未踏召喚://インデックス   作:白滝

9 / 11
※前章にて、木原数多のブラッドサインについて修正しました。
 そちらを踏まえて本章をご覧になった方が違和感なく読み進められると思います。



ステージ07 選ばれなかった少年

(Stage 07 Open 07/31 20:37)

 

 

 

 上空約700メートル。

 夜空に打ち上がる花火よりもさらに高い領域での『召喚儀礼』。

 足場を失った『人工霊場』の中で、自由落下の魔の手が二人の召喚師を絡め取る。

 重力加速度を踏まえ、一方通行(アクセラレータ)はこの勝負のタイムリミットを瞬時に計算した。彼より先に、木原数多が答えを告げる。

「―――15秒。それがテメェの寿命だ」

 木原数多の『被召物(マテリアル)』は、規定級のコスト4、音域は中音。

 それは自身に刻まれた呪いの言葉を自ら音読する巨大な本。聴くものを錯乱させ自殺に追い込む死出の誘い歌。

 対して、

「笑わせンな三下。そいつは俺ではなくオマエの寿命だ」

 エステル=ローゼンタールがその身に宿す『被召物(マテリアル)』は既に神格級。

 それはエジプト神話における生産の神。遺体をバラバラに引き裂かれナイル川に捨てられた後、妻に男根以外を回収されゾンビとして現世に甦った冥界の裁定者。

「足場を失った『人工霊場』に『スポット』はねェし、『花弁』も元の『人工霊場』に置き去りにされている。これ以上錬成(アップデート)できねェオマエの既定級『被召物(マテリアル)』如きで、神格級に勝てるとでも思ってンのか?」

 冥界の神がその手に握る杖をかざした直後、虚空より産まれた小麦の蔦が巨大の本へ飛びかかっていく。

 彼我の差は明瞭。神格級が触った時点で貧弱な規定級など『人郭』ごと消し飛ぶ。

「5秒もかからなかったな」

「そいつぁどうかなぁッッ!!」

 木原数多は、携行型対戦車ミサイルのブラッドサインを肩に担いだ。どうみても、『白棘』を打ち出すためのショットの体勢ではない。

「ほーれ、せっかくだし俺らも花火を楽しもーじゃねーの」

 携行型対戦車ミサイルが火を噴いてミサイルが空を裂き、一方通行(アクセラレータ)の真横を横切って背後で爆発した。

 『防護円』に守られた彼に傷はない。

 ただし、足で踏ん張る事のできない空中では爆風をまともに受け止める事になる。

 真後ろから爆風に煽られた一方通行(アクセラレータ)が木原数多の正面まで吹き飛ばされ、自身の『被召物(マテリアル)』と衝突してしまう。

 一方通行(アクセラレータ)の『防護円』に弾かれ、冥界の神の攻撃が大きく逸れた。

「『スポット』の消失ぅ?『花弁』が皆無ぅ?……関!係ェ!ねーよッッ!!テメェ一人を遊び殺すぐれぇ、目を瞑ってても楽勝なんだよぉガキがッ!!」

 さらに懐から手榴弾を取り出した木原数多が、『人工霊場』のあちこちに放り投げて爆風を巻き起こす。爆風に押される一方通行(アクセラレータ)の体は空中を右往左往させられ、自身の『被召物(マテリアル)』と衝突させられてしまう。

 それで軌道がズレる。

 木原数多の規定級『被召物(マテリアル)』に、一発も攻撃が当たらない。

 一方通行(アクセラレータ)がエステルに念話で指示を出して彼自身を弾いてもらうが、その考えさえ完全に先読みして木原数多は爆風を展開する。

「テメェの思考パターンの癖なんて全て掌握済みなんだよ。あと5秒もないぜぇ?」

「……チッ」

 まるで、人工知能VSプロ棋士。

 一方通行(アクセラレータ)が全ての現象を予測演算して正解を導き出す人工知能だとしたら、木原数多は相手の癖を捉えて無駄な演算を省く、経験と勘に裏打ちされた最適化マニュアル。

