大召喚祭-辰の大魔導士の一番弟子と受け継がれる遺志- 【六野】 作:Game Holic
長く窓の無い通路、気の遠くなる様な螺旋階段を駆け上り、見得たのは豪奢な金細工と重厚な木材で出来た扉。皇帝の部屋の物だと、ゴーバッシュは告げる。其の前に辿り着いたと同時に、中から子供の悲鳴が聞こえる。ゴーバッシュが荒々しく扉を開けば、其処には身体に合わない服の裾を激しく上下に振って抵抗為る少年と、其の腕を捩じり上げるローブの人影が視界に入った。
「貴様ァ!」
ゴーバッシュが巨躯を素早く動かし、剣を引き抜き乍らローブの人影へと間合いを詰める。が、人影は子供の手を放し、剣を避け、歩く様に人影はローブを揺らし虚空を舞い、少し距離を置いた場所に着地為た。
妙に丁寧な所作でローブの埃を払い、フードを落として現れた乱入者達を見回す視線は、まるで興味など無いとでも言いたげな物。其の視線を隠すこと無く、男は芝居がかった仕草で、深く、礼儀正しく頭を垂れる。
「御機嫌麗しゅう」
子馬鹿にしたような声は妙に甘ったるい。
「私はアデリード」
其の、一つ一つ落としていく言葉は、空気に揺蕩う毒の様にも聞こえた。
「帝室顧問たる黒の導師の召喚に応じ、馳せ参じた悪魔、……魔の者……然う云った類のモノで御座います」
恭しく持ち上げた、砂糖菓子の様な紫の瞳がにたりと嗤う。其の貌は、確かに彼が称為る悪魔其の物で在った。
「……魔神なのですか?」
警戒しながらも問うアリエス。其の知識の中には、アデリードなどという魔物は存在しない。無論、エイボンにも無く、彼の言葉の先を聞く様に注視する。
「何とでも」
然しアデリードは、色の悪い唇に細い笑みを含むのみ。其の足元で、振りほどかれた拍子に転がっていた少年が漸く起き上がる。
「ぶ、無礼なるぞ!」
子犬の様に甲高い声が響く。気位の高そうな青い眼と、輝く宝冠の様な金色の髪を振り乱し、掴みかからんばかりの勢いで、少年はアデリードを睨み上げる。其の様子をさも可笑しいと言わんばかりの貌で、悪魔は少年を見下ろした。
「おや、皇帝陛下。無礼とは恐れ多い。先程願われたでは有りませんか。“幼少期に戻りたい”と」
其の言葉に、少年はギクリと肩を竦める。
「此のアデリード、ヒトの心の眼を視る事は容易い事で御座いまして。其の通りに為て差し上げた迄で御座いますよ」
少年の様子などお構いなしに、アデリードは甘い毒の様な言葉を吐く。
「今の陛下は無力な子供。どうぞ、何処へでも御行為さい。好きな様に御過ごし為さい」
喉に張り付く毒の言葉を振り払い、“陛下”と呼ばれた少年は、青い瞳を溢さんばかりに見開いて、引き攣る声で叫ぶ。
「なっ……て、帝国はどうする!」
瞳孔の開いた眼を、アデリードはきゅうと細める。
「おうやぁ、御安心を」
幼い顔を覗き込み、愚図る子供を宥めるかの如く、撫でる様に表情を蕩けさせる。然して吐く言葉は、少年にとっては絶望にも等しい物だった。
「陛下御一人が居なくとも、旨く遣って行きますよ」
見開いた少年の眦に、見る見るうちに涙が膨らみ、丸い頬へと伝い落ちていく。
「そ、ん、……なぁ……う、ぇ……え……」
其の表情に満足したのか、アデリードは再度深く御辞儀を為る。
「では、御機嫌麗しゅう。然様なら、元皇帝陛下」
そのまま窓を開くと、蝙蝠状の翼を広げ、夜闇へと飛び去って行く。
「待て!」
事の成り行きを警戒しながらも見守っていた一同だが、消えるアデリードに慌ててゴーバッシュが窓へ駆け寄るも、其処に其の姿は無く。ただ篝火に照らされた城内とその影である暗い闇が広がっているのみであった。
「クソ!逃げられた……!」
騎士が地団太を踏む横で、小さくなった元皇帝はしゃくりを上げながら呆然と涙を零していた。
「ぐ……うう、ひっく……」
「……精神的にも、幼少期に戻られているのでしょうか」
少年の前に屈み、様子を見るアリエスの表情は、酷く困惑している。
「個人の成長を完全に戻してるって事か?だが、記憶は其の儘の様だし……」
一体何の魔法なのか。エイボンの知識では見当もつかない。
「先生、こりゃ如何するんだ」
アリエスの隣で、同じように屈み込んでいたモニークは、師を振り仰ぐ。
「……、呪いを解く方法が有る筈じゃ。一度、魔法院へ連れて戻らねば」
魔法の叡智をその身に詰め込んだライアルフですら、難しい表情で言葉を濁す。其の顔が、現状を表していた。けれど、少年となった皇帝は、其の言葉に跳ね上げる様に顔をライアルフへ向ける。
「ひっ、く……し、しか、し……わたしがいなくては、政務がたちゆかぬ……!」
戸惑いと絶望が綯い交ぜになった瞳を揺らめかせたかと思うと、少年は余った袖をはためかせ、廊下へと駆け出していく。
「お待ちください!」
「チッ」
傍にいたアリエスが慌ててその小さな背中を追う。そして一歩で送れるようにルディも駆け出す。この城内であの小さな身体を探すのは難しく、また自分たちの身の上も複雑である。見失う訳には行かなかった。
