夕暮れ時、晴人はあの謎の女性との邂逅が終わり、缶コーヒーの飲み口をくわえパーカーのポケットに手を入れながら自分が住んでいる家へ帰宅する。
晴人が住んでいる家はそこそこ大きい一軒家で、外装と内装も白を基準としたシンプルなデザインで正に一般人が住んでいそうなごくごく普通の家である。
帰宅した晴人は飲み終わったコーヒーの缶をゴミ箱に捨てリビングのソファーに横になる。
「ふぅ……(結局、あの女は何者だったんだか)」
晴人はその体勢のまま腕を頭の後ろで組んで、数時間前に会っていた女性の事を考える。
(突然現れたかと思ったら殺しの依頼なんて話を持ちかけてくる。ついつい反射的に引き受けちまったけど、今思えば怪しい話だな。そもそも、そいつらを殺してどうすんだって話だ)
体の向きを変え、そう考えていると、不意に腹の虫の音が鳴る。
(…もう腹が鳴る頃か。ってか、最後に喰ったのっていつだっけか)
上体を起こし、腹を擦りながらそんなことを考える。
晴人は殺しの依頼についてもう少し考えてみたかったが、そんなことより腹を満たすのが先決だと思い、立ち上がり再び外へと出る。
外に出てみれば、すでに夕暮れ時なので、辺り一面が燃えてるかのようにオレンジ色に染まっている。晴人はその綺麗な夕焼けの光を出している方を向き目をしぼめる。
「(溜め息が出そうなくらい綺麗な夕日だこと)…後、何回見れるかな」
晴人は少し思い詰めた表情になる。
彼等喰種は常に命を狙われている。喰種を根絶やしにせんと毎日徘徊する喰種捜査官はもちろん、様々な所で共食いをする喰種など、様々な敵がそこら中にいるからだ。晴人達喰種はそういった者達から常に逃げて、隠れて、時には応戦して、奇襲を仕掛けて喰種は強かれ弱かれ生き延びるために最善を尽くす。喰種というだけで、彼らには平和とは縁のない世界で住むこととなるのだ。
故に、晴人は覚悟せずにはいられない。自分が後どのくらい生きていられるのか。
(……そんなこと考えても仕方ねえか。そういや、アイツはいつ頃帰って来るんだろうな〜。もう日が暮れそうなのにな)
晴人は思い詰めた表情からお気楽そうな表情になって、歩きながらここにはいないもう一人の自分の家の住人のことを考える。が、まあんな心配する必要ねえかと、深くは考えず、腹を満たすための人肉を求めて歩き出す。
◇
〜20区〜
時間は少し戻り、晴人が
「えーで、この数式を使って、ここがこの様になるよう計算していくと、答が出る」
やっている授業は数学の様で、先生であろう、眼鏡をかけた男性が黒板に数式や例題などをチョークで書いて生徒達に解き方を教えている。
そして、その生徒達の中に一人、晴人に似た顔立ちの学生が、他の生徒と共に静かに授業を受けていた。
「よし、ここの問題を解いてみろ。後、今日はもう時間も無いため今日はこの問題やって終わりだ」
「………」
その学生は先生が言った問題を解いていく。すると、突然隣の席の学生が肩をつついてくる。なんだ、と思いそちらに顔を少しだけ向ければ、隣にいる学生がこっそりと話しかけてくる。
「なあ亜蓮、ここの問題解るか?」
「……自分で解け」
話しかけた学生の質問に、晴人に似た学生…桐崎
「え〜、いいじゃねぇかよこれぐらい」
「少し位自分で解くよう努力しろ。それに面倒くさい。集中させろ」
教える気は無いと、きっぱりと言われ、ちぇ、と軽く舌打ちした隣の学生は、一人で解こうと頭を悩ませる。
周りの学生達もある人は唸り、ある人はスラスラ解いていき、またある人は試行錯誤していると三者三様である。
「………」
亜蓮はその問題をスラスラと解いていく。
(大して難しくはないな)
亜蓮は理数系のなのか、これなら楽勝だ、とすぐに解き終わったので、余った時間で別の事を考え始める。
(…そろそろだったかな、彼奴が腹を空かすのは。ならば、今日は彼処にいるかもしれんな。ちょうどいい、それなら帰りに…)
とそこまで考えていたら、授業の終わりのチャイムが学校中に鳴り響く。
「今日はここまで。明日は休みだからこの問題をやって来るように。それじゃ、日直頼む」
「きりーつ、礼っ」
日直の合図と共に全員が立ち上がって礼をし、しっかりとできたか確認した先生は教室から出ていく。すると、皆気を抜いてだらけるようになり、弁当を用意する人、周りと話す人と先程とは打って変わって明るくなる。
