武藤遊戯のデュエルロード   作:YASUT

5 / 5
前回の投稿からもう一ヶ月。《時の跳躍-ターン・ジャンプ-》でも使われたかな……?

2016.08.07.デュエル構成のミスを改稿。


融合使い、紫雲院素良!

 

「……無念。完敗だ、武藤遊戯殿」

 

 アクションフィールドが消えた後、権現坂くんは微笑を浮かべながらそう言った。

 全ての力を出し切り、その上で負けた。今の彼はそんな顔をしていた。

 

「権現坂くん……ありがとう。とても楽しいデュエルだったよ」

「礼を言うのはこちらの方だ。貴殿とのデュエルで世界の広さを教えられた。

 魔術師による“柔”の連携と、ドラゴンによる“剛”の威力。

 それに加えてまさか、俺に合わせて(アクション)カードを使わないとはな」

「あっ……そういえば」

 

 言われてようやく思い出した。

 今回のデュエルでは、お互いに(アクション)カードを一枚も使っていない。

 シンクロ召喚を見た辺りからすっかり忘れてしまっていた。

 まあ、結果論から言えば使わなくて正解だったかもしれない。権現坂くんの切り札である《超重荒神スサノ-(オー)》は、こちらが魔法(マジック)(トラップ)を使えば使うほど真価を発揮するからだ。

 

「ん? 『そういえば』とはどういうことだ? 遊戯殿は俺に合わせて(アクション)カードを使わなかったのではないのか?」

「いやー……恥ずかしい話なんだけど、使うのを忘れていたんだ。デュエルに熱中していて」

「熱中していたのならそれこそおかしいだろう。俺が言うのもなんだが、アクションデュエルは(アクション)カードを使ってこそのデュエルだぞ?」

「えっと、それは……そう! 実はボク、ずっと遠くからこの街に来たんだ。だから、まだアクションデュエルに慣れてないんだよ」

「そうなのか。素良と同じことを言うのだな」

 

 咄嗟に誤魔化してしまったが、一応間違いは言ってないはずだ。

 ……実は異次元からやってきました、なんて言っても普通は信じないだろうなあ。

 

「お疲れ様! 権現坂くん、遊戯くん!」

 

 塾長さんがやってきて、自分達に労いの言葉をかける。

 

「塾長殿……申し訳ない。遊勝塾の二番手を任されておきながら、結果はご覧の通りだ」

「いや、遊戯くんの強さは本物だ。権現坂くんはよくやったよ。

 とはいえ、これで遊勝塾の二連敗か。経験の差があるとはいえ、ここまで一方的だと流石に悔しいな。

 そこで遊戯くん。ここで一つ、頼みを聞いてもらえないだろうか?」

「頼み?」

「ああ。ほら、あの子が見えるか?」

 

 塾長が指したのは青髪の少年。口に棒つきのキャンディを含みながら、硝子越しに自分を見ている。

 

「彼は紫雲院素良って言うんだけどな。君とどうしてもデュエルがしたいって言い出したんだ。

 ただ……彼は融合召喚の使い手なんだ。エクシーズ召喚を使っているところは見たことないから、遊戯くんの友達の要望には答えられない。

 だが、俺は生徒の意思を尊重したい。素良がデュエルしたいと言うのなら、できる限り叶えてやりたいんだ。

 どうだろう遊戯くん。彼の挑戦を受けてもらえないか?」

「そうですね……」

 

 ゴーグルに手を当て、耳を澄ます。

 ……どうやら、あちらとの通信は切られてるらしい。海馬くんからの応答はない。

 ……特に指示は受けていないけど、一回くらいなら大丈夫だろう。

 

「わかりました。挑戦を受けます」

「な……いいのか? 君には彼とデュエルする理由はないんだぞ?」

決闘者(デュエリスト)がデュエルするのに大した理由は要りませんよ。

 それに、ここで終わるのも中途半端で後味悪いですから。ここまで来たらもう一度勝って、三連覇を成し遂げてみせますよ」

「おっ、言ったな! 素良はこの塾のトップ3の一人。そう簡単に勝てるとは思わないことだ。

 じゃあ、素良を呼んでくる。遊戯くんは先に準備していてくれ」

 

 塾長さんは静かに闘志を燃やしながら、観客席に戻っていった。

 

「次は素良とのデュエルか。ますます目が離せないな。しかし、本当によかったのか?」

「? よかったって、何が?」

「これは俺の勝手な推測なのだが……遊戯殿は体力に自信がないのではないか?」

「体力? 確かにその通りだけど……――あっ」

 

