「獣衆」が一人・赤猫こと三島瀧。彼女は、久々の休暇に家でのんびりしていた。
スナックお登勢で働く彼女は、夜勤が基本。しかし今日は、雇い主のお登勢から久々に丸一日休みをもらったのだ。ちなみに志乃は真選組のバイト、時雪は実家に帰っている。他の面々も仕事場へ行き、今日は珍しくお瀧だけが暇だった。
小太刀の手入れをしていた時、玄関のインターホンが鳴る。お瀧は小太刀を素早くしまってから、扉を開けた。
「はい、どちら様で……」
「どーも」
扉を開けるなりペコリと軽く会釈したのは、真選組一番隊隊長・沖田総悟。意外な人物に、お瀧は目を丸くして彼を見上げた。隊服を着ている限り、非番ではなさそうだが……サボりだろうか?
「……何かご用で?」
「まぁまぁ立ち話もなんですし、座って話しやしょう」
「それ普通家主が言う言葉やで」
「お邪魔しやーす」と玄関に入り込む沖田に、お瀧はボソッとツッコミを入れた。客間に案内し、お茶を出す。
「そんで、何のご依頼で?」
「ちょいと、
「六角事件?」
一瞬キョトンとしたお瀧だが、すぐに記憶を手繰り、脳内の引き出しの中を探り出す。
「……あぁ、あれかいな。確か、二年前に旅籠六角屋で起こった真選組と過激攘夷派『創界党』の争闘事件やろ」
「流石は姐さん。ご存知でしたか。んで、お願いしたいことが……」
沖田は一拍置いてから、依頼内容を話し始めた。
「創界党のこと、調べてほしいんです」
「!………………」
「お願いできやすか?」
「できるも何も……依頼受け取ったら潜入でもハッキングでも何でもやるのが
お瀧はお茶を一口含んでから、沖田を見つめた。
「……そないな事調べて、何するっちゅうねん?大体、アンタこの六角事件の当事者やろ。何で今になってその名前が出てくんねん」
「…………」
ふと、沖田が黙って脇差を取り出し、お瀧に投げつけた。
「刺されやした。親父の仇だって、六角屋の娘に」
「六角屋の娘⁉︎…………あぁ、せやったな。六角屋の主人、乱戦の最中凶刃に倒れたらしいなァ。その娘に?」
「ええ。そう遺族にも伝えたはずなんですが……どーにもおかしいんでさァ。あの小娘、どこで俺を仇と知ったんだか。
沖田の話を聞きながら、お瀧は脇差を抜いた。手入れもよく行き届いている、使い古されたいい刀。確かに一介の町人の娘が、廃刀令の御時世にこんないい刀を持っている方がおかしいというものだ。
「……アンタに一つ、ええ情報を教えたるわ」
「!」
「前に聞いたことがある。最近創界党を名乗る組織が、この辺に出没しとると」
「⁉︎」
沖田のポーカーフェイスが崩れる。お瀧は脇差を納刀してから、沖田に投げ返した。
「まぁ、ウチもどこまで調べられるかわからへんが……またわかったら連絡するわ」
「お願いしやす。あ。あと、この件は
「了解。……でