ないと思った。あるはずがないと思った。
吉原に潜り込むために、あまり目立たない格好をしなくては、とは思っていた。しかし、それに適当なものがあるはずがないと思っていた。
そんな時、彼女の元に一本の電話が入った。
『もしもし、志乃か?俺だ、桂だ。今ちょうど新しいコスプレ衣装をゲッツしてな。お前に贈ろうと』
ここで電話を切った。そして、頭を抱えた。またやりやがったぞコイツは、と。
新しいコスプレ衣装を手に入れたら、すぐに連絡して贈ってくるのやめてほしい。つーか何だゲッツって‼︎気持ちワリーんだよ‼︎
苛立ちだけが残り、志乃は机に両拳を叩きつけた。
********
そんな経緯で贈られてきたのが、この花魁衣装である。
ホント、毎回何故こんなナイスタイミングでコスプレ衣装が贈られてくるのか。しかもサイズぴったりだし。
あの父親気取りのウザったい長髪の兄は、何かセンサーでも持っているのだろうか。
それはそれでなかなか気持ち悪かったので、想像するのをやめた。
兎にも角にも、取り敢えず吉原に潜入出来た。これで堂々と、吉原の街を闊歩出来るというものだ。
街を歩いていると、見慣れた顔を三人見つけた。
「神楽?晴太も」
「志乃ちゃん!」
「姉ちゃん⁉︎」
「ちょっと⁉︎何で僕だけ呼ばれなかったの⁉︎」
「あれ、いたの」
「最初からいたよ‼︎師匠を忘れるなんてどーいうことだ‼︎」
ギャーギャー喚く新八を無視して、神楽や晴太に向き直る。
「何でこんな所に?」
「姉ちゃんこそ……何でここに」
「人を探しにね」
肩を竦めて答えた瞬間、屋根の上から殺気を感じた。
志乃は咄嗟に晴太を脇に抱え、神楽の手を引き、新八に体当たりした。
「だばっ‼︎」
顔面から地面にダイブした情けない師匠を、見て見ぬ振りをしておく。
先程志乃達がいた場所に、大量のクナイが突き刺さる。屋根の上を見上げると、キセルを持った女がこちらを見下ろしていた。
脇に抱えた晴太を見ると、ガクガクと震えていた。
「あれは……あの……傷は」
「誰アルか?」
「吉原と吉原の掟を犯す者を処断する自警団『百華』。その百華を率いる吉原最強の番人。死神太夫と恐れられる……」
屋根の上に立つ女がさらに増え、飛び降りてくる。キセルを咥えた女が、両手にクナイを構えた。
「
名乗った瞬間、再びクナイの雨が志乃達を襲った。
神楽の傘に隠れて難を逃れると、すぐさま反撃に神楽が銃を撃った。
「早く晴太を連れて逃げろ‼︎」
新八と晴太の背中を押して、志乃も神楽と共に応戦する。月詠の素早い攻撃に押され始めた神楽が、月詠を通してしまった。
「新ぱ……」
「行かせるか‼︎」
月詠に反応した志乃が、月詠の前に立ちはだかる。懐に隠していた小春の拳銃を両手に持ち、月詠に向かって撃ち始めた。
小春が行方不明になって以来、志乃はお守りのように小春の拳銃を持ち歩いていた。もし彼女が窮地に陥っていた時に、真っ先に得物を届けるためでもあった。
時折銃口を狙って放たれるクナイを銃身で打ち落としつつ、連発する。
しかし。
カチッ
「‼︎弾切れ……」
ゴォッ‼︎
「‼︎」
弾切れを勝機と捉えた月詠が、小太刀を振り下ろす。
志乃はそれに気付き、咄嗟に銃身で小太刀を防ぎ、打撃戦に持ち込んだ。
「甘い」
「‼︎」
しかし、バシッと拳銃を弾き飛ばされてしまい、無防備な状態でクナイを投げ込まれた。
それを真剣白刃取りの応用で受け止めたものの、再び月詠の突破を許してしまった。
「わっちの狙いは、ぬしじゃあああ‼︎」
新八が晴太の盾になろうと、晴太を抱きしめて護ろうとした。クナイの雨が二人に降り注いだーー刹那。
銀色がクナイの前に立ちはだかり、クナイを全て弾き、打ち落とした。しかもそれを、木刀で。
「よォ……待たせちまったな」
仲間の窮地を救い、登場した銀時。しかし彼の額には、クナイが一本見事にブッ刺さっていた。
カッコつけて登場したというのに、これはなかなか恥ずかしい。言いにくそうに、しかし新八はその事実を伝えた。
「…………あ……あの…………すいません、銀さん。……あの、さ……刺さってます」
銀時はすかさずクナイを抜き、背に隠す。
あくまで、自分は無傷だと証明したいらしい。
「え?何が?」
「いや……今完全に刺さってましたよね、それ。……大丈夫ですか」
「え?何言ってんの?刺さってねーよ何も。ホラ」
「いやあの、血だらけだし無理しないで下さい。大丈夫ですかホント」
「だから刺さってないって言ってんじゃん。これはアレだよ、ちょっと掠って血出たみたいな。断じて刺さってないからね」
「いやっでも」
「刺さってねーって言ってんだろーがァァ‼︎そんなにお前は俺を刺したいか‼︎あーわかった‼︎じゃあ刺さったことにしてやるよ、刺さってないけどねホントは」
「いや完全に刺さってましたよね」
「いい加減にしろよお前ェェ‼︎刺さってないって刺さった本人が言ってんだから、刺さってねーことでいいだろーが‼︎」
「今認めましたよね」
バカかコイツは。
志乃は呆れた視線を銀時に投げていた。
「わっちの攻撃を全て打ち落とすとは。何者じゃ、ぬし」
気ィ使ってくれてる‼︎全部打ち落としたことにしてくれてる‼︎ってか敵に気ィ使わせるってどんだけ情けねーんだよ‼︎
月詠の心遣いに感謝しながらも、気を使われた銀時にさらに呆れていた。
その状態で、ようやく話が進む。
「攻撃?そいつぁ悪かった。俺ァクナイがのんびり散歩してんのかと思ったよ。どうだい、こんな物騒なモンより俺ともっとイイもん刺し……」
右の頬を左手で掻こうとした銀時。しかしその左手の甲にはクナイがブッ刺さっていた。
しかもそれを、完全にみんなに見られた。
「ヤベーよ腕にも刺さってた。見られた!今の完全に見られた!」
「アンタ結局全然打ち落とせてねーじゃん‼︎あちこち刺されまくってんじゃん」
余談だが、背を向けて打ち合わせをする銀時の尻にもクナイが刺さっていた。兄の威厳のため、それを黙殺することにしておく。最早威厳もクソもないが。
打ち合わせにより、今度は晴太を庇ったことにすると方向性が決まった。
「身を挺して子供を庇うとは大した奴。ぬし何者じゃ」
聞いてくれた計画聞いててくれた‼︎スンマセン月詠さん、ウチのダメ兄貴なんかに気ィ使ってもらって‼︎
志乃は今すぐにでも月詠に土下座したい気分だった。
一方銀時は身を挺して晴太を庇った、という設定に
すぐに彼の元へ駆けつけてめちゃくちゃに蹴りつけたい気分だったが、なんとかそれを堪えた。
銀時が、晴太を振り返る。しかし、晴太の頭にはクナイが見事にブッ刺さっていた。