亜蓮がバイトへ向かっているとき、20区の喫茶店『あんていく』にて、晴人は静かにカウンター席に座って、コーヒーを飲んでいた。
「っは〜。ここのコーヒーはいつも美味いな〜、缶コーヒーとは比べ物にならないな」
晴人はここのコーヒーがとても好きである。何故なら、ここのコーヒーは、一切手抜きをしておらずそこいらのコーヒーとは別格だからだ。
それもその筈、ここは喰種が開いている喫茶店であり、喰種しか働いてない店だからだ。喰種は人肉かコーヒー、または水しか飲めない。故に、人肉を食べることに多少抵抗がある喰種にとっては少しでも腹を誤魔化せるコーヒーを作ろうとするため、必然的に美味しくなり、その結果がこれだ。
また、ここでは人肉を提供してくれる上に、その人肉は自殺者の死体を加工した物であるであるため、誰かを殺したという罪悪感を誤魔化してくれるよう取り計らってもいる。
そして、これだけ親切心に溢れたコーヒーが美味い喫茶店であるため、人間の人達もよく見る。
「さてさて、そろそろ飯を食うか」
そう言って晴人は、一旦周りを確認する。
「うん。今は喰種しかいないようだな。これなら食べられる」
今、喫茶店には五、六人といった数の老若男女の客たちがいる。
晴人は人間が近くにいないかを確認し、先程ここの店長に頼んで貰った袋から人肉を出して食べる。
(ふむ、これ死体を加工した物らしいけど、そんな変わらずに食べれんな、美味い)
そして、ここのコーヒーを飲みながらの食事は最高だと、思いながら次々と食べていく。
そして、食べ終わった頃、晴人は飲み干したコーヒーをおかわりして、くつろいでいた。
「ふう〜、食った食った。さて、もうしばらくここでのんびりとしているかな」
椅子に身体を預け、時間が経っていく。
ふと、気が付けば窓ガラスから見えていた薄明るい空がもう完全に暗くなり、夜になっていた。
「もう暗くなったな…いい加減帰るか」
流石にもう帰らなければと、思った矢先、一人の客がドアを開けて入ってきた。否、それは客ではなかった。それは自分と似た顔立ちの学生、亜蓮であった。
「……亜蓮」
晴人は突然の来訪に少し驚いた表情をしたが、すぐに切り変える。
「やはりここにいたか」
「なんだ? ここにいたの分かっていたのか?」
晴人に近づく亜蓮。
「ああ、当然だ。またここで食いながら夜までくつろいでいたのだろうなど、お前の兄をやってれば自然と分かる」
亜蓮と晴人は、智明が言った通り、兄弟だ。
「ははっ、そういやもう何回も迎えに来た事あったもんな、そりゃそうか」
「そういうことだ。分かったならさっさと会計して帰るぞ晴人」
亜蓮が出て行こうとするのを見て晴人は「おうっ」と答え、財布を出してレジカウンターへ行って会計する。
「そんじゃ、幾らかな」
「360円です」
金額を言われた晴人は、長い黒髪を下ろした女性の従業員にお金を出す。言われた金額とそれに千円加えて。
「えっ?」
女性の従業員は驚いた声をあげる。
「いつも美味いコーヒーを出してくれているのと、食い物を提供してくれているお礼だ」
そう言って、すぐに店から出て亜蓮を追う。従業員は慌てて晴人を止めようとするが、その前にいなくなってしまう。
外に出れば、暗く街灯が灯っていて人通りも大分少なくなっている。
店を出てすぐそこで待っていた亜蓮を見つけた晴人は、亜蓮と並んで歩いて我が家へ帰って行く。
「いや〜、それにしても、相変わらずあそこのコーヒーは美味かったな〜」
帰り際に晴人はあんていくで飲んだコーヒーの話しをしていた。
「確かに、あそこのコーヒーの美味さは他にはないな」
亜蓮もあんていくのコーヒーを飲んだことがあるのか、その時の感想を述べていた。
「………」
「………」
そしてお互い話終わると無言になる。しかし、ここで晴人があの話をしようと呼びかける。
「なあ、亜蓮」
「ん? なんだ」
返事をしてくれたら「くだらねぇ話なんだけどよ」と始めに言い、あの話をする。
「……て言う夢を見たんだ」
「………」
