傘をさした男が、こちらへ歩み寄ってきた。
ここは地下空間、陽の光など入ってこないのに。
「まさか……アイツ」
「夜兎⁉︎」
白い肌に、番傘。確かに、夜兎の特徴と一致している。
男はこちらへゆっくり歩み寄りながら、距離を詰めていった。
「ガキをよこせ。そのガキを、こちらによこせ」
何やらヤバい雰囲気。月詠は小太刀を構え、志乃は一歩下がり、晴太を背で覆い隠すように庇った。
同じ夜兎である神楽が、銀時に耳打ちする。
「ぎ……銀ちゃん、ヤバイアル。アイツ……とびきりヤバイ匂いがするアル。血の匂い……幾多の戦場を生き抜き、染み込んできた血の匂い。本物の、夜兎の匂い」
刹那、男は晴太めがけて一気に加速した。月詠がクナイを投げて応戦すると、男は傘でクナイを防ぐ。
傘で視界が遮られた一瞬を狙って、月詠は男の頭上を跳び、逆さまの状態で首にクナイを投げた。
しかし、男はクナイを歯で噛んで受け止め、月詠の顔を掴んでパイプに押し付けた。
「月詠さんんん‼︎」
「早く‼︎今のうちに逃げろ‼︎」
月詠が叫ぶも、パイプの中から銃弾が飛び出してきた。
それは新八と神楽を襲い、晴太にまで迫ってきた。
「晴太‼︎」
志乃が晴太を抱きしめ、銀時が銃弾の前に出ると、パイプを突き破って傘が現れた!
それは銀時の腹に深く突き、吹っ飛ばす。
「銀‼︎」
パイプを突き破って、さらにもう一人髭面の男が出てくる。銀時達は二人の夜兎に囲まれた。
銀時を突き飛ばした髭面が、志乃と晴太にズンズンと迫ってくる。志乃は震える晴太をぎゅっと強く抱きしめた。
「大丈夫、私がいるから」
「ね……姉ちゃん……」
腕の中で、晴太は負けじと髭面を睨みつけた。
志乃は髪を留めていた簪や櫛を抜いて、髭面に次々と投げつける。傘でそれら全てを防いだ髭面は、一気に志乃との距離を詰め、彼女の首に手をかけた。
「‼︎がはっ……!」
「姉ちゃんッ‼︎」
首を掴まれ、そのまま締め上げられる。志乃の体は持ち上げられ、足が宙に浮いていた。
「あが……はっ……」
「志乃ちゃんんんん‼︎」
見かねた神楽が、志乃を助けようと傘を手に髭面に駆け寄る。
その背後に、飛びかかってくる影を察した。
「邪魔だ、どいてくれよ」
聞き覚えのある声に、神楽はゆっくり振り向く。
「言ったはずだ。弱い奴に、用はないって」
三人目の夜兎。顔に包帯を巻いた青年が、傘を振りかぶっていた。その顔を見た神楽は、驚愕の表情を浮かべる。
そして次の瞬間には、傘の一撃が神楽に叩き込まれ、パイプごと破壊した。
「か……かぐっ……ら……‼︎」
首を絞められていた志乃の体を、髭面は落ちていくパイプに投げ捨てる。パイプに乗っていた銀時達も、共に落ちていき、残ったのは晴太だけだった。
ようやく解放された志乃は、咳き込みながらパイプを蹴る。
「待てェェェェェェェェェェェ‼︎」
破壊されたパイプを駆け上がり、叫ぶ晴太の元へ向かう。
帯に挿していた金属バットを抜いた。
「何しやがる、てめーらァァァァ‼︎」
「‼︎」
