銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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キレた女は何より怖い

「あ……ぁ……」

 

衝撃と悲しみと憎しみと怒りで、志乃の心は掻き乱される。

何があったのか。それはあまりにも一瞬すぎて、あっさりしていて、心が追いつかなかった。

 

「志乃ちゃん‼︎しっかりして‼︎」

 

「あ……ああ、あああ……」

 

マズイ。心が不安定な状態で受けた絶望は、彼女の精神すら破壊しかねない。もしかしたらそれが、銀狼への覚醒の引き金になってしまうかもしれなかった。

小春は志乃を落ち着かせようと、彼女の肩を掴み、こちらへ向けた。

 

「志乃ちゃんしっかりしなさい‼︎落ち着いて‼︎」

 

「あ……お、お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 

「大丈夫、銀時ならきっと無事よ。あんな丈夫な男だもの。きっと……」

 

「ぁ……はぁ、はぁ……」

 

ようやく落ち着きを取り戻した志乃は、ドクドクと早く打ち鳴らされる鼓動を抑えようと、胸に手を置いた。

 

その頃、晴太は日輪の足を見ていた。彼女は足の筋を切られ、立つことすら出来ない体にされてしまったのだ。それは全て、日輪を鳳仙に縛り付けるため。

自分は逃げられない。そう悟っていた日輪は、晴太に逃げるよう言った。

女としても母親としても生きられなかった吉原の遊女達の、たった一人の息子。彼さえ生きていてくれればどんなことだって耐えられるーー。

 

「クックックッ。八年前と同じだな。希望を託し、童を地上に逃がす女。まったく同じだよ。一つ違うのは、今回童は逃げられぬという所だけだ。母親ごっこはもうおしまいだ、日輪。薄汚れた遊女が母になどなれるわけもない。お前は母親になどなれない。それを証明してやる。その童を殺してな」

 

鳳仙が傘を手に取る。神威は日輪に執着する彼に呆れたように言った。

 

「八年前から何も進歩してないようだ。遊女を傷モノにし、商品(モノ)としての価値を奪ってもなお側に置いておくとは。旦那、どうやらアンタにとって日輪(あのおんな)商品(どうぐ)としてではなく一人の女として必要なものらしいな」

 

「クックックッ。必要なモノ?何をぬかすかと思えば。寧ろその逆だ」

 

彼は、その絶対的な力で何もかもを手に入れてきた。だが、そんな夜王と呼ばれる男でさえも、手に入れられない存在がある。

それが、太陽だ。鳳仙は、どんな苦しい状況にあっても決して光を失わない、気高い日輪を太陽と重ねたのだ。

太陽を手に入れる。地に引き摺り下ろす。

それは死をもってしてではない。日輪の気高き魂を引き摺り下ろし、彼の前に彼女を屈伏させる。

それ以外に、彼の魂の渇きを癒やす手はない。

 

「日輪。お前の全てを壊し、お前の全てをわしが手に入れてやるわ。我が下に沈むがいい!お前はわしのものだ!」

 

刹那、彼の上から飛びかかってくる影があった。純白の小袖を纏い、銀髪を靡かせて金属バットを振り被る。

少女がそれを渾身の力で振り下ろした。左手で受け止めた鳳仙だが、思いがけない力に目を見開く。

その瞬間、少女の蹴りが鳳仙の頬に入った。金属バットが手から離れ、その勢いのまま背中を床に打ち付ける。

少女は腕のバネで起き上がり、着地した。

 

「貴様は……あの時の娘か」

 

見覚えのある銀髪と赤い目。神威とやり合った後に小春を連れ戻そうと現れた少女だった。

 

「どうやらあの男の妹らしいな。安心しろ、わしがすぐに後を追わせてやる」

 

「……フン、あんな奴知らねーよ」

 

鼻で笑って、鳳仙を見据える。ポニーテールを揺らした少女は、金属バットを肩に置いた。

 

「獣衆"金獅子"矢継小春。返してもらおーか、人攫いめ」

 

「人攫い?あの女はわしのものだ。攫った覚えなどないわ」

 

「いーや、立派な人攫いだよ。金獅子は獣衆(ウチ)の右腕的存在でね。何も伝えず連れてくたァ完璧な人攫いじゃねーか。言ったはずだ。連れてくなら、棟梁の私に話通すのが筋ってもんだって」

 

獣衆。その棟梁。銀髪赤眼。まさか……。

鳳仙は、目の前の少女を見つめた。

 

