そちらを踏まえて本章をご覧になった方が違和感なく読み進められると思います。
(Stage 07 Open 07/31 20:37)
上空約700メートル。
夜空に打ち上がる花火よりもさらに高い領域での『召喚儀礼』。
足場を失った『人工霊場』の中で、自由落下の魔の手が二人の召喚師を絡め取る。
重力加速度を踏まえ、
「―――15秒。それがテメェの寿命だ」
木原数多の『
それは自身に刻まれた呪いの言葉を自ら音読する巨大な本。聴くものを錯乱させ自殺に追い込む死出の誘い歌。
対して、
「笑わせンな三下。そいつは俺ではなくオマエの寿命だ」
エステル=ローゼンタールがその身に宿す『
それはエジプト神話における生産の神。遺体をバラバラに引き裂かれナイル川に捨てられた後、妻に男根以外を回収されゾンビとして現世に甦った冥界の裁定者。
「足場を失った『人工霊場』に『スポット』はねェし、『花弁』も元の『人工霊場』に置き去りにされている。これ以上
冥界の神がその手に握る杖をかざした直後、虚空より産まれた小麦の蔦が巨大の本へ飛びかかっていく。
彼我の差は明瞭。神格級が触った時点で貧弱な規定級など『人郭』ごと消し飛ぶ。
「5秒もかからなかったな」
「そいつぁどうかなぁッッ!!」
木原数多は、携行型対戦車ミサイルのブラッドサインを肩に担いだ。どうみても、『白棘』を打ち出すためのショットの体勢ではない。
「ほーれ、せっかくだし俺らも花火を楽しもーじゃねーの」
携行型対戦車ミサイルが火を噴いてミサイルが空を裂き、
『防護円』に守られた彼に傷はない。
ただし、足で踏ん張る事のできない空中では爆風をまともに受け止める事になる。
真後ろから爆風に煽られた
「『スポット』の消失ぅ?『花弁』が皆無ぅ?……関!係ェ!ねーよッッ!!テメェ一人を遊び殺すぐれぇ、目を瞑ってても楽勝なんだよぉガキがッ!!」
さらに懐から手榴弾を取り出した木原数多が、『人工霊場』のあちこちに放り投げて爆風を巻き起こす。爆風に押される
それで軌道がズレる。
木原数多の規定級『
「テメェの思考パターンの癖なんて全て掌握済みなんだよ。あと5秒もないぜぇ?」
「……チッ」
まるで、人工知能VSプロ棋士。
しかし、15秒という制限時間は『召喚儀礼』にとってあまりに短すぎた。
既にアスファルトの地面はすぐ真下。
タイムリミット。
それは
「あららぁ、遺言聞く暇なかったなぁオイ」
「だったら延長戦に洒落込もォじゃねェか」
トイドリーム35に地割れが奔った。
多層陸橋のように複雑に組み上げられたトイドリームの地面を粉砕し、『人工霊場』を固定させないまま落下を続ける。
「おいおいおい、どこまでも堕ちるのが好きな野郎だなぁウジ虫クン。テメェの転落人生に俺を付き合わせんじゃねーよ」
「寝ぼけてンのか?俺もオマエも底辺まで堕ちるのがお似合いだ」
紙袋を潰すような、そんな気軽さで足場を崩壊させていく。
辿り着いたのは既に地面ではなかった。
「ハハッ!!なるほどねぇ、海ッッ!!」
トイドリーム35は、海面からせり上がるように建設された無数の巨大陸橋が織り成す多層構造となっている。それを一段一段、順々に破壊していけば眼前に迫るのは広大な海原だった。
落下を続ける『人工霊場』が海面に着水し、
彼らを包む巨大なシャボン玉のように、『防護円』は大気ごと取り込んで海水の侵入を拒絶する。そのため海中でも呼吸はできるが、一方で、『防護円』の外まで手足の指先が届かないため、海水を掻き分けて泳ぐ事ができない。
互いに何もアクションを起こせず、二人の召喚師はゆっくりと水深30メートルの海底まで堕ちていく。
そう。
海中では手榴弾を遠くまで投げられない上、ミサイルだってまともに飛びはしない。
召喚師と『
『花弁』も『スポット』も存在しないこの状況で、規定級『
ならば、結果は火を見るよりも明らかだった。
《やれ》
《はい!》
冥界の神と化したエステルが、
その、攻撃が届く寸前だった。
木原数多がニヤリと笑った。
間に海水を挟むため
彼は対
噴射地点にバキリと穴が空き、『人工霊場』の端々へ向かって亀裂が走る。
木原数多にとって、墜落死せず安全に着地できれば『防護円』などいつでも脱ぎ捨ててしまって問題ないのだ。
木原数多は携行式対戦車ミサイルを担ぎ直した。
その砲身で『白棘』を弾くブラッドサインとしてではなく、本来の軍事用途に応じて。
水中だろうが関係ない。魚雷のように発射したミサイルの爆発で水圧を生み、
木原数多の勝利は揺るがない。
《――――――と思ってンだろォが》
《先生の作戦通りです!》
木原数多の『
真下に突き進む進路をUターンさせ、
『人工霊場』が砕け散ったのはその時だった。2体の『
深度は10メートル程度のため彼らに潜水病のリスクはないが、いきなり襲われた水圧の衝撃で口から空気が思わず漏れてしまう。
