(Stage 06 Open 07/31 19:01)
背中から銀氷の花弁を翼のように羽ばたかせる天使。
未踏級『
波打つように辺りへ轟く大気の斬撃を転がるように躱し、エステルは改めて異形に目を移す。
人外の姿に変わり果てた
以前に彼から聞いた事がある。これが『蟻塚計画』で得た力。『ガバメント』を半壊にまで追い込んだ要因。
「……そうだ、思い出してきたぞ……」
記憶にかかる靄が徐々に晴れていく。
そう。木原数多。
彼と対峙した瞬間に、彼の左手のグローブから伸びた赤い光に自身の体を拘束され、その身を操られていた。
その瞬間から、この体の主導権は私ではなくなってしまったのだ。
どんな理屈でそうなったのか検討もつかないが、操られていた時の全ての記憶が一気にフラッシュバックした。頭痛と眩暈に同時に襲われる。
「私の、せいだ……!!」
木原数多に操られ、彼の体を引き裂いた。思わず溢れた涙が、雨粒に押し流されて頬を伝った。
自分のせいで
(全て、私のせいだ……!!)
『死者の鎧』は昼間の『
周囲の景色はズタズタに引き裂かれ、まるで火事や大地震の後のように瓦礫が積み上がってていく。
エステル=ローゼンタールに打つ手はない。
単に依代が一人では何もできない、という話ではなく。
ちっぽけな人間が『
「だれ、か……」
思わず、ぽつりと言葉が零れた。
願わずにはいられなかった。
「誰か、先生を――――――『助けて』!!」
彼女の声は誰にも届かない。
神どころか隣人の耳にも届いちゃいなかった。
しかし、
「――――――仰せのままに」
返事が、あった。
背後から彼女の肩へポンと手を置き、後ろへ下がらせるように引っ張られる。
唖然とする彼女と入れ替わるように前に出たのは、夏服の学生服を纏った男子高校生。
「あなた、は――――?」
「通りすがりの不幸で普通な高校生だよ」
何かを呟いた少年は、手にした鞄を地面に放り捨てる。
右拳を握りしめ、『銀氷の華』が巻き起こす破壊の嵐の中心点に歩み寄っていく。
見れば、少年は丸腰だった。
ブラッドサインも
ただの一般人ではないか。
止めなくては。
彼を死なせてしまう。
そんなエステルの思考とは裏腹に、しかし心の奥底で何かを期待してしまっていた。
少年の凄んだ瞳。
ゾクゾクと体の芯が震えてしまうような、鬼気迫る表情。
その、自信に満ちた力強い足取り。
何の根拠もないはずなのに、何故か彼に安心感を抱いてしまう。
彼ならなんとかできるのではないかと思わされてしまう。
初対面のはずなのに。
それが錯覚に過ぎないと分かっているのに。
「まさかこの街で、またお前と出会うなんてな……」
少年が何か呟いたが、その時にはもう既に轟く破壊音に紛れてエステルの耳には届かなかった。
そして、――――――――
「先生、しっかりして下さい!先生」
指先どころか、全身に全く力が入らなかった。立った訳でもないのに常時立ち眩みしたように視界がぐるぐると回っている。吐き気と共に口から漏れるのは鉄の味をした赤黒い液体だった。
「…………ここ、は?」
「今、救急車を呼んでます!喋んなくていいです!」
「……ら、
「安静に!このままじゃ出血多量で死んでしまいます!!」
気が動転しているエステルとは会話にならなかった。
近くを見回すと、崩壊した街並みを逃げ惑う人間で溢れていた。
その内の一人を適当に見据えて、
ただの一般人を『人工霊場』の中に閉じ込めた。
「せ、先生!?」
「……『防護、円』だ」
最弱シリーズの『
同時、『防護円』の加護を受けた
そこでようやく自分の体の惨状に気付いた。全身をズタズタに切り裂かれていた。もはや痛覚さえ失われている。首の大静脈が裂かれ、ほぼ瀕死の状況だったようだ。