 しまった。“そのこと”を失念していた。

 一戦目の遊矢くんに続き、二戦目の権現坂くん。となれば、次の三戦目も間違いなく――。

 

「うむ、次もまたアクションデュエルだ。おそらく素良は(アクション)カードを駆使して戦うだろう。遊戯殿にとっては体力的に苦しい戦いになるかもしれん。

 だが一人の決闘者(デュエリスト)として、素良の気持ちは分からんでもない。少々酷かもしれんが、どうか期待に応えてやってほしい」

 

 

 ◆

 

 

「――と、いうわけで。改めて自己紹介するよ。

 僕の名前は紫雲院素良。好きなものはお菓子! 特技は融合! よろしくね!」

「うん、よろしくね」

 

 デュエルフィールドに着くやいなや、青い髪の男の子――“紫雲院素良”くんは元気よく自己紹介した。

 年相応の陽気さが何とも可愛らしい。この後のアクションデュエルでも活発に動き回ってくれるだろう。

 ……正直そろそろ休みたいのだが、ここは頑張らねばなるまい。

 

「ありがとう、武藤遊戯さん。僕の挑戦に応じてくれて。

 でも大丈夫? 失礼かもしれないけど、遊戯さん体力ないんでしょ?」

「いや、そんな。確かに体力には自信ないけど、まだまだ君には負けないよ」

 

 まるで年寄りのような自分の発言に少し凹む。

 けれど、今回の相手は前二人よりも幼い子供だ。素良くんには申し訳ないが、少しは楽なデュエルになるはず――

 

「あ。もしかして、僕が子供だからって油断してる?」

「う”っ――」

 

 つい、と目を逸らす。

 心の中を読まれた気分だった。

 

「やっぱりねー。なんとなくそうは思ってたんだ。この人、実は本気で戦ってないんじゃないかなって」

「いやいや、そんな失礼なことはしてないよ」

「だったらいいけどねー……」

 

 そう言いながら素良くんは一瞬だけ目を細めた。

 ――その瞬間だけ、彼の“素”が見えた。

 敵視……というのは行き過ぎだが、素良くんはボクを怪しんでいる。

 表面上は明るく振舞っているが、どうも彼には警戒されているらしい。

 無理もないことか。何もないところからいきなり人が現れたら誰だってそうする。一度デュエルしただけで分かり合えた二人と塾長がお人好しすぎるだけで、彼の反応こそが普通なのだ。

 

「まあいいや。デュエルしてみれば分かることだし。

 それじゃ、よろしくお願いしまーす」

 

 素良くんは行儀よく礼をした後、所定位置についた。彼は新しい飴玉を加えた後、デュエルディスクを展開する。

 

「それじゃあ塾長、おねがーい!」

「了解だ素良! じゃあ行くぞ! アクションフィールド、オン! 《スウィーツ・アイランド》!」

 

 三度、天井に備え付けられた機械が稼働する。

 簡素な風景は瞬く間に幻想の世界へ。人物はそのままで背景だけが変化し、質量を伴った映像が付与される。

 展開されたのは《スウィーツ・アイランド》。

 ビスケットの家、ドーナツのアーチ、ソフトクリームのタワー。童話に出てくるお菓子の世界をそのまま再現したような、メルヘンチックな世界だった。

 

「うん、やっぱりいいよねここ。《スウィーツ・アイランド》。僕の好きなお菓子がいっぱいだ」

 

 

「じゃあ、行っくよー! 戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ、これぞデュエルの最強進化系!」

「アクショーン――!」

 

 

「「デュエル!」」

 

 

 掛け声と同時、青空を背景に無数の(アクション)カードが弾け飛んだ。

 それはアクションデュエル開始の合図。遊勝塾三戦目、紫雲院素良くんとのデュエルの幕が上がった。

 

 

 ◆

 

 

 遊戯

 LP:4000

 

 素良

 LP:4000

 

 互いのライフが視覚化され、デュエルが開始される。

 先行はこちら。今回は堅実に攻めさせてもらおう。

 

「ボクの先行!

 モンスターを裏守備表示でセット! 更にカードを2枚伏せ、ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー!

 出し惜しみはなしだ。まずはこっちから行かせてもらうよ!

 まず僕は永続魔法《ブランチ》を発動! このカードがある状態で融合モンスターが破壊された時、その素材に使われたモンスターを墓地から特殊召喚できる。

 そして、魔法(マジック)カード《融合》を発動! これにより、手札の《ファーニマル・ベア》、《エッジインプ・シザー》を融合!

