大召喚祭-辰の大魔導士の一番弟子と受け継がれる遺志- 【六野】   作:Game Holic

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師の想い

 数日後、金髪の青年……皇帝ユリウス=クラウゼは復帰したとの知らせを持って、帝国からの使者が訪れた。あの夜の件は他言無用との事だが、宮廷へと招きたいとの皇帝より直々の言葉も共に連れて。その使者たる騎士に連れられ、あの日の面々は宮廷へ出仕する事と相成った。

 朱いベルベットのカーペットの先に据えられた、白銀の玉座に腰掛ける青年、皇帝ユリウスの顔には、先日の様な弱弱しい姿等、何処にも見受けられない。下座に控え、頭を垂れる面々に、野心の光溢れる瞳を獅子の如く輝かせ、余裕に満ちた微笑みを浮かべていた。

 「先日は世話になったな。先達ての御蔭で、体調は回復に向かっている。実は其方等を帝国王室顧問魔法使い、及び剣士として取り立てたい。此方が皇帝で在る事は既に承知であろう。故に……な」

 ライアルフは、僅かに頭を上げ穏やかだが瞳の奥を見据える様な眼差しを、ユリウスの顔へと向ける。

 「御受け致しましょう」

 静かにその言葉を発すれば、弟子たちは何かを察したように深く頭を垂れる。

 「皇帝陛下の仰せの儘に」

 劃して、帝国は遺失魔法の秘儀を知るべく、特別魔法院を設立。彼等の帝室顧問としての宮務めが始まった。

 

 

 

 新設された、特別魔法院。今や此処には帝国からの選りすぐりのエリート達が集まり、其の秘法を解き明かす為、一心にライアルフの話に耳を傾けていた。表向きは皆、従順では在ったが、弟子達を除き誰もが野心に目を血走らせて居た。そんな彼等に、ライアルフは手製のテキストを使い乍ら、魔法の講釈をし始める。

 「具現化魔法とは、非常に緻密で高度な魔法で在り、経験を積んだ魔術師でも容易く唱える事は出来ぬ。発動したとて、其れを思い通りに使役出来る訳では無い。其の事を能く覚えて於きなさい」

 静かな教室に行き渡るような落ち着いた声が講義の最初に告げたのは、今から教える魔法の心構えで在った。

 「抑々、具現化魔法と使役魔法は、分類が大きく異なる。具現化した魔法は、術者等の意思、感情に起因為るが、何が召喚為れるのかは不明瞭なのだ。相手の心を読む、入念な下調べを為る、と云った方法を取ってからでなければ、非常に危険な物と成り得る。具現化為た物を還す魔法も有るのじゃが、其れは更に行為の魔法じゃ。……皆には未だ、難しい物じゃろう」

 年輪を重ねた両手を教壇に着き、大部屋一杯に集まった多くの魔法使いの心の内を見透かす様に、青い瞳が一望為る。其の視線に多くの魔法使いが、居心地悪そうに身動ぎを為るのを視界に留め乍ら、ライアルフは講義を続ける。

 「具現化為た物は、術者や呼び出された者が斃れた場合、世に解き放たれる。然う為ると、還すのは至難の業じゃ。更に、複数で呼び出した場合は制御が利かぬ場合が在る。十分に己の力量を見極めねば為らぬ」

 青い目を煌かせ、教室全体を一瞥した後、ライアルフは教壇を離れ軽く右手を振る。其の動きに合わせ、チョークが独りでに浮遊し、黒板にこれまでの話をまとめる様に文字を書き始める。

 「扨、具現化為れる物が、時と為て実在為る物で在る場合。例えば……亡くなった血縁、或は古代の英雄。此の場合、呼び出される物は、実在の存在の影響を大きく受ける事と為る。反魂の魔法、又は召喚の魔法と為って、具現化為れた体を母体に降霊為て仕舞うのじゃ」

 白いチョークが人型を描き、其処に魂が入るかの様な図を描く。チョークの走る音と、其れを写す生徒のペンの音が響く中、「はい」と控えめに手を挙げる声が響く。

 「先生、人の心から呼び出すと云うのに、実在為る物の影響を受けるのですか?」

 ユリアンの問いに、周囲の生徒は板書を写す手を止め、その先の師の答えを待つ。年若い愛弟子の問いに、良い質問だと豊かに蓄えられた髭に隠れた口元を緩めた。

 「然様。驚く可き事に、元は概念的に確立為て居る物は、其の世界に見得なくても存在為て居る物なのじゃ。存在への干渉、と言うべきか。謂わば、仮初の肉体を与え、其の魂を降ろす魔法なのじゃ」

 此処までを一通り喋り切ると、暫し生徒等が書き写すのを待った後、テキストを置き両手を叩く。

 「扨、物は試し。実技へと参ろう。誰ぞ自信の有る者は?」

 その言葉に、ざわりと教室中が騒めいた。最初の言葉を聞き、戸惑い躊躇為る者も多い。

 「創造の魔法では在るけれど、ゴーレムとかとはまるで違うからなぁ……」

 「あー、こんなの何年振りだ?覚えられっかなぁ」

 「従来の魔法とは異なる特性を持つものの、使用方法とタイミングに気を付けないといけない。……なかなか難しいよなあ」

 板書の内容とテキストを見比べ乍ら、エイボンは頭を掻く。その隣でモニークはノートを見返しながら、その内容の濃さに溜息にも似た声を漏らしていた。

そんな中、ライアルフの言葉に一人の老人が進み出る。すると、教室のざわめきが更に大きくなった。帝国でも名の知れた導師らしい。

 「名は何と?」

 ライアルフが問えば、淡い黄色のローブを広げ老人が深く頭を下げる。

 「ハームートと申し上げる。此の度は、斯様な機会を下さり、在り難い限り」

 ライアルフが頭を上げるように片手で促すと、ハームートは静かな深呼吸の後、顔を徐々に赤く染め上げ乍ら力み始め、魔法の言葉と共に印を組む。彼の頭上に浮かび上がった細い糸は、次第に結びあがり、何かの形を為し始める。そうして其れは、金貨へと姿を変え、子気味良い音と共にハームートを埋め尽くしてしまった。

