医者の付き添いはお母さんの仕事
チクタクチクタク。時計の針が進む音が、部屋に響く。志乃は椅子に座り、愛読書の男色モノ雑誌を読んでいた。その隣には、銀時が手を組んで膝の上に起き、カタカタと震えている。その顔には汗が滲んでいた。
次の瞬間、銀時はガクッと椅子から崩れ落ち、四つん這いになって絶望の叫びを上げた。
「殺せよォォォォ‼︎殺るならさっさと殺りやがれェェ‼︎俺を弄んでそんなに楽しいかてめーらァァァ‼︎頼むよォォォォ‼︎こうしてただ黙って忍び寄る死を待つのは……辛すぎるんだよ。……気がおかしくなりそうなんだよ。なァお願いだァァァァ早くっ……早く俺を殺してくれェェェ‼︎」
溜息を吐いて、紙面上の手を繋ぐ男達から銀時の尻に目を向ける。
「銀、病院では静かに。他の患者さんに迷惑」
「………………すいません」
ここは、南無歯科医院。外観はボロっちいが、すぐに治ると評判の病院。何故二人がここにいるかというと。
「あ"〜……もう嫌だ……この待ち時間」
「待ち時間じゃなくて歯医者が、でしょ」
そう。実は銀時が、虫歯になってしまったのだ。
志乃は歯医者の付き添い。立場が完全に逆だと思ったそこの貴方、大正解。
ちなみにこのようなケース、初めてではない。今まで何度か銀時の歯医者に付き添いで行き、彼の扱いも全て心得てしまったのである。
正直言って暇だ。ものすごく暇である。今すぐ銀時の家にお邪魔して定春に抱きつきたい。モフモフしたい。
チラリと銀時を見ると、汗ダラダラで超帰りたいという顔をしていた。治療怖いから帰りたい、でも歯は痛い。そんなことをおそらくずーっと考えているのだろう。
こういう時の銀時は感情が顔に出やすいので、見ていてめちゃくちゃ面白い。志乃は込み上げてくる笑いを堪えていた。
不意に銀時が「もうやめェェ‼︎」とでも言うように立ち上がる。考えたところで怖くなるだけだと判断したのだろう、雑誌が置いてある棚に向かった。
愛読書であるジャンプを探すが、あるのはマガジンだけ。それを手に取ると、もう一人の手が同じくマガジンを手にしていた。
「あっ、トシ兄ィ」
煙草を咥えた土方の頬が、銀時と同じく腫れている。あ、この人も治療か。
「ヤニでも取りに来たのか、ニコ中」
「ツラ見りゃわかんだろ。昔詰めた銀歯の奥が知らねーうちに腐ってたんだよ。まったく、銀のつく奴にロクなモンはねェ」
「……放せよ。先取ったの俺だろ」
「いや同時だ。そもそもテメージャンプ派だろ。ココはマガジン派の俺に譲れ」
「たまには敵状を観察することも大切なんだよ。創刊50周年だか何だか知らねーけど、サンデーと組んで何悪巧みしてんだよ。小賢しいんだよてめーら」
「何?妬いてんの?仲間に入りたいの?パーティーに入れなかったのが悔しいの?」
「全然?勝手にやれば?
