「これは……」
小春は騒ぎを聞きつけて外に出ていた。火が糸を伝って建物から建物へと飛び、街を燃やしていく。
志乃に全蔵のことを話してから、嫌な予感しかしなかった。話を聞いている時の彼女の顔は……今まで見たことない、冷たい表情だった。
一体何があったのか。月詠は無事なのか。不安と疑問が尽きない中、この火事。
「志乃ちゃん……お願い、どうか無事でいて……」
懐から愛用している拳銃を二丁取り出し、建物を繋ぐ炎の糸を撃っていく。この糸を断ち切れば、少しは被害は少なくなるはずだ。
小春は長い着物を翻して、建物の屋上へと飛び乗った。
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その下では、日輪が百華と遊女達に指示を出していた。
「一班は消火作業に、二班は逃げ遅れた者の救助に、三班は家を打ち壊して火が広がるのを防ぐんだ‼︎いいかい、百華だけじゃ頭数が足りない‼︎
百華と遊女達が、一斉にそれぞれの方向に走り出す。日輪の隣に残った百華の一人が、彼女に月詠の行方を問うた。
「……戻ってくる、きっと。だから、護り通そう。あの娘の帰ってくる場所を。あの娘の居場所を……」
日輪に促され、彼女も持ち場へと駆けていく。その背中を見届けていたその時、日輪の周りを蜘蛛の入墨を入れた男達が囲んだ。
彼らは全て、地雷亜の手駒であり、日輪を始末するよう命令されたのだ。日輪は車椅子に乗っているため、すぐには動けない。
男達が日輪に駆け寄ったその時。
ドドドドドドド‼︎
日輪の周囲を、大量のクナイが囲んだ。足元に突き刺さったそれに、男達は恐れ慄く。
すると、上空から声が降ってきた。
「あっスイマセーン。クナイ落としちゃった。俺ァ何も知りませんよ。何にも見てません。ずっとジャンプ読んでたから。決して加勢に入ったワケじゃありませんよ」
屋根の上でジャンプ片手にカッコよく登場した全蔵。全蔵はスタッと小さな音を立てて、日輪の元に着地した。
「……だが俺の技を買ってくれるってんなら、話は別だ。日輪さんとやら、俺の腕、いくらで買う?」
ポケットに手を入れた全蔵が、背後にいる日輪に問うた。
日輪はフッと笑い、懐からカードを取り出してみせた。カードには、ブスッ娘クラブVIP券と書かれてある。
「吉原で女を買うどころか自分を売り込もうなんて、いい度胸じゃないのさ」
「ヘッ。女は醜女に限ると思っていたが……存外別嬪も悪かねーな」
背中越しに彼女を見た全蔵は、屋根の上にいる新八と神楽に声をかけた。
「構うこたァねェ、てめーらは仕事続けな。VIP券貰ったところで全部灰になっちゃあ何も意味がねェ」
「無茶です、数が多すぎます!」
「あらそう?」
上空から聞こえてきた、艶やかな声。それと同時に、銃声が鳴り響き、弾丸が敵を襲った。
「ぐぁあっ‼︎」
「な、何だぁ⁉︎」
トン、屋根から飛び降りてきた一人の花魁。キセルから紫煙をくゆらせ、金髪を花の髪飾りでまとめた彼女の両手には、花魁姿には似合わない拳銃が握られていた。
「こんにちは旦那サマ。金獅子太夫、矢継小春と申します。どうぞよろしく」
「んだよてめーは……遊女が俺の邪魔しに来たのか?」
「あら、ごめんあそばせ。そんなつもりはなかったけれど」
グチグチ文句たれる全蔵に、小春は上品にクスクス笑って、拳銃を敵に向けた。
「
パァン‼︎
「死ぬ覚悟はできてるんでしょうね?」
眉間をブチ抜かれた男が、仰向けに倒れる。煙を吐いた銃口の奥に、紫色の目がギラついた。彼女の豹変ぶりを見て、全蔵は「やっぱ女は醜女だな……」と思い直した。
「大丈夫、貴方の背後を狙って一発……なーんてマネはしないわよ」
「へいへい……そうだといいがな」
ニヤリと笑みを浮かべてから、小春は拳銃を、全蔵はクナイを構えた。
「金獅子、矢継小春」
「摩利支天、服部全蔵」
「「いざ参らん‼︎」」
二人は眼前の敵に向かい、それぞれの方向に走り出した。
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吉原の一番大きな楼閣。そこはかつて、夜王鳳仙が鎮座していた場所。
