大召喚祭-辰の大魔導士の一番弟子と受け継がれる遺志- 【六野】   作:Game Holic

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焦燥と変容

――…焦り。

 精神が焼ける音が為る。

 じりじり、ちりちり。

 脳内の音を掻き消す様に、普段は見目麗しく整えている金糸を、乱雑に掻き乱す。眼下には、焦燥からか青黒い影が落ちていた。目の前で報告を為る騎士の言葉すら、真っ直ぐ耳に届かない。酷い苛立ちで、無意識の内にユリウスは執務机を両手で強く叩いていた。

 「何を遣って居るんだ!すぐにでも止めさせろ!」

 勢いの儘の言葉に、騎士は慌てて短い返答と敬礼をすると、直ぐ様踵を返して走り去っていく。

 ユリウスは荒くなった息を整えるが、繰り返す度に瘴気を吸って居る様な、酷く息苦しく重い心持に陥る。その呼吸も、拳の痛みも消えも為ないうちに、先程の騎士が戻って来た。

 「我々には無理です!」

 情けない声であった。

 「無理?無理じゃあないだろう!何を為に行ったんだ!」

 じりじり。ちりちり。

 ちりちり。ちりちり。

 誰かが暗がりで、此の醜態を嘲笑って居る様な気がした。

 

 

 

 一行は、闇夜に紛れ帝国の星空の下を駆ける。向かった先は、城の近くに人工的に作られた滝に、幾つもの水車を重ねた様な構造の水車小屋だった。帝国内部の生活用水の循環に使われている場所の一つである。此の水路は城内へと続いており、水を抜けば馬車でも通れる程の幅となっている。

 「この水路を行けば、城の内部へと入ることも可能だろう」

 ゴーバッシュは配下の騎士に水門を閉じる様に命じた。敬礼をし、騎士達が水門へと向かっていく。暫し待てば、徐々に水嵩は減り石畳が現れた。其の中を慎重に、けれど急ぐ様に馬車を走らせる。の、だが。閉めたはずの水門が開き、水が夥しい勢いで漏れ始める。

 「おい、如何した!」

 馬車を御していたゴーバッシュが困惑の声を上げる。

 「……嫌な予感はしてたんだ」

 ルディは鋭い三つの眼を水門へと向ける。其処から響くのは、騎士たちの鈍い悲鳴と、体中の骨が砕け折れる、くぐもった音。

 「手が回ってた。……そう云う事だろ」

 響き渡る音に、苦虫を噛み潰した様な顔で双剣へと手を掛ける。馬車と己等を沈めんと為る水と共に、その元凶が来るのに備えて居た。

其れを知ってか知らずか、闇に染まり黒い濁流となった水から、丸で細長い魚の如く泳ぐ影が、エイボンとルディの喉元へと飛び掛かる。

 「……殺らせん!」

 咄嗟、モーデルが二人の前に躍り出る。視覚外からだった所為か反応が送れたルディの前には盾を展開し、エイボンの方へは剣を抜いて黒い影を受け流す。鈍い金属音が響く。余韻を残すモーデルの盾と剣には、傷一つ無い。

 「悪い、助かった」

 「モーデル!……ありがとう」

 気付けば庇われていたエイボンとルディは、大柄な彼の背に礼を言い、今度は当たらない様、其々の武器を固く握る。

 襲撃してきた影はというと、それで諦める様子は無く、再び水の中を泳ぎ回り、其の数を増やしていく。まるで、一本一本が別の生き物の様な動きを見せ乍ら。其の様子に、水中と云えど魔術を収め学ぶ者であるエイボンとアリエスは見覚えが在った。

 「アレは……プレイグソーン!植物の魔物だ!」

  瞬時に当たりを付け、エイボンが鋭く叫ぶ。同様の魔物を思い出したアリエスも、力強く頷き、エイボンと視線を交わす。

 「炎が弱点です。……焼き払いましょう」

 言うが早いか、アリエスは人形を取り出す。歌わせるのは、火の粉を魔法に纏わせ力を底上げする、運命の楽譜。その歌に乗せ、彼女が紡ぐ音が身に着けた赤い宝石と呼応する。

 「ファイアーストーム!」

 声と共に、宝石から弾けるように炎が奔り、魔物の周りの水すら消し飛ばす様な炎の嵐が埋め尽くした。大量の水蒸気と共に殆どの蔦が焼け落ちていく。

 「真、第六階位の攻。火炎、灼熱、爆裂―――火球!を、もういっちょ行くぜ!」

 その脇でほぼ同時に詠唱を終えたエイボンが、同じく歌の魔力を借り威力を増した火球を蔦にぶつける。凄まじい炎を上げ、けれど未だ足掻く蔦に向け再度火球が文字通り火を噴いた。一瞬にして消し炭と化した蔦の魔物は、その灰を水の中へと霧散させていく。

