吉原のパイプに包まれた閉ざされた天井が地響きのような揺れをもって開いていく。パイプを引き千切り、差し込んできたのはーー暖かな
その根源は、太陽。
太陽の光を浴びた鳳仙の肌がピキピキとひび割れ、干からびていく。
太陽を背に、銀時は鳳仙に向かって駆け出していく。そして、鳳仙の眉間を木刀で突いた。
障子を破壊して外に出た鳳仙を、太陽の光が出迎える。
遠く高くで輝く太陽に、鳳仙は手を伸ばした。
「我が天敵よ。久しぶりに会っても何も変わらぬな。はるか高みからこの夜王を見下ろしおって、まったくなんと忌々しい。だが、なんと美しい姿よ」
陽の光に晒された屋根の上、仰向けに倒れる鳳仙は、だんだん干からびていく。
神威は傘をさして、鳳仙を見下ろした。
「人とは哀れなものだね。己にないもの程欲しくなる。届かぬものに程、手を伸ばす。夜王にないもの、それは
太陽を誰よりも疎み憎みながらも、本当は誰よりも羨み焦がれていた。
だから、その
彼はただ、わからなかったのだ。今まで彼は、戦うことしか知らなかった。全ての感情を、戦うことでしか表せられなかった。
本当に欲しいものを前にしても、それを抱きしめることは出来ない。爪を突き立てることしか出来ない。
本当は、愛していた。なのに、そんな単純な気持ちでさえ、真っ直ぐに伝えられない。
鳳仙の体が、ひび割れていく。
今まさに閉じようとした鳳仙の目が、再び開いた。
「……ひ、日輪」
「やっと、見せてあげられた。ずっと、見せてあげたかった。この空を、貴方に。言ったでしょ、きっとお日様と仲直りをさせてあげるって」
日輪は、ちゃんとわかっていた。
本当は、鳳仙が誰よりも太陽を愛していたことを。その姿に焦がれていたことを。ただ日向で、陽の光を浴びたかっただけなのだということを。
「ただ……それだけなのに。なのに……こんなバカげた街まで作って。みんなを敵に回して」
日輪の涙が、ポツリと鳳仙の顔に落ちる。
「バカな人。本当に……バカな
日輪と陽の光に看取られ、鳳仙は目を閉じた。
シンとした空間に、乾いた拍手の音が響く。
「よっ、お見事。実に鮮やかなお手前っ。……とは言いがたいナリだが、いやはや恐れ入ったよ。小さき火は集いに集って、ついぞ夜王の鎖を焼き切り吉原を照らす太陽にまでなったか。まさか本当にあの夜王を倒しちゃうなんて。遠くまで来た甲斐があったな、久しぶりに面白いものを見せてもらったよ」
考えを読み取れない笑顔で、神威は続けた。
「だけどこんな事したって、吉原は何も変わらないと思うよ。
「変わるさ。人が変わりゃ街も変わる」
銀時の言葉に賛同するように、百華達の目にも光が宿る。
そうだ。こんな大きな困難を乗り越えたんだ。これから先何があっても、吉原の人達は強く生きていくことだろう。
「こいつらの
「……フフ、そうかい大した自信だね。じゃあ早速、この第二の夜王と、開戦といこ……」
銀時に戦いをけしかけようとした神威の足元に、弾丸が撃ち込まれる。
「神威ィィィィィィィ‼︎お前の相手は、私アルぅぅ‼︎」
それを跳躍してかわすと、建物の障子を突き破って神楽が現れた。
「その捻じ曲がった根性、私が叩き直して」
「ダメだって神楽ちゃん、その身体じゃムリ‼︎」
新八に羽交い締めされながらも尚神威に噛み付かんとばかりに暴れる。元気な妹を見て、神威は意外そうに言った。
「こいつは驚いた、まだ生きてたんだ。少しは丈夫になったらしいね。出来の悪い妹だけど、よろしく頼むよ。せいぜい強くしてやってよ。あと君ももっと修行しておいてよね」
「オイッお前!」
背を向けて屋根を降りていく神威の背に、銀時が呼びかける。神威は微笑を浮かべたまま振り返った。
「好物のオカズはとっておいて最後に食べるタイプなんだ。つまり気に入ったんだよ、君が。ちゃんとケガ治しておいてね。まァ色々あると思うけど、死んじゃダメだよ。俺に、殺されるまで」
「死なせねーよ」
突如目の前に立った自分と同じ銀髪が、そよ風に揺れる。小さいその背中に、銀時は目を見張った。
「私の兄貴は、絶対死なせない」
肩甲骨まで伸びた髪を揺らし、志乃は神威を指さした。
「てめーにも殺させねェ‼︎いーか覚えとけ神威‼︎てめーが銀を殺す前に、私がてめーをぶっ飛ばしてやる‼︎」
神威は驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「そっか……。それじゃあ、」
ズボンのポケットをゴソゴソ探り、神威は何かを掴んだ。その拳を志乃の前に差し出して、掌を見せる。
彼の手の中には、真っ二つに切れた赤い紐があった。
「あっ、それ私の……!」
「あそこに落ちてたよ。やっぱりコレ、君のだよね?」
「返せっ‼︎」
「志乃!」
紐に気をとられて、志乃はそれを取り返そうと神威に駆け寄る。
銀時が止めようと手を伸ばした時には、既に志乃は神威の前に立っていた。
「手、出して」
神威に促されるまま、手を差し出す。その手に、片割れの紐を落とした。
てっきり両方返してもらえると思っていた志乃は、思わずポカンとして神威を見る。
「は……?」
「片方は俺にちょうだい。いいでしょ?」
「ふざけんな!それは私がガキの頃からのお守りだ、返……」
突然、ぐいっと手を引かれた。出し抜けな出来事に、志乃の体がよろめく。
「えっ?」
目の前に、神威の顔が映る。
神威はうなじに手をまわし、さらに志乃を引き寄せ顔を近付けた。
何が起こったかわからなかった。
たった数秒、唇が食まれていただけ。人の体温と他人の匂いがした。
キョトンとする彼女に、神威は微笑む。
「俺、言ったよね?君が気に入ったって。アレ、本気だから。君は俺のものだよ、誰にも渡さない」
うなじにまわしていた手を滑らせ、自身が噛み付いた首元をなぞる。くすぐったくて、ピクリと肩を揺らした。
「それと、君に俺の子を産んでもらうってのも」
「な、……」
「また迎えに行くよ。それまで他の男とか、作っちゃダメだからね」
神威は志乃の髪紐をポケットにしまい、そのままトンと屋根から軽く飛び降りた。
「じゃあね、志乃」
その姿が、見えなくなる。神楽が叫んでいるのを背中で聞きつつ、志乃はゆっくりと自分の肩に手を置いた。
この傷は、おそらく自分を縛り付けるためのもの。いわばマーキングだ。自分の獲物を、他の誰かに奪らせないための。
「野郎ォ……上等だ。てめーの鎖で縛れるもんなら縛ってみやがれ」
鎖なんて甘っちょろいものじゃあ、狼は縛れない。私は自由奔放に生きる銀狼だ。
掌には、赤い紐の片割れが残されている。自分が昔からずっと一緒にいる、家族ともとれる存在。自分をずっと見守ってくれた、大切なお守り。
必ず取り返す。誓いを立てた志乃は、青空を仰いだ。
しかし、志乃と神威のやりとりを見ていた銀時達は、ずっと呆然としていた。小春に至っては、わなわなと怒りに震えている。
銀時自体はそこまで思ってはいなかったものの、目の前でほぼ初対面の男に妹の唇が奪われたことに、少なからず衝撃は受けていた。