跳び上がった志乃に、髭面が傘の銃口を向ける。
とめどなく撃たれた銃弾を全て弾き、驚愕に染まった髭面の顔に下駄のまま蹴りを浴びせてやった。
「さっきのお返しだ、バカヤロー」
「姉ちゃん‼︎」
味方が飛んで来て、晴太の顔も綻ぶ。志乃は晴太に微笑を浮かべて見せてから、キッと夜兎達を睨んだ。
最初に現れた男が、志乃に歩み寄る。
「あの中を脱するたァ、なかなか骨が太いな。何者だ?嬢ちゃん」
「その子を返せ」
志乃は後ろ髪を纏めていた簪を引き抜き、左手に金属バットを、右手に簪を持つ。男が間合いを詰めたのと同時に、志乃も駆け出した。
傘とバットで打ち合い、接戦を繰り広げる。相手は流石夜兎あってか、今までと比べ物にならない程打撃が強かった。
しかし、これくらいなければ面白くない。初めての強敵に、志乃の心は少なからず高ぶっていた。
「ぅおらァァァァ‼︎」
志乃が大きく立ち回り、それをかわした男が宙を舞う。その瞬間、志乃は男の目めがけて簪を投げた。
男が簪を手で受け止める。視線を簪から志乃に戻した瞬間、腹を思い切り突かれた。
注意を逸らした一瞬で、目の前の女はこんな強い一撃を放った。男は驚愕と痛みに目を見開き、唾を吐いた。
しかし、これでは終わらなかった。
「おおおおおお‼︎」
志乃のバットが、男の脳天を狙って上段から振り下ろされる。それを、志乃が蹴り飛ばした髭面の傘が防いだ。
一つ舌打ちを立てると、志乃はバックステップで後退する。そこに髭面の銃弾が撃ち込まれたが、再び志乃はその全てを叩き伏せた。
男と志乃が睨み合い、対峙していたその時、横槍が入ってきた。
「待ってよ」
包帯頭が、男の前に立って志乃と向き合った。
「地球人なのにスゴイね、君。
「私を他の連中と一緒にするな。こちとら地球最恐と呼ばれた一族でね」
金属バットを構えると、包帯頭も傘を構えた。
弓が弾けるように加速し、得物を交える。ギギ、と鍔迫り合いに持ち込むが、包帯頭は右の拳を志乃に向けた。
それを認めた志乃は、咄嗟に左手で受け止める。さらに足を出してきて、それも足で受け止めた。
片足で踏ん張っていると、ふと志乃の方が押し負け、仰向けに倒された。
「くっ‼︎」
「ご苦労さん」
ニコ、と笑んだ包帯頭が志乃の体を足で挟み、拳を振るう。刹那、志乃は足を上げ包帯頭の腹に埋め込んだ。包帯頭は咄嗟に身を引いたのか、手応えは浅い。
跳び上がって起きた志乃は包帯頭と距離を縮め、彼が体勢を整える前に金属バットで包帯頭の顎を突き飛ばし、薙ぎ払った。
「団長ォ‼︎」
髭面の叫びと共に、包帯頭は沈む。一方男は冷静に志乃を見つめていた。
「……なるほどな。納得がいくぜ。お前、あの"銀狼"か」
志乃は、それに答えない。ただ黙って、男達を睨んでいた。
「その銀髪、鋭い紅い眼光。そして、
自分を欲しがってる。それに当てはまる天人の連中といえば。
ーー宇宙海賊春雨か。
まさか、こんな所で出会うとは思ってもみなかった。しかし何故、春雨が晴太を狙うのか?
疑問が浮かび上がったが、とにかく晴太を取り戻すのが先だと判断した。
「……その子を返せ」
「オイオイ、そんな怒るなよ。にしても大したモンだな。あの団長を地に伏せさせるなんてよ」
飄々と彼女を褒める男は、志乃に対して人差し指を立てて見せた。
「取り引きといかねーか?」
「取り引き?」
「ああ。別に俺達ゃ、このガキを傷物にしようたァ考えてねェ。ただ別の駆け引きで必要な道具なんだ」
男は志乃を見て、フッと笑ってみせる。
「嬢ちゃん、アンタ次第だ。アンタがこれ以上俺達の邪魔するってんなら、このガキの命はない。逆は……言わなくてもわかるよな?なぁに、簡単な選択だ。どちらを選ぶ?」
選択肢を出されても、志乃は鋭い視線を男から外さない。
その姿勢を保ちつつ、志乃は考えを巡らせていた。
鳳仙に狙われている晴太をわざわざ攫うということは、日輪に対する人質か何かだろうか?今の所晴太を餌に引っかかるものと言えば、日輪くらいしか思いつかない。
なら、大人しく引き下がる?いや、それは出来ない。彼らが敵なのか味方なのかハッキリしない今、そんな相手に晴太を渡せない。
しかし、晴太は今敵の手の中。ヘタに動けば、殺される可能性だってある。
どうすれば……?
「そんなにその子供が心配なら、君もついて来ればいい」
「‼︎」
突如提案してきた、第三者の声。
顔を上げると、元気そうに歩く包帯頭がいた。
「それなら、君はこの子を護ることが出来る。ね?君にとってもそっちの方がいいでしょ?」
「……………………」
「団長、それは……」
「それに」
後ろで引き止めようとする髭面の言葉を遮って、彼は続けた。
「俺、君のこと気に入ったしね」
包帯の下で笑顔を浮かべて、志乃に近付く。
「噂は聞いてたよ。この星最恐の一族、"銀狼"。ずっと君と戦ってみたかったんだ。女でこれほど強いんだから、男はもっと強いんだろうね」
「あいにくだけど」
志乃も彼に負けじと、ニヤリと笑ってみせる。
「銀狼の一族は、今は私しかいないんだ。それ以外はみんな先の戦争で死んじまってね。それと残念ながら、銀狼は先祖代々女の方が強いんだ。つまりアンタは当たりくじを引いたのさ。おめでとう」
皮肉っぽく、拍手を送ってやる。
先祖代々女の方が強い。これは本当だ。
銀狼の一族の祖は、女だと言われている。初代棟梁、霧島
女の血に銀狼の本能が色濃く流れているため、銀狼の女の子供は、たとえ男が普通の人間でも銀狼の血を引くことが多い。志乃も銀狼の女から生まれた娘なのだ。
包帯頭は目を見開いて彼女を見つめていたが、すぐにまた笑顔を向けた。
「そうだったんだ。面白いね。君を殺すのは難しそうだ」
「…………」
「そんな顔しないでよ。俺は女を殺すのは趣味じゃないんだ。女は強い子を産むかもしれないだろ。君の子供にはとても期待出来そうだ。さ、一緒に行こう」
包帯頭が志乃の横を通り過ぎると、それに男と髭面がついていく。
残された晴太は、志乃に抱きついた。
「姉ちゃん‼︎」
「晴太……」
志乃は晴太の頭を優しく撫で、涙に濡れた彼の顔を見る。
「ケガはない?」
「うん……姉ちゃんは?」
「私は平気」
「姉ちゃん……逃げよう。アイツら、ヤバイ奴らなんだろ。逃げよう!」
志乃の袖を引いて、晴太が正反対の方向に逃げようとする。
しかし、志乃は動かなかった。晴太を見ず、夜兎達の背中を見つめる。
「晴太……ここは大人しく従おう」
「⁉︎何で……」
「逃げたら間違いなく殺されるよ。私もアンタも」
険しい横顔を見上げ、晴太は志乃の視線を追った。晴太の裾を握る手が、震える。
志乃は晴太の手をぎゅっと握りしめた。
「大丈夫。私らが大人しく奴らについていけば、命までは奪わない」
「そ、そんなの信用出来るのかよ!」
「出来ない。でも……従わなければ、確実に死ぬ。アンタはまだ死ねないだろ?」
志乃は晴太を見下ろして、微笑んだ。
「大丈夫。私がいる限り、奴らに妙なマネは絶対にさせない。アンタは私が護る」
晴太が頷いたのを見て、二人は前を向き、夜兎達の背中を追って歩き出した。