 「急ぐぞ」

 追い、迫る灰色の水を背に、馬車は進む。暗い闇の中に佇む城へと。通路の先に見える入り口は、丸で彼等を飲み込まんとする魔物の口の様にも見えた。

 

 

 

 水路を走り、辿り付いたのは狭い地下通路。馬車は通れない上に、他の乗り物も大ぶりな武器も振り回せぬほどの狭い路。人ひとりがやっと通れるかというその路を一行は、一列になって走り抜ける。が、突然、足元に感じる浮遊感。唐突に足元の床が空洞となったのだ。何の前触れも、予兆も無い其れに、対応できる者は居ない。

 「ぬ、うおおおお!!!」

 否、一人だけ。ゴーバッシュが咄嗟に、折り畳み式ツインランサーを展開し、両脇の壁に突き立てる。簡易の足場を生み出すと、その上に立ち落ちてくる者を支える。或は片方のランスを足場に他の者も何とか落下を脱する。

 「吃驚した……」

 「っ、助かりました」

 特に魔法使いの者たちは、運動能力がからっきしという者も多くゴーバッシュに抱えられている。ふと下を見れば、その先にあるのは闇に並ぶ白銀の槍先。もし落ちて居れば、そう考えるだけでも背筋に冷たいものが落ちる。ゴクリ、と誰とも無く生唾を飲み込む音が空洞に響いた。

 「何故だ?罠等無かった筈……」

 城を熟知しているゴーバッシュは、訝しむ様に空洞の奥底を睨みつける。

 「大方、あの黒い爺が何かしたんだろ」

 槍にぶら下がる様にして掴まっていたルディが口汚く罵ると、体勢を立て直す様に反動を使いながら槍の上へと上がる。その姿に目を止めながら、然様、とライアルフが頷いた。

 「ダンジョンクリエイトじゃろう。腕の立つ者が居る様じゃ」

 「遺失魔法の一つですね。……厄介な」

 冷静に分析するライアルフの言葉に、アリエスが頭を振って溜息をつこうとして、途中で止める。嘆いている暇など無い事は明白であった。

 「只の城への侵入……とは、行かないって事か」

 木苺色の瞳を剣呑に細め乍ら、エイボンは今し方落ちて来た通路を見上げる。此の先、今以上の罠が待ち受けている事は、容易に予想できる。今回はゴーバッシュの機転により助かったが、何度も世話に為る訳には行かない。引き締めた奥歯が鳴った。

 何とか通路に戻ると、エイボンは持っていた人形に魔法をかける。其れは、人形に一度だけ自身に向けられた傷を肩代わりさせると云う物。そして更に自身にも魔法をかける。今度のそれは、深智魔法の【フリーフライト】。ふわりと地面から足を浮かせ、宙に舞う。此れで先ほどと同じ、何かに“落ちる”事だけは無いだろう。

 「想像以上に慎重になる必要が在りそうだな」

 「嗚呼。しかも、途中で罠を張ってたって事は、俺達の存在も向こうには知られてそうだな」

 その隣で、魔動機術でゴーグル状であったマギスフィアを変形させ、知覚を補強するルディも頷く。

 此処から先は、城の住人で在ったゴーバッシュですら予測のつかぬ魔境と化している。慎重に、けれど疾く、皇帝の元へ駆けなければならなかった。

 

 

 

 けれど、其処から暫くは呆気ない程に何も無く、一同は城内の石畳を走る足を速める。このまま何もなく、辿り付ければ。考えた矢先に現れたのは二つに別れた通路。ゴーバッシュを見ると、其の顔は険しく首を左右に振る。