その話は晴人が今朝見た夢の話であった。そして、話し終わり最初から最後まで聴いていた亜蓮は、懐かしくも悲しい想いになる。
「………随分と懐かしい夢だな」
消えそうに言う亜蓮に「だろ。俺も思ったよ。なんで今更こんな夢を見たんだろうな」と、軽く言う。
お互い感傷に浸っているようであるが、晴人は悲しいそうな表情であるも笑っていて、亜蓮は「何かの予知だったりしたりな」と冗談ぽく言う。晴人はその冗談に対して「そりゃねぇわ〜」と戯けたように返す。
「ククッ、それもそうか………」
「………」
そして、またお互い無言になる。が、またその無言を晴人が破く。
「……なあ」
「…なんだ」
晴人の声音からなにかを言わんといているのを感じた亜蓮は一瞬だけ考えて返事を返す。
「アイツさ階級なんだっけ」
「……復讐でもする気か? ならやめとけ」
晴人が言おうとしていることをすぐに察した亜蓮は、すぐさま止めようとする。
「……別にそういう訳じゃないさ。ただなんとなく気になった、それだけさ」
「そうか…ならいいがな。…奴は准特等だったな」
准特等と聞き、晴人は少しだけ目を伏せると言う。
「准特等か。なら、俺と亜蓮で挑めば勝てるかな」
晴人がなんとなく言った風に言うが、亜蓮は「それは無理だ」と言う。
「…なんでだ?俺と亜蓮なら勝てるだろ。それに、俺らには『アレ』があるんだし」
「それでもだ。奴は准特等だが、特等と同等の実力がある、『第二の死神』と、言われている。俺らが束になったとしても、とても勝てる相手ではない。それに、『アレ』にしたって対喰種用であって、人間用じゃない」
亜蓮が晴人の意見を全て却下すると、晴人はもう言えることがないのか黙りこむ。
「…………」
「……やはり復讐しようとしたのか」
そして、亜蓮は晴人の心情を見抜き、そう言う。そして、そう言われた晴人はただ黙るしかなかった。
「沈黙は肯定と受け取ろう」
亜蓮はそんな晴人に戒めの言葉をかける。
「馬鹿な考えは止せ、奴に挑むには実力が不十分だ。そんなことより、俺らは今を生きることが大切だ。何時白鳩からの襲撃が来るのか、分かったものじゃないからな」
一気に捲し立て何も言わさんとする亜蓮。
晴人はそんな亜蓮の言葉を聞いて何か癇に障ったのか、みるみると顔が怒りの表情になっていく。
「おい亜蓮、なんだよその言い草は。お前は悔しくないのかよ。親父だけじゃねぇ、お袋も殺したアイツをそのまま放って置いていいのかよ…‼︎」
語尾に怒りを滲ませて言う晴人は、拳を握り締め今にも掴みかからんとしている。そんな晴人に対して亜蓮は、冷静に、感情を悟らせないように一言、
「……だからと言って挑み死んでは元も子もない、そのようなことをするより今は今迄通り生き抜くしかない」
その言葉で遂に切れた晴人は亜蓮の胸ぐらを掴み怒気が篭った赫眼を向けるが、亜蓮はそんなことをされても動揺を見せないでいる。
「てめえはアイツが憎くねえのかよ…!! いや、そんな筈はない。お前だって憎い筈だ…お前は親だけじゃねぇ…」
そこで一旦切り息を吸って再度言う。
「恋人を殺されて憎くない筈がねぇ!!!!」
「…………」
荒げた声で言った晴人の恋人と、言う言葉に亜蓮は、昔の…まだ恋人が生きてた頃の記憶が蘇る。
「どうなんだよ…! アレ「俺が…」
晴人がまた声を荒げて言おうとすると、亜蓮がそれを遮り続ける。
「俺が悔しくないとでも思ったか?」
亜蓮がポツリと言った言葉に晴人はまた食ってかかろうとするが、亜蓮の顔を見て思いとどまる。
「悔しくない訳ないだろう。…今だってそうだ、アイツが憎くて仕方ない、殺したい、一片も残さずに喰ってやりたい」
そう言い終わった亜蓮の瞳からは一筋の涙が出ていた。
晴人はそんな顔を見て先ほどまでの怒りも鎮まっていた、むしろ罪悪感が怒りを呑み込み心の中を支配していた。
「すまん」
晴人は亜蓮の胸ぐらをから手を離して一言謝る。赫眼も元に戻っている。
「いや、いいさ。結局は俺も同じだ晴人…俺も復讐を願ってる、だが今は無理だと言うことはよく覚えておけ」