「眼中にねーのはこっちなんだよ。嫌われてんのわかんないのお前ら。ハジかれてんのわかんないの」
ハァ……またか。志乃は場所など関係なく口喧嘩を始めた二人に呆れて溜息を吐いた。受付の看護師が困ったようにしているのを見て、「私がなんとかします」とサインを送る。
その間にも、喧嘩はヒートアップしていく。
「何?人気者気どり?言っとくけど、サンデー友達のふりしてるだけだよ。こないだ学校一緒に帰ってる時、メッチャお前らの悪口言ってたから」
「サンデーがそんな事するワケねーだろ。いい加減なこと言ってんじゃねーよ」
「じゃあチャンピオンにも訊いてみろよ。アイツも聞いてたから」
「うるせーよ、てめーにサンデーの何がわかんだよ‼︎」
「仮初めの仲良しごっこやってればいいじゃん‼︎ホントは全然仲良くないくせに‼︎みんな知ってるよ‼︎ガンガンもエースも知ってるよ‼︎」
「うるさいのはてめーらだよ」
ついに志乃が、銀時と土方の腹を拳を入れる。突然のことに防御も心構えも何一つ準備できなかった二人は、マガジンを離して腹を抱えて痛みに悶えていた。
志乃は看護師を振り返り、頭を下げる。
「どーもすいません、ウチのバカ共が」
「いえ……」
それから銀時と土方の首根っこを掴んで引きずり、先程座っていた椅子まで連れてきた。
********
結局それぞれ別の雑誌を読みながら、間に志乃を挟んで座る。二人の横顔を一瞥するからに……いい歳こいて歯医者が苦手なんて知られたくない、かと察する。こういう時、自分の察知能力の高さに惚れ惚れする。
土方がそわそわと足を組み替えているのを見て、銀時が口を開いた。
「……オイ。ちょっとさっきからいい加減にしてくんない。そわそわそわそわ何回脚組み替えてんだよ。なんかこっちも落ち着かねーだろうよオイ」
「……座りが悪いんだよ椅子が。お前こそ何だよさっきから貧乏ゆすりハンパねェんだけど。やめてくんない、貧乏が感染る」
「てめーのそわそわにイラついてんだろうが。目障りなんだよバカヤロー」
「もういい加減にしてよ……うるさいんだけどアンタら」
ハァァ……と深い溜息を吐いて、膝に突っ伏す。帰りたい。今すぐ帰って小猫と戯れまくりたい。
しかし、一度口をきくとこの二人は延々と喧嘩し続ける。その間に挟まれるとはなかなか辛いものがあった。
「アレ?ひょっとしてアレかな。ビビってらっしゃるんですか、鬼の副長ともあろうお方が」
「え?何が?意味がわかんない。何にビビるの、歯医者で何か怖い事ってあったっけ」
「いや別に何もないけど」
「怖い事があると思ってるからそういう発想になるんだろ。ビビってんのお前じゃねーの」
「んなわけないじゃん。ホラよく言うじゃん、ドリルの音が怖いだなんだのと。俺は全くわからねーけど」
「俺も全くわからねーな。むしろ毎週ドリル突っ込んでほしいくらいだし。定期的に歯石とか取りに行きたいくらいだから」
「あれお前やってないの。俺なんかはもう三日にいっぺんドリってもらってるけどね。口の中気持ち悪くてしゃーないよねドリらないと」
「あーそうなんだ。俺は自宅にマイドリルあるから通う必要はないんだよね、ドリラーだからさ俺」
「なんだよお前もドリラーだったのか、奇遇だな。今度アレだったら一緒にドリルコンテストでも出てみねェ」
「ああそうだな、休日が合えばな。まァ空けるようにしとくよ」
バカだこいつら。意味わかんない。何この張り合い。
目の前の抱きしめ合う男達に目を向けつつ、志乃は笑いを堪えていた。
「アレ……仲の悪い二人がこんな所で何やってんだ」
「あっ、マダオ」
「嬢ちゃんんんんん⁉︎」
ギリギリ見えるか見えないかの際どいシーンから目を外して長谷川の名前を呼ぶ。しかし彼女が呼んだのは蔑称だが。
「ごめんね長谷川さん。長谷川さんも歯医者に?」
「あー、まァ治療にな。小便したくてちょっと抜けてきたトコなんだけどよ。いやー、まいったわ。ここの治療、超痛ェぞ」
長谷川が頬を押さえて言うと、銀時と土方の顔が青ざめる。それを無視して、会話を続けた。
「そうなんだー、大変だね」
「俺何か月もダラダラ歯医者通うの嫌だからさァ、ここなら一回の治療で済むって聞いて来たんだけど。いや〜、治療は痛いのなんのって。俺何回声上げそうになったかわからねーよ」
「長谷川さーん、まだですか」
「あっスイマセン、今行きます。んじゃ行くわ。おめーらも覚悟固めといた方がいいぜ」
看護師に呼ばれた長谷川が、奥に入っていく。隣に座る銀時と土方の不安は募るばかりだが、付き添いである彼女は一切関係ない。
最近流行りの掛け合わせのページを開こうとすると、奥から苦しげな長谷川の悲鳴が聞こえてきた。ガリガリと削る音、バキゴキと何かが暴れるような音まで聞こえてくる。尋常じゃないほど苦しみを訴える絶叫に、志乃は思わず雑誌から視線を上げた。
ちょっと待って……どんな治療してんの?
以下、音声と志乃の心の声と共にお楽しみください。
ピー
「先生、長谷川さんの脈が」
えっ、ちょっと待って歯医者で脈なんて止まるの?
「中山さん、心臓マッサージして。アレだったら電気ショック与えて……ああそうそんな感じ」
ドォンドォン
電気ショック⁉︎マジでか歯医者に何でそんなもんあるんだよ⁉︎
「先生、脈は戻りましたけど衝撃でアレが取れました」
アレ⁉︎アレって何、何が取れたの⁉︎一体長谷川さんの身に何が起こったの‼︎
「ああ中山さん大丈夫、もうそれ使わないからポン酢につけて。ああそうそんなカンジ」
ポン酢につける⁉︎ちょっと待って何してんの、何でいきなり調味料が出てきてんの‼︎
「先生コレはどちらかというとゴマだれの方が合いますね」
今度はゴマだれ⁉︎何、しゃぶしゃぶでもやってんの⁉︎長谷川さんの体の一部でしゃぶしゃぶ決め込んでんのお前ら⁉︎
「よし……と。じゃあコレで大体終わりかな」
何がコレで終わりかなだよ、何サラッと終わらせようとしてんだァァ‼︎こっちはとんでもない状況耳にしちゃってんだよ、このまま終わるに終われねーよ!ポン酢でしめられねーよ‼︎
「どうですか長谷川さん」
「いやウソみたいに痛みが取れましたね」
いや痛みが取れましたっつーか人体の一部も取れたそうだよ!ポン酢でいかれたらしいよ長谷川さん‼︎
「痛かったでしょ、ごめんなさいね〜。でもこれで以前のように何でも食べられますから」
「いや〜〜ありがとうございました先生」
「あのー、朝晩だけじゃなく食後は必ず歯磨きするように心がけてくださいね。コレ痛み止めと特別にウチで作った歯ブラシつけときますから」
「あっスイマセン、気遣ってもらって」
「じゃあお大事に〜〜。歯を大切にね〜」
「ありがとうございました」
散々ツッコミを入れていた志乃だったが、奥からチラリと長谷川の姿が見えてくる。
戻ってきた長谷川は、特に変わった様子もないように見えた……が。
「いや〜〜、スッカリ治ったぜ。メチャクチャ痛かったけど、なかなかいい歯医者だったよ。ホラ、親切に歯ブラシまでつけてくれたし」
ーーつけとくって、
志乃は思わず、雑誌を落としてしまった。長谷川の右手から肘にかけて、歯ブラシになっている。歯は治ってもそれ以上に大事なものが無くなっていた。等価交換どころの騒ぎではない。立派な人体改造だ。
「ハイーじゃあお大事にね〜」
続いて治療室から現れたのは、近藤。
「おっ、トシに志乃ちゃんじゃねーか。なんだ、お前達も治療に来てたのか」
「近藤さっ……」
「いやーーなかなかいい歯医者だった。スッカリ治っちまったよ。おまけに特別に電動歯ブラシまでつけてくれてな。いや〜〜、これでこれからは手を使わなくても歯が磨けるよ」
ーーえ?もしかして近藤さんのおでこについてんの……アレ、長谷川さんの手?
またも恐ろしい人体改造に、志乃は恐怖を覚えた。次々現れる光景が突飛すぎて、ツッコミが追いつかない。
つーかさっきからお大事にじゃねーよヤブ医者が‼︎オメーらが患者を大事にしろォ‼︎
銀時の付き添いで今までやってきた歯医者の中で、ダントツでヤバい。ここマジでヤバい。もうここ歯医者じゃねーよ、ただのショッカー基地だよ。
それにも関わらず、銀時と土方は椅子に座り続ける。お互い意地張って動けないのだろうが、そんなの志乃にとってはどうでもよかった。ていうか、このままいたら私諸共改造される……⁉︎
イヤだ超帰りたい‼︎今すぐ帰ってジョウからパクった塩まんじゅう食べたい‼︎
「じゃあ次の患者さん入ってきてください。二人ずつ」
看護師に呼ばれて、二人が立ち上がった。銀時と土方が、それぞれ見栄を張る。
「さァて、今回のドリルはどこまで俺の中に抉り込んでこれるか。俺の魂にまで届くかな」
「人は何故穴を掘り進むのか。そこにドリルがあるからさ」
バカだ。こいつらバカだ。志乃は互いに意地を張って治療室に向かう二人を見送ってから、雑誌を小脇に抱えて立ち上がった。
「帰ろっと」
志乃の読んでた男色モノ雑誌、過激なものは一切入っていません。志乃に悪影響を与えないため、購入時に大人のチェックが入るからです。