大召喚祭-辰の大魔導士の一番弟子と受け継がれる遺志- 【六野】 作:Game Holic
――ルキスラ帝国
ザルツ地方最大の勢力を誇り、ラクシアと云うこの世界で視ても是程の規模の城を有するのは、此の帝国だけではないだろうか。大国として躍進を続け、地方諸国をその傘下に組み込むべく、統一政策を取り、野心と欲望を食らい乍ら、常に肥大し続けている。
その日の朝も、帝国の街並みの屋根から徐々に頭を覗かせていく陽を、青年は腰掛けた豪奢な革椅子の上から眺めていた。光に染まりつつある街並みを映す青年の面差しは、最近続いている不眠からか、憔悴し陰りの色を落としている。
人々の野心に耐えうる器と若さ故の傲慢を持ち合わせているが、季節の変わり目に崩してしまった体調を切欠に、弱気の心が首を擡げていた。
「……人とは、身体に束縛された生き物なのだな」
王冠の様に金の髪に朝日を乗せ乍ら、野心を一心に背負う若き皇帝は誰にも気付かれない溜息をついた。眠気覚ましに淹れさせた茶は、とうの昔に冷めていた。その琥珀色の水面に映る、目の落ち窪んだ顔が歪み、波打つ。揺れの余韻を残し、次第に波は消えていく中、彼の脳裏に過ぎる、毎夜繰り返す悪夢。それは、確実に、そして徐々に。皇帝の心身を蝕みつつあった。
カシュカーンを中心に、魔術師の学び舎を広げていった”魔導士育成学校IO”。その現校長である魔導士ライアルフと、弟子である青年が三人、帝国某所の貴族の館へと呼ばれていた。
「お腹すいたね……」
流水の様な艶やかな髪を流した顔に内気な表情を浮かべ、ユリアンは虫の鳴る声を抑えるように、両腕で抱えていた本を強く己の腹部へ押し付ける。不安そうに先に居る兄弟子達を見るのは、彼が未だ魔導士見習いであり、深智魔法の入り口に足を踏み出したばかりだからだろう。その隣で、派手な道化師めいた服装の青年が、両肩を竦めて卑屈そうな笑みを浮かべた。
「さっさと依頼を済ませて飯にしようぜ。お貴族様の館だから、ご馳走に在りつける事請け合いだ」
乱雑な口調で言い切る彼は、ゴーレムと人形を使役することに長けている、デュマという魔法使いである。彼は直接的に戦う事をしない技から、マリオネットと道化という名で呼ばれることもあった。そしてその少し先で苦笑している、黒髪と整った容姿、赤い衣が特徴の青年。
「ご馳走も楽しみだけどさ、気になるのは今回此処に呼び出された理由だよな」
赤い衣を翻し執成すように笑う彼――エイボンは、今は亡き辰の大魔導士イーオの一番弟子にして、ライアルフの弟子であった。
「向こうへ着けば判る事じゃよ」
三者三様の様子を柔く見つめる師匠のライアルフを先頭に、一行は貴族の館の門を潜った。
四人が訪れた館は、帝国では伯爵の地位を持ち、外観からでも解るほどの財力を持っていた。その館の主が、四人が現れた途端、救いの神にでも縋るかの如く、跪いて懇願する。
「嗚呼、お願いです魔導士様方、娘をお救いください……!」
「ど、どうしたんですか突然」
ライアルフの纏う長い外套の裾に頭を擦る様に下げる伯爵の姿に、思わず目を丸くするエイボンと、デュマ。ユリアンは痛ましそうに屈み、その背を摩る。
「まずは座って。詳しいお話をお聞かせ願いたい」
ライアルフが宥めるように告げると、伯爵はよろめきながら立ち上がり、四人にソファーを勧めた後、対面するように柔らかいソファーへ身を沈めた。
「先ほど言ったように、貴方がたに私の一人娘を救っていただきたいのです」