 悪魔の爪よ! 野獣の牙よ! 神秘の渦で一つとなりて、新たな力と姿を見せよ!

 ――融合召喚!

 現れ出ちゃえ、すべてを切り裂く戦慄のケダモノ! 《デストーイ・シザー・ベアー》!」

 

 天使の翼が生えた、つぶらな瞳の熊のぬいぐるみ。悪魔の目が垣間見える巨大なハサミ。正反対とも言える二体が融合し、融合モンスターが召喚された。

 関節がハサミでできた熊のぬいぐるみ。ただし眼球は飛び出ており、口と腹が裂けている。口の中からは悪魔の瞳が覗き、腹からは巨大なハサミが突き出ていた。

 

「このままバトルだ! 《デストーイ・シザー・ベアー》で、守備表示のモンスターを攻撃!」

 

 攻撃対象にされたことで、裏側表示のカードが表になる。

 それは《マシュマロン》。名前の通り、お菓子のマシュマロをそのままモンスター化したようなカードだ。

 《デストーイ・シザー・ベアー》のアイアンクローが《マシュマロン》を抉る……が、弾力性に優れたその身体を裂き切れず、押し返された。

 

「あれ、破壊できない?」

「君が攻撃した《マシュマロン》は、戦闘では破壊されない効果を持つ。更に、裏側表示のこのカードを攻撃したプレイヤーに1000ポイントのダメージを与える」

「むぅ……」

 

 素良

 LP4000 → LP:3000

 

「惜しかったなー。てっきり遊矢とのデュエルで出したあのモンスターだと思ったんだけど。

 まあいいや。僕はこれでターンエンド」

「ボクのターン、ドロー!

 ボクは《マシュマロン》の力を使い、《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》を召喚!」

 

 《マシュマロン》を消滅させ、新たなモンスターを召喚する。

 身の丈ほどの白い大剣を背負った、細身の男性剣士。彼は青いコートを(なび)かせ、武藤遊戯のフィールドに着地した。

 攻撃力は2300。《デストーイ・シザー・ベアー》の2200を上回っている。

 

「うわっ、まずい!」

 

 素良くんは身を翻し、(アクション)カードを探し始めた。

 その身体能力は想像以上だった。壁を蹴って家の上に上がった後、身軽に飛び回りカードを探す。

 おそらく既に見つけている。確実にカウンターを決めるため、探している振りをしながら攻撃を待っているのだ。 

 

 《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》と《デストーイ・シザー・ベアー》の攻撃力の差は100。更に《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》は、相手の魔法(マジック)カードの効果を一切受け付けない。

 これら二つを踏まえると、素良くんが狙っているのは《デストーイ・シザー・ベアー》を強化するカードだろう。

 

 でも、それは甘い。

 これまでの二連戦で(アクション)カードの特性は大方把握している。

 拾ってすぐ使える即効性。

 一ターンのみ、あるいは一度のみ適用される単発性。

 そして、それらの多くは“フィールドのカード1枚のみを対象として”発動する。

 ――対抗策はここに。

 素良くんがカードを拾う前に、伏せ(リバース)カードを発動させる。

 

「バトルフェイズに入る前に、この伏せ(リバース)カードを発動する!

 速攻魔法、《禁じられた聖衣》! モンスター1体の攻撃力を600ポイントダウンさせ、効果による対象から外す! これにより、《デストーイ・シザー・ベアー》を対象とした(アクション)カードは無効となる!」

「えぇっ!?」

 

 《デストーイ・シザー・ベアー》に白い聖衣が着せられ、攻撃力がダウン。

 沈黙の剣士は大剣を振るい、その胴体を薙ぎ払う。

 

「《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》の攻撃! 『沈黙の剣LV(レベル)5』!」

 

 ――光芒一閃。

 白い剣の光が尾を引き、ぬいぐるみのモンスターは両断された。

 

 素良

 LP:3000 → LP:2300

 

「っ……でもここで、《ブランチ》の効果を発動! シザー・ベアーの融合素材になったモンスター、《エッジインプ・シザー》を特殊召喚!」

 

 再び悪魔のハサミが素良くんのフィールドに出現する。

 《ブランチ》は融合モンスターが破壊された時の保険のカード。素良くんはきっと次のターン、蘇生させた《エッジインプ・シザー》を使って何かを仕掛けてくるだろう。

 

「ボクは、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 これでセットしてあるカードは二枚。その内一枚は発動できるタイミングが限られている。これだけでは少々不安だ。

 ターンを終えた後、自分もまた(アクション)カードを探し始める。

 同じ(アクション)カードを狙っても勝ち目はない。であれば、探すべきは反対方向か。

 

(アクション)カードを使う気だね。でも、それだけじゃ僕の反撃は防ぎきれないよ!