「まさか、貴様は……」

 

「そのまさかだよ。私は獣衆棟梁、"銀狼"ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー霧島志乃だ、コノヤロー‼︎」

 

瓦礫だらけの床を蹴り、鳳仙に挑む。志乃の金属バットをかわし、逆に傘で薙ぎ払う。

傘が迫った瞬間、志乃は傘をバットで受け止め、両足を強く踏ん張る。ミシッと右足が、床にめり込んだ。

 

「無駄だよ」

 

ニタリと鳳仙に笑ってみせ、傘を押しやった。

まさか自分の力に打ち勝てる地球人がいるはずもないと思っていた彼の目は、驚愕に揺れていた。

 

「うぉらァァァァァァ‼︎」

 

流れるように鳳仙の懐に入り込み、膝を折ったバネを利用して鳳仙の鳩尾にバットを押し込んだ。

渾身の力で突き飛ばしたはずの鳳仙は、なんと踏みとどまって彼女の金属バットを掴んでいた。

 

「小娘がッ……調子に乗るなァァ‼︎」

 

「‼︎」

 

金属バットを押し返され、体勢が崩れる。ハッと前を見ると、傘の先が目前に迫っていた。

志乃は無理やり体を捻ってそれをかわすが、とてつもない勢いで突き出された傘の風圧に吹き飛ばされ、体が宙を舞った。

 

「くっ、……‼︎」

 

宙を舞いながら、鳳仙を見る。しかしその時、志乃の腹に鳳仙の容赦ない蹴りが入った。

力を受けた志乃の体はその方向へ吹っ飛び、壁に強く背中を打ち付ける。胃液が逆流し身体中に痛みが走る。さしもの志乃も立ち上がれなかった。

 

「フン、所詮は女か。これが男ならば、兄のようにもう少しもっただろうがな」

 

「ッ……けほっ……ア……イツと……一緒に、すんじゃねーよ……。銀狼はなァ……女の、方が……強ェんだ……!」

 

ブルブルと震える体を叱咤して、起き上がろうと必死に手をつき体を支える。

体はボロボロでも、睨みつけるその目だけは死んでいなかった。

 

「てめーさっきから聞いてりゃ、ゴチャゴチャわけわかんねー事ぬかしやがって……テメー結局、日輪さんのこと好きなだけじゃねーか。それが屈伏させるだの、全てを壊して全てを手に入れるだの……それがアンタの愛情表現ってヤツかい」

 

両足を奮い立たせ立ち上がった志乃は、鳳仙に堂々と言い放った。

 

「気色ワリーことぬかしてんじゃねーぞ、エロジジイ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、随分な言われようね」

 

 

 

 

 

クスッと笑う声がした次の瞬間、銃弾とクナイの嵐が鳳仙に襲いかかる。鳳仙は傘を支えにし、跳び上がってそれらを避けた。

 

「エロジジイですって。よくわかってるじゃない、志乃ちゃん」

 

志乃よりずっと大人びた、色気を含む声。

カチャカチャ、と拳銃をクルクル回す音と共に、再び声が降りかかった。

 

「ここまできたらもう引き下がれないわね。ねェ月詠?」

 

「ぬしは楽しそうじゃな、小春」

 

渡り廊下の上から鳳仙を囲む、百華達。それを率いてやってきたのは、月詠だった。

 

「きっ……貴様ら、何のマネだ。謀反……このわしに、この夜王に謀反を起こそうというのか」

 

「わっちらは知らぬ。悪い客にひっかかっただけじゃ。吉原に太陽を打ち上げてやるなどという大ボラを寝物語で聞かされた。この者共も皆、その男に騙されたクチでのう」

 

「あら、そんなホラ吹きがいたの?一体誰かしら」

 

「ホラ、あそこでのびている奴じゃ」

 

小春が尋ねると、月詠は未だ壁に押し込められたままの銀時を顎で示した。

 

「まったく、信じてみればこのザマ。笑わせるではないか。偉そうな事を言って何じゃ、この体たらくは。太陽などどこに上がっている」

 

「あらあら、男のホラは信用しちゃダメよ月詠。あの男に期待しても無駄よ」

 

「フン、この大ボラ吹きめが‼︎」

 

月詠が銀時にクナイを投げつける。

煙を割いて真っ直ぐ飛来したクナイを、銀時の指が挟んで受け止めた。

 

「……ホラなんざ、吹いちゃいねェよ。太陽なら、上がってるじゃねーか。そこかしこにたっくさん」

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