沈痛な面持ちで伯爵は話し始めた。伯爵の娘は、貴族の娘らしく表に出ることなく、幸せに且つ安全に暮らしていた。けれど、それでは伯爵の娘として宜しくないと、周囲の勧めもあり、つい先日、社交界デビューを果たしたばかりだ。しかし、其れが良くなかったのだろうか。その数日後から娘は悪夢に見舞われ、夜には叫び声をあげる有様。眠れない娘は日に日に弱っていく。
「……この様な事、今まで一度もなかったのです。夢魔に襲われているに違いありません」
確信めいた口調で伯爵は話を締めくくった。
が、その深刻な話の一方で、ユリアンは出入り口付近に積み上げられている木箱を興味津々に覗き込んでおり、デュマは周囲を面白く無さそうに見渡した後、空腹を訴えるように腹を摩る。
「飯でねえのかなあ……」
「今言うタイミングじゃないだろそれ」
デュマの隣に座っていたエイボンが、小声で諫めていれば、今度は箱を見ていたユリアンが声を上げた。
「おわぁ、凄い……酷い匂い」
エイボン振り返ってみれば、ユリアンは口元を袖で覆い箱から遠のいているところであった。
「これ、ユリアン。余りそういう事を言うではない」
流石のライアルフも、落ち着きのない弟子を嗜めたが、確かにユリアンの近づいていた箱は酷い匂いを発しており、微かに目を細める。どうやら精の付く食材が入っているらしいのだが、放置されており痛んでいた。箱の側面には送り主の名前が書かれており、どれも同一人物からのものだった。一同の怪訝な様子に、伯爵は、嗚呼とどこか疲れたような声を上げる。
「其の食べ物を送ってくださった方は、この前のパーティで逢った貴族の方で。……私は余り知りませんが、娘とは仲が良かったらしいのです。然し、あの状態になってからは、娘は其の話をあまりしたがらないものでして……」
「パーティで仲良くなった相手で、今は其の話をしたがらない……ですか」
更にエイボンが首を捻っていると、背後から新たな来客を告げる従者の声がした。其の控えめな制止を振り切って姿を見せたのは、貴族にしては些か男臭く、美形と云うには揉み上げがキツくカールしている、然しフェロモン漂う……騎士であった。
「御父さん!……あッ、いえ、伯爵様。御嬢様の身に何か大変なことが起こったとか!」
「おいお前、今何と口走った」
「(なんか濃い人が入ってきたな)」
目を丸くするエイボン達を余所に、ずかずかと大股で入ってきた騎士は、伯爵の姿を認めるや否や大仰な仕草で近付いてくる。そして取り繕うような言葉に、青筋を浮かべた伯爵は、予定外の客人に顔を顰めた。
「御嬢様の身に……」
「その前の話だが?」
まるで茶番の様な光景に、デュマは呆れたように目を細め、ユリアンは困った様に視線を行き来させ、エイボンは嘆息した。
「あー、えー……ん゛ん゛っ」
騎士はなんとか取り繕う様に口元に右手を添えて咳払いをし、業とらしい笑みを浮かべる。
「俺さm……否、私は!男爵位を持つ貴族のアンドレと申します。御嬢様とは、先日のパーティで出会ってより文通をする仲ですし、よもや御父様がご存知ないとは思いませんでした」
仰々しく深い礼をしてみせた騎士アンドレに、伯爵の青筋が増える。
「野郎、いけしゃあしゃあと!」
一触即発の様相に、小さくライアルフが咳払いをして見せる。客人の、それも己の娘を助けるために呼んだ魔導士達の視線に、漸く気付いた伯爵は慌てたように居住まいを正す。
「あー、否、失礼」
「いえ……お疲れ様です」
どこかやつれた様子に、呆れた視線を向けていたエイボンも苦笑にならざる得なかった。
「事情は解りました。サー・アンドレ、御一緒致しますかな?是より私めは仕事に取り掛かります故」