 一方通行(アクセラレータ)の未来予知に近い桁外れの演算速度に、木原数多は真っ向から喰らい付いていく。

 しかし、15秒という制限時間は『召喚儀礼』にとってあまりに短すぎた。

 既にアスファルトの地面はすぐ真下。

 タイムリミット。

 それは一方通行(アクセラレータ)の敗北を意味していた。

「あららぁ、遺言聞く暇なかったなぁオイ」

「だったら延長戦に洒落込もォじゃねェか」

 一方通行(アクセラレータ)の意図を汲み取り、エステルが地面に攻撃を放つ。

 トイドリーム35に地割れが奔った。

 多層陸橋のように複雑に組み上げられたトイドリームの地面を粉砕し、『人工霊場』を固定させないまま落下を続ける。

「おいおいおい、どこまでも堕ちるのが好きな野郎だなぁウジ虫クン。テメェの転落人生に俺を付き合わせんじゃねーよ」

「寝ぼけてンのか?俺もオマエも底辺まで堕ちるのがお似合いだ」

 紙袋を潰すような、そんな気軽さで足場を崩壊させていく。

 辿り着いたのは既に地面ではなかった。

「ハハッ!!なるほどねぇ、海ッッ!!」

 トイドリーム35は、海面からせり上がるように建設された無数の巨大陸橋が織り成す多層構造となっている。それを一段一段、順々に破壊していけば眼前に迫るのは広大な海原だった。

 落下を続ける『人工霊場』が海面に着水し、一方通行(アクセラレータ)と木原数多が海中に沈んでいく。

 彼らを包む巨大なシャボン玉のように、『防護円』は大気ごと取り込んで海水の侵入を拒絶する。そのため海中でも呼吸はできるが、一方で、『防護円』の外まで手足の指先が届かないため、海水を掻き分けて泳ぐ事ができない。

 互いに何もアクションを起こせず、二人の召喚師はゆっくりと水深30メートルの海底まで堕ちていく。

 そう。

 ()()()何もできない。

 海中では手榴弾を遠くまで投げられない上、ミサイルだってまともに飛びはしない。

 召喚師と『被召物(マテリアル)』の同士討ち戦術は、海中では実行不可能。

 『花弁』も『スポット』も存在しないこの状況で、規定級『被召物(マテリアル)』が神格級『被召物(マテリアル)』に敵う道理はない。

 ならば、結果は火を見るよりも明らかだった。

《やれ》

《はい!》

 冥界の神と化したエステルが、一方通行(アクセラレータ)の命を受けて呪いの本に突撃する。

 その、攻撃が届く寸前だった。

 木原数多がニヤリと笑った。

 間に海水を挟むため一方通行(アクセラレータ)の耳まで声は届かない。しかし、あからさまに挑発している事は彼の表情から読み取れた。

 彼は対一方通行(アクセラレータ)用『人工霊場』阻害香煙(インセンス)を詰めたスプレーを噴射する。

 噴射地点にバキリと穴が空き、『人工霊場』の端々へ向かって亀裂が走る。

 木原数多にとって、墜落死せず安全に着地できれば『防護円』などいつでも脱ぎ捨ててしまって問題ないのだ。

 一方通行(アクセラレータ)は一手遅かった。

 木原数多は携行式対戦車ミサイルを担ぎ直した。

 その砲身で『白棘』を弾くブラッドサインとしてではなく、本来の軍事用途に応じて。

 水中だろうが関係ない。魚雷のように発射したミサイルの爆発で水圧を生み、一方通行(アクセラレータ)を粉々に吹き飛ばす。

 木原数多の勝利は揺るがない。

 

 

《――――――と思ってンだろォが》

《先生の作戦通りです!》

 木原数多の『被召物(マテリアル)』へ突撃していたかに見えたエステルだったが、『人工霊場』が消失する直前にその軌道が変化する。

 真下に突き進む進路をUターンさせ、一方通行(アクセラレータ)を真下から打ち上げたのだ。

 一方通行(アクセラレータ)の体は海面付近まで押し上げられ、彼の頭は海面を割って外の空気を吸い込む。

 『人工霊場』が砕け散ったのはその時だった。2体の『被召物(マテリアル)』は、その身が人の器へと戻る。

 深度は10メートル程度のため彼らに潜水病のリスクはないが、いきなり襲われた水圧の衝撃で口から空気が思わず漏れてしまう。

 露骨に顔をしかめて海面へ泳ぐ木原に対し、海面へと顔を出した一方通行(アクセラレータ)は海上から水中の木原数多を見下ろしていた。

 木原は構わず対戦車ミサイルを発射した。

 どちらにしろ、杖をついて歩いている一方通行(アクセラレータ)にバタ足のような泳法は肉体的に不可能。そもそも彼は一時間ほど前の戦闘で、エステルに全身を切り裂かれて重傷のはずだ。『防護円』の加護を失えばすぐに失血死に誘われる。

 つまり、彼は海面に浮上している現状維持だって、体力的に数秒しか持たないはずなのだ。まして、機敏な動きなどできるはずがない。

 ミサイルは水中で勢いを失いながらも、10メートル程度の差など関係なく突き進む。

 しかし、

 

