大召喚祭-辰の大魔導士の一番弟子と受け継がれる遺志- 【六野】 作:Game Holic
昼食を終えて一段落し、ルキスラ帝国内を散策する事となったのは、エイボンとデュマ、ユリアンの三人弟子。ライアルフとモニークは先に宿へと戻っていた。この三人となったのは、冒険者であり帝国へも何度か来たことのあるエイボンが、二人の案内を買って出た為である。
三人が大通りから抜けた、細く入り組んでいる小路に差し掛かった時の事である。ふと、視界が薄暗く変わる。視線を向ければ、正面から大きな影が立ち塞がっていた。何事かと影を視ると、其れは襤褸切れの様なフードを目深に被った大男であった。所々が擦り切れ、穴が開いた上着から覗く、歪な刀傷と重厚な板金鎧。
「ちょ、待ッ、あ、殺さないで!」
「あああ、ころさないでください!」
「いや、早とちりしすぎ!」
大男が発する、皮膚の表面を炙られる様な気迫に圧されて、デュマとユリアンは反射的に両腕を前に突きだし乍ら、徐々に後退っていく。二人の驚き様に、逆に落ち着いたエイボンが声を上げるも、今の二人には届かない様だ。そんな様子を見た男は狼狽えたらしく、暫し無意味に視線を左右へと巡らせたあと、思い出したかの如く己の懐を漁り始めた。
「待ってくれ、おじさんは悪い人じゃあない。帝国の騎士でな……名をゴーバッシュと云う。嗚呼、そうだ。ほれ、紹介状が此処に」
「あれ、その声エイボン?」
慌てて取り出した大男の右手に握られていたのは、サッカーボール大の……ゴブリンの頭だ。どす黒い血液は生乾きで、未だ血液独特の錆び付いた臭いが薄っすら漂っている。剣で力任せに骨ごと叩き斬られた断面は、皮膚と筋繊維が疎らな長さに切れ、血液のコーティングが施されていた。白く濁った苦悶の眼が、声も無く三人弟子を見据える。大男の後ろで上がる声があったのだが、今の三人はそれどころでは無かった。
――暫しの沈黙。
大男が気付いて頭を道の隅へ投げ捨てるのと、デュマとユリアンの二名が大パニックに陥るのは、殆ど同時で在った。
「オアアアアアアアアアアア―――――ッ!」
「あがががががががかみさかかみさまかみさま」
「済まん、違った。先程殺したゴブリンロードの御印を懐に入れていた事を失念しておった」
半狂乱で壁に向かってジャンプを繰り返し、デバッカーめいた動きを始めるデュマと、地面に伏して縮こまり、大凡人間とは思えない振動を起こすユリアンを目の前に、再び大男は懐を探る。その背後では、一人は頭を抱えて溜息を付き、一人は近くの壁に凭れて微動だにしない静観の姿勢、もう一人は無言でそっとゴブリンの頭を麻袋に入れてこれ以上被害が出ない様にしていたが、彼等の視界には入らない。
「お、落ち着け二人とも」
「おお、此れだ」
二人を宥めるのに忙しかったエイボンの前に、大男が取り出したのは赤黒く血に汚れた羊皮紙のスクロールだ。
「ほれ、此処に……伯爵からの紹介でな。憑き物を落とすとか……」
逆立ちをしても、赤黒い染みの所為で地図も文字も読めた物ではないスクロールを能く見せようと、大男は三人へ距離を詰める。
「エンッ!」
それに耐えられなかったのだろう。デュマは奇妙な甲高い断末魔を上げて、其の場で仰向けに卒倒する。其の傍らでは、何時の間にか振動を止め、一寸も身動きを取らなくなったユリアンの姿。
「アアアアア、済まん、本当に済まん……!」
「蛮族の生首、血塗れの羊皮紙……まさか、デーモンルーラー!?」
二人の青年の有様の上、妖異魔法の使い手と勘違いされた事も重なり、流石に狼狽える大男。手をあたふたと動かすも、事態が好転する気配は一向に見えない。
「サー・ゴーバッシュ、ちょっと一旦引いてくださいお願いします!」
堪らず背後から大きな声を出したのは、ルディである。
「お、おう……」
ゴーバッシュと場所を変わる様に横からその身を前に出し、漸く見えた知己に疲れた顔を晒しながら軽く手を振る。エイボンとルディ、アリエス、モーデルは拠点を同じくする冒険者であり、能くパーティを組む仲間でもあった。
「え、ああ、ルディ……アリエスに、モーデルも?」
「よう、エイボン。漸く気付いて貰えたか……」
「こんにちは、エイボン。……嗚呼、サー。これをお返しします」
脇に避けたゴーバッシュに、アリエスはそっと生首入りの麻袋を渡した。そう長く持って居たい物では無い。
「ウン……」
肩を落とし、落ち込んだ様子で麻袋を仕舞いこむ大男の傍には、瞼を閉じているのかと思いきや、白目を剥いて居るデュマ。ユリアンは、目が在らぬ方向を向き、口は半開きで意識を手放している。