今は誰もいないその場所に、月詠は捕らえられていた。蜘蛛の巣に張り付けにされ、吉原が燃えていく様をただただ見せつけられていた。
吉原全体を見下ろしている地雷亜が、手すりにつけた糸に触れる。そこから火を伸ばしていたが、ついにその全ての糸が切られた。
「イキのいい小虫はいい餌にもなろうと思ったが、少々度が過ぎたか……」
「地雷亜、頼む……もう……やめてくれ」
消え入りそうな苦しげな声で、月詠は懇願した。
「もうこんな事は……やめてくれ。わっちが……わっちが悪かった。わっちは、
地雷亜がゆっくりと、月詠を振り返った。
「もう……誰も頼る事などしない。もう誰とも関わる事などしない。……一人で生きていく。お前の言う通りに生きていく……。それでもわっちが気に食わぬなら、わっちを殺せばいい。だから……もうやめてくれ。奴等を……わっちの……わっちの大切な仲間を……これ以上傷つけないでくれ」
月詠に歩み寄り、彼女の目の前で足を止めた地雷亜は、ニヤリとほくそ笑んだ。
「…………仲間のために、私を滅する」
しかし次の瞬間、地雷亜は月詠の首を掴み、絞め上げた。
「ちーがうぅぅぅ‼︎」
「がっ……!」
「俺がお前に求めているのはそんなものではないィィ‼︎」
叫びながら、地雷亜は彼女の頭を掴み、顔をめちゃくちゃに殴りつけた。
「何故わからんん‼︎こんな犠牲を払っているのに‼︎こんなにも俺が尽くしているのに‼︎何故お前はそんなにも脆弱な
散々に殴ってから、地雷亜は月詠の顎を持ち上げた。彼女の美しい顔が、痣や血だらけになってしまい、痛々しかった。
「月詠。俺が何故、お前を今まで手塩にかけて育ててきたかわかるか。お前を、この手で殺すためだ」
彼の忠誠心は、獲物に対するもの。巣にかかった獲物に忠誠を誓い、その身を捧げ、獲物が最も美しく肥え太ったその時に食す。己がその作品に心血を注いでいるほど、作品が美しいほど、それを破壊した時の虚しさと快感が膨れ上がる。いわば、積み木崩しのようなものだ。
彼はその快感を味わうために、今まであらゆる獲物に仕え、食らってきた。欲求は一度満たされると、さらにもっと、もっとと求めていく。それはとどまる事を知らず、獲物を変える毎にその思いはより強くなっていった。
「わかるか月詠。行き着く所まで行き着いた俺の答えがお前だ。俺は、俺をころしたいんだ。考えただけでもゾクゾクするだろう。自らの手で己を殺す。これほど殺し甲斐のある者があるか、これほどの喪失感があるか」
そのために、地雷亜は自分となり得る存在を自分で作り上げた。何者にも頼らず孤高に立つ、強き魂と強き肉体を持つ修羅。それが月詠になるはずだった。
「…………だが、とんだ思い違いだったらしい。まさかここまで腐り果てるとは。こんな事なら、あの時以前の美しいお前のままで殺しておけばよかった。出来損ないが。仲間の死でもまだ足りぬと見える。どうしたら俺のようになれる。どうしたら俺のように強くなれる」
地雷亜はクナイを取り出し、彼女の傷の走る頬の突き立てた。
「そうだ。皮を剥ごう。傷などでは甘っちょろい。俺と同じように自分の存在さえ消えてしまうほどの姿になれば、もう誰もお前の存在に気づかない。仲間も誰もお前と気づかない。俺と同じ、天地に一人。きっと俺のように強くなれる。きっと俺と同じように…………」
地雷亜の手が、血で汚れる。血飛沫が、月詠の顔にも飛び散った。月詠はいつまで経っても覚悟していた痛みが来ないことに、閉じていた目を開いた。
地雷亜のクナイを握っていた手に、木刀が突き刺さっていた。木刀は、月詠が張り付けにされている蜘蛛の巣の奥から伸びている。
「……な」
「…………オイ」
背後から、低い声が聞こえてくる。確かな怒りを持ったその声に、月詠はどこか安心を覚えた。
「…………その手で、触んじゃねぇ。その薄汚ェ手で、その女に触んじゃねェ」
「お……お前は……⁉︎」
「……ぎ、ぎんと……」
「わかったら今すぐその手ェ離しなァ」
今度は、別の声が聞こえてきた。今度は高い、少女の声。蜘蛛の巣の奥の暗がりで、金属バットが煌めいた。
「離せっつってんだろド変態ィィィイイイイ‼︎」
蜘蛛の巣を掻っ裂き、金属バットの重い一撃が、地雷亜を吹き飛ばした。