「…ああ」
亜蓮の言葉には何れ実行するということが感じ、それに気付いた晴人は短く返事をし二人はまた家へと歩き出す。
〜翌日〜
次の日の朝、晴人はいつも朝の8時に起きる。だが、この日は昨日のこともあってか6時と早く起きてしまった。晴人はもう寝れそうにないなと思い、寝室から出てリビングに行き、そこにいた亜蓮と話をした。
その時のことを思い出しながら洗面所に行っていた。
「…………」
ーー
ーーーー
「晴人」
「ん?」
晴人がいつもより早く起きてリビングに行く。すると、そこには、これからバイトへ行こうとしてた亜蓮がいた。
そして、その亜蓮から「今日は早いな、なら丁度いい。少しいいか?」と言ってきたので聞くことにした。だが、その内容は、
「これは俺からの願いだ。…奴にはもう関わるな」
「!?」
と、思ってもいなかった内容で晴人は驚きを隠せない。
「おい! どういうことだよそれ!!」
「どうもこうもない、そのままの意味だ」
何を言っているのか解らない晴人はまた問う。
「意味わかんねぇよ、説明しろよ‼」
最後は苛立ちを隠せず声を荒げる。
「奴は…やはり強い、お前では倒すことは出来ない。だから、お前は関わらないほうがいいと言っているのだ」
「そんな理由で引き下がれるかっ!」
亜蓮がその理由を言うもすぐさま反対する晴人、これに亜蓮は分かっていたのかやはりなと思いこう返す、
「晴人、俺はお前を危険な目に逢わせたくないんだ。兄弟を、家族を俺はもう失いたくないんだ。お前なら解るだろ」
晴人はそれを聞き何も言えなくなる。何故なら晴人も同じだからだ。だが、それが故に晴人も負けじとこう言う。
「そんなの俺だって一緒だ! だから「だからこそ」!」
しかしそれを言おうとするのを亜蓮は遮りこう言う。
「お前をこれ以上奴に関わせる訳にはいかない。…どういう意味か解るな?」
「……! …俺じゃ戦力不足だってのか、弱いって言うのかよ」
晴人は亜蓮が言っていることを理解しようと考える。そして、理解し結論を出すが、その声は今までと比べ弱々しくなっている。
それも当然だ。自分が弱い、そう言われたのだ。それも自分の兄弟に言われた事によってよりショックを受けたのである。
「すまない、こんなことを言われるのは酷であるのは分かっている。だが解ってくれくれ」
晴人は意気消沈しているもその言葉を受け入れる。
そう言われたら晴人はもう何も言えない、何故なら亜蓮の言っていることは正しいと分かるからだ。
晴人は何も言えず黙る。
「…分かった…」
そして、晴人は弱々しく了承した。
「…すまない」
そして、亜蓮はもう一度謝り、バイトへ行った。
残った晴人はただ一人悲しげに立っている他なかった。
ーーーー
ーー
それからしばらくして、晴人は気分転換として顔を洗った後、今日も外を散歩しようとする。
「はぁ(亜蓮の言っていることは分かるけどなあ~)」
晴人は溜め息を吐きながら手で水を汲み顔にかける。顔を洗い終わればタオルで拭き、私服に着替え外に行く準備をする。
「よし、行くとするか」
そして、晴人は着替え終わり外へ出て行き、喰種がいる町へと歩き出す。が、
「そこのお兄~さん♪少しいいかな?」
突然そう声をかけられる。
音も気配もなく、更には匂いも無しに近づいた者に心当たりがある晴人は一瞬だけ驚いた顔になったのを戻して、ゆっくりと振り向く。
「…やっぱりあんたか」
晴人が振り向けば、そこには朱色の髪の色をした、昨日会った女性の喰種だった。
「フフフッ。約束通り、殺しの依頼のお話をしに来たよ」
妖艶でどこか恐怖を覚える笑顔で現れた彼女に晴人は冷静に、昨日のようにはならないように話す。
「ようやくか。ったく、昨日はよくもあんなとこで切ってくれたじゃねえか。今度はしっかり話しやがれ」
「フフッ。わかってるって♪それじゃ、ここで話すのもなんだし、場所を替えようか」
そう言って、無防備そうでそうではない背中を見せて歩き出す。晴人はそれに黙って着いていく。
では、感想等があればお気軽にどうぞ。