露骨に顔をしかめて海面へ泳ぐ木原に対し、海面へと顔を出した
木原は構わず対戦車ミサイルを発射した。
どちらにしろ、杖をついて歩いている
つまり、彼は海面に浮上している現状維持だって、体力的に数秒しか持たないはずなのだ。まして、機敏な動きなどできるはずがない。
ミサイルは水中で勢いを失いながらも、10メートル程度の差など関係なく突き進む。
しかし、
―――――直後、
誰もいない海面をミサイルは素通りしていく。
意味が分からず唖然とする木原数多の真横を、エステル=ローゼンタールが物凄い勢いで浮上していき、海面から飛び出していった。
彼女は何も体を動かしておらず、まるで何かに引き寄せられたかのように移動していった。
それが不可視の引力だと遅れて気付き、木原数多は全てを察する。
あらゆる推力を無視するその瞬間移動は、
だとすれば、
(ふざけやがって……落下してる最中に、どこかの陸橋に自分の
木原数多が海中で『人工霊場』の展開を阻害する事も
例え安全ピンを抜いても発火レバーさえ元の形通りしっかり固定しておけば、手榴弾は点火しない。
木原数多は知る由もなかったが、
予め自分のアドレスにメールを予約送信しておき、着信時のマナーモードのバイブの振動で発火レバーを外し、
全てを予測演算し、自分とエステルを同時に救出してみせる一手。
(ナメ、やがって……ッ!!ぶっ殺す!!)
急いで海面まで泳ぐ。
閉じ込める標的のいないまま展開された『人工霊場』はチェイン待機状態となっているはずだ。地面に固定されたまま移動できない。
いや、むしろ左手に装着された『
考えを巡らしつつ、木原数多は塩水の痛みに堪えながら目を見開き、海の外の世界を視界に捉えた。
直後、視界は灰色で埋め尽くされた。
ゴキッッ!!というその音は、もしかしたら自分の首から響いていたかもしれない。
頭が揺さぶられるような衝撃に襲われ、木原数多は一瞬で脳震盪に陥った。
ザパン!!という海面を破る音。
自分の口からゴポゴポと漏れ出でる気泡。
不自然な浮遊感。
それを受け、自分が再び海中へ叩き落とされたのだと理解した。
はっきりとしない意識で思考を回す。
自身を押し潰した正体は、20メートルを超えようかというサイズの巨大なコンクリートの塊だった。
おそらく、頭上の多層陸橋の一部を
数トンを超える巨大な瓦礫の落下を顔面で受け止めた木原数多は、ひしゃげた頭部を血みどろに陥没させたまま海中へ沈んでいった。
その頭に、人間の顔としての原型は既になかった。
木原数多の依代を務めていた部下の男は、沈没していく彼を見て悲鳴を上げそうになりながらも彼を見捨てて海中へ泳ぎ進め、少し離れた港から顔を出した。
息も絶え絶えに重い装備を脱ぎ捨て、その場を去ろうとする。
「はーい。ちょっとそこのお兄さん、お姉さんと遊んでいかないかしら?」
そこで、背後から女の声が聞こえた。
振り返った先にいたのは、ビキニと露出度が大差ないパレオのような恰好をした金髪の美女。
彼女は携帯電話を片手に、誰かと通話していた。
「うん、見つけたわ。あなたの言った通りね。うん、はーい。殺す前に『総体』アクセス用のパスコードを聞き出しとくのよね?」
その一言で、男の肝が冷えた。
慌てて腰から拳銃を引き抜いたが、目にも止まらぬ速さで女性の足が男の手を蹴り上げる。そのまま踵落としのように振り下ろされたヒールが男の手の甲を串刺しにして地面に縫い付ける。
男が苦痛に声を荒げた。
「いい悲鳴ね。まずは緊縛からいきましょうか?」
ガクガクと震える男に、金髪の美女はニッコリと優しく微笑みかけた。
オリアナの拷問で口を割った『
今日一日で何度も世話になったが、事のあらましは教えていない。
深く関わってしまえば、彼女も
それを察したのか、彼女も深く言及せずに別れた。
理由は単純。エステルに全身を切り刻まれ首の動脈まで切られた彼の傷は深く、『防護円』に生かしてもらわなければ出血多量で死んでしまうほど瀕死の重体だったからだ。
《……
《…………》
トイドリーム35の街並みを削り取らんばかりの威光が、完全に消失していた。
何が起きたか分からず困惑する二人の前に、グラサンをかけた金髪のアロハシャツの男が現れた。
その腕に
《!? 先生、この人は、》
《『ガバメント』の刺客じゃねェ。俺が電話していた情報屋『背中刺す刃』だ》
『背中刺す刃』は
「どォしてガキの姿が元に戻ってる?『聖なる右』の追跡は振り切ったのか?」
「……それが『情報屋』の俺にもサッパリなんだが、
「……あァ?また『
「分からないな。また後日調べてやるよ。今はそれより、この子を救う方が大事だろう」
彼の言う通りだった。
熱病にうなされているように息も絶え絶えな