 

 ―――――直後、一方通行(アクセラレータ)の姿が海面から消失した。

 

 誰もいない海面をミサイルは素通りしていく。

 意味が分からず唖然とする木原数多の真横を、エステル=ローゼンタールが物凄い勢いで浮上していき、海面から飛び出していった。

 彼女は何も体を動かしておらず、まるで何かに引き寄せられたかのように移動していった。

 それが不可視の引力だと遅れて気付き、木原数多は全てを察する。

 あらゆる推力を無視するその瞬間移動は、励起手榴弾(インセンスグレネード)が炸裂し、使用者が『人工霊場』の中心に引き寄せられるものだ。

 だとすれば、

(ふざけやがって……落下してる最中に、どこかの陸橋に自分の励起手榴弾(インセンスグレネード)を引っ掛けてきやがったってのか!?それも、ちょうどこのタイミングで炸裂するように……ッ!?)

 木原数多が海中で『人工霊場』の展開を阻害する事も一方通行(アクセラレータ)は予測済みだった。

 例え安全ピンを抜いても発火レバーさえ元の形通りしっかり固定しておけば、手榴弾は点火しない。

 木原数多は知る由もなかったが、一方通行(アクセラレータ)は落下中に、ピンを抜いた励起手榴弾(インセンスグレネード)の発火レバーの上に自分の携帯電話を置いて固定していたのだ。

 予め自分のアドレスにメールを予約送信しておき、着信時のマナーモードのバイブの振動で発火レバーを外し、励起手榴弾(インセンスグレネード)が点火する。

 全てを予測演算し、自分とエステルを同時に救出してみせる一手。

(ナメ、やがって……ッ!!ぶっ殺す!!)

 急いで海面まで泳ぐ。

 閉じ込める標的のいないまま展開された『人工霊場』はチェイン待機状態となっているはずだ。地面に固定されたまま移動できない。

 一方通行(アクセラレータ)を視界に収めれば、木原も励起手榴弾(インセンスグレネード)を投げ返して追い駆ける事ができる。

 いや、むしろ左手に装着された『少女使い(ガールズバックドア)』を使い、もう一度エステル=ローゼンタールを洗脳してしまっても良い。

 考えを巡らしつつ、木原数多は塩水の痛みに堪えながら目を見開き、海の外の世界を視界に捉えた。

 

 

 直後、視界は灰色で埋め尽くされた。

 ゴキッッ!!というその音は、もしかしたら自分の首から響いていたかもしれない。

 

 頭が揺さぶられるような衝撃に襲われ、木原数多は一瞬で脳震盪に陥った。

 ザパン!!という海面を破る音。

 自分の口からゴポゴポと漏れ出でる気泡。

 不自然な浮遊感。

 それを受け、自分が再び海中へ叩き落とされたのだと理解した。

 はっきりとしない意識で思考を回す。

 自身を押し潰した正体は、20メートルを超えようかというサイズの巨大なコンクリートの塊だった。

 おそらく、頭上の多層陸橋の一部を一方通行(アクセラレータ)が砕いて落としたのだろう。

 数トンを超える巨大な瓦礫の落下を顔面で受け止めた木原数多は、ひしゃげた頭部を血みどろに陥没させたまま海中へ沈んでいった。

 その頭に、人間の顔としての原型は既になかった。 

 木原数多の依代を務めていた部下の男は、沈没していく彼を見て悲鳴を上げそうになりながらも彼を見捨てて海中へ泳ぎ進め、少し離れた港から顔を出した。

 息も絶え絶えに重い装備を脱ぎ捨て、その場を去ろうとする。

「はーい。ちょっとそこのお兄さん、お姉さんと遊んでいかないかしら?」

 そこで、背後から女の声が聞こえた。

 振り返った先にいたのは、ビキニと露出度が大差ないパレオのような恰好をした金髪の美女。

 彼女は携帯電話を片手に、誰かと通話していた。

「うん、見つけたわ。あなたの言った通りね。うん、はーい。殺す前に『総体』アクセス用のパスコードを聞き出しとくのよね?」

 その一言で、男の肝が冷えた。

 慌てて腰から拳銃を引き抜いたが、目にも止まらぬ速さで女性の足が男の手を蹴り上げる。そのまま踵落としのように振り下ろされたヒールが男の手の甲を串刺しにして地面に縫い付ける。

 男が苦痛に声を荒げた。

「いい悲鳴ね。まずは緊縛からいきましょうか?」

 ガクガクと震える男に、金髪の美女はニッコリと優しく微笑みかけた。

 

