銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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マイペースでこれからも生きていく
【幕間】万事屋の想うところ


俺があいつと出会って、もう何年経ったか。あいつと初めて出会ったのは、12年前。あいつがこの世に生を受けたその時からだ。

 

「ぎ〜んっ」

 

呑気な声と共に、背中にぐっと重みが加わる。振り向かなくてもわかった。

何も言わない俺の視界に、銀色が現れる。俺の胸辺りまで伸びた身長で、そいつは俺を見上げてきた。

歯を見せて、ニカッと笑う。快活な笑顔は、やはり似てない。

 

誰に似てないって?そりゃあこいつの両親にだ。

 

俺を拾ったあいつと、俺を息子みたいに扱い構ってきたあの女との娘。元気に育ってくれたのは嬉しいが、最近はどうもおてんばが過ぎる。

周りはこいつを狼だと恐れるし、自分でもそう宣ってはいるが、俺はそうは思えない。

こいつは狼じゃない。キャンキャン鳴く子犬がいいところだ。そう、自分で決めつけている。

 

「銀?」

 

ずっと黙っていたのが心配だったのか、眉が下がっていた。続いて、「大丈夫?」と問いかけてくる。

不安を宿す目が、元気のない主人を心配する健気な飼い犬のようだった。思わず、フッと口元が緩んでしまう。

 

「そんなツラすんな」

 

覗き込んでくる赤い瞳を、頭をぐしゃぐしゃにすることで無理やり下げさせる。「ん……」と頷いて、嬉しそうに目を細めた。やっぱり子犬だ。

 

いつまでも子犬のままでいてほしい。いつかあの女が言った母としての言葉だ。

そんなの無理に決まってんだろ。俺は返した。こいつだって、いつかは大人になって男も出来る。そしてくたばっていくんだって。

そしたら、そいつは笑った。

 

『そうよ、わかってるわ。でも、わたしはこれからもずっと子犬でいてほしいと願ってる。鞘から剣を抜いてほしくない……そう願ってる。そんなことがあれば、この娘は子犬から狼になってしまうわ……』

 

布団の中、呑気にスヤスヤ寝息を立てている娘の髪を撫でる。

 

『不安なの。この娘が……いつかわたしの血のせいで、戦いの道を歩ませられることになったら。この娘には、普通に穏やかに生きていってほしいのに……。身勝手かしらね?こんなお願い事するの』

 

諦めたように、そいつは笑った。

俺は何も返せなかった。「そんなことない」と咄嗟に答えても、それを上回る正論と拒絶が返ってくるに違いない。そういう人だった。こいつの母親は。

当の娘は、母が生きている間、剣を抜くことはなかった。その代わり、両親が死んだ時、記憶を削除した。都合のいい部分だけ繋ぎ合わせ、新たな記憶を作って。

 

「銀!ターミナル近くのデパートにね、新しいお店が出来たんだよ!そこのパフェ、絶品なんだって!一緒に行こうよ」

 

親のことも自分のことも何もかも忘れて、今日も霧島志乃は俺の手を引く。まだ小さい体をフルに使って、俺の隣で一緒に歩こうとする。

パフェを出せば、俺が食いつくと思っているのだろう。わかりやすいエサに、苦笑を洩らす。

ねぇねぇと甘える可愛い妹()の誘いを受け、「仕方ねーな」と返してやる。そうすると、まるで一縷の光が差し込んだかのような眩しい笑顔に変わった。

……やっぱり。

 

「似てねーな」

 

「え?誰に?銀?」

 

ポソッと呟いた言葉に鋭く反応した志乃が、小首を傾げる。

俺に似てない、か。そりゃそうだろう。何せ遺伝子が全く違うのだから。

 

思い返せば、あの女はよく俺にこいつの世話を押し付けた。「お兄ちゃんでしょ?」と軽いプレッシャーをかけながら。

俺があいつに拾われた時には、既にあいつと結婚していた。事実婚らしいが。

でもそれを知らなかったケツの青いガキの俺は、思いっきり甘やかしてくれるあの女が好きだった。

ぶっちゃけヅラも高杉の野郎も、そいつに惚れていた。ヅラの人妻好きの原点を振り返ってみると、ここに辿り着くみたいだし、高杉が娘をあいつと重ねるのも無理はなかった。

だって、それほど似てるのだ。あの母娘(おやこ)は。

 

「いや……似てるかもしれねー」

 

「え?アンタと?やめてよ、アンタみたいなダメ男と似てるとか嫌なんだけど」

 

「やっぱ似てねェ」

 

「どっちなんだよ」

 

似てるのはあくまで容姿だけだ。性格は正反対。

お淑やかな母とおてんばな娘。やはり育った環境が違うからなのか、それともちゃんとした教育を受けていないからなのか。育ちの悪さが、振る舞いや言動にまではっきりわかる形で現れる。

 

「さっきから何言ってんの?つーか誰に似てるって?」

 

手を腰に当てて、ぐいっと顔を近付けて覗き込んでくる。

やっぱりーー。

 

「似てねェな」

 

「誰に?」

 

「お前の母ちゃん」

 

「?」

 

いまいちピンとこないらしく、小首を傾げる。

知らなくていい。思い出さなくてもいい。お前が幸せなら、それでいい。

なんて大層な台詞は言えないけど。

 

「パフェ」

 

「え?」

 

「お前の奢りな」

 

「また⁉︎いい加減自分で払ってよダメニート‼︎」

 

「誰がニートだ。働いてるだろ、ちゃんと」

 

「働いて稼いだ金をパチンコに費やす奴を、世間ではダメって言うんだよ」

 

「てめこらっ、お兄ちゃんになんて口きくんだ」

 

ごつん、と脳天を拳でつついてやると、「痛っ」と返ってくる。頭を摩るのを横目に通り過ぎると、トコトコとついてきて腕に抱きついた。

これでいい。ただ、呑気にへらっと笑っていてくれれば、それでいい。

たとえいつか、その小さな牙が俺の喉元に噛み付こうとしても。

 

「しょうがないなァ、私が奢ってやるよ」

 

「サンキュ」

 

大人ぶったように見えても、まだまだ子供で。

不器用に見せても、痛い程ストレートに伝わってくる。

ああ、やっぱり。

 

「似てねーな」

 

呟いた言葉は、今度は志乃の耳には入らなかった。

 

********

 

「剣の筋がブレてる‼︎素振り50回追加ッ‼︎」

 

「はいっ‼︎」

 

汗を散らしながら返事をして、震える手で竹刀を握り直す。疲れて疲れて仕方ないみたいだけど、鍛えてほしいと言われたからにはビシバシいくのが当たり前だ。

もうそろそろお昼時。志乃ちゃんの素振りが終わってから、昼ごはんを作ってあげよう。

 

 

 

「あ〜〜、疲れたァ!」

 

ゴロンと行儀悪く畳の上に寝転がり、ぐでーっと天井を仰ぐ。畳に綺麗な銀髪が張り付いていた。

渡したタオルを首にかけて、汗を拭う志乃ちゃんを横目に、机の上に冷たいお茶を置いた。

 

「あっ!ありがとう師匠!」

 

さっきまで動けなさそうだったのに、勢いよくガバッと起き上がる。どこにそんな元気が残っていたのやら。

出した湯呑みを取ってぐいっと呷ると、はぁ〜っと息を吐いた。冷たくて気持ち良さそうだ。

 

志乃ちゃんはどうして、僕に剣を教えてほしいなんて言ったんだろう。志乃ちゃんの周りには、剣の道に生きる僕よりも強い人達がたくさんいる。

真選組の人達もそうだし、九兵衛さんも、なんなら志乃ちゃんの彼氏の時雪さんだって、剣術道場の当主だ。寧ろそっちの方が良かったんじゃないのか……と思う。

 

「ねぇ志乃ちゃん」

 

「何?」

 

「何で志乃ちゃんは、僕に剣を教えてほしいって思ったの?」

 

「アレ?前言ったでしょ?」

 

「そうだけど……でも、志乃ちゃんなら剣術を教わりたいって言ったら、引き手数多でしょ。時雪さんだってそうだし……何でかな、って」

 

志乃ちゃんはキョトンとした顔で僕を見つめていた。何でそんなこと訊くの?と目で尋ねるようで。でもすぐに、ニカッと快活な笑顔に変わった。

コロコロと変わる屈託のない表情も、彼女が多くの人に好かれる理由なのだろう。

 

「それ、トッキーにも言われたよ。何で新八君のところで教わってるの?って。嫉妬されちゃった」

 

それ、大丈夫なのか。心の中で、ツッコミを入れる。

 

「単純に言えば、私は好きな相手に強くなるための努力を見られるのは嫌なんだ。つーか彼氏に教わるってのも、なかなか癪だからね」

 

つまり気に食わない、と。

単純であっさりしている答えに、「何それ」と苦笑した。

 

変な子だ。霧島志乃という女の子は。

僕や神楽ちゃん、他の人達には意地を張るのに、兄貴分の銀さんにはめちゃくちゃに甘える。それほど銀さんのことが好きなのだろう。

幼い頃から兄妹のように育ってきたという二人は、結構気が合うし、いつも一緒だ。

でもどちらかといえば、志乃ちゃんの方が年上に思えてしまうこともある。それは銀さんがダメダメってことにもなるんだけど。

銀さんと志乃ちゃんはお互いに、僕と神楽ちゃんの知らない側面をたくさん知っている。それが羨ましいと感じたことさえあった。

 