が、存外早くに其の姿を見つける事ができた。廊下を出てすぐの、表を巡回する騎士達に見つかり、掴まっていたのである。その小さな腕を取られ、引っ張り上げられていたのだ。
「あ?なんだ、この餓鬼、何処から入った!」
「放せ!余はユリウス・クラウゼなるぞ!」
其の声に騎士団が徐々に集まり始め、大騒ぎと為っていた。拙い、とアリエスとルディが顔を見合わせる。アリエスの使う魔法には、記憶を操作する物もあるが、何分人数が多すぎるのだ。面倒極まりない。其の顔を隠す様にルディがフードを深く被り、猫の様な身のこなしで人混みを搔い潜り混む。其れに合せるかのように、追いついてきたハームートが独特の呪文を唱え、杖を振りかざす。すると、騎士の足元から、盛り上がる様に金貨が噴出し、情けない悲鳴があがる。密偵として、幼い頃より教育を施されてきたルディにとっては、混乱に乗じて物を盗むのは造作もない事だった。騎士の手から、騒ぎに目を回す小さな皇帝を奪うと、するりとその場を脱出する。
「ずらかるぞ」
「さて、皇室に居た不審者、居ない皇帝陛下。……お尋ね者は確定でしょうか」
「仕方ないさ。今は逃げるのが最善だ」
皇帝を抱えたルディ達と合流すると、エイボンは逃げる算段を整える。
「嗚呼……、一体何が如何なっているのだ……」
流石の歴戦の戦士たるゴーバッシュも、頭を乱暴に掻いて眉根を寄せる。
「サー・ゴーバッシュ、落ち着いてください。この場を説明し、如何にかできるのは貴方だけだ」
落ち着ける様にエイボンがその肩を叩く。己たちは今は不審者。この場を収めるのは余りに難しい。然し、皇帝直属の騎士たるゴーバッシュの声ならば、話は別だ。ゴーバッシュはその意図に重々しく頷くと、身を翻し混沌とした廊下へと姿を消す。その背と対する様に、一同は宵闇に紛れていく。
丸で人攫い、実際人ひとりを連れ去るのだからその通りなのだが、這う這うの体で城を後にする。先行きの不安定さと、言い知れない暗雲の様な不透明さに、誰もが顔を曇らせていた。
―――……翌日。
幼子と為った皇帝を守るべく、思案に暮れるエイボン達を嘲笑うかの様に、事態を悪化させる報せが届いた。
街中に張り出された、其の日の午前中、城の中庭で行われたと云う、“皇帝”の演説。
「帝国は今、人類の先駆者と為て、新たな道を歩み、人々を導かなくては為らない」
若く美しい青年が、高らかに、野心溢れる自信を持って、澄んだ声を城下の民へと投げ掛ける。誰もが其の、若き皇帝の姿を目に刻み、其の声を記憶為る。
大きな身振り手振り、仰々しい程の式典。
「私は此処に、古代魔法王国の秘法を用い、穢れの完全浄化を志す作戦を立案為る」
此の男は果たして、ユリウス・クラウゼ為る者か。
「あらゆる悪をあぶり出し、あらゆる偽善を抹消為る!」
其の答えは、民衆の中には無い。
「然して、我々は、此処に!」
金の髪に曇天から受ける鈍い光を頂き乍ら、青年は高々と拳を天へ突き上げる。
「千年王国を、此の地に打ち立てるのだ!」
高らかに宣言された言葉。民が一瞬騒めいた後、次々に歓声を上げる。ルキスラ帝国の民の命と想い、一つ一つが込められた、多重奏。彼こそが、帝国の民として、皇帝と仰ぐに素晴らしい。誇らしさを孕んだ空気が中庭を包んでいた。
……其の彼の背後に、黒の導師と、四人の高弟が影を落として居るとしても。
―――少年は、魔法院の一室で、天を恨んでいた。
暗雲が立ち込める、重苦しく、鈍い灰色の空。皇帝を名乗る偽物。同じ名を冠する者が二つ、同じ場所に居る事は出来ない。現状に於いて、少年は其の場所から弾き出された存在であった。
雷鳴が轟き、大粒の雨が降り始める。天を裂き、地を割る轟音と共に、彼の眦から、次々に滴が溢れては頬を、襟を、濡らして行く。
軈て、少年は小さく為って仕舞った両手で、己の耳を塞ぎ、顔を伏せて啜り泣き始めた。
―――彼の居場所は、もう、無い。
【次回予告】
小柄なレプラカーンの少年と、大柄なエルフのナイトメアの青年が舞台に立つ。
「俺、あんま内容知らねえんだけど」
青年が少年を見下ろす。
「大丈夫、俺もあんま知らない。けど、其れっぽく纏められればいいから」
「あいよ」
何が大丈夫かは分からないが、とりあえず二人は頷いて視線を観客席へ向ける。
「帝国を上げて“善の千年王国”を目指し、邪悪なる混沌の大召喚を目論む黒の導師」
少年が大仰な動作で、恐ろし気な表情を作る。
「其れに対抗し、大送還を試みるライアルフ。激しく衝突為る力、然して、……散る命」
言葉を切り、観客席をぐるりと見渡す。
「全てが終わった其の先に待ち受ける真実と、帝国の未来の行方とは!」
客席の海を漂った其の視線を、青年へと向ける。少年の言葉を受け取った青年は、観客席へと向き直る。
「然して、帝国に闇を齎さんと為る黒の導師達の正体とは!」
声高らかに、青年は観客席へ告げる。
「冒険者達がどの様な選択を、運命を辿るのか。……次回も見逃すな、その眼で確かめろ!」
――――前編終了