を掛ける。
『一方通行?打ち止めは見つかった?』
「あァ、ガキは保護した」
気絶した天井を放置し、助手席のドアを開けるが、毛布に包まれた打ち止めは反応を見せない。
「ガキの頭に電極が着いてンだがよ、取らねェ方がいいか?」
『その先には何が付いてるかしら?』
「血圧やら脈拍、BC稼働率とかいうモンが表示されたノートパソコンみてェな奴が付いてンな」
『おそらく、ウチのスタッフが持ってる妹達の身体検査用キットだわ。BC稼働率って言うのは脳細胞稼働率の事よ。ブレインセルでBC』
「そりゃまた、随分すげェモンだな」
こんな小さな物で人の脳細胞の一つ一つの動きを監視出来るとは、と一方通行は学園都市の科学力の凄さを再認識した。
と、同時に、電話の向こうから雑音が聞こえた。
「おい、オマエ今どこにいる?」
『培養器と学習装置を積んでそっちに向かってる所よ。研究所に引き返す時間が短縮されるでしょう?それに打ち止めの体調の事もあるし』
「そォだな」
「みさ…か…は…」
「ガキが起きたみてェだ」
目を閉じたまま、懸命に小さな唇を震わせる打ち止めを見て、一方通行はそれを聞くか考える。
「ミサ、か…は、ミサみ、さかミサかmiサかはみsaかハmiさkaみさミサhaみサhaミサカミサミサミサミサミサミサミsajpw!4a/egj@39at'[email protected]',2wt'.my!3%%dbjvoeg%59@?(”u”djmw.wm93yndbt21hjtr6.4.mowuk1”&…!!」
「あァ?」
突然、何かに取り憑かれたかのように仰け反り、暴れ始める打ち止めに、一方通行は驚きの声をあげる。
打ち止めと繋がっているノートパソコンの画面には警告と書かれたウィンドウが何百と増えていき、画面を赤色で埋めていく。
「オイ芳川、どうなってやがる!」
『…』
電話はまだ通じているはずなのに向こうからは静寂しか聞こえない。
「聞こえてンのか!?』
『…ウィルスコードよ。暗号化されてるみたいだけれど。そのウィルス、もう起動準備に入ってるんだわ』
「マジかよ…」
「no17cord.g.mtagbem48%@txjyt&pipk.'gj,(!!gapj#jm」
ノートパソコンをもう一度見ると、BC稼働率が60、70とグングン伸びていき、100%に到達してもなお上がり続け、打ち止めの体が電気に打たれているかのようにビクンビクンと震え続ける。
芳川が到着するまでまだ時間がかかる。しかし、一方通行には打ち止めに対して出来ることは何一つない。
「クソッタレが…打つ手無しかよ…」
『そうでもないわよ。まだ一つだけ手があるわ』
「まだ何か手があンのかよ?」
『打ち止めからミサカネットワークにウィルスコードが発信される前に、妹達が絶対に逆らえない上位命令文にするための準備期間があるの。最初から上位命令文で書いたら正常な人格データの中から浮き彫りになってウイルスコードが簡単に探し出せてしまうから、その対策ね。時間にして十分。貴方の手でその子を処分なさい。その子を殺す事で、世界を救うのよ』
最後の一手は、打ち止めを救う事を放棄した最悪の、しかし最小の犠牲で済む最善の一手だった。
分かっているのだ。目の前のガキを殺して世界を救えるなら最高じゃねェかと。
しかし脳裏に、たった少しだが一緒にいた時間が思い出され、クソ…と一方通行は項垂れる。
この場で出来ることと言えば血流、生体電気を操ること。しかしそれが何になるというのだ。思いつくことは血流や生体電気を逆流させて体を爆砕するくらいしか出来ない。
本当に殺すしかないのか…?
打ち止めの苦しむ顔を見る。
このまま時間が進めば彼女の心はズタズタに引き裂かれ、更には世界中の妹達に凶悪な命令が伝達される。
それなら、いっそ楽にしてやったほうが…と一方通行の手が打ち止めの頭に伸びる。
一方通行が打ち止めの頭に触れるまであと数センチというところでドゴン、と車体全体が大きく揺れる。
「よぉ、久しぶりだな最強」
聞こえてきた男の声は嫌味を込めて一方通行に話しかけてきた。
フロントガラスに顔を向けると患者服を着た一人の男がしゃがんだ状態でこちらを見ていた。
「テメエは…」
どこか第五位と似た、中世的な顔をした男、草木陽太は眉間に皺を寄せ、はぁぁとため息を吐き、ポケットから四角い物体を出して一方通行に投げる。
なんだ?と思いつつ一方通行はそれを受け止める。
「そいつの中身は打ち止めのウィルス感染前の人格データだそうだ。あとお前の能力で何が出来るかをよく考えろ」
それだけ言って草木は常人では成し得ない跳躍で夜の空に消えていった。しかし一方通行は彼ではなく手元に残った四角い物体を見る。
「(ウィルス感染前のコイツの人格データ…そして俺の能力…)」
その二つの言葉を何度か復唱して一方通行は理解した。
「そういうことかよ…!」
それが本当に彼が言った通りのものか疑う事無くすぐさま電子ブックを開いて膨大な量で書かれたテキストを一字一字脳内に焼付け、目を閉じ脳内に焼き付けたデータを確認、もう一度電子ブックを見て誤差がないか確認し、問題ないと確信した一方通行は電子ブックをグシャリと握り潰す。
「おい芳川」
『何かしら』
もう片方の手に握っていた携帯電話に一方通行が呼びかけると芳川は返事をする。
「脳内の電気信号さえ制御できりゃあ、学習装置がなくてもこのガキの中の人格データをいじくる事が出来るよな?」
『出来るけど…まさか貴方…!』
「それさえ確認出来りゃ十分だ」
芳川が何かを言い切る前に携帯電話を電子ブックと同様に握り潰し、打ち止めと向き合う。
一度深呼吸をし、頭の中の雑念をすべて追い出し、反射を切って一方通行は苦しむ少女の額に触り、風邪を引いたような熱い皮膚から生体電流を掴み取る。
今からする行為は感染前と後の誤差を見つけ、そこを感染前に上書きする、ただそれだけだ。
しかしそれは、ウィルス感染後に取得した記憶や経験をすべてまっさらにするということ―
「はっ、だからなンだ?俺の事を忘れちまった方がこのガキの為じゃねェか」
データ上の相違点を見つけて潰す。消される記憶の断末魔のように、打ち止めの体がビクンと震える。
「俺がここまでしてやってンだ。助かりませンでしたとか言わせねェからな」
同日午後七時三十分。
「お疲れ様です」
病院に戻ってきた草木を常盤台の超電磁法で有名な御坂美琴と同じ顔をした少女、美菅が出迎える。
「まさか俺のお使い相手が一方通行だとはな」
まだ痛む体を休めるべくベッドに横たわる草木。美菅も近くにあった面会用の椅子に座る。
「すみません、上位固体、そして美管達に危険が迫っていて、機動力がある貴方に頼むしかなかったんです、と美管は頭を下げます」
「まぁいいんだけどさ。それにしても、会ってきた俺が言うのもなんだが、あれ本当に一方通行か?」
「どういう意味でしょうか?」
「いや、前会った時と雰囲気やら目付きやらが落ち着いていたような気がしたから」
前は剥き出しのナイフのようなイメージだったが、さっき会った一方通行からはそんなイメージを欠片すら感じなかったと彼は思う。
「気のせいでは?と美管は適当に流してお見舞いの品のバナナを食べます」
「いや気のせいじゃ…っておいこら俺の勝手に食うな」