でも、志乃ちゃんは銀さんの話す限り、かなり寂しい思いをして育ってきた子だと僕は思う。

だって、兄が戦争に行くのだ。自分は帰ってくると信じて、兄達を待つだけ。とても不安だったに違いない。

今はもうそんなことはないけど、僕らはたま〜に命に関わる危険な仕事をしたりする。そんな時の志乃ちゃんは、本当に心配そうだ。

 

だから、僕は強くなりたい。銀さんを護れるほど……とはいかないかもしれないけど、せめて志乃ちゃんが涙を流さないように強くなりたい。

だって志乃ちゃんには、いつだって呑気に笑っててほしいから。あの笑顔を浮かべてほしいから。

 

「師匠〜、腹減った……」

 

「あ、ごめんね。今から作るよ」

 

ぐうう、と志乃ちゃんの腹の虫が、空腹を訴える。やばっ、考えすぎて昼時だってことすっかり忘れてた。

急いで席を立って、台所に向かおうとすると……。

 

「ハイ、お昼持ってきたわよ〜」

 

にこやかな笑顔と共に、姉上が襖を開けて入ってくる。手に持っている皿の上には、無残な形をした暗黒物質(ダークマター)が転がっていた。

笑顔が引きつる。志乃ちゃんを振り返ってみると、僕と同じような顔をしていた。

 

「あら、どうしたの二人共?」

 

マズイ。血の気が引いていくのを感じた。そんな僕らなど介さず、姉上は志乃ちゃんの前にコトリと皿を置く。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「え……と。い、いただきまーす……」

 

こうなっては、もう逃げられない。姉上の笑顔の圧力に屈し、志乃ちゃんは両手を合わせて、皿の上の黒焦げた何かを一口で食べきった。

「ぅぐぇっ」と何か吐きそうな声が聞こえてきたけど、取り敢えず無視して台所へ向かう。

ごめん志乃ちゃん。君の犠牲は忘れないよ。

心の中で謝って、僕はコップを手に取ったーー。

 

********

 

円、円、二つの円。これを器用に跳んでいく、女の子。跳ぶ度に、光を反射する銀髪が揺れた。

 

「けーんけーんぱっ、と」

 

最後に両足を二つの円の中に入れると、得意げに笑って振り返る。

 

「神楽もおいでよー」

 

「何言ってるネ、これくらい朝飯前ネ」

 

志乃ちゃんに続いて、傘を握りしめてから、「けーんけーんぱっ」と呟きつつ跳ぶ。

最近はあの黒くてムサイ連中のせいで、私と志乃ちゃんの時間が邪魔されてる。ホント、女の子にあんな危険な仕事させるなんて、バカなのもいいとこネ。

最後の円も跳び越え、志乃ちゃんとハイタッチ。それから、定春ともハイタッチ。やっぱり志乃ちゃんも、遊んでる時が一番楽しそうネ。

 

「神楽ー、駄菓子屋さん行こっ。私ラムネ飲みたくなっちゃった」

 

「私も酢昆布摂りたくなってきたネ。定春も行くアルヨ!」

 

「わんっ」

 

志乃ちゃんと手を繋いで、定春がついてくる。ちらっと隣を見ると、志乃ちゃんの横顔。

 

思い出すのは、吉原で会った神威のこと。あのバカは志乃ちゃんに自分の子供産ませるとか言って、挙句にキスまでした。

もちろん志乃ちゃんが、アイツを受け入れるわけないと信じてる。だって志乃ちゃんには、トッキーっていう未来の旦那様がいるネ。しかもこないだキスもしたって言ってたから、きっと大丈夫アル。

 

「神楽?」

 

じーっと見つめすぎたせいか、志乃ちゃんが小首を傾げて覗き込んできた。

 

「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

「ついてるアル。ほっぺに汚れがついてるアル」

 

「えっ⁉︎」

 

軽い冗談を返すと、慌てた様子で志乃ちゃんはほっぺを袖でゴシゴシ擦った。それが面白くて、くくくっと笑いが堪えられない。

 

「嘘アル」

 

「えっ?なんだ、よかった……」

 

怒る素振りも見せず、本当にホッとしたような顔。やっぱり、志乃ちゃんはとても優しい子アル。だから私、この子のこと大好きネ。

 

志乃ちゃんは、私が地球に来て初めて出来た友達。年も近くて、とても活発で、たくさん一緒に遊んだネ。

これからもずっと、一緒に遊びたい。だから、志乃ちゃんは誰にも奪わせない。もちろん、神威にも。私が絶対に護るヨ。

 

「あっ、神楽!駄菓子屋見えてきたよ〜」

 

「キャッホオオオオ‼︎」

 

「いぇあああああ‼︎」

 

でも今は難しい事とやかく考えず、取り敢えず酢昆布一緒に貪るアル!




次回、忍者対決。ミサトが久々の登場です。
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