大召喚祭-辰の大魔導士の一番弟子と受け継がれる遺志- 【六野】 作:Game Holic
「ルディ!大丈夫か!?」
「ごほっ……だい、じょぶ……」
「じゃなさそうだな!!」
「全然大丈夫じゃなあああい!」
魔術師達の声は尤もである。右肩から左脇腹まで。斜めに裂かれた傷は、後一撃でもルディに振るわれれば、其の命を落とす物に為るだろう。
「なんとか、耐える」
それでも背後に行かせぬ為に、ルディの剣先と三つの眼は、鋭く敵を見据えて居た。
「ルディ!……ドラコ・プラチニジウム!ルディを庇え!」
その横で短くモニークが名を呼び、従属に指示を飛ばすと同時、彼女の手が閃き呪文が詠唱される。其れはルディの傷を癒し、完璧とはいかないまでもその血を止める。そして息をつく暇も無く、目の前の魔神へとメイスを振り上げる。縦横無尽に戦場を駆け、魔法と武器、両方を得意とし対応する魔法戦士たる彼女の業は、前線を支える要であった。
「助かった、モニーク。ありがてえ」
「落ちたら私がアリエスに首を飛ばされるんだよな」
「はは、ねえよ」
「どうだか……」
互いに視線を交わすことなく。ルディは口元の血を拭い乍ら。モニークはメイスの血を落とし乍ら。呼吸と体勢を整え治す。その時間はほんの僅か。止まっている時間すら惜しいと、再びルディが地を蹴り、素早い二連撃をその足に見舞う。お返しだと言わんばかりの刃が、深く敵の腱を傷つける。然し相手に近付く度、瘴気が肺へと渡り傷を創る。咳込む口に再び血を滴らせながらも、二人の足は止まることは無い。それは守る背への信頼と、其処へ行かせてなる物かという前衛の意地だった。
「魔術師センセイ、頼むぜ!私とビーグルが紙に為る前にな!」
「あー、俺が血溜りに為る前にも宜しく」
「つっても、魔神将が相手だけどな……努力はするけど!」
エイボンが再び槍の先を振るい旗をひらめかせる。其の背後では、階段より再度集ろうと為る騎士達を金貨の波で押し流すハームートと、其れを補佐するユリアンの姿があった。
「食らえ、金色の濁流じゃ!」
「皆さん、急いで!」
幾ら精鋭とはいえ多勢に無勢。この状態が長く続く事は、此方の不利を示していた。その声に押され、紡ぐのは得意の氷の魔法。周囲を凍てつかせる其の魔法は、瞬時にして魔神達の脚を止めるも、焦りも在ったのだろう。足の奥まで凍らせる事は無く、乾いた音共に砕け散る。
「くそ、流石に大して効かないか……」
苦みの広がる木苺色の瞳が、戦況を読み取っていく。相手どる二体の魔神は足に深い傷を負っているものの、未だ其の動きを止めるには至らない。甘さの目立つ戦術に、彼の顔に弱音の影が宿る。
「うぉおおおおアアアア!!」
其の彼を余所に、雄々しい声が上がる。ゴーバッシュが、魔剣の衝撃の反動を使い、跳躍。虚空で盾を金繰り棄て、両手で剣を持つと魔神の片腕を断ち切ったのだ。帝国の鬼という名の通り、否、魔神ですら慄くほどの猛攻を見せる。其の姿は、エイボンの弱音など吹き飛ばす物であった。
其の声に、気迫に、背中を押される様に、槍を持つ手と反対の手が、懐を探り最初よりも鈍い緑を宿すカードを取り出し魔神へと投げつける。途端に魔神の動きが鈍い物に変わる。
「モニーク!ルディ!戦況を変えるぞ!」
エイボンの鋭い号令が飛ぶ。其の声に応え、モニークとルディが構えを変えた。二度目の氷の魔法が魔神達の足元へと飛ぶ。一瞬弱りかけた氷が、人たる彼を守る神々の加護の力を得て、力を取り戻し魔神達の脚を凍てつかせ、其の足を二度と動かぬ様に床へと縫いとめる。
「此処で躓いてる場合じゃないっての……!」
「助かる。これで頭に行ける」
モニークとルディの眼に更に力が灯る。ギリギリまで引き絞られた弓につがえられた矢の如く、飛び出さんばかりの二人の背後から、不意に一人の気配が増える。