 

 

 

 オリアナの拷問で口を割った『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の男から『総体』へのアクセスコードを伝えられた一方通行(アクセラレータ)は、電話でオリアナに別れを告げた。

 今日一日で何度も世話になったが、事のあらましは教えていない。

 深く関わってしまえば、彼女も一方通行(アクセラレータ)と同じ『ガバメント』のブラックリスト入りを果たして優先殺害対象となってしまう。

 それを察したのか、彼女も深く言及せずに別れた。

 一方通行(アクセラレータ)は崩壊した陸橋を早々に後にし、『人工霊場』のチェインを繋げながら『ANGEL(ドラゴン)』の出現位置へ移動する。

 理由は単純。エステルに全身を切り刻まれ首の動脈まで切られた彼の傷は深く、『防護円』に生かしてもらわなければ出血多量で死んでしまうほど瀕死の重体だったからだ。

《……打ち止め(ラストオーダー)の『被召物(マテリアル)』の姿が見えませんね》

《…………》

 トイドリーム35の街並みを削り取らんばかりの威光が、完全に消失していた。

 何が起きたか分からず困惑する二人の前に、グラサンをかけた金髪のアロハシャツの男が現れた。

 その腕に打ち止め(ラストオーダー)を抱え、チェイン待機状態の『人工霊場』に自ら飛び込んで来た。

《!? 先生、この人は、》

《『ガバメント』の刺客じゃねェ。俺が電話していた情報屋『背中刺す刃』だ》

 『背中刺す刃』は打ち止め(ラストオーダー)を地面に横たわらせ、一息ついた。彼女はぐったりと力なく項垂れているが、幸いにも意識があり、声を発せないまでも一方通行(アクセラレータ)達を見て頬を綻ばせた。

「どォしてガキの姿が元に戻ってる?『聖なる右』の追跡は振り切ったのか?」

「……それが『情報屋』の俺にもサッパリなんだが、打ち止め(ラストオーダー)の居場所に着いた時点で『聖なる右』は何者かに『召喚儀礼』で敗北させられていた」

「……あァ?また『模倣神技(アタッチセイント)』でもやって来たってのか?」

「分からないな。また後日調べてやるよ。今はそれより、この子を救う方が大事だろう」

 彼の言う通りだった。

 熱病にうなされているように息も絶え絶えな打ち止め(ラストオーダー)を見やる。その痛々しい様子に、一方通行(アクセラレータ)の表情にも苦悶が浮かんだ。

「すまない……今、『ヤツ』を取り除く」

 一方通行(アクセラレータ)は最初にそう呟き、『背中刺す刃』に目配せした。彼の意図を察した『背中刺す刃』が、打ち止め(ラストオーダー)と一時的に依代の契約を結ぶ。その上で、優しく彼女の首を締めて意識を落とした。

 『人工霊場』内部で、一度敗北させる。

 打ち止め(ラストオーダー)を敗北のペナルティ、絶望的忘我状態へ一度移行させ、彼女の額に一方通行(アクセラレータ)は手を乗せた。そうした精神状態でなければ、外部から干渉は行えない。

 『総体』へのアクセス用パスコードを使用し、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の精神をリンクさせる。

 それは魂の共鳴。

 一瞬の浮遊感に襲われる。上昇するようにも、墜落するようにも感じられた。

 一方通行(アクセラレータ)の魂は三次元の制約から脱し、『向こう側』を眺める領域へと励起した。

 例えるなら、超高速エレベーターで1階から30階以上の高さまで上昇するような不思議な慣性。

 色や広さといったものはない。厚みも奥行きも何もない、概念という概念が存在し得ない無の空間に、一方通行(アクセラレータ)の魂はぽつんと漂っていた。

 色という概念が存在しないはずなのに、そこに純白の少女が顕現する。

 肉体が存在し得ないのに、彼は思わず目を瞑ろうとしてしまう。

 現れたのは、打ち止め(ラストオーダー)と同じ姿をした少女。

 ただし、纏う雰囲気は全く異なる。

 年相応の無邪気な影に、鋭利な刃がちらつくような気配。油断すれば切り裂かれそうな、異様なオーラが周囲を席巻していた。

「やあ一方通行(アクセラレータ)/return。ミサカと会うのはこれで二度目かな?/escape それとも三度目かな?/escape」

「オマエに関して会うも会わないもねェだろォが……いつでも遭っていて、どこまでも合っている」

「アンタまでミサカを人類の集合的無意識『総体』とか何とか語る訳?/escape つまらない男だね/return。まぁ、だからこそミサカは()()()()()()()()()()んだけどさ/return」