構わない。『防護円』さえあれば、寿命はいくらでも引き延ばせる。
急いで立ち上がり、杖を拾う。こうなれば自力で歩行ができるし、口を開かなくても念話で意思疎通ができる。
《救急車なンぞに運ばれてる余裕はねェ。木原を追ってすぐに
《……先生、そんな体じゃ無茶です。あいつには勝てません!》
《その無茶を通すための『防護円』だ。このままチェインを繋げ続けて追跡する》
そう言って、
《状況を説明しろ。『風斬氷華』になった俺を、どォやって止めた?》
《……『風斬氷華』?……あぁ、『銀氷の華』の事か。あれは、よく分からないんですけど、偶然居合わせた召喚師の人に止めて頂きました》
《……はァ?》
《いや、その、私も何が起きたのかサッパリで……あれ、本当に一般人だったのか……?》
《……まァいい。それより、木原の野郎の行先はどこだ?》
《私が正気に戻ったのは、奴が去った後でしたので……》
ならば、どうしようもない。
一旦、足を止めて迷ったが、すぐに携帯電話を取り出して電話をかける。
いつものようにいきなり保留状態されたが、
『用件は分かってる。とりあえず、お前は無事か?』
「用件知ってンならとっとあのガキの居場所を教えろ。俺の命なンてどォでもいいだォろがクソ野郎」
『気が立ってるな。落ち着け。冷静になってもらわんと情報は渡せないぞ。みずみずお前を死なせに行かせるようなものだ』
「黙れ。情報屋風情が蚊帳の外から知ったような口を利いてンじゃねェ」
『ヤキが回って付け上がってるのはお前の方だ
「…………」
『背中刺す刃』の、本気の殺意。不覚にも、それで冷静になった。
『木原数多の移動ルートは、この通話の片手間も追跡中だ。焦るな』
「……奴は左手にグローブのようなものを嵌めていた。それで俺の依代が一時的に洗脳された。心当たりは?」
『……おそらく「
「チッ……下卑た玩具を好む野郎だ」
『奴の前では女は全員、駒と一緒だ。再戦の時は注意しておけよ。……っと、奴の追跡が終わったぞ。お前と交戦した後、L区画のビルへ移動している。残念ながら、途中で
「……奴のパシリ共の名は?」
『「
「元より時間はねェンだ、今晩中に潰す。『ベツレヘム計画』のパシリやってンなら、狙いも透けて見える」
『
《先生!!あっち見て下さい!!》
念話してきたエステルに促され、その方角に目を向ける。
数キロ先に、光の奔流があった。
この世の邪気を霧散させる、吐き気のするような光輝。
この世の全てを否定しながら肯定する絶対的不変性。
それは、地面から立ち上る稲妻のようだった。
姿だけ見れば人間の女性。金色に輝く長い髪。その肢体を包み込むような純白の装束。頭上に浮かぶ天輪の環。そして、その背中から伸びる真紅の翼。
未踏級の怪物。
『ベツレヘム計画』の産物。
20000人の依代を統合した
この世の誰も名前を知らない『
――――――――『
「…………………………………………………………………………やりやがった………………!!」
『……間に合わなかったな。このまま『ドラゴン』を放置したら世界が滅亡する。こうなったら、木原数多を拷問してでも霊障の取り除き方を聞き出すしかないぞ』
「オマエは『聖なる右』を追え。木原のクズは俺が直々に消す」
『無事を祈っておいてやる……神ではない何かに、な』
「ははっ!スゲーなオイ!ありゃあ一体何なんだ!?」
複合ビルの屋上で、木原数多は歓声を上げた。
トイドリーム35の夜景を彩るように、打ち上がる花火を上から塗り潰すような圧倒的な光の奔流が眼前にあった。
名称は不明。故にコストも音域も未踏。
暫定名称は『
『召喚儀礼』とは無縁の存在が、『召喚儀礼』によって顕現していた。その非現実的な事態を、木原数多は頭から否定しなかった。逆に、ついに『召喚儀礼』は第四の門の扉を叩いたのかと呆れていた。