 僕のターン! 魔法(マジック)カード《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動! 墓地から《融合》と、融合素材に使われたモンスター1体を手札に加える!」

 

 素良くんは自分の墓地から《融合》と《ファーニマル・ベア》の2枚を指で挟み、こちらに見せた。

 ……これで彼の準備は整った。もう一度、融合召喚が来る。

 

「そして魔法(マジック)カード、《融合》を再び発動! 僕はもう一度《ファーニマル・ベア》、《エッジインプ・シザー》を融合する!

 悪魔の爪よ! 野獣の牙よ! 神秘の渦で一つとなりて、新たな力と姿を見せよ!

 ――融合召喚! 現れ出ちゃえ、すべてを引き裂く密林の魔獣! 《デストーイ・シザー・タイガー》!」

 

 同じ融合素材で異なるモンスターが召喚された。名称は《デストーイ・シザー・タイガー》。《デストーイ・シザー・ベアー》の“熊”部分をそのまま“虎”にしたようなモンスターだ。

 

「《デストーイ・シザー・タイガー》の効果発動! 融合召喚に成功した時、素材にしたモンスターの数だけフィールドのカードを破壊できる!

 素材になったのは2体! よって僕は《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》と、伏せ(リバース)カードを一枚破壊する!」

 

 《デストーイ・シザー・タイガー》の腹部のハサミが大きく開いた。

 刃を光らせながら、《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》を切り刻むべく接近する。

 ――が、その前に。

 チョコレートのレンガに挟まれた(アクション)カードを取る。即座に確認、そして発動させた。

 

(アクション)魔法(マジック)、《ミラー・バリア》! フィールドのモンスター1体はこのターン、カードの効果では破壊されない! ボクは《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》を選択!」

 

 その直後、シザー・タイガーのハサミが閉じられた。

 対象は二枚。成功したのは一枚だけ。

 破壊されたのは(トラップ)カード――《運命の発掘》。

 

「この瞬間、破壊された《運命の発掘》の効果が発動! 相手の効果によってこのカードが破壊された時、自分の墓地の《運命の発掘》の数だけデッキからドローする!

 ボクの墓地には一枚だけ。よって、一枚ドローする」

 

 《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》は多面体のバリアに覆われており、シザー・タイガーの凶刃を防いでいた。

 モンスターは守られ、伏せ(リバース)カードはドローカードに変換。実質シザー・タイガーの効果は無効化したと言っていい。

 

「流石、遊矢と権ちゃんを倒しただけのことはあるね!

 だったら僕は、手札から装備魔法《フュージョン・ウェポン》を発動! これを《デストーイ・シザー・タイガー》に装備! 攻撃力を1500ポイントアップさせる!

 更にシザー・タイガーは、自分の場の《ファーニマル》または《デストーイ》1体につき、《デストーイ》達の攻撃力を300アップさせる!

 よって、シザー・タイガーの攻撃力は合計1800アップする!」

 

 《デストーイ・シザー・タイガー》の攻撃力が跳ね上がる。数値は3700、《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》より1400も上回った。

 手札を確認する。

 《運命の発掘》でドローした魔法(マジック)カード。

 2体の攻撃力の差は1400。

 ――だったら、覆せる。

 

「バトルだ! 《デストーイ・シザー・タイガー》で《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》を攻撃!」

(トラップ)発動! 《和睦の使者》! このターン、ボクのモンスターは戦闘で破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

 《デストーイ・シザー・タイガー》が襲いかかってくる直前に(トラップ)を発動させ、攻撃を中止させる。

 

「む……ターンエンド、だよ」

「ボクのターン、ドロー!

 ボクは《沈黙の魔導剣士-サイレント・パラディン》を召喚!」

 

 青い刀身の西洋剣と、聖騎士風の盾を持った魔導剣士。サイレント・ソードマンが青ならこちらは白。括られた栗色の髪が純白のマントによく映える。

 魔導剣士は剣士と並び立ち、玩具の悪魔を見据えた。

 

「サイレント・パラディンの特殊効果発動! このカードの召喚に成功した時、デッキから《サイレント・ソードマンLV(レベル)3》を手札に加える!」

 

 そして次。ドローフェイズに引いたカードを選ぶ。

 元々、このターンで《デストーイ・シザー・タイガー》を倒すことはできた。でも、このカードならその先へ行ける。

 