「……とっととガキから離れろ」

「ミサカを説得しに来た訳ね/return。だったらミサカを満足させてみなさい/return。そうしたらこの子から去ってあげる/return」

「…………」

 押し黙る彼とは対照的に、打ち止め(ラストオーダー)の姿をした『総体』は彼の相槌さえ期待せずに淡々と話し続ける。

「アンタには割と共感してたんだぜ?/escape あぁ、これはもちろんミサカの気持ちじゃなくこの子個人の気持ちね/return。同じ地獄を見た者同士、この子の境遇はどこまでもアンタに近い/return」

「でも違う」

「そう、決定的に違う点はある/return。この子は純粋な被害者だけど、アンタはどこまでも加害者/return。贖罪に耽るのは結構だけど、そんな茨の道にこの子を付き添わせるのがこの子の救済になるとは思えないな/return」

「集合的無意識―――――特に、潜在的な救済願望の総体意思であるオマエが、わざわざガキ一個人の事情に肩入れしていいのか?」

「その発言はとてもズレている/return。ミサカは人類の誰よりも他者のちっぽけな悩みに対して一人称だよ/return。三人称視点で俯瞰と傍観を繰り返すたかが神ごときと一緒にしないで頂戴/return」

 誰も真の名前を知らず、ブラッドサイン式『召喚儀礼』では辿り着く事のできず、未踏級の中でもさらに未踏の領域に君臨する『被召物(マテリアル)』。

 この世全ての迷い人(アリス)を救いへ導く案内人。

 それが彼女だった。

「そォかい。だったら、その救済の輪に俺は入ってねェよォだな」

「入っているさ/return。アンタの救いは『自分が救われない』事だろう?/escape 一種の破滅願望/return。だからこそ、アンタが幸せになろうと足掻けば足掻くほど、この子は救済の道から遠のいていく/return」

「…………」

「アンタとこの子の救いは、道を違えているんだよ/return。アンタのゴールに、この子を引きずり込むんじゃない/return」

「…………」

 一方通行(アクセラレータ)は黙っていたが、その表情は笑っていた。

 なんだ、そンな事か。

 思わずそんな呟きが漏れていた。

 彼は告げる。

「オマエの言い分は最もだ。俺はこの手を血に染め過ぎた。ガキと同じような道を歩けるとは思ってねェ……だが、そンな事は初めてあのガキに会った時から覚悟してきた事だ。俺の末路に、あのガキには関係ねェ。いや、あってはならない」

 一方通行(アクセラレータ)は静かに笑っていた。

 淡々と口から漏れるその言葉に、感情の色はなかった。

 涙も動揺もない。

 彼は、初めから悟っていたように自らの運命を告白した。

 

「俺は罪を背負って生きていく。ガキとはいずれ必ず別れる」

 

 その言葉を、『総体』は静かに受け止めた。

「言ったな?/escape ならば約束しよう/return。贖罪とか大層な建前で自己救済したがってるアンタの自己満足に、この子を巻き込まないって/return」

「……あァ、約束しよう。俺は一人で生きて、独りで死のう」

 『総体』の返事はなかった。

 代わりに、一方通行(アクセラレータ)の体が再び浮遊感に包まれる。

 気が付けば、彼の魂は元の世界に帰還していた。

 目の前には、すやすやと寝息を立てる打ち止め(ラストオーダー)の姿があった。

《……先生、どうでした?》

 エステルの問いかけには答えなかった。

 彼は膝をつき、打ち止め(ラストオーダー)の前髪を撫でる。

 彼女の口がむにゃむにゃと動いた。寝言のようだ。か細い声に耳を済ませると、こんな声が聞こえた。

「……嫌、だよ。ずっと一緒に、いたいよ……って、ミサカは、ミサカは、お願い、して、みる……」

「…………」

 『総体』との約束は覚えているし、破るつもりもない。

 ただし、打ち止め(ラストオーダー)の安らかな顔を見ていると、胸の内に込み上げてくる熱いものがあった。

(……そォだな)

 独りでに、誰にも聞かれないように彼は内心で呟いた。

(俺も、ずっと一緒にいたかった)

 

 

 

 




【Facts】

◆『総体』とは集合的無意識、特に潜在的な救済願望に関する総体意思を包括する未踏級『被召物』。

◆この世界の一方通行は、幸せにならない道を選んだ。

◆一方通行はこの後、病院に運び込まれて一命を取り留める事になる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。