「ふいー、ようやく終わったな! それじゃ飯どうする?」
「何時もの所でいいんじゃないか」
授業が終わり、昼休みに入った亜蓮と隣の席の学生…
「さぁ〜て、今日の亜蓮の弁当は何かな〜」
「…自分のより俺の弁当を気にするのか」
「そりゃあな〜」と二人は自分の弁当を持ち屋上へ行きがてら、雑談をしていた。
「お前の弁当、毎日美味そうなものばかりだからな」
「………そう、か」
亜蓮は美味しそうと言う言葉に一瞬考え、曖昧に肯定する。
(『美味そう』か、これがな…)
亜蓮は何か引っかかるのか、ぶら下げている手に持っている自分の弁当をチラリと見て思案する。
「んでよ、弁当分けてくれ」
屋上に着き弁当箱を広げ、食べようと箸で弁当の中身を一つ取ろうとした時、智明から弁当を分けてくれと手を合わせて懇願してきた。
「…何時ものことだが、何故俺はお前に分けてやらなければいけない」
「……育ち盛りだから?」
亜蓮はその応えに対して「何故疑問系なんだ」と呆れたような顔をする。
(…まあ、後で吐き出すより食べて貰った方がいいか)
ここまでで、無論のこと気付いているだろうが、彼は喰種である。喰種にとって人間の食べ物は有害でしかなく、いつまでも体のなかに入れておくのは濁ったオイルやスポンジを入れておくのと同じなので、分けてあげることにした。
「ほら、これ位あれば満足だろう」
「おおぉ! いや〜サンキュね。最近は腹が減って減ってお腹鳴りまくりでさ~」
そう智明は亜蓮に感謝する。それに亜蓮は「なに、これ位構わん」となんでも無い様に言う。亜蓮は弁当を半分程渡し終えると、少し戸惑いが見える箸の動きで弁当の中身を取り出そうとする。と、そこで再び智明が弁当を食べる前に話しかける。
「なあ、亜蓮」
「ん? なんだ? 急に腹でも壊したか」
冗談めかして言う亜蓮に「いや、そういう訳じゃ無いけどさ」と、特にこれといった目的も無いですとでもいう様な、どこか無感情を下手に装った声音で智明はこんな質問をする。
「お前ってさ、確か弟いたよな。双子の」
「ああ、確かにいるな。それがどうかしたか?」
智明には以前弟の事を少しではあるが話した事があったので大して驚かずに頷いて応える。
「あー、別に大した話じゃないんだけどな。お前のその弟ってなんでここの学校にいねえのかな〜って」
そう聞かれた亜蓮は表情が少し固くなり手が一回だけ痙攣したように動く。智明は、あっヤベッまずったかな、と聞いてはいけない事を聞いてしまったかなと思い、即座に「あっ、あー、言いたくないなら言わなくていいんだぜ?」と少し戸惑ったような繕った笑顔で言う。
「いや、そんな質問が来るとは思わなかったからな。少し驚いただけだ。言えない訳ではない」
亜蓮はまるで何か誤魔化しているように含みのある事を言ってくるが、智明は何の疑問も持たずに「そ、そうか、なら良かったよ」と、安心した声で言う。
「あー、でさ、もう一回聞くけど、なんでお前の弟は学校にいないんだ?」
「ふむ。彼奴が学校にいない理由か。なんて答えればいいか」
亜蓮はどう言うか悩む。そして、頭の中で整理できたのか、話始める。
「彼奴がいない理由、それは実のところ俺も分からん。ただ、」
そこで区切った亜蓮はなにやら言いずらそうに顔を歪めて唸る。
「めんどくさいから辞めたとは言っていたな。本心かわからないが」
それを聞いた智明は「なんだそりゃ!?」と驚く。
「んな理由で辞めたのかよ! いいのかそれ!?」
「ああ。俺もどうにかしたいと思っている。が、彼奴が行く気にならなければどうしようもない」
亜蓮は半分程諦め顔で言う。「それもそうかー」と、智明も諦め顔で賛同する。
「こればっかりは本人次第だからな、しゃあないかー」
仕方ないと言わんばかりの顔でため息を吐く智明は、これでこの話は終わりと言うように、自分の弁当と先程分けて貰った分を一気に平らげる。その食いっぷりは中々に凄く、おお、と声を出してしまいそうである。だが、何時もの事なのか亜蓮は表情を変えず、俺も食べるかと、この美味しそうと言ってくれた弁当を食べ始めるが、
「…(やはり不味いな。身体を、壊しそうだ)」
と美味しそうに頬張ってる智明の傍らで、亜蓮は表情にも声にも出さず弁当の感想を淡々と出す。
