大召喚祭-辰の大魔導士の一番弟子と受け継がれる遺志- 【六野】 作:Game Holic
各々、用意された食事を堪能するべく、席に着く。然し、見慣れない食事なのか、取り残された様に戸惑った面持で周囲を見渡している少年がいた。
「陛下、これが庶民の食事でございます。此れを機に、そういった事も学んでは如何でしょう」
「う、うむ……」
す、とモーデルが戸惑うユリウスの前にカラトリーを置く。
「ああ、すまない」
素直に頭を下げる姿は、皇帝陛下だというのに今の容姿も相まって微笑ましさすら感じる。思わずアリエスの表情が緩む。
「何が政治の役に立つかは、浅学の身たる私には解りませんが、今は前向きに過ごされてはどうでしょう」
「先生なら……きっと、現状を打開する術を見つけてくれる筈ですから」
どこか遠くで、デュマが悲鳴を上げている声が聞こえるが、そんなことは無視してエイボンも穏やかな顔で告げる。
「……すまぬ、せわになる」
二人の言葉と表情に、肩を落としつつも、漸くとナイフとフォークを小さな手が取る。
「何やってんだ彼奴……」
「まーたなんかやってら……」
「頭を洗いに行った筈では……」
状況を静観していた、モニーク、ルディ、ユリアンは、ほっとしつつもデュマの悲鳴に呆れた声を漏らす。だが何が起こっているかは察しているのか、誰も助けに行く事は無い。
「あ、モニークその食べ合わせ美味そうだな」
「応、美味いぞ。アボガドと山葵の和え物とマグロをパンに挟んでチーズソースかけてんだ」
「うわあ、絶対美味しい。陛下もどうですか?」
束の間の、不安を忘れるような食事。賑やかな声が、室内に響く。其の様子を、ライアルフは柔い顔で見つめていた。
そうして暫く。皿が空に為ると、ライアルフが立ち上がる。
「ハームート、残りの高位の魔術師達よ。後で私の元へ来なさい」
告げる顔は先ほどまでの穏やかな物とは打って変わり、静かな決意が込められていた。
「その間、エイボン達には外で情報を集めて貰いたい。……混乱の様子、騎士団の警備状況等が良い。無暗な突入は命の危険がある、無理はしない様に」
愛弟子達には言い含める様に告げると、数名の魔術師に声をかけ二階へと上がっていく。
「……おっし、じゃあ私は行けるぜ」
最後の一欠片を飲み込んだモニークが、彼女のトレードマークである大きな黒い帽子と外套を纏う。
「街の状況把握も必要な仕事だしな」
エイボンが赤いローブの裾を翻し、身嗜みを整える。各々、準備の整った者が玄関に揃う。いざ出立、とその時。
「わ、私も連れて行ってくれ!」
それを止める幼い声と駆け寄ってくる小さい姿。
「迷惑はかけぬ。……街の現状を、私も知るべきだ」
其々を真摯に見上げる蒼い眼に、顔を見合わせる。どうするべきかと、言葉に出さずに視線が交わり、此処は彼の意志を曲げるには弱いと断じる総意が一瞬で終る。
「解りました。我々と離れぬよう、お願いいたします」
エイボンが告げれば、少年はほっとした様に白い頬を緩ませた。そうして、幼い皇帝と共に街へと繰り出す事と相成った。
街は少しばかり剣呑な空気はあれど、以前と変わらず人々の活気が溢れていた。そんな街頭には、立て札が立てられ、告示等がなされており人集りが出来て居ていた。其の告示の内容は、先の”ユリウス・クラウゼ”の演説。人々は額を突き合わせ、ひそり、ひそりと声を落とし乍ら其の話をしあう。
「穢れの完全浄化なんて出来るのかしら?」
「神様にだって、為し得なかった事なんだろう?」
半信半疑というのが彼らの声だった。とは謂いつつも、市井の民に強いられる事が特に無い為、此の話は自然と忘れ去られるのだろう。
そんな彼等を後目に、エイボン達は街の中を歩いてい往く。街の情報戦となると、詳しいのはモニークとルディであった。二人の会話はぽんぽんと進んでいく。
「取り敢えず、情報が多そうな場所に行くか」
「というと、酒場だけど」
「後は冒険者の店だな。結構、情報フリークが居たりするぜ」
「嗚呼、情報が命に直結してる場合もあるしな。後は……”ギルド”とコンタクトが取れれば良いんだが……今は止した方がいいか」
「確かに、今は止めた方がいいだろうなぁ」
ルディの言う”ギルド”とは、闇夜の鷹というルキスラの盗賊ギルドを指す。帝国内で下町の自治や治安すらも受け持つ彼等なら、情報を集めるにはもってこいではあるが、如何せん皇帝陛下という存在が近くにいる今は得策ではない。”頭目に言う言い訳も思いつかない”とは、冒険者だがギルドにも籍を置くルディの内心だった。
「取り敢えずは、冒険者の店か?」
