この日、志乃は小春の働く団子屋でご馳走してもらっていた。みたらし団子をパクリと口にして、ちゃきちゃきと働く小春を眺める。
かつては花魁としてその名を馳せた彼女も、こうして見れば美人な町娘に見える。尤も、この職場を見つけられたのは、隣にいる女性のおかげだが。
薄桃色の髪を束ね、花のような可憐な笑顔を浮かべる彼女は、鈴という。この店の店主の娘で、幼い頃から手伝いをしてきた奉公娘だと聞いた。店主もそんな娘を可愛がり、二人はかぶき町でも有名な仲良し親娘なのである。
まだ攘夷浪士として放浪していた頃、素性も何も知れない小春を、鈴が匿ったことにより彼女らは知り合った。その後小春は一度獣衆の面々と再会し、志乃を養うために、鈴の紹介でここで働き出したのだ。
「よォ志乃ちゃん」
「こんにちは、おっちゃん」
志乃が来ていると聞いた店主が、にこやかに彼女の隣に座る。店主は手にもう一皿団子を持ってきた。
「いつも来てくれてありがとなァ。これ、おっちゃんからのおまけだよ」
「わぁっ!いいの⁉︎ありがとう!」
無邪気に笑って、志乃は店主から団子を頂く。三度の飯より団子を愛している彼女にとって、ご褒美以外の何物でもなかった。
もぐもぐと幸せそうに団子を食べる彼女に、店主が口を開く。
「なァ志乃ちゃん。万事屋であるアンタに、ちと頼みがあるんだが……」
「ん?なぁに?」
「鈴の、お見合い相手を探してくれんか?」
「…………は?」
突然の依頼に、志乃はポカンとする。
事情を聞くとこうだ。仕事一徹である鈴は、恋愛も何もすっぽかして父のために働き続けてきた。しかし、彼女も妙齢の女性。適齢期もそろそろ終わりにさしかかっているのだ。店主は自分のことを顧みない娘に、恋をして結婚してほしいと願っているのである。
「で、お見合い相手を探してほしい、と……」
「あぁ、志乃ちゃん顔広いだろ?万事屋の旦那にもお願いしようと思ったんだが……悪い男を呼ばれても困るからな。ってことで、色々鋭い志乃ちゃんにお願いしたいのさ」
「いいけど……でもちょっと待って」
お見合い相手、とはつまり、結婚を前提としたお付き合いをする相手ということである。志乃はよくよく落ち着いて、自分の周囲にいる男性を思い出した。
銀時…ストーカーがついてるし、鈴みたいな孝行娘は奴には勿体無い
新八…まだ未成年だし眼鏡だから無理
桂…指名手配だから論外
土方…確かにお似合いだろうけどマヨラーでドン引きされること間違いなし
沖田…ドSだから鈴が危険
山崎…地味だしヘタレだから多分無理
狂死郎…ホストだしいい人だけど多分向こうから断られる
勝男…ヤクザだから論外
東城…変態だから論外
「……ダメだ‼︎私の周りロクな野郎がいねェ‼︎」
「ウソォ⁉︎」
志乃が頭を抱えて叫ぶと、店主も絶望の声を上げる。
志乃は深呼吸して、もう一度思い直す。他に……他に男はいないか。ん?待てよ。ウチは?
