この日オフだった志乃は、久々に家でダラダラしていた。
時雪が洗濯物を取り込んでいるのを横目に、ソファの上でゴロゴロしていたその時。
ピンポーン
「ん?」
玄関のインターホンが鳴った。
客かと志乃は起き上がり、小走りで玄関に向かう。
「はーい」
「すみませ〜ん。桂ですけど……」
戸を開けようとした手が、ピタッと止まる。そしてすぐさま踵を返した。
「おい、志乃?いるんだろう。開けろ」
ドンドン、と桂が戸を叩く。その扉を背にして、志乃はひたすら耳を塞いでいた。
聞くな。聞こえないフリをしろ。こいつと今関わるとめちゃくちゃ厄介だ。しかも絶対何かしら面倒事を持って来ている!
ガラガラ
「はい、万事屋で……あ、桂さん」
「ノオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
何も知らない時雪が、戸をあっさり開ける。
志乃は頭を抱えて膝から崩れ落ち、絶望の雄叫びを上げていた。
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説明もそこそこに、桂は志乃を連れてある屋敷の堀の外側までやってきた。松の木に登り、二人揃って双眼鏡で中の様子を伺う。
ここは奉行所で、罪人達を閉じ込める檻がたくさんある。その一つの中に、何故かエリザベスが入っていた。
「……エリー?」
「俺が迂闊だった。エリザベスは常に俺の側にいた。役人に目をつけられてもおかしくなかったのだ。しばらく見かけないと思っていたら、あのザマさ。近頃の攘夷浪士に対する幕府の姿勢は、相当に厳しいものがある。このままでは確実にエリザベスの首は飛ぶ」
要するに、エリザベス救出に力を貸してほしいと依頼をしてきたのだ。
エリザベスを救うには、幕府の役人が大勢いる奉行所に忍び込まなくてはならない。バイトとはいえ真選組に身を置く志乃にとって、かなり厄介な依頼だった。
「というわけだ。お父さんのために力を貸してくれるな?」
「誰がお父さんだって?髪剃るよ」
志乃は桂に見向きもせず、撥ね付ける。
「私が真選組でバイトしてるの、知ってるよね?ちょっと考えたらわかるでしょ、私にも立場ってのがあるの。だからパス。帰る」
ぴょん、と軽く松の木から飛び降りて、着地する。
その背を桂が木の上から引き止めた。
「待たれーい!あの奉行所に巣食うは遠山珍太郎なる極悪奉行!私欲で動き、金さえ積まれれば、事件の一つや二つ揉み消す。弱きを挫き、強きに媚びへつらう奸物。そんな輩、放っておくことがお前に出来るか?志……」
桂がそこにいるはずの志乃を振り返った時には、誰もいなかった。
寂しげな風が、桂の髪を靡かせていった。
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結局折れて依頼を引き受けることになった志乃は、桂と時雪、橘と共に「カフェ 忍」と書いてある看板の下をくぐった。
ここに来たのは、ある人物に会うためである。
「なに?奉行所に忍び込むでござる?」
茶髪を一つにまとめて忍者のコスプレをしている、正真正銘の忍者ーー風魔ミサトに。
ウエイターとして仕事中の彼に、志乃は御構い無しに話しかける。
「いや、あのね。この人が行くって言ってきかねーんだよ。アンタ忍者でしょ?そーいうの得意でしょ?頼むわ」
「頼むって何をでござるか」
「だから、この人を忍者にしてやって」
「忍者なめてるでござるか?」
「取り敢えず語尾にござるって付けとけばいいみたいだよ、ヅラ兄ィ」
「ヅラじゃない桂でござる」
そりゃあそうだ。突然押しかけた初対面の男を忍者にしろ、とめちゃくちゃな事を言われた。そんな簡単に忍者になどなれるはずもないのに。
「ならばどうか一緒に来てもらえぬだろうか?ミサト殿。仲間がこのままでは処刑されてしまうんだ」
桂が頭を下げるも、ミサトは首を横に振った。
「………………悪いが、俺は昔将軍にお仕えしていた身だ。
「そこをなんとかお願いっ!」
「よし、引き受けた」
「何で志乃はOKなんだよ‼︎」
志乃が両手を合わせて懇願すると、ミサトは快諾。
鮮やかすぎる変わり身の速さに、時雪はツッコんだ。
「俺の志乃がこんな可愛く頼んでるんだ。断るわけにはいかない」
「俺のっていつ志乃がアンタのものになったんだよ‼︎言っときますけど志乃は俺の彼女ですからね‼︎」
「トッキー……嬉しいけど大声で言わないで……」
「あっ」
興奮で時雪は忘れていた。ここが、公共の場であることを。
隣に座る志乃を見ると、頬を赤らめて俯いていた。そしてさらに、両側から時雪に殺気が当てられる。
ヤンデレとシスコン怖い。時雪は涙目だった。
そんな中、橘は呑気に茶を啜っていた。
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その後、人のいない神社に向かい、志乃達は早速衣装に着替えた。
四人が並んだのを見て、ミサトが腕を組む。
「では、今から忍の極意を即席でお前達に叩き込んでやる。忍とは誰にも知られず仕事を成し、仕事を終えた痕跡すら残さぬ完全なる影。ゆえに、目立つことは命取りと思え」
「いや、それはわかりますけどね……」
時雪は、自分の着ている淡い藍色の忍装束を引っ張って示した。
「コレのどこが隠密なんだよ‼︎カラフルすぎだろ!スーパー戦隊か⁉︎」
時雪のツッコミ通り、志乃達はカラフルな忍装束を纏っていた。
志乃は桜色、橘は緑色、桂は黄色。しかも、志乃のだけは丈の短いスカートのような忍装束になっていた。
「でも可愛いからいいだろう?」
「いや、確かに可愛いですけど……」
「トッキー……恥ずかしいから言わないで」
「あっ」
時雪が振り返ると、志乃は手で顔を覆って俯いていた。そして再び、時雪に二つの殺気が向けられる。
デジャヴだ。橘は心の中で呟いた。
桂が、ふと不満を口にする。
「おい、どうでもいいが何故俺がイエローなんだ。リーダーといえば赤だろう。赤がいいです」
「うるせえそもそもスーパー戦隊のメジャーカラーが揃ってねーんだよ。カレーでも持っとけヅラ」
「ヅラじゃないヅラ兄ィだ……ってちょっと待てェェェ‼︎」
お決まりの切り返しだけだと思ったが、突如桂が叫んだ。
「志乃‼︎貴様兄に対してなんて口をきくんだ‼︎お父さんはそんな娘に育てた覚えはないぞ‼︎」
「まぁ、アンタが兄貴分ってことと育てられたことは百歩譲って認めよう。だがお父さんと呼ぶ筋合いはねェ‼︎」
日頃のストレスも相まって、志乃のシャウトが閑静な神社に響く。
娘にコスプレ衣装を押し付けるとかどんな兄貴か父親だ。もしそうなら御免被る。即座に家出する。
さらに噛み付きそうな志乃を時雪と橘が止めていると。
ドォン‼︎
劈くような大きな音に、思わず固まる。
ゆっくりと音の方向を向くと、神社の本堂がミサトの鉄拳によって破壊されていた。
そのミサトが、何やらブツブツ呟いている。
「あいつら……志乃と楽しげに喋って……ふざけてるのか?志乃は俺のものなのに。可愛い志乃は俺のものなのに。ああもう何であんなに可愛いんだろう。あんなに可愛い子が街中歩いてたらもうパニックじゃないか混乱じゃないか。……待てよ?志乃は普通に生活してるし、お兄さんもいるし、真選組でバイトしてる……それって穢れた男共に志乃が毎日晒されてるということだよな?ふざけるなよそれじゃあ志乃が危ないじゃないか。いつ穢れた男共に志乃が襲われるかわかったもんじゃない。やはり縛って俺の元に永遠に監禁しておくしか手はないのか……」
(((何かよくわからないけど取り敢えず怖ェェェェ‼︎)))
(……ヤンデレ、恐るべし)
闇のオーラを醸し出すミサトから、志乃達は一歩下がった。
そして、肝に命じておく。ヤンデレを怒らせたら殺される、と。
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そして、夜。
今宵は満月。月明かりに照らされるカラフルな五人の忍者達が、奉行所の屋根の上に立っていた。
「そんじゃあ、張り切って行きますかぁ」
相棒の金属バットを肩に提げると、真ん中に立った志乃は腕を組んだ。
「忍者戦隊ゴニンジャー、参る」