「嗚呼、勿論!」
椅子からゆっくりとした所作で立ち上がり、ローブの裾を直し乍らライアルフが問えば、飛びつく様に若い騎士は身を乗り出した。その様に伯爵は不安そうな眼差しを、思慮深い魔導士へと向けたが、ライアルフは安心させるかのように瞬き、小さく首を縦に振る。
「大丈夫なんですか、ライアルフ先生……?」
「大丈夫、心配をしなさんな」
伯爵の表情がうつったかの様な顔をする、師の一番弟子であり己の弟子に、ライアルフは優しく微笑むと、一同を引き連れ、眠れぬ夜を過ごす令嬢の部屋へと向かった。
本来であれば、屋敷の奥に棲み、蝶よ花よと育てられた伯爵の令嬢の寝所など、決して入れる場所ではないのだが、今回ばかりは例外である。伯爵自らその扉を開き、騎士を含めた5人を招き入れた。
女性らしく品のある室内、置かれた家具は洗練された物ばかり。その部屋の天蓋付きのレースのふんだんに使われたベッドの上に、端正な顔を白くさせた娘が横たわっていた。今は意識も無いのだろう、苦し気な呼吸を繰り返すばかりである。
「扨、少々部屋を御借り致しますぞ」
その様子を見るや、ライアルフは杖を取り出し、床に陣を描く。弟子たちと伯爵、騎士は邪魔にならぬようにと壁際へと下がり、複雑な線に文字を重ね、出来上がったその上で静かに言葉を紡いでいく大魔導士の姿を見守る。唱える言葉は、遺失魔法というとうの昔に失われてしまっていた太古の魔法。ライアルフはその唯一の使い手であった。
ライアルフの言葉に合わせ、舞う様に衣の裾が揺れる。周囲の虚空が焼ける音を立てて、炎色の魔法文字を浮かび上がらせていく。
「御立合い……蛇が出るか、邪が出るか」
その言葉を終えた時、令嬢の端麗な顔が苦悶に歪む。空に紡がれた魔法文字が、娘の頭上へ一度収束したかと思えば、渦巻き、集まり、幾重もの螺旋を描き、形を成していく。そうして、出てきた物は……――、
「……ほう」
ライアルフは、その形に察した様で、小さく悪童じみた微笑みを口元に浮かべた。
「ま、まるで二つの鉄球を車輪にした……」
伯爵は其の形状を見て何とも言い難い、けれども驚愕に満ちた顔をした。
「大砲……と云うより、アレは……」
騎士は表現しようとして言葉を探し、口を噤んだ。
「黒くて太くてデカい……」
デュマも言葉にしようとして途中でやめた。それをここで言ってはいけない気がした。
「茸だ!」
ユリアンは割と本気でそう思っていた。
「これまた、なんでこんなものが……」
エイボンはというと、呆れたような顔で杖を構える。出てきた物は、形状こそアレなものの、良く見てみればウォードゥームという機械仕掛けの魔法生物であり、敵意を向けてきているからだ。
「…………まあ、察しが付くよな」
エイボンがやるならと、観戦の体勢に入ったデュマが、そろりと騎士へと視線を向ける。兄弟子のやり取りを隣で聞いていたユリアンはというと、漸く察しが付いたようで、赤らめた顔を本で隠しており、それどころでは無かった。
「取り敢えず、決めさせてもらうぜ!」
魔法を極める者であり、歴戦の冒険者として幾度も困難を乗り越えてきたエイボンにとって、1体だけの魔物など小手調べにもなりはしない。素早い動作で目標を捉え、呪文を紡ぐ。
「真、第十階位の攻。冷気、吹雪、嵐風――猛雪」
彼の得意とする真言魔法のブリザードが、室内に吹き荒れ魔物を襲う。ただの一撃で魔物を凍らせ動きを封じると、同じ呪文を更に唱え、その氷を魔物ごと砕いた。鉄塊が音を立てて崩れ、魔物が床に臥せると、その姿が魔法文字の塊となり、霧散する。
「……よし。退治成功、かな」
魔物が消えたことを確認し、エイボンは杖を降ろした。さして気負っていた訳では無いが、遺失魔法により現れた魔物と対峙するのは初めてだったからだろうか。自然と詰めていた息を吐いた。そして、ベッドで眠る令嬢を見れば、その顔からは苦しみの表情が消え、緩やかに長い睫毛を動かし、目を開けるところであった。予想外であったのだろう、暫し蒼い顔をして放心して居たアンドレは、令嬢が目覚めたのを確認すると、慌てて駆け寄り恭しくその傍らに跪く。
「お嬢様……」
「あ、アンドレ様……」
目覚めて初めて口を開いた令嬢は、鈴の声を震わせて顔を赤らめた。そして恐る恐る、白魚のような指で、寄り添う騎士の肩に触れようとして、手が止まる。その騎士越しに、周囲を見てしまったのだ。
部屋に居る見覚えのない男衆。己の寝間着姿。
令嬢の淡く色づいていた頬が、羞恥でみるみる赤く染まっていく。今まで、異性と云えば父親と使用人程度の箱入り娘が、見知らぬ男たちに囲まれているのである。戦慄く唇から、絹を裂くような悲鳴が上がった。
「あ、あああ、ああ、いやぁあああ!」
ライアルフが素早く両腕を振るうと、何処からか風が渦を巻き、ベッドを囲うカーテンを閉ざし令嬢を隠す。同時に、呆然としていた男衆は全員風に追い立てられて部屋から押し出された。最後に衣擦れの音をさせながら、滑る様に出ると静かに扉を閉ざした。
「……彼女が悪夢を見る事は、此れで無いでしょうな。……今は。今後そうとは限りませぬが」
扉から、アンドレの方へ向き直り、ライアルフは眉尻を下げて首を緩慢に左右へ振って見せた。
「若い事は大いに結構じゃが、余りご令嬢を怖がらせてはいけませぬなぁ。ガツガツしては、相手を怯えさせて仕舞いますぞ」
「パーティでどんな目にあったのかは解りませんが……まあ、もう暫くは異性は近づかない方が良さそうですよね」
穏やかにライアルフに諭された上に、止めの様なエイボンの言葉が加わり、アンドレが耳まで茹でた蛸の様に変わる。逆に蒼白へと顔色を変えたのは伯爵。
「きっ……」
戦慄く口は先ほどの令嬢と瓜二つ。
「貴様ァアア!」
言うが早いか腰に携えていた剣を抜き、アンドレへと振り下ろす。
「ご、誤解ですぞ御父様!」
「誰が御父様だこの野郎!私の娘にッ!貴様ァア!」
年齢など感じさせないかのような激しい剣戟とそれをいなす音と焦る声が廊下に響く。
「行くかの」
其れを後目に、しれっとした顔でライアルフは衣を翻し、来た道を戻っていく。
「あれ、先生、飯は?」
事態を面白そうに静観していたデュマが、師の背を追いながら問うと、その肩が軽く上下に動く。
「此処で食事を頂くのもアレじゃろうて。其れに、彼の茸の臭いが敵わん」
「確かに」
弟子たちは、同じ所作で頷いた。
伯爵の館から出ると、傍の塀で金髪の女がスカイバイクに凭れていた。四人の姿、というよりライアルフの姿を認めると、スカイバイクから腰を上げ傍へと寄ってくる。
「お、モニークじゃん」
「おう」
エイボンの気安い声に、初めてその姿を見つけたかのような表情を作り、笑う彼女は、エイボンの幼馴染であり、列記とした嫁である。乱雑な扱いは彼らのいつものやり取りであった。
「で、先生。呼ばれて来たんだけど。何の用?」
緑の眼がライアルフを見上げて問えば、長い眉毛を柔く下げ元門下生と愛弟子のやり取りを見ていた青い目を緩ませる。
「食事を如何かとな。折角、帝国へ来たのじゃから」
「お、良いっすね」
「確か、この近くに美味しい店が……」
そうして、一同は近くの食事処へと向かうのだった。