「まあ……見目はアレだが、悪い人じゃないんだ……」
そんな惨状に視線を逸らしながら、ルディは今回の雇主に賢明なフォローを試みる。エイボンも、大男の見目は置いておいて、口調からその性質を察することができたのか引き攣った顔で笑みを作り、ゴーバッシュに軽く頭を下げた。
「……勘違いをして申し訳ないです。生首には流石に吃驚しました……。あの、御話があるみたいですけど、まずはこっちの二人をちょっと……」
「あー……そうだな。こんな街中で話すのもな」
二人で疲れた顔を見合わせ、ルディはデュマを、エイボンはユリアンを起こしにかかる。
「兄さん、お兄さん。しっかりしろよ」
「おい、ユリアン大丈夫か?おーい、帰って来いって」
デュマは暫く揺すられていると、白目が回って黄緑色の瞳が現れる。ルディを見、エイボンを見、ゴーバッシュを見て、無言の儘素早く壁ジャンプの作業に戻る。
「ウォアアアア―――――ッ!」
「あ、うん、こりゃ駄目だな、暫く使い物に為らないんじゃないか?」
一方のユリアンはと云うと、
「あがくえぬ かしふるぴ のぶしちを おしあこん ぷらでいあ」
肩を叩いてもこの調子であった。
「お、おい落ち着けって!あの人は如何やら悪い人じゃないらしいから!あとデュマ、どの角度から突っ込んでも壁はすり抜けられないから!」
「うん、帝国の侍従官様だから。落ち着け」
「現実に帰って来い二人ともー!」
エイボンとルディの言葉に、漸くデバッカーとドラクエ呪文製造機は動きを止め、恐る恐るゴーバッシュを見る。その様子に、ゴーバッシュの肩は目に見えて大きく落ち込んだ。
「……矢張り、私の顔は恐ろしいのだろうか……頭を仕舞った儘だったのも拙かったな……」
「否、まあ……ほら、男らしいと思いますよ。身長とか」
「ええ、身体の傷なども勲章と能く言いますし……」
ルディとアリエスの懸命なフォローの甲斐あってか、少しばかり肩の落差が落ち着いた所で、パニックを起こしていた二人も落ち着きを取り戻した様子だった。
「なァんだ、ビックリさせんなよなー」
「嗚呼、失礼……。御恥ずかしい処を……」
ユリアンは恐縮しきりであったが、デュマに至っては、先ほどの迷走振りを感じさせない程である。
「まー、先生と俺達の仕事って事なら宿に案内しねえとな。此方だぜ」
「嗚呼、御頼み申す」
先導する様に、デュマが方向を変え歩き出す。その後を、ゴーバッシュは傷を隠すように己の体に上着をきつく巻き付けて付いて行く。
「いやあ……何とか上手く収まって良かった良かった」
「嗚呼、一時はどうなるかと……けどエイボンが居てくれて助かった」
「……とまぁ、そう云う訳でな」
帝国の一角に在る宿屋のホールにて、ゴーバッシュは首裏を右人差し指で掻く。
「依頼は、悪夢を見続けている、然る御方の診療。諸事情で名を明かせない事は、御了承願いたい。依頼料に関しては、口止め料を上乗せした金額を支払いたく」
「……如何すんの、先生?」
すっかり落ち着きを取り戻したデュマは、打って変わって呑気な様相で、ソファに深く凭れ掛かり乍ら、師を仰ぐ。三人弟子と一人の元門下生に挟まれる形で座っているライアルフは、凪の様に静寂に満ちた蒼の眼を真っ直ぐゴーバッシュへと向け、豊かに蓄えた白銀の髭越しに顎を片手で撫でた。
「御引き受け致しましょうぞ。悪夢と云う事で、御伺いするのは夜分に為る事でしょう」
「承知致しました。夜中、此方へ御迎えに上がる故、其れ迄は休んでいて下され。貴殿等も、此処で休んで行き給え」
ライアルフの快諾に神妙な顔で頷くと、ゴーバッシュはルディ等にも言葉を添える。
「解りました。御言葉に甘えさせて頂きます。また夜に」
その言葉を受け取ると、では、と帝国式の礼をしてゴーバッシュは宿を後にした。
「うっし、私も少し勉強やって仮眠でも取るか。オヤスミ」
事態を静観していたモニークは、抱えていた魔導書類を小脇に抱え直すと、一同に礼をして先に部屋へと上がっていく。
「おやすみ」
そんな嫁を片手を上げて見送り乍ら、さて、と少し考えるようにエイボンは腕を組む。
「かなり大きな仕事になりそうだな。……上手く成功させたいもんだ」
「信用問題にも関わるしな。まあ、まさかこんな所でエイボンに会うとはな。奇遇というかなんというか。ま、この後も頼む。……おやすみ」
気難しげな顔をするエイボンの肩を叩き、ルディもまた用意された部屋へと消えていく。
「おう、じゃあまた後で」
各々依頼に備え散っていくのを見送りながら、エイボンもまた準備をするために部屋へと向かうのだった。