銀狼 銀魂版   作:支倉貢

107 / 205
手に噛み付くのは飼い犬 首に噛み付くのは吸血鬼

あの後、呆然と座り込んでいた志乃を阿伏兎が引き摺り、部屋に連れ戻した。

畳に投げ出されても、志乃はずっと俯いたままだ。

 

「オイどーした嬢ちゃん。痛ェのか」

 

阿伏兎がしゃがんで志乃を覗き込んでも、彼女は何も反応を見せない。

しかし突如、志乃は自分の頬をパチンと叩き、ブルブルと首を横に振った。

 

「よし、落ち込みタイム終わりっ‼︎さてと、まずは手当てしなきゃね」

 

あまりの変わり身の早さに、阿伏兎はポカンと志乃を見上げる他ない。

志乃は部屋の障子を開け、ゴソゴソと何やら探してから、お目当ての物を見つけて手に取った。

 

「救急箱?」

 

「ホラ、腕出しな」

 

救急箱を手に阿伏兎を座らせると、志乃もその隣に座った。

 

「診てやる」

 

********

 

部屋の外が、何やら騒がしくなる。百華が、廊下を駆け回っていた。

 

「そっちは子供の方に回れ‼︎私達は侵入者の方に当たる‼︎」

 

志乃は阿伏兎の無くなった腕に包帯を巻きながら、それを聞いていた。

先程の騒ぎの中、晴太があの場から隙を見て逃げ出したのだ。志乃が来た頃には既にいなかったが、鳳仙はあの後百華を使ってまで晴太を消そうとしているらしい。

包帯を巻き終わり、端を留めた。

 

「ハイ、出来た。素人手当てだから、後でちゃんとした所で診てもらってね」

 

「おー、ありがとな嬢ちゃん」

 

救急箱に道具をしまいながら、志乃は阿伏兎を見やった。

 

「しかし大変だねェ、アンタも。団長さん止めるだけで、片腕と一人失わなきゃならねーとは」

 

「ああ、わかる?そーなんだよ、俺苦労してんだよ」

 

「え〜、まだ怒ってんの?過ぎた事は忘れないと長生き出来ないよ」

 

「いや死んじゃったからね、一人」

 

部下を殺したというのに、当の本人はこの軽さ。

志乃は阿伏兎と共に溜息を漏らした。そして、彼が相当な苦労人だと知る。

 

「商売なんざ興味もねーくせに、珍しくついてくるなんて言うからおかしいと思ったんだ。アンタ最初から鳳仙とやり合うつもりだったな」

 

「へへ、バレた?」

 

「バレたじゃねーよ、すっとこどっこい。おかげで取り引きも何もメチャクチャだ。駆け引きの道具も、騒ぎの最中に逃げちまう始末」

 

「あー、あの子供のことか。スッカリ忘れてた。大したもんじゃないか、あの中を逃げ出すなんて。将来(さき)が楽しみだね」

 

「感心してる場合か」

 

呑気な団長にツッコミを返す部下。

上がダメだと下が恐ろしく成長するとは、まさにこのことかと納得した。

しかし、彼の場合は呑気という言葉では片付けられないらしい。

 

「駆け引きなんか必要ないよ。吉原が欲しいなら鳳仙の旦那を殺して、ココを春雨のモノにしてしまえばいいんだ」

 

「アホか。あの化け物ジジイにそう簡単に勝てるか。止めなきゃヤバかったぜ。大体、俺達のせいで春雨と夜王で戦争(ドンパチ)始めることになれば、元老(うえ)にやられるのは俺達だぜ」

 

「その時は……元老(うえ)も俺が皆殺しにするよ」

 

話を聞きつつも、志乃は救急箱を整理する手を止めなかった。

吉原という一つの場所を巡り、争う。なかなか物騒な話だ。そして、それ以上に興奮する話だ。

阿伏兎は呆れながら、神威に問う。

 

「で、その後貴方様は海賊王にでもなられるんですか」

 

「それもいいかもね。上に行けばそれだけ強い奴にも出会える」

 

「ハイハイ、志の高い立派な団長をもって、部下(わたくし)共は幸せですよコンチキショー」

 

ああ……やっぱり苦労してる。上着を着た阿伏兎の背中に、志乃は苦笑を送った。

部屋を出ていく阿伏兎を、神威が呼び止めた。

 

「どこ行くんだよ阿伏兎。もう帰ろうよ。つまんないよ、もうこんなトコ」

 

「帰れ帰れ。怖いジーさんに殺される前にな。このまま鳳仙に貸し作ったまんま帰れねェよ。我々下々の者は、団長様の尻拭い……いや、海賊王への道を切り拓きにでも行くとしまさァ」

 

阿伏兎を見送った志乃は、救急箱の蓋を閉じ、障子の中に戻す。

その後ろで、神威は畳の上をゴロゴロと転がっていた。

 

「あ〜あ、暇だな〜」

 

しかしそれを無視して、志乃は今度は自分のケガを見た。

腕や足は撃ち抜かれたはずだが、血は流れていない。塞がるには早すぎる。

 

「あ〜〜あ、暇だな〜」

 

肩に手をやると、赤い液体が付いていた。

触ってみるが、あの血のヌルッとした感覚はない。血というよりかは、水に近い感じだった。匂うと、血の臭いがする。

 

ーーもしかして、ハルは私を撃ったフリをして……?

 

「あ〜〜〜あ、暇だな〜〜」

 

「うるせェェェェ‼︎」

 

前に回り込んで、三回も同じことを言った神威にシャウトする。

 

「しつけーんだよ、何なんだよお前は‼︎」

 

「あ、やっと気がついた」

 

「無視してたのに気付けよてめーは‼︎」

 

他人のペースに振り回されるのは気に食わない。しかしこれ以上無視しても、神威はさらにしつこくなるだけだ。

そう判断した志乃は、溜息を吐いてジロリと神威を見た。

 

「何?」

 

「やっと二人きりになれたね」

 

「はァ?」

 

ポカンとして神威を見るも、神威はにこにこしたままだ。

それが逆に怪しくて、志乃はササッと後ずさった。

 

「何で逃げるの?別に何もしないよ」

 

「そんなの信じられるか‼︎」

 

志乃が一刀両断すると、「えー」と残念そうに声を上げる。

神威が、ずいっと志乃に顔を近付けた。

 

「そういえば、ケガは大丈夫?銀狼ちゃん」

 

「銀狼ちゃんじゃねーよ、私の名前は霧島志乃だ」

 

赤い水塗れになっている志乃の手を掴み、指についた水をジッと見つめてくる。

 

「?……血の匂い」

 

「え?」

 

ボソッと呟いた神威の言葉に反応した次の瞬間、水がついた指をパクリと咥えられ、吸われた。

 

「ひゃっ……!」

 

「ん……やっぱり血じゃない。なるほどね、血の匂いに敏感な夜兎(オレたち)へのカムフラージュか」

 

「待てコラァ‼︎てめっいきなり何してんだよボケナス‼︎」

 

顔を真っ赤にして、志乃は拳を振り上げ神威にボディブローを叩き込んだ。

しかし手応えは一切なく、拳は空を切るだけとなった。

気配に振り返ると、神威は志乃の背後に立っていた。

 

「そんな怒らないでよ。ちょっと試してみただけじゃないか」

 

「ふざけんな‼︎そんな気持ち悪いお試しがあるか‼︎」

 

「『ひゃっ』だって。志乃ちゃん案外カワイイ声出すんだね」

 

「〜〜〜〜っ‼︎てんめェェェェ‼︎そこになおれ!叩き潰してやる‼︎」

 

ついに怒りと恥ずかしさがピークに達し、志乃は金属バットを手にした。

神威の脳天から一閃すると、神威はバク転でそれをかわし、壁を蹴って志乃に飛んでくる。突き出した拳をバットでいなし、志乃はそのまま振りかぶった。

 

「ずぇえりゃああああああああ‼︎」

 

下から神威の顎を狙って、金属バットが振り抜かれる。

しかし、顎に届く前に神威の両手によって止められてしまった。

 

「流石は銀狼。すごい力だね」

 

「……アンタ、何のつもりなの?」

 

金属バットを下ろし、神威と対峙する。

志乃は訝しむ視線を、爽やかな微笑を浮かべる神威に当てた。

 

「何故私をここまで囲む?晴太がいなくなって、私とアンタらが一緒にいる理由は無くなった。私はさっさとここからお暇したい。やることが山ほどあるんでね。なのに何故、私をここまで囲む」

 

神威はにこにこと笑顔を浮かべたまま、答えた。

 

「俺、言ったでしょ?君が気に入ったって」

 

「気に入られても困る。だからってここに留めさせられるのも尚更だ」

 

「俺は今まで、女に興味が無かったんだ。女は所詮、男には敵わないからね。女は強い子を産むかもしれない、その程度だったんだ。でも、君は違う。女の身でありながら、夜兎(オレたち)三人とやり合い、対等に渡り合った。そんな女を見るのは初めてでね。余計君の子供に期待が持てたんだ。でも、思ったんだ……」

 

志乃は雰囲気の変わった神威に怯え、一歩下がった。

 

「もし、銀狼の血と……夜兎の血が混ざった子供が生まれたら……………………その子は一体、どれだけ強くなるんだろうって」

 

「……⁉︎」

 

「だから、俺は君が気に入ったんだ。戦えるだけでなく、強い子を産める……こんな一石二鳥な女はいないってね」

 

刹那、神威が加速し、志乃との距離を詰める。

神威の手は志乃の首を掴んだ。一瞬の出来事に抵抗する間も無く、畳に押し付けられその上に神威が馬乗りになった。

 

「っ‼︎がはっ……!」

 

「だからさ、志乃ちゃん。夜兎の子供を産んでよ。相手は誰がいい?出来れば強い奴の子供の方がいいなぁ」

 

「ぁぐっ……か、ふっ……」

 

志乃の首をギリギリと締め付けながら、神威は指を折って数えた。

 

「んー、阿伏兎は子供に興味は無さそうだし……鳳仙の旦那?うーん、あとは……」

 

「はっ……は、な……せっ……‼︎」

 

涙で霞みかける視界で神威を捉え、志乃は神威の腹を金属バットで殴り飛ばした。

後方に吹っ飛んだ神威は、着地して咳き込む志乃を見下ろしていた。

 

「旦那が嫌なら、俺の親父はどう?」

 

「……断る」

 

肩で息をし、呼吸を整えた志乃は、不敵に笑ってみせた。

 

「私のセーフティラインは18歳までだ。それ以上はアウトだよ」

 

「…………そっか」

 

目を閉じた神威に背を向け、部屋を出ようと歩き出した。

晴太を護らねば。約束したのだ。必ず護ると。

晴太のためにも、はぐれてしまった銀時達のためにも、志乃は彼の元へ走らねばならなかった。

その時、背後から殺気を感じた。

 

「なら、俺はセーフだね」

 

背筋に、寒気が走る。

振り返ろうとした瞬間、肩に手が置かれ、鋭い痛みが首元を駆け抜けた。

 

「がっ……⁉︎」

 

ブシュッと、血が流れる。

痛みに顔を顰めたものの、目を開けて自身の首元を見た。

 

「てめェ……‼︎」

 

「セーフティラインがあるんならしょうがない。志乃ちゃん、俺の子を産んでよ」

 

牙を突き立てて、神威は笑う。その笑顔を、志乃は憎々しげに見た。

 

「首に噛み付くって……吸血鬼かお前は」

 

「俺は血は吸えないよ」

 

牙により出来た傷から、赤黒い血が流れてくる。

肩から零れ落ちる雫を、掬い上げるように舌が這った。

 

「な、っ……⁉︎や、やめ……ぁ、ぅっ」

 

カァッと頬に熱が集中し、耳まで真っ赤になる。背筋からゾクゾクと不思議な感覚が這い上がり、肩を震わせた。

 

「んっ、ん……こ、のっ‼︎」

 

志乃は咄嗟に抵抗しようと、左肘を神威の鳩尾に打ち付けた。

神威の拘束が緩んだ隙に、志乃は体を反転させ、彼の腹に掌を当てがった。

 

「はぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああっ‼︎」

 

気合いの怒号と共に、腰を落として掌に力を込める。爆発的な威力をもって、神威は壁まで突き飛ばされ、その壁をも破壊した。

志乃は発勁の真似事でなんとか難を乗り切り、廊下を飛び出して脱兎の如く走り去っていった。

首にある咬み傷を、無視して。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。