「ぐ……嗚呼、鬱陶しい!漸く抜け出せました!!」
金貨と騎士を押しのけ、姿を見せたのは今はフェンディルに居る筈のアリエスであった。
「アリエス!お前、無事か!?」
緊迫した空気はそのままに、僅かにルディの眼に安堵の色が宿る。
「はい!モーデルは外で待機していますが。……拙いですね、まずはルディを回復させないと!」
アリエスが素早く呪文を唱えると、身に着けていた宝石が光り、柔らかい亜麻色の髪に光り輝く身体と羽根を持った少女、ニンフが姿を現す。柔い光を纏い、軌跡を描きルディの傍へと寄ると、その光がルディの傷を癒す。
「ありがとよ」
その声と共にルディの体が魔神の前へと躍り出る。素早く切り込んだ右手は、相手の体から僅かに外れたが、其の勢いを借りて突きだした左手の刃が深く相手の肩を切り裂いた。先程の借りは返したと言わんばかりの一撃は、深く魔神を傷つけていた。その隣では、モニークが素早く呪文を唱え、炎の渦を生み出す。其の炎は味方を焼くことなく、魔神二体の頭を焼いた。流石の魔神を束ねる歴戦の将も、激痛に咆哮を上げ、荒れ狂う暴風の様な攻撃をモニークへと向けるも、ビークルを駆る魔法戦士は其の全てを受け流すように避ける。一方ルディを狙う攻撃は、主の課した命を忠実に果たす様に、白金色のドラゴンが鈍い金属音を立て乍らその攻撃を全て防いでいた。そしてその摩耗した体を、エイボンの魔法が癒す。けれど攻撃の手を緩める事無い。息付く暇も与えず、アリエスが動く。取り出したのはオルガンを弾く様に模された人形。其の口から流れるのは、敵を凍てつかせる呪いの歌。人形の歌に乗り、アリエスの紡いだ氷の魔法が相手の顔を絶対零度の炎で焼く。
流れる様に、呼吸の様に、お互いの意図を読み動いていくのは、長く冒険を共に為てきた証だった。
「手厚いサポートだこって」
「そりゃまあな」
笑うモニークの背を守るエイボンの顔にも、漸く覇気と余裕が戻る。
「ルディ、後少し」
「……応」
隣を動く者同士、呼気と体勢を整えるタイミングは同じだった。あと少し、それは魔神も悟ったのだろう、凄まじい殺意が全員を襲う。其れは魔神の魔力と瘴気を帯び、エイボンとアリエスの動きを封じた。
「く、身体が上手く動かせない……」
「動けませんか……ニンフ、お願いしますよ!」
痺れる体で、アリエスは人形の歌を、凍てつく呪歌から生命力溢れる歌へと切り替える。ニンフはアリエスの言葉に頷くと、傷のあるモニークやルディを癒すために光を振りまいた。そしてこれが最後だと言わんばかりに、魔神の首を刈るが動く、双剣とメイスが閃いた。白銀と鈍色の軌跡は、確実に魔神の核を破壊する。
音を立てて崩れ去る魔神と、ハームートとユリアンが声を上げるのはほぼ同時であった。
「無事ですかな!?」
「先生たちは無事です!早く行きましょう!」
「なんとか、な」
安堵の吐息が誰ともなく漏れる。全員の無事を確認すると、今度こそ全員が外へと撤退を計る。黒く佇む老人を、ライアルフは最後に一瞥をし、外へと急ぐ。
「……待て。今のは魔神か?」
その背後で、呆然とした様な皇帝の声が落ちた。
「左様で御座います」
「なぜ、剣の守りが効かない?」
「嗚呼。アレですか。封印致しましたよ。でなければ、ゲルダムは呼べません故」
然も当然、という様な黒き老魔術師の声が喧噪の中に木霊する様に響いた。
「なん、……何、……君は、何て事を……!」
驚きの余りに狼狽え、玉座から立眩む様に頭を振りながら、皇帝が立ち上がると、激情の儘に声を高くする。
「此奴の首を刎ねろ!」
「生憎。私にしか封印が解けませんのでね……」
「ぐ、ッ……!待て!」
逃げるエイボン達の背後で、黒の魔術師へ駆け寄る処刑人を制す事しか出来ぬ皇帝の顔は、驚愕と狼狽、そして一種の恐怖で染まっていた。