「ちくしょう、悔しい!飛んでやがるなぁ、『聖なる右』!!理論のりの字も分かんねーぞ!?召喚師の癖に『召喚儀礼』を否定するたぁ、何たる召喚師だよオイ!!見ろよテメェら!これこそが人類の進化の始まりだぜぇ!!」
周囲にいる『
しかしその誰もが、コスト・音域不明の『
今まさに、夜景の地平線上から猛スピードで突っ込んで来た
ガッシャァァ!!というの悲鳴が炸裂した。
まるでダルマ落とし。
屋上のフロアを丸々一つめくり上げるような神格級『
展開済みの『人工霊場』はチェイン待機状態。一辺が20メートルの檻に、この場の全員が空中で閉じ込められた。
「木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」
『人工霊場』の疑似重力は定まらない。まだ
木原数多は咄嗟に部下を蹴飛ばして踏み台にし、自分だけジャンプする事で『
「ちゃーんと狙って指示出せよぉ!じゃねーとみんなの迷惑だぜぇ!!」
木原数多は懐から消臭スプレーのような小瓶を取り出す。
アワード900オーバーという
「あばよ」
木原は、拳銃を構えるようにスプレーの射出口を
その態度に疑問を浮かべる木原だったが、答えは直後にやってきた。
木原がスプレーを噴射するよりも早く、神格級の『
『人工霊場』が夜空を真横にかっ飛んだ。
木原数多は『人工霊場』の壁にその身を叩きつけられ、スプレーから指が離れる。
「チィッッ!!」
直後、木原数多の目が驚愕で見開かれる。
よく見れば、彼の足の裏には何かが触れていた。
「―――――花火の―――――玉ッッ!?」
夜空に打ち上がっている最中の花火の玉を、ピンポイントで
夜空を真横にかっ飛ぶ『人工霊場』の軌道が、明確に変化する。
今度は、地面に対して垂直。
一呼吸の間もなく一気に上空600メートルまで吹き飛ばされる。
(やべぇ!?)
このまま花火が破裂して星となった場合、生身の木原数多は爆発に叩かれて焼死する。
慌てて脇に抱えていた部下から対戦車ミサイルをひったくり、その砲身で眼前の『白棘』を弾いて『花弁』を『スポット』に叩き込む。部下を『
直後、花火が破裂して夜空に咲き誇る星となる。
『人工霊場』の足場が勝手に自壊してしまい、『人工霊場』内部の『スポット』が消失した。
「キハラくンよォ、『人工霊場』を壊したかったらいつでもやっちまっていいンだぜェ!!」
冗談ではない。こんな上空で『人工霊場』を破壊して『防護円』を失ったら、木原数多は地面に激突して肉の染みと化してしまう。
大空を飛び続ける一辺20メートルの檻。
その床に、二人の召喚師が揃って着地した。
二人は睨み合い、この対決の条件を一瞬で察する。
夜空へ打ち上げられた『人工霊場』も、重力に導かれて自由落下を始める。
木原数多の勝利条件とは、『人工霊場』が地面に着くまで攻撃を耐える事。それさえできれば、『人工霊場』を阻害する
「くく、くはははっはははっははははは――――――――!!カッコイーッ!!一皮剥けやがって、惚れちゃいそーだぜ
「スクラップの時間だぜェ!!クッソ野郎がァあああああああああああああッ!!」
【Facts】
◆『ベツレヘム』計画とは、20000人の依代の魂を一つの依代の体へ統合し、『ドラゴン』を直接召喚するための研究。ただし、とある特殊な霊障をその依代の魂へ刻み付ける事もセットで必要。
◆『ドラゴン』には名前が存在しないため、ブラッドサイン式『召喚儀礼』で召喚する事は不可能。コスト・音域、共に不明。強さは未知数。この被召物へ接続する事が、『第四の召喚儀礼』への足掛かりになると『ガバメント』で信じらている。