(人間は何故このような物を食べられるんだか、俺ら喰種には永遠の謎だな)
亜蓮は弁当を食べながら少し吐き出したくなる衝動に駆られる。だが、そんな状態を目の前にいる彼に悟られる訳にはいかず、表情にも出さずに我慢して幸せな表情の智明を見る。何故そのような顔をしながら食べていられるのか、まるでわからない。自分はむしろお前を喰った方が幸せになれそうだ、と思うが、彼はこの学校にて唯一の友人であるため食べる訳にはいかない。
「はあ〜、美味かった。分けてくれてありがとな亜蓮」
「なに、これくらい構わん(あまり食わずに済むしな)」
食い終わった二人は弁当箱を片ずけ、屋上から出て行く。
「なあ、亜蓮」
「ん? なんだ?」
屋上から出て階段を降りている時、なにやら神妙そうな表情の智明から疑問を投げられる。
「あー、いやさ、分けて貰っている俺が言うのもアレなんだけどさ、お前あれだけで足りているのか?」
その『あれ』とは何なのか検討が付くので、亜蓮はいよいよそこを突いてきたかと思った。彼は喰種なので中々腹が減らないし人間の食べ物は食べれない。
もしも、その事が露見すれば、すぐさま捜査官が飛んできて学校に通えなくなる。故にどうにかして誤魔化そうと、
「ああ。隠していたわけじゃ無いが、俺は結構少食なんだ。だから問題無い安心しろ」
と、出まかせを言うことにした。これで誤魔化せれるか心配であるが、
「へ〜、なんか以外だなぁ、お前が少食なの」
どうにか誤魔化せれたようで安心した亜蓮は「そうか?」と返し「うん、だって」と続く、
「お前、身長高いし部活に入ってないのに筋肉も結構あるから、てっきり陰で大量に食っているのかと思ったんだけど違うんだな〜」
また痛いとこ突いてきたなと思う亜蓮。この肉体は喰種の肉体なので、人より強靭である。そのためかなり筋肉質だ。このことをどう誤魔化すか考え、
「まあ、そこは体質だろう。それに、部活に入ってなくとも一応鍛えているからな」
体質で誤魔化そうとする。ただ、少し苦しくなってしまったかな、と思った亜蓮は次の質問が来たらどうするか悩む。
「へ〜、なんで鍛えているんだ?」
白鳩から身を守るため、等とは絶対に言えず、そろそろ吐き出したくなる衝動にも我慢が出来ないところまで来た亜蓮は「何となくだ」と適当に言い、
「すまん、少しトイレに寄る」
と言って早足でトイレへ急ぐ。
「…どうしたんだ? あんなに急いで。そんなに行きたかったのか?」
「ゲホッ!! ゲホッ!! っ! はぁ、はぁ」
トイレで今まで食べた物を吐き出した亜蓮は、少し深呼吸をする。
「スゥ〜はぁ。ようやく出せたか」
亜蓮は体にあった異物感が消えてスッキリしたのを感じ、安堵する。
「………(最近春風の奴、少し感付いてきてるな。このままではまずいか…どうする)」
亜蓮は少し落ち着いた思考で、今後の智明とどう接していくか考えるが、
「むっ。もうこんな時間か」
そこで昼休み時間の終わりのチャイムが鳴ったので、考えるのは後にしてとりあえずトイレから出て教室へ向かう。
◇
「よう。大丈夫だったか?」
「ああ。大丈夫だ」
教室に戻れば、教室内にいる生徒はまだ半分くらいで、智明は既に戻っていた。
亜蓮は自分の席に着いて机の上に次の授業の教科書を置き、準備をする。
「はぁ(やはりあんな物を食べるのは苦痛でしか無いな。授業が一番の癒しだ)」
準備して席に座り、待っていたら先生が来て授業が始まる。
そして時間は晴人が帰宅した時間である夕暮れ時まで進む。
◇
〜放課後〜
夕日が沈みかけてる時間帯、今日の学校の授業が全て終わり、それぞれの教室には部活に行く者、バイトをしに行く者と別れていく学生達がいる。
そんな中、智明と亜蓮は、
「そんじゃ、俺部活行くわ。亜蓮は今日はバイトか?」
「ああ、そうだな」
本当は違うがな、と亜蓮は心の中でつぶやく。
「そか。んじゃまた明日な」
「ああ、また明日」
と、二人は別れていき、一人は部活へ、また一人はとある喫茶店へと向かう。
「さてと(さっさと彼奴がいるであろう、あの喫茶店に行くか)」
そう決めた亜蓮は、暮れかけてる夕日を背に喰種が開いている喫茶店へと歩く。
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