「ボクは、《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》の力を使い――いでよ! 《沈黙の剣士-サイレント・ソードマン》!」

 

 沈黙の剣士を生贄とし、新たな沈黙の剣士を召喚。

 身の丈ほどの白い大剣と、ブルーのロングコート。外見にそう大きな違いは見られない。強いて言うなら腕部、腰部に銀のベルトが加わった程度だ。

 しかし、攻撃力は僅か1000のみ。《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》から目に見えて弱体化している。

 

「攻撃力1000? わざわざ自分で攻撃力を下げるなんて、どういうつもり?」

「その答えはすぐに分かるよ。

 行くよ素良くん! 《沈黙の剣士-サイレント・ソードマン》で、《デストーイ・シザー・タイガー》を攻撃!」

 

 攻撃命令を受け、沈黙の剣士はシザー・タイガー目掛けて跳躍した。己の背丈ほどある大剣を片手で振るい、標的を叩き切る。

 ――しかし、それは通らない。光芒が停止する。

 剣士による渾身の斬撃は、白刃取りの要領で玩具の腕に止められていた。直後、悪魔のハサミが開く。剣士はその胴体を切り刻まれ、無残に破壊された。

 遺された大剣は垂直に落下し、地面に突き刺さる。

 

 遊戯

 LP:4000 → LP:1300

 

「……どういうこと? もしかしてヤケになっちゃった? それとも、手加減のつもりなのかな?」

「そんなことはないよ。ボクの攻撃はここからだ!

 《沈黙の剣士-サイレント・ソードマン》は破壊された時、手札かデッキから《サイレント・ソードマン》モンスターを、召喚条件を無視して特殊召喚できる!

 時を超えて現れろ! 《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》!」

 

 ――不屈の闘志を以て、沈黙の剣士が復活する。

 粒子が身体を再構築し、遺された大剣は再び握られる。

 攻撃力は2800。一度の敗北を経て、剣士は悪魔を上回った。

 

「《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》! もう一度、《デストーイ・シザー・タイガー》を攻撃!」

「っ――本当にヤケになっちゃったの? 《デストーイ・シザー・タイガー》の方が攻撃力は上だよ!」

「《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》は、フィールドの魔法(マジック)カードの効果を全て無効にする!

 よって(アクション)カードは勿論、君の《フュージョン・ウェポン》と《ブランチ》の効果も無効となる!」

「何っ……!」

 

 ただし、ここに例外がある。

 残された一枚を発動させ、《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》を強化する。

 

「速攻魔法、《沈黙の剣》!

 このカードの発動と効果は無効にされず、《サイレント・ソードマン》の攻撃力と守備力を1500アップさせる!」

 

 攻撃力上昇――4300。

 剣士は(つるぎ)を構え、玩具目掛けて跳躍する。

 

「《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》の攻撃! 『沈黙の剣LV(レベル)7』!」

 

 ――光芒一閃。

 虎の玩具を象った悪魔を、一刀の元に斬り伏せた。

 

 素良

 LP:2300 → LP:200

 

「うっ――!」

 

 《ブランチ》が無効化されている今、素材モンスターを復活させて盾にすることはできない。

 そしてこちらにはまだ、彼女の攻撃が残っている。

 

「行け、サイレント・パラディン! 素良くんにダイレクトアタック! 『沈黙の魔導剣』!」

「うわぁっ!?」

 

 魔の力を宿した西洋剣が、青い光芒を引いて素良くんを切り裂いた。

 残り僅かだったライフが削れ、0となる。

 

 素良

 LP:200 → LP:0

 

 それを合図にお菓子の世界は徐々に消滅していき、元の簡素な風景が戻ってきた。

 デュエル終了。遊勝塾三戦目もまた、武藤遊戯の勝利で幕を閉じた。

 

 

 ◆

 

 

「あはは、凄いねキミ! まさかこの僕が負けちゃうなんてさ!」

 

 素良くんは身を起こし、服についたホコリを払って立ち上がった。

 

「ここには融合を初めとして、シンクロやエクシーズにペンデュラム、それから儀式。とにかく色んな召喚法を使う決闘者(デュエリスト)がいるんだ。

 ――でも、キミみたいなのは始めて見たよ。キミとのデュエルは融合とかペンデュラムとか、それ以前の戦いだった。

 何気ないモンスターの召喚でも、ビリビリエネルギーを感じたよ。基本からしてレベルが違うっていうか、むしろ基本のレベルこそが違うっていうか。

 うん、とにかくありがとう。これはこれでいい経験になったよ」

「――ああ。実に、見事なデュエルだった」

 