 「失敗じゃないか?」「思念獣では無いのか」等と他の生徒等は声を潜めて居るが、当のハームートは金貨の山から顔を出し、両手を上げて大喜びしていた。アレはアレで成功なのだろう。けれど、これを皮切りに他の生徒達も具現化魔法に挑戦をし始める。一方、ライアルフの愛弟子達はと云うと、エイボンの周りに集まっていた。

 「うわ、彼のジジイやっべぇな」

 「ええと……“大人の欲望はより現実的であり、即物的欲望に為って仕舞う場合が在る”……」

 ハームートの出した金貨の山に、口を開けたデュマの隣で、ユリアンはテキストを読み上げて何とも言えない顔になる。

 「まー、良いんじゃねえの。オッサン幸せそうだし。成功は成功だろ」

 「出てきた物と量を見る限り、強い欲望だったって事なんだろうなあ」

 それを執成す様に、モニークがあっけらかんと笑い、エイボンは苦笑しきりでテキストを捲る。

 その周囲では、生徒達が出て来た物に一喜一憂する声で溢れていた。思い通りに為らない結果に、悔しがったり、笑い転げたり。当初の野心溢れる空気は無く、魔法学校に有り勝ちな雰囲気と為った。その空気に漸くと表情を緩め始めたデュマが、自身の杖を取る。

 「おし、じゃあ俺、ちったちゃい人形でも出そう。……否、其れじゃあ面白くねえな。そうだ、空飛ぶリヴァイアサンの赤ちゃんみたいなのを……」

 「おっ、止めとけ止めとけー。ハードルガン上がりだぞ今の」

 「絶対に存在しない生き物だろそれ。まあ、俺は基本的なところからやってみるか」

 好奇心満々で杖を握るデュマには、モニークとエイボンの声はあまり聞こえていないようだった。任せなさいと胸を張り、杖を振るう。その隣で、無難なものを出そうと、エイボンが印を組み始める。

 「失、第一階位の現。思考、物体、仮初——具現」

 文字が糸と為り、紡ぎ出された世界樹の実がコロンとエイボンの前の机の上に転がる。それと同じくして、デュマの頭上に黒紫色の糸が紡がれ、弾けた。

 「う、うわああああああああああ」

 現れたのは、ヘドロに塗れた全身に、小さな眼が付いている三つ首のヒルの様な物体であった。それはデュマの頭の上で紫色のヘドロを吐き散らす。目に染みるほどの刺激臭。悪臭という悪臭を詰め込んだかのような匂いが周囲に充満する。

 「うわっ、汚いな!ちょっとタイミングずれてたら、集中が乱れるところだったぞ!」

 その吐瀉物を避けるように、咄嗟に教科書や世界樹の実を抱えエイボンは距離を取る。

 「けして!消して!誰か消して!!アアアア、髪に着いてるゥウウウ!!」

 「ォボッ、ウ゛、ゲゥ、ロロロロロロロロ」

 大パニックを起こすデュマの上で、何か判らない紫色の物体はヘドロを吐き続ける。其の余りの臭いに、周囲が一斉に距離を取り始める。隣に居たユリアンは余りの臭いに意識を飛ばしていた。

 「しぇんしぇえいー、しぇきかえてくりゃはい……」

 モニークは口許を覆いつつ涙目で荷物を纏めて挙手。速やかに席替えを申し出た。

 「これが、具現化魔法の恐ろしさか……先に知れて良かったぜ……て、嗚呼!ユリアーン!早く離れるんだ!先生―!!」

 あまりの被害に戦々恐々としていたエイボンだが、意識を余所に飛ばしているユリアンの教科書やノートにその吐瀉物がかかっていくのに、悲鳴を上げて師を呼んだ。いろんな意味で騒がしくなった愛弟子達の様子に、やれやれという様にライアルフが溜息と共に杖を振るう。

 「全く、諸君等は昔から変わらんのう……」

 あっという間に正体不明の物体を消し、其れと共に匂いも消える。漸く静かになった教室で、注目を集めるように教壇の前で手を叩いた。

 「……此の講義の最後に。“人間は善で在るか”。……是は、我々の命題で在ると私は思うて居る。事実、人は善でも悪でも無い。然し、力を持つ者は、其れ等と常に向き合わなければ為らぬ」

 青い星に似た瞳が、ひとりひとり問う様に見つめていく。

 「故に、魔術師、魔導師とは。……自然と己の可能性の限界に挑戦しつつも、己の持つモラルと戦うのだ。神が御創りに為ったヒトと云う種族は、聊か可笑しな処も有るのだが……、神の愛した此の恵まれし世界を、我々ヒトも同様に愛する事が出来ると信じて居る」

 問う様に、けれど願う様に静かに言葉を紡ぎ、老いた導師は言葉を締めくくった。

 「……以上。今回の講義は是で終わりじゃ」

 

 

 

 この時、賑やかなれども平和な時間が続くのだと、誰もが思っていた。叡智の一端に触れ、己を磨いていくのだと、そう、誰もが……彼の弟子達ですら、思っていた。

 数日後、皇帝の前に呼び出されるその時まで。

 

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