時雪…自分の彼氏だからいくら鈴でも渡さない
八雲…沖田と同じ
橘…
あっ‼︎そうだ!橘なら特に問題がない‼︎
志乃は思わずガッツポーズをした。
「おっちゃん!いたよ、いい人!一人!」
「えっ、ホントか⁉︎」
「うん‼︎多分すぐにでもお見合いできると思うけど、する?」
「あぁ、是非頼むよ‼︎」
トントン拍子で話が進み、店主と志乃は固い握手を交わす。ここに、橘と鈴のお見合いが決まった。
二人はお互いに相手の名前を出さずに、お見合いに行かせることを決め、それぞれ説得することにした。
********
「断る」
「えっ」
夕飯を食べている時。橘は味噌汁を飲んで、お見合い話を断った。志乃がキョトンとしていると、橘は今度は肉じゃがに箸を伸ばす。
「えっ、ちょ、何て?」
「断ると言ったんだ。俺はお見合いなんかしない」
「ええええ⁉︎」
志乃は勢いよく立ち上がった。時雪に、「食事中に大声上げない」と叱られたが。
「そんな、向こうにも話つけちゃってるんだよ!お願い!」
「だったら八雲を連れてけ。俺は行かん」
「無理。こんな野郎のお嫁さんとかかわいそうなだけだから」
「全身の骨を折り畳んでやりましょうか、志乃?」
八雲が爽やかな黒笑いを浮かべる。志乃は全力で八雲から視線を逸らした。話の成り行きを見守っていた時雪が、口を挟む。
「ねぇ志乃、そもそもお見合い相手は誰なの?」
「ぅえっ⁉︎え、えーと……」
「もしかして、どこかの危険人物?」
「そんなわけあるか!たっちーの見合い相手に私がそんな悪女を選ぶと思う⁉︎」
時雪の問いに、志乃がキレ気味に答える。
「たっちーだけじゃない……私は、みんなに幸せになってほしいから。私を護ってくれた分、今度は私がみんなを護りたいの」
「………………」
橘は咀嚼していたじゃがいもを呑みほすと、湯呑みを手に取った。
志乃の気持ちは、正直嬉しかった。しかし、自分には想い
「あのね、相手の名前は言えないんだけど……かぶき町に住んでる人だから、きっとたっちーも会ったことある人だよ」
お願い、と志乃が真っ直ぐ見つめてくる。橘はついに根負けして、お見合いを承諾した。
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「嫌です」
「えっ」
一方その頃、団子屋の母屋。鈴が、店主から持ちかけられたお見合い話を断っていた。
「私今、結婚とかあまりそういうの考えてないんです。なので、ごめんなさい」
「いや、でも……志乃ちゃんにも頼んじゃったしなァ……」
「志乃ちゃんが?」
突如、父が常連の名を口にし、鈴は驚いた。
ーー志乃ちゃん、もしかして……父上に頼まれて?
父は予てから、「お前、いい人はいないのか?」とよく尋ねてきていた。前々から結婚を勧めていたのは知っていたが、まさか客にまでそんな話をするとは。鈴は呆れていた。
父に言っていないだけで、自分には好きな人がいるのに。恋なんて初めてで、どうすればいいのか鈴はわからなかった。そんな相手を差し置いて、お見合いなんて……。
「まぁ、会うだけ会ってみなさい。志乃ちゃんが紹介してくれる人だ。きっといい人だよ」
「…………わかりました」
しかし、せっかく客が御膳立てしてくれた見合い話を断る術はなく。鈴は、俯いて湯呑みを口につけた。
********
翌日、団子屋。
「……えっ?」
店主はキョトンとして、志乃を見下ろす。
「あの……志乃ちゃん」
「何?」
「あのさ……普通お見合いって言ったらさ、料亭とか行かない?なんで
そう。実はこの団子屋が、お見合い会場なのだ。店主は志乃と共に母屋の倉庫に隠れて、椅子に座っている鈴を見る。志乃が彼女から目を逸らさず答えた。
「変に高いとことか行ってもお互い緊張するでしょ。気の置けない場所の方がいいと思って」
「あ、そう……」
「あっ、来た」
向こうから歩いてくる橘に、志乃達は身を潜める。橘は鈴を見下ろすと、目を見開いた。彼に気づいた鈴も、一礼する。
「こんにちは、橘さん」
「……こんにちは」
橘も会釈を返してから、キョロキョロと辺りを見渡し、ぎこちなさそうに座る。二人が同じ椅子に座ったが、その距離は離れている。
「だ、大丈夫かな、志乃ちゃん……」
「さぁね、あとは二人が気づいてくれたらいいけど……なに、作戦はいくらでも用意してあるから」
不安げに見つめる店主に、志乃は不敵に笑って返した。
しかし、二人はそのまま約5分を共に過ごした。お互い会話を交わすこともなく、ずっと座ったまま。お互いがお見合い相手だと知らないから、当然なのだが。
「ちょ、志乃ちゃん二人共座って何も話してないよ⁉︎大丈夫なのコレ⁉︎」
「慌てるなおっちゃん!そんな時はぁ〜」
志乃がゴソゴソと懐に手を入れる。今の彼女はまさに某青ダヌキのようだった。
「たったらたったったーん!吹き矢〜(ダミ声)」
「って待てェェェェい‼︎」
懐から取り出したのは、一見可愛らしいが立派な武器。しかし、店主は真っ青になって志乃を止めた。
「何懐から可愛いカンジで武器取り出してんだよ‼︎大体なんでそんな危ないもん持ってんだ‼︎」
「真選組の倉庫からパクったんだよ。でも私は悪くない。こんなガキに入り込む隙を与えた奴らの警備体制が甘すぎるんだよ。だから私は悪くない」
「うるせェェ‼︎てめーは球磨川君か‼︎」
ギャーギャーうるさい店主を無視して、鈴に向けて吹き矢を向ける。口をつけ、息を吹き込んだ。
ヒュッ!