 ――パチパチパチ。

 柏手を叩きながら、その男は現れた。

 群青の長袖と白のスラックス、赤いマフラー。赤い眼鏡をかけており、その奥からは鋭い瞳がこちらを覗く。

 見たことのない人だ。少なくとも素良くんとデュエルを始める前……どころか、遊勝塾に転移してきた時にはいなかった。

 観客席の方を見る。そこには塾長さんを始めとした観客が7名全員が、目の前のこの男を警戒していた。

 男は柏手を叩き、微笑を浮かべながらこちらに歩み寄る。

 

「はぁ……誰かと思ったら、レオ・コーポレーションの社長じゃん」

 

 素良くんは不信感を隠そうともせず、マフラーの男に話しかける。

 

「今更遊勝塾に何の用? 宣戦布告でもしに来たの?」

「いや。今回は私一人でこの塾に来た。LDSは関係ないし、今更遊勝塾を乗っ取るつもりもない」

「ふーん、そう。でも悪いけど信じられないね。こう言ったら皆に悪いけど、遊勝塾はとても小さな塾だ。

 “天下のLDSが、十人にも満たない小さな塾に引き分けた”。

 僕らとしては鼻が高いけど、そっちからすればこの上ない汚点だ。これを返上するためにリベンジに来たって考える方が普通じゃない?」

「なるほど。確かに母様(かあさま)ならそう仰るかもしれない。君たちは我々との再戦に備えておいた方がいいだろう。

 しかし今回は別件だ。私が用があるのは――彼だ」

 

 マフラーの男はこちらに向き直る。

 そして人当たりの良い営業スマイルを浮かべながら、自己紹介をした。

 

「私は赤馬零児。レオ・デュエル・スクール、通称LDSを経営しているレオ・コーポレーションの社長を務めております。以後、お見知りおきを」

「武藤遊戯です。よろしくお願いします」

「ご丁寧にどうも。

 ――では、早速ですが本題に入らせていただきます。

 武藤遊戯さん。この場で私とデュエルをしていただきたい」

「…………」

 

 静かな宣戦布告。ただし、相手は遊勝塾ではなく自分。

 素良くんとデュエルを始める前、彼の姿はなかった。きっと、ボク達がデュエルをしている間に遊勝塾に訪れたのだろう。

 ボクと素良くんのデュエルを見てこの人は――赤馬零児さんは、ボクとデュエルがしたいと思ったのか。

 

 ……いや、それはおかしい。

 経験に裏付けされた直感がアラートを鳴らす。この男には、何か裏がある。

 

 武藤遊戯は遊勝塾に突然現れた。にも関わらず、赤馬零児は自分と接触するためにここに来た。武藤遊戯という存在は、まだ遊勝塾以外には知られていないはずなのに。

 ――おかしいと感じたのはここだ。

 この男は、どうやって自分の存在を知ったのだろう……?

 

「ねえちょっと、勝手なこと言わないでくれる? そんなこと塾長が許すワケないじゃん」

「話は既に通してある。本人は嫌がっていたが、教育のためと割り切って了承してくれた。LDSのトップと、遊勝塾に三連勝した決闘者(デュエリスト)。この二人のデュエルなら、生徒達も多くのことがを学べるだろう、とな。

 それで、どうでしょうか。聞いた話によると、貴方は休みなく三度デュエルを受けたそうですね。四連戦が苦しいようでしたら、機会を改めますが」

「それは――」

 

「――望むところだ。そのデュエル、遊戯の代わりにこの俺が受けてやる」

 

「え……?」

 

 ――聞き覚えのある声が背後から届いた。

 機械越しの電子の混ざった音ではなく、人から発せられた肉の声。

 振り返って確認する。

 鋼のような白銀のコート。腕には自分と同じ型のデュエルディスク。

 いつの間にか自分の後ろには、“海馬瀬人”が腕を組んで立っていた。

 

「な――」

 

 素良くんは驚きのあまり口を開け、加えていた飴を落とす。

 ……その気持ちは分からないでもない。実際に見ていないから確証はないけど、海馬くんはボクと同じように“突然”現れた。何もない場所から、ワープでもしてきたかのように。

 

「フン……第二の実験もまた、成功のようだな」

 

 海馬くんはグーとパーを繰り返して感触を確かめた後、満足げに笑う。

 