「すまない……今、『ヤツ』を取り除く」
『人工霊場』内部で、一度敗北させる。
『総体』へのアクセス用パスコードを使用し、
それは魂の共鳴。
一瞬の浮遊感に襲われる。上昇するようにも、墜落するようにも感じられた。
例えるなら、超高速エレベーターで1階から30階以上の高さまで上昇するような不思議な慣性。
色や広さといったものはない。厚みも奥行きも何もない、概念という概念が存在し得ない無の空間に、
色という概念が存在しないはずなのに、そこに純白の少女が顕現する。
肉体が存在し得ないのに、彼は思わず目を瞑ろうとしてしまう。
現れたのは、
ただし、纏う雰囲気は全く異なる。
年相応の無邪気な影に、鋭利な刃がちらつくような気配。油断すれば切り裂かれそうな、異様なオーラが周囲を席巻していた。
「やあ
「オマエに関して会うも会わないもねェだろォが……いつでも遭っていて、どこまでも合っている」
「アンタまでミサカを人類の集合的無意識『総体』とか何とか語る訳?/escape つまらない男だね/return。まぁ、だからこそミサカは
「……とっととガキから離れろ」
「ミサカを説得しに来た訳ね/return。だったらミサカを満足させてみなさい/return。そうしたらこの子から去ってあげる/return」
「…………」
押し黙る彼とは対照的に、
「アンタには割と共感してたんだぜ?/escape あぁ、これはもちろんミサカの気持ちじゃなくこの子個人の気持ちね/return。同じ地獄を見た者同士、この子の境遇はどこまでもアンタに近い/return」
「でも違う」
「そう、決定的に違う点はある/return。この子は純粋な被害者だけど、アンタはどこまでも加害者/return。贖罪に耽るのは結構だけど、そんな茨の道にこの子を付き添わせるのがこの子の救済になるとは思えないな/return」
「集合的無意識―――――特に、潜在的な救済願望の総体意思であるオマエが、わざわざガキ一個人の事情に肩入れしていいのか?」
「その発言はとてもズレている/return。ミサカは人類の誰よりも他者のちっぽけな悩みに対して一人称だよ/return。三人称視点で俯瞰と傍観を繰り返すたかが神ごときと一緒にしないで頂戴/return」
誰も真の名前を知らず、ブラッドサイン式『召喚儀礼』では辿り着く事のできず、未踏級の中でもさらに未踏の領域に君臨する『
この世全ての
それが彼女だった。
「そォかい。だったら、その救済の輪に俺は入ってねェよォだな」
「入っているさ/return。アンタの救いは『自分が救われない』事だろう?/escape 一種の破滅願望/return。だからこそ、アンタが幸せになろうと足掻けば足掻くほど、この子は救済の道から遠のいていく/return」
「…………」
「アンタとこの子の救いは、道を違えているんだよ/return。アンタのゴールに、この子を引きずり込むんじゃない/return」
「…………」
なんだ、そンな事か。
思わずそんな呟きが漏れていた。
彼は告げる。
「オマエの言い分は最もだ。俺はこの手を血に染め過ぎた。ガキと同じような道を歩けるとは思ってねェ……だが、そンな事は初めてあのガキに会った時から覚悟してきた事だ。俺の末路に、あのガキには関係ねェ。いや、あってはならない」
淡々と口から漏れるその言葉に、感情の色はなかった。
涙も動揺もない。
彼は、初めから悟っていたように自らの運命を告白した。
「俺は罪を背負って生きていく。ガキとはいずれ必ず別れる」
その言葉を、『総体』は静かに受け止めた。
「言ったな?/escape ならば約束しよう/return。贖罪とか大層な建前で自己救済したがってるアンタの自己満足に、この子を巻き込まないって/return」
「……あァ、約束しよう。俺は一人で生きて、独りで死のう」
『総体』の返事はなかった。
代わりに、
気が付けば、彼の魂は元の世界に帰還していた。
目の前には、すやすやと寝息を立てる
《……先生、どうでした?》
エステルの問いかけには答えなかった。
彼は膝をつき、
彼女の口がむにゃむにゃと動いた。寝言のようだ。か細い声に耳を済ませると、こんな声が聞こえた。
「……嫌、だよ。ずっと一緒に、いたいよ……って、ミサカは、ミサカは、お願い、して、みる……」
「…………」
『総体』との約束は覚えているし、破るつもりもない。
ただし、
(……そォだな)
独りでに、誰にも聞かれないように彼は内心で呟いた。
(俺も、ずっと一緒にいたかった)
【Facts】
◆『総体』とは集合的無意識、特に潜在的な救済願望に関する総体意思を包括する未踏級『被召物』。
◆この世界の一方通行は、幸せにならない道を選んだ。
◆一方通行はこの後、病院に運び込まれて一命を取り留める事になる。