行先は決まっただろうかと、甲冑越しのモーデルの声が響く。
「表向きは兎も角、裏は真っ黒な状況だからな。何か話が上がっている可能性は高いし。まずは冒険者の店だな」
話の内容を吟味していたエイボンが告げる。全員に反論は無く、一同は先ずは馴染みのある冒険者の店へと足を向けた。
冒険者の店は、何が起ころうと為ているのかを知ろうと為る冒険者で賑わっており、話は帝国の実情迄飛び火して居た。テーブルを囲む彼らの中には、ルディやモーデルは見知った顔の、騎士団出身であったはずの騎士達の姿もあった。
「あれ、どうしたんだこんな所で」
鈍い色の甲冑に身を包む騎士の一人が、ルディの声にエールのジョッキを持つ手を軽く掲げる。
「ん?嗚呼、ルディ殿にモーデル殿、それに魔法使い殿達じゃあないか。どうしたもこうしたも、新設された騎士団の余波でな……我々はお払い箱だ」
ジョッキを傾ける騎士の顔は、遣る瀬無さと失望も露わであった。
「新設?」
「獣魔騎士団とか云う、得体の知れない連中さ。魔物に依る騎士団だって、専らの噂だけどな」
訝し気に問うエイボンに答えた騎士は、なあ、と同意を得る様にジョッキを手に、隣の同僚だった騎士に視線を向ける。
「嗚呼。新設騎士団は偉く強くてな。普通の騎士団では到底手に負えない、一騎当千の集まりなんだが……普段はどこにいるのか、知ってる奴は居ないんだ」
鬱憤を飲み込む様に一息にジョッキを煽った騎士は、酒気を帯びた息を盛大に吐き出す。
「皇帝が新しく顧問魔法使いに為た、例の黒い導師が獣魔騎士団を従えてるんだが……。皇帝はなんであんな物に力を与えているんだかなぁ」
不満をぼやく騎士の言葉は、最後には独り言めいて終わる。
「既存の騎士達からしたら、面白くないでしょうね。此れ迄国を守っていた誇りや何やらを、ぽっと出の者達に掠め取られたのですから」
騎士達の落ちた肩を慰めるように、アリエスが柔い声をかける。その隣で、頷いていたモニークがそれと無く口を開いた。
「然う云えば、アレは?皇帝ってどんな様子なんだ?」
「嗚呼。雰囲気が豹変した様な感じでは在るんだが、真実の鏡で確認為た者の話に依ると、結局其の鏡も皇帝が偽物だと云う証明は出来なかったらしい」
皇帝をアレと呼んでもさして気にも留めない騎士は、難しい顔をし乍らまだ城に残っていると云う元同僚達から聞いた内情を話し始めた。
「皇帝は今、黒の導師の弟子達に城の一区画を与えて、何かを遣らせて居るらしい。魔法使い達はそこに籠って居るらしいんだが、他の誰も立ち寄れないそうだ」
其の話に、魔法使いとして心得の在る者達は一斉に顔を顰めた。
「露骨に怪しいな。其処で例の具現化の準備をしているのか……?」
「きな臭いなんてモンじゃねえな」
エイボンとモニークは互いに苦みの走る顔を見合わせる。
「誰も立ち寄れないとなると厄介ですね。其処に立ち入りを許可されている者は、黒の導師達の一派だけであると?」
柔和な顔立ちを顰めるアリエスの問いに、騎士達も頷く。
「嗚呼、其の通りだ」
其の答えに、誰とも無し溜息が漏れていた。
そんな騎士達の話の傍ら、此の店を訪れていた別の冒険者達も額を突き合わせて話をしていた。
「剣の守りが、現在全く効いていないんだって?」
「帝国は其れを隠そうとしているらしいが……、直ぐに蛮族に知れるだろうよ」
「然う為ると、帝国に蛮族が入り放題じゃないか」
「一時的なものなのか、非常事態なのか……判らんが」
騎士達の話をエイボン達に任せていたルディとモーデルは、其の話に耳を欹てる。剣の守りの話しまで漏れているとなると、彼等から混乱が広まるかもしれない。然う為れば、とこちらもまた、溜息が漏れた。
さてどうしたものか、と騎士達と別れた面々が店の隅に集まる。聞いた話と現状を合わせ乍ら、王宮に忍び込み様子を確認するか否かや、他の情報を探そうかと相談を始めたところで、あ、とモニークが声を上げ周囲を見回し始める。
「ヤバい、皇帝何処に行った?」
全員が虚を突かれた様な顔を上げる。
「え?」
「げっ」
「此の店に来る迄には、一緒に居た……よな?」
「居た……筈……」
手を繋いでいたのはエイボンである。確かに店までの記憶はあるのだが、騎士達と話す途中から、その意識は無い。さあ、と音を立てて顔色が青くなる。
「うわぁあ、遣っちまったなぁ……。全員で探すか?それとも別れるか?」
小さな影は店の中には無く、モニークは金色の髪をぐしゃりと掻き回した。情報も大事だが、目下一番の心配所から目を離してしまった事に気付き、慌てふためく一同に、不意に声がかかる。
「何やってんだ、お前ら……」