「第二の実験?」

「無論、今回の次元移動実験のことだ。

 新型デュエルディスクを装着した一人目の決闘者(デュエリスト)を他次元へ転送する。これが第一の実験。

 そしてこれが第二の実験。一人目の反応をこちらでキャッチし、その座標に二人目を転送する。

 つまり、貴様の自意識をビーコンにして俺もまたこちらに転移してきたというわけだ」

「――やはり、か」

 

 赤馬零児は眼鏡の位置を直した後、海馬くんの方を見て意味深に微笑んだ。

 ――彼の目的が垣間見えた。

 この男は初めから気づいていた。武藤遊戯がこの世界の人間ではないことを。そして、その上で接触を図りに来たのだ。

 

「ここまで足を運んだ甲斐はあったようだ。

 役者は揃った。武藤遊戯。榊遊矢。そして――紫雲院素良」

「っ――!」

 

 その一瞬でどんな駆け引きがあったのか、自分には分からない。

 ただ――赤馬零児が素良くんを睨んだ瞬間、彼は豹変した。

 素良くんは忌々しげに舌打ちした後、後方へ大きく跳んでデュエルディスクを構えた。お菓子好きな少年としての一面は鳴りを潜め、ただ殺気のみを赤馬零児にぶつけている。

 

「そう身構えるな、紫雲院素良。最初に言った通り、私の目的は武藤遊戯との接触だ。それ以外のことをするつもりはない」

「……ふーん。いいのかな、それで」

「この場で君を捕らえるのは簡単だが、それでこの塾からの信用を失うのは釣り合いが取れない。

 故に、今は見逃す。次に会う時までにどちらの味方になるのかを決めておけ」

「っ――」

 

 素良くんは悔しげにデュエルディスクを下ろした後、赤馬零児を睨む。

 ……それ以上のことは許されなかった。

 この場において紫雲院素良は脇役。赤馬零児はそう断言したのだから。

 

「なるほどな。そこの小僧はいわばスパイ。貴様らとは敵対しているということか」

「仰る通りです。紫雲院素良の正体は“融合次元”と呼ばれる異次元から来た決闘者(デュエリスト)。融合次元はこの“スタンダード次元”を初めとした全ての次元と敵対関係にあるのです。

 彼らはシンクロ次元、エクシーズ次元、スタンダード次元を侵略し、全てを手中に収めようとしている。奴らはいずれこの次元にも現れ、侵略を開始するでしょう。

 私の目的は、スタンダード次元の人々を彼らから守ること。そのために、腕の立つ決闘者(デュエリスト)達の協力が必要なのです」

「異次元の決闘者(デュエリスト)達による戦争――“次元戦争”の下準備のため、我々の力が必要ということか。

 ――くだらん。実にくだらん妄言だ」

 

 ――くだらない。

 海馬くんは、吐き捨てるようにそう言った。

 

「……くだらない、ですか」

「気に障ったか。だが撤回はせんぞ。

 この俺がわざわざこんな次元にまで足を運んだのは、我が海馬コーポレーションが思い描く未来のため。そして、その先にある俺自身の宿願を果たすためだ。

 次元戦争などという非生産的な戦いに加担する気は毛頭ない」

「融合次元の目的は全ての次元を制圧することです。彼らを放置すればいずれスタンダードだけでなく、あなた方の次元にも侵略に来るでしょう。その時のために、我々と同盟を結んでおくべきでは?」

「その心配は必要ない。我々はここより遥か遠くの次元から跳んできた。それこそ、世界を構築する基盤からして異なる次元からだ。

 融合次元とやらが何者かは知らないが、奴らが我々の世界まで辿り着くことはない。万が一辿り着けたとしても、その時はこの俺自らが手を下すまで」

「……スタンダード次元と手を組むメリットがない、ということですか」

「そういうことだ。

 行くぞ遊戯。デュエルを受けてやろうかと思ったが……もうこの次元に用はない」

 

 海馬くんは踵を返し、デュエルディスクを操作する。

 

『期待外れだった』

 

 言葉にこそしなかったが、そう言いたかったであろうことは彼の背中から読み取れた。

 今回の次元移動実験の最終的な目標は、異次元に住む決闘者(デュエリスト)達との交流(デュエル)だ。異文化交流を通じて見聞を広め、互いの社会を発展させる。

 しかしそのためには、互いの世界が平和であることが最低条件だ。でなければ自分達は、戦場に自ら顔を突っ込むことになってしまう。

 ……この世界はその条件に合わない。表面上は平和に見えても、裏側では戦争のための戦力を蓄えている。スタンダード次元と関わりを持ってしまえば、遅かれ早かれボクらの町――“童実野町”もまた戦場になってしまうかもしれないのだ。

 