勢いよく吹き飛ばされた吹き矢が、真っ直ぐ鈴に飛んでいく。獣衆の一員・黒虎である橘は当然それに気づき、鈴を助けようと彼女に手を伸ばした。
しかし。
「あ、10円落ちてる」
「「「⁉︎」」」
鈴がさっと身を屈め、吹き矢の軌道から避けた。橘は差し出した手を咄嗟に引っ込め、吹き矢はそのまま飛び続ける。そして運悪く、ちょうどそこを通り過ぎたパトカーの窓を割った。
「うおおおおおお⁉︎」
しかもさらに運の悪いことに、パトカーに乗っていたのは土方。志乃は思わず頭を抱え、ダラダラと冷や汗をかいた。
ヤバい。今見つかったら確実に怒られる。殺される‼︎
「おっちゃん、腹を切ろう」
「いや、志乃ちゃんの自業自得だよね?」
「いいや!私に二人をくっつけろと命令したのはアンタだ!」
「だからって誰がそんな危ないもん持ち出してこいっつった‼︎ここはかぶき町の善良な一般市民の営む団子屋だぞ!」
倉庫でギャーギャーと喧嘩を始める志乃と店主。橘はその声を聞きとめ、小さく溜息を吐いた。鈴だけは、何があったのかわからず、目の前に止まるパトカーに首を傾げる。
「誰だ!吹き矢なんて危ないもん使った奴は‼︎」
「ホントに誰なんでしょうね。惜しかったなァ、あともう少し遅かったら土方は地獄行きだったのによ」
「あんだとコラァ‼︎」
目の前で、土方と沖田が恒例の喧嘩を繰り広げる。あっちの倉庫でも喧嘩、目の前でも喧嘩。面倒極まりない。
「…………」
「ふふっ」
「!」
隣に座る鈴が、くすくす笑う。
「面白いですね、橘さん」
「……はい」
彼女の可憐な笑顔に、橘もつられて笑う。橘はふと、気になっていたことを尋ねた。
「あの……鈴さんは、どうしてここに……?あ……ご自宅でしたね。当たり前か……」
「え?あ、いえ。実は今日、父に勧められてお見合いを……」
「え?」
「それで、待ち合わせ場所がここなんです」
「そうなんですか。……奇遇ですね、実は俺もここでお見合い相手と待ち合わせして……」
自分で言いながら、橘はハッとする。鈴も、驚いたように橘を見ていた。
お互い、お見合い相手を待っている。しかも、同じ場所で。まさか……二人は自然と見つめ合っていた。
喧嘩をしていた志乃と店主は、二人の変化に気づき、倉庫の中からその様子を伺った。
「…………あの」
「はい……?」
橘が、鈴に問うた。
「もしかして、お見合い相手が誰だか聞かされていませんか?」
「はい。あ、あの、橘さんも、昨日お見合いの話を急にされませんでしたか⁉︎」
「はい……志乃から」
「わ、私は、父から……」
鈴の言葉で、橘は今までの疑問全てがストンと落ちたようだった。フゥと溜息を吐き、立ち上がる。鈴も、彼に続いて腰を上げた。
ツカツカ歩いて、倉庫の前で立ち止まる。橘は容赦なく、その扉を開けた。
パン!
「うわっ!」
「あ……」
「父上?志乃ちゃんも!」
倉庫の中に隠れていた志乃と店主が、見つかったと言いたげに汗を垂らす。橘はまたまた嘆息した。
「……なるほど、今回のお見合い話を決めたのは、貴方達だったか」
「あ、あはは〜……」
「志乃、お前は今夜の修行を倍にしてやる」
「うげっ⁉︎」
橘の宣告に、志乃は愕然とした。
橘との修行という名の手合わせは、本当に恐ろしい。志乃はいつも獣衆の面々と修行をしているのだが、橘が相手の時は本当に嫌なのだ。
何しろ黒虎の一族は、獣衆の中で最高の剛力の持ち主。その力は、たとえ銀狼たる志乃でさえ敵わない。橘は根が真面目だからか、修行の際にも手を抜いてくれない。油断したらぶっ飛ばされ、病院送りにされたこともある。
志乃はガクリと膝をついてわかりやすい絶望オーラを放っていたが、橘は気にせず店主を見やる。
「す、すまねぇな……橘の旦那。俺ァどうしても鈴に早く結婚して幸せになってほしくてな……。昔から俺を支えてくれた自慢の娘よ、しかし俺のせいで遊びも恋も満足にできず……ダメな親父だよ、俺ァ」
「父上……」
「……おやっさん」
俯いた店主に、橘はしゃがんで肩に手を置く。そして、彼を真っ直ぐ見つめた。
「心配しないでください。俺が、必ず、幸せにします」
「旦那……」
「…………ぇ?」
「…………っ」
幸せにします。その言葉の意味を察した鈴は、頬を赤らめて橘を見た。橘も、顔を真っ赤にして、背ける。
復活した志乃は、二人の様子に「お?お?お?」とニヤニヤしていたが、橘の鉄拳により撃沈された。
一息吐いて、橘は立ち上がった。そして、鈴を見下ろす。
「…………あ、あの。鈴、さん」
「は、い……」
「お……俺、と…………俺と……ーーーー」
「〜〜っ‼︎」
付き合ってください。
鈴はずっと憧れていた男に告白されて、嬉しさでどうにかなりそうだった。とても嬉しかった。普段仮面を被ったように表情をほとんど変えない彼が、自分に告白するために、ここまで顔を赤らめてくれるなんて。
鈴は、ジッとこちらを見てくる橘に、満面の笑みで承諾した。
「やーっとくっついたわね、あの二人」
店の奥、厨房から見ていた小春が、呆れたように言った。
正直、小春は二人が両想いであることを知っていた。しかし、仕事に熱心な鈴は恋心に気づくのがやたらと遅く、橘に至っては普段の寡黙と内属性のヘタレが相まって、全く会話などできなかったのだ。
鈴の親友である彼女は、「橘さんを見てると、なんだか胸が苦しくなるの……」というなんとも可愛い相談に、頭を痛めたのを覚えている。これが恋を知らずに生きてきた結果か、と呆れたが、遊女である自分も同じようなものか……と納得し、鈴の相談に乗った。
彼らの恋心を知っていた小春にとって、今回ほどいい話はなかった。志乃がハプニング用にと持ってきた吹き矢にはヒヤヒヤしたが、いい方向に転んだようである。……え?土方が不憫?そんなの知らないわよ。
「オイ金獅子」
店の奥にいた小春に、土方が絡む。志乃の言葉を借りると、まさにチンピラだ。
「……今回は
「…………あぁ。すまねぇな」
「気をつけた方がいいわよ。あの娘、ほっといたら貴方達の武器庫に侵入して盗んじゃうと思うから」
「あんのクソガキ……」
ギリ、と土方の奥歯が軋む。小春は呆れて、肩を竦めた。
ーーごめんなさい、志乃ちゃん。今回ばかりは流石の私もフォローし切れないわ……。
そしてもちろん、起き上がった志乃が土方にどやされるのは言うまでもない話。
一話でくっつくってどういうことなの。
次回、地雷亜篇!いきまーす!