 「クソ、二手か……」

 先頭をモーデルと共に走っていたルディが小さく毒づく。

 「この状況で二手に分かれるのも拙い。先ずは左へ!」

 エイボンがすぐさま号令を発し、其の声に合わせるように足を止める事無く左の道へと先を急ぐ。

 「!」

 然し、不意に先頭の歩調が緩む。モーデルとルディの視線が一瞬交錯し、最初に声を発したのはルディ。

 「気を付けろ!左右の壁から槍が突き出てくるぞ!」

 「串刺しに成りたく無ければ走れ!」

 モーデルが後続へと警告を発すると、二人は緩めた歩調を速め、地面を蹴る。

 「駆け抜けろ!」

 其の声と先頭の挙動の切り替わりに、魔法使い達は慌てて走る足を速める。速めた其の足の背後から、次々に槍が飛び出してくる。一歩でも遅れれば、子供の腕程も有る槍が突き刺さるだろう。背後を振り返る余裕もなく、一同はひた走る。

 間一髪、ローブの端を掠めたりはした物の、誰も穴の開くことなく抜けきった先。其処には鉄の扉が在った。然し、其の扉を如何調べても、鍵穴らしき物も無ければ、魔法に依って開く様子も無い。

 「反対側に何かあるのかも。……もう一度、否、こっちに戻ってくるなら二度ダッシュする事に成りそうだな」

 今は沈黙している通路を振り返り、発したルディの言葉に、全員が沈黙する。けれど行かぬ訳にも行かず、漸く整えた息を再度乱し乍ら槍の通路を抜け、今度は右側への道へと向かう。

 右の通路へ足を踏み入れた瞬間、異変に気付いたのはアリエスだった。はっとした表情で天井を見上げ、声を上げる。

 「天井が落ちてきます!!」

 「急がせる系は勘弁してくれ!」

 魔法使いであり、運動はからっきしなエイボンが悲鳴を上げる。足を速める一同だが、其れよりも天井が落ちる速度は速い。

 其れを察したゴーバッシュは剣を進行方向に投げ捨てると、圧し潰される寸前、全身で天井を支える。

 「ぐゥ、ッ!」

 紙の様に成る事は避けられたが、身体に生じた衝撃は凄まじく、ゴーバッシュの苦鳴を殺す奥歯が鳴る。其れを嗤う様に、吊り天井は鎖を巻き上げる音をさせながら、元の位置へと戻っていく。それと同時に、エイボンの持っていた人形が、役目を終え崩れ去った。

 「これはまた降ってきそうですね。厄介な」

 「なれば、年寄りは此れより先に行けませんな」

 「ええ。できれば先ほどの通路奥でお待ちください。我々が此の通路の奥をどうにか致します」

 何とか難を逃れていたハームートだが、人形の様を見て悔し気な声を上げる。確かにそう何度も、飛んだり跳ねたりは年嵩の者には厳しいだろう。宥めるアリエスの言葉に、ハームートは頷くと、ライアルフと共に元の道を走っていく。其の姿を背後に、更に奥へと足を進める先。見えた壁に在ったのは一つのレバー。が、辿り着いた瞬間を諮ったかの様に天井が落ちてくる。ゴーバッシュとモーデルが支えるも、天井に打ち付けられた身体は痛みを発する。

 「くっ……痛いな、畜生。鬱陶しい……」

 毒づくエイボンの言葉は全員の心の内を代弁していた。辿り着く前に満身創痍の態である。もう一度とは言わずとも、二度ほど貰えば致命傷に為り兼ねない。アリエスが急いで歌の様な呪文を紡ぐ。光の妖精の力を借りた淡い光が消える頃には、痛みは遠くへと消えていた。

 「よし、レバーを引くぞ」

 天井を睨みながら、ルディが金属に手を掛ける。勢いよく降ろした瞬間、何処か遠くで何かが外れる音と、再度天井が落ちてくる。全員心得たとばかりに、身を屈め、モーデルとゴーバッシュが支える。

 「解ってたことだけど。この調子だと、もう一度潰されるな」

 鎖の巻き上がる音を聞きながら、打ち身の痛みに顔を顰めたエイボンが嘆息する。最小の被害に留めて居る要の騎士二人は、大丈夫だと言う様にその肩を叩き、先行する。罠などに後れを取っている暇など無いのだ。

 落ちる天井と迫る槍を越し、再度抜けた通路の先の扉は開いていた。先行していたライアルフ、ハームートと合流すると、其の奥へと飛び込む様に駆けていく。

 

 

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