「――そうか。では仕方がない。

 こちらとしては避けたかったのだが、少々強引な手段を取らせてもらう」

「えっ……?」

 

 赤馬零児は自前のデュエルディスクを腕に装着し、空に掲げた。

 そして。

 

「アクション・フィールド擬似展開! 《クロス・オーバー》!」

 

 四度目の、アクション・フィールドの発動を宣言した。

 

 その瞬間、世界に物質が付随される。

 何もなかったはずの空間にクリアブルーの直方体が出現し、同時に上空で無数のカードが弾け飛んだ。

 ……しかし、それだけだった。

 遊勝塾の三人とのデュエルでは別世界のように変わっていたが、これは元の運動場に足場を加えただけ。個性溢れるフィールドを三種類も体験した身としては、少々物足りない印象を受けた。

 

「…………。

 一度だけ聞く。これはなんの冗談だ」

「熟考した上での苦肉の策です。

 “手を組むメリットがない”――このデュエルで、その考えを改めてもらいたい」

「この俺にアクションデュエルを体験させようということか。

 無駄なことを。その程度でこの俺を止められるとでも?」

「いいえ。あなた方はこのデュエルを受けざるを得ない。

 私が展開したこのフィールドはアクションデュエルをするためだけのものではない。中にいる決闘者(デュエリスト)を決して逃がさない“結界”の役割も果たしているのです。つまりこの私を倒さない限り、あなた方は元の次元へは帰れない。

 ですが、今回は特別です。私の目的はあなた方の認識を変えること。このデュエルを終えたら勝敗に関係なく結界は解除すると約束しましょう」

「必死だな。余程戦力が足りていないと見える」

「これが私の覚悟です。この次元の人々を守る。そのためなら恥も外聞も捨て、悪魔とも契約する。

 それに――私とのデュエルは、全くの無駄ではないと断言しましょう」

 

 赤馬零児はデッキの一番上のカードを引き、それをこちらに見せた。

 ――《DDD死偉王ヘル・アーマゲドン》。

 モンスターと魔法、二つの特性を併せ持つ特殊なカード。

 彼が見せたのは、遊矢くんのそれとはまた違ったペンデュラムカードだった。

 

「――フン、いいだろう。その挑戦、この海馬瀬人が受けて立つ」

 

 海馬くんはつまらなそうに鼻を鳴らした後、デュエルディスクを展開した。それに応じて、赤馬零児もまたソリッドビジョンのディスクを展開する。

 

「遊戯」

 

 デュエルが開始される直前、海馬くんはボクにだけ聞こえるよう呟いた。

 

「俺が奴とデュエルをしている間、何とかしてモクバ達と連絡を取れ。通信が安定次第、貴様はこの次元から離脱しろ」

「離脱……? ボクは構わないけど、海馬くんはいいの?」

「要らぬ心配だ。この俺が奴如きに負けるはずがない。

 ……問題はその後だ。奴は次元戦争とやらに備えて戦力を蓄えている。ならば、勝敗に拘らず俺達を逃がさないよう細工している可能性がある。

 俺のデュエルディスクは貴様の子機。親機の貴様が帰らない限り、俺もまた帰れない。だが貴様さえ逃げられれば、俺はその足跡を追って脱出できる。

 いいな? 任せたぞ」

 

 こちらの返事を聞く前に、海馬くんはデュエルのポジションに着いた。

 ……状況はボクが思っているよりもずっと悪いのかもしれない。

 あの海馬瀬人が身内以外の人間に背中を“任せた”のだ。彼からすれば、赤馬零児はそれほど信用ならない人間らしい。

 

 ……じゃあ、それに応えないと。

 こちらからできることは限られてるけど、努力はするべきだ。

 

 ――両者の準備が整った瞬間、戦いの緊張感がフィールドを支配する。

 一切の遊びがない空間。それは文字通り決闘。攻撃力すら感じられる海馬くんの威圧感を、赤馬零児は涼しい顔で受け流す。

 

「形式は一対一のアクションデュエル。

 いい機会だ。スタンダード次元ならではのデュエルを思う存分堪能してもらおう」

「いいだろう。ここが貴様らの世界だと言うのなら、この俺が土足で踏み込んでやる! 行くぞ!」

 

 

「「――デュエル!」」

 

 




【サイレント・ソードマン】のデュエル構成がここまで大変とは思わなかった。【幻影騎士団】や【魔装戦士】の便利さがよーく分かったZE……。

それはそれとして、そろそろ執筆が辛くなってきた。見切り発車は良くないねー。
具体的に言うとゴールが見えない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。