「な、何っ……⁉︎」
襖を開けて縁側に出てみると、屋根の上で二人の男が戦っていた。
一人は鳳仙、もう一人は神威。遠目から彼らを見た志乃は、呆然とその戦いを見ていた。
「何やってんの、アイツ……?」
止めに入った云業も、神威に蹴落とされ、屋根に体を埋められてしまう。
「引っ込んでてよ。今楽しいところなんだ。邪魔すると、殺しちゃうぞ」
「団長ォォ‼︎」
これは交渉ではなかったのか。成り行きを見守っていた志乃は、小首を傾げる。
それがどう転がれば、あんな惨事になるのか。しかも戦ってる本人が楽しそうだし。
その間にも戦いはさらに激しさを増し、埃が舞ってよく見えなくなった。目を凝らしてみても、煙しか見えない。
「……もっと近くで見れないかな」
ここまで激しい戦いを見ては、戦闘一族の血が騒ぐ。かなり高揚していた志乃は、部屋を飛び出し戦場へ走り出した。
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ようやく辿り着いた部屋は、既にボロボロだった。部屋の隅には遊女達が集まり、誰かを揺さぶっている。その縁側の外の屋根の上で、神威達は戦っていた。
それを一瞥しつつ、志乃は遊女達の元へ駆け寄る。
「ねぇ、お姉さん達!一体これは……ケガは?」
「あ、貴女は……?」
突如現れた、遊女の格好をした銀髪の少女。警戒した遊女達が身を下げると、彼女らが囲っていた人物が見えた。
志乃はその人物を見て、言葉を失った。
遊女が、気を失って倒れていた。
金髪を簪で纏め上げ、普段見慣れた町娘のような格好よりも、色気のあるその女。
「ハ…………ハル……」
驚愕のあまり、声が震える。
目を閉じたままの小春が死んでいるように見えて、志乃は一気に怖くなった。
「ハル‼︎しっかりして、ハル!ハルッ‼︎」
肩を掴んで揺さぶっても、小春は何の反応も示さない。
それが一層、志乃の不安を煽った。
「やだ、お願い!目を覚まして‼︎」
「………………ん…………」
「ハル‼︎」
ぽっかり目を開けた小春は、焦点を志乃に合わせる。ぼんやり彼女を見ていたが、やがてその紫の目に生気が宿り始めた。
「志乃、ちゃん……?志乃ちゃん⁉︎」
「ハル‼︎よかった……」
「志乃ちゃん貴女、何でこんな所に……」
痛みの残る体を起こそうとしたその時。
ドウッ‼︎
鈍い音が、縁側の外から聞こえてきた。志乃は反射的に、襖の外を見る。
鳳仙と神威の間に、阿伏兎と云業が傘を開いて割って入っていた。
阿伏兎の傘から、左腕が屋根の上に落ちる。
「そこまでだ。二人とも落ち着いてもらおう」
阿伏兎が背後に立つ云業を振り返ると、彼の背中に掌が見えた。それが抜けると、云業は音を立てて倒れる。
そこには神威が笑顔で手についた血を舐めていた。
「…………腕一本と一人であんたらの喧嘩止められれば上出来だ。コイツの命に免じて、どうか鳳仙の旦那、団長の不始末許してくれ」
志乃は呆然と、その様を見ていた。夜兎同士の喧嘩を止めるだけで、ここまでの犠牲を払わねばならないとは。
衝撃に打ち震えていた志乃の袖を、誰かが引く。
「志乃ちゃん」
「ハル……」
小春が、眉をつり上げて志乃を見下ろしていた。そして、彼女の頬に平手打ちを浴びせる。
打たれた左頬が、ヒリヒリする。それに手をやり、志乃は小春を見上げた。
「何すんの」
「……何故貴女がこんな所にいるの」
小春の震えた声が、志乃の耳に入る。
怒っているのか。煉獄関から、小春達を解放した時みたいに。
「ハルが、ここにいるかもしれないと思って。ビンゴだね。やっぱりここにいたんだ」
「…………帰ってちょうだい。ここは貴女が来ちゃいけない所よ」
「帰るのはハルの方だよ。団子屋のおっちゃんから聞いたんだから。ハルがいきなり攫われたって。それでみんな、必死になって探したんだよ」
俯く小春を見上げ、志乃は続ける。
「私もタッキーもたっちーもジョウも、トッキーやその家族も、鈴さんもおっちゃんも。みんなで探してたんだよ、アンタを。やっと見つけた。……帰ろう?みんな待ってるよ」
「っ………………」
小春はぎゅっと目を瞑り、唇を噛んだ。見つめてくる志乃から、目を逸らす。
「ダメよ……」
「何で?」
「私は……遊女だから」
「そんなの昔の話でしょ?何で今になってそんな……」
「昔の話?それは違うぞ小娘」
バッと振り返ったそこには、鳳仙が立っていた。志乃は小春を庇うように立ち、鳳仙を睨み据える。
彼女の鋭い視線にも臆さず、鳳仙はニヤリと笑っていた。
「小春は遊女だ。今も昔も、そしてこれからもな」
「アンタが、ハルを攫ったのか……」
「攫った?逃亡者を連れ戻しただけの話だ。その女はかつて、『獣衆』の仲間と共に戦おうと、ここから逃げ出した。それを連れ戻しただけだ」
「違う」
凛とした、しかし確かに怒りの込もった声が、部屋に響く。
「ハルは変わったんだ。確かに、アンタの牢獄から必死に逃げ出したのは事実だろう。でも、それから先はハルが自分の人生を賭して、戦うことを決めたんだ。それをお前に邪魔される筋合いはない。それに、」
一歩前に進み出て、志乃は鳳仙を真っ直ぐ見つめた。
「ハルは『獣衆』の一員だ。仲間を連れ出そうってんなら、棟梁の私に話通すのが筋ってもんじゃねーか?」
「棟梁?ぬしがか?」
「そうだ」
さらに一歩進み、腰に挿した金属バットを握る。それを引き抜こうとしたその時。
ーーダァン‼︎
体を、何かが貫いた感覚がした。
それを感じた次には、肩から血が吹き出る。
「っ⁉︎ぐあぁっ……‼︎」
体がよろめくのを足を踏ん張って堪え、血が流れる肩を押さえながら振り向いた。
銃口から、煙が上がっていた。それを持つ手の主を見やると、志乃は目を見開いた。
「ハ……、ハル……」
ダァンダァン‼︎
名前を呼んだ瞬間、二発の銃弾が再び志乃を襲った。
腕を、足を撃ち抜かれ、痛みに顔を顰める。志乃は思わず、片膝をついてしまった。
小春は拳銃を、志乃のこめかみに当てた。
「よいのか、小春。ぬしの知り合いではないのか?」
「構いませんわ、鳳仙様」
鳳仙の問いに即答した小春は、志乃を見下ろして笑顔を向けた。
そして、トドメの言葉を言い放った。
「だって私、こんな小汚い娘など、知りませんもの」
鳳仙は志乃の銀髪を見下ろし、小春を見やる。
鳳仙からはちょうど、俯いている志乃の顔は見えなかった。
「……そうか」
「ええ。さ、鳳仙様。あちらで飲み直しましょ」
小春は鳳仙の腕に抱きつき、肩に寄り添う。顔を上げた志乃は、部屋を去っていく小春の背中を見た。
何か言おうと、手を伸ばす。しかし、何も言えなかった。
「ハル…………」
ただ、名前を呼ぶことしか出来なかった。