酔っ払いと妹
夜の賑わいを見せる、かぶき町。色とりどりのネオンで彩られ、昼の姿とはまた違う雰囲気を醸し出している。そんな街に住む少女ーー霧島志乃は、未成年お断りの店が建ち並ぶ通りを歩いていた。
志乃は、自身の師匠である新八の姉・お妙から連絡を受けていた。引き取ってほしいものがあるとしか聞いていないのだが、何だろうか。……まあ、お妙が連絡してくるだけでも、志乃にはその回収物が何かわかっていた。
「こんばんは〜」
「あら、志乃ちゃん来てくれたのね」
お妙が働くスナックすまいるに入ると、当の本人が微笑みながら迎えてくれた。彼女の足元にはのびた男が倒れている。この清潔感のなさそうな男こそ、お妙のストーカーにして、江戸の治安を守る武装警察真選組の局長・近藤勲。志乃にとってはバイト先のいわば雇い主だ。そんな仮にも警察のトップであるこの男が、ストーカーという犯罪を犯しているのだ。この国の未来が危ぶまれる。
そして今回もいつものように、ストーカーをしていたところを見つかって、お妙にボコボコにされたのか。ご愁傷様、と志乃は心の中で呟いておく。
「なんかもう、色々……お疲れ様です」
「ごめんなさいね、志乃ちゃん。こんなこと頼んじゃって」
「いいよ別に。屯所に届ければいいんだよね?」
「ええ、お願いできる?」
「ラジャー」
ビシッとおどけて敬礼して見せると、お妙は笑って「今度一緒にバーゲンダッシュでも食べましょう」と言った。それを快く受けてから、気絶している近藤を背負い、店を出る。
真選組の屯所まではかなりかかるが、それも仕方ない。腹を括って、歩くことにした。
「…………ん?」
しばらく歩いていると、近藤が目を覚ましたらしく、顔を上げた。そして、今の状況を把握した瞬間、夜中だというのに叫んだ。
「おわァァァァ⁉︎な、な、何やってんだ志乃ちゃん‼︎」
「近藤さんうるさい。……起きた?」
ジタバタ暴れる近藤を降ろしてから、振り返る。混乱する近藤に、何故おぶっていたか、経緯を説明した。
「つまり、お妙さんに頼まれて俺を屯所まで……?」
「ま、そんなトコ」
「お妙さん……なんだかんだ言って、俺のことを気にかけてくれたんですね……!」
「違うと思う」
感激して涙を流す近藤だったが、おそらくお妙は店の邪魔になると考えただけだろう。相変わらず幸せな思考に、志乃は呆れる他なかった。
復活した近藤と別れを告げ、自分も帰ろうとかぶき町を歩いていたその時、目の前に見覚えある銀髪男が、うんうん唸りながら倒れていた。銀髪のうねるような天然パーマ、いつも同じ波模様の着流しにジャージ。ダメ男を絵に描いたようなこの男が、志乃の義理の兄・坂田銀時なのである。
志乃はゆっくり彼に近づき、しゃがんでちょんちょんと人差し指で触ってみる。すると、「んん〜」と反応を示した。深い溜息を吐く。
「何やってんの、銀」
「ゔー……あ……志乃ォォ……」
こちらを見つめた銀時の頬は赤く、死んだ魚のような目はいつもよりもうろんとしていた。これは、相当飲んだらしい。だらしない彼の腕を掴み、背負う。
「帰るよ」
「志乃〜……次はあそこの店行こうぜ……」
「何に誘ってんだお前は。未成年飲酒禁止で逮捕するよ」
「カタイこと言うなよ〜……飲もうぜ〜」
「川に投げ捨てるぞクソ兄貴」
一度銀時を背負い直すと、体を揺らしたためか、銀時の顔色が悪くなる。
「うぷっ、やべぇ吐きそっ……」
「ちょ、それだけはマジ勘弁して‼︎頼むよ⁉︎堪えてね!」
「いでで……でけー声で喋んなァ……頭ガンガンする」
そういえば、酒を飲みすぎると頭が痛くなるとか、聞いたことがある。それはいつも、銀時が二日酔いでくたばりかけているのを見ているからだが。
しかし、揺すると吐くなら、背負い直すことができない。面倒なものを拾っちまったもんだ。志乃は溜息を吐いた。
「……じゃあ、しっかり私に掴まっててよ」
「おう……」
返事をした銀時の逞しい腕が、志乃の首にまわる。顎を志乃の肩に乗せて、銀時は眠り始めた。時折耳にかかる寝息がくすぐったいが、そんなことも言ってられない。必死に堪えて、万事屋銀ちゃんまで歩く。
「うう〜〜……志乃ォ…………」
むにゃむにゃ、と眠る銀時がうわ言のように呟いた。背中に密着している胸板が、少し暑く感じた。すると、再び銀時の寝言が街に響く。
「志乃ォォ〜!結婚なんかするなぁぁ……お兄ちゃんは認めませんよ!お前が嫁入りなんて許さんからなぁ〜…………」
「はいはい、わかったよ」
何の夢を見てるんだか。志乃は呆れ果てた。しかし、寝言はまだ続く。
「ん……行くなよ、志乃…………。行くなら、俺の嫁、に……。ずっと、お兄ちゃんと、一緒だからな……」
「っ…………」
流石に恥ずかしくなった。志乃は頬を赤らめ、俯く。
お前大声で何妹と結婚宣言しちゃってんの、バカなの?どんだけシスコンだよやめてよ気持ち悪い。本当に川に投げ捨ててやろうか変態。
心の中で悪態と悪口を並べながらも、本心では少し嬉しかった。
いつも太々しくて、テキトーでだらしないクソ兄貴が、酔っ払ってあんなことを口走るなんて。
「…………バーカ。私だって、アンタのこと好きなんだからね」
そっぽを向いて、照れ隠しに少し揺らしてやる。吐き気を催した銀時は苦しそうだったが、「吐いたらすぐにでもアンタのとこ出ていってやるからね」と脅迫し、必死に喉元まで来ているそれを飲み込ませた。
シスコンと思われようが。ブラコンと言われようが。互いが互いを大切に思い合っている、そんな二人の関係は、何があろうと決して崩れることはない。
そんな似ても似つかぬ、でもどこか似ている兄妹は、夜のネオンの街に消えていくのだったーー。
すみません、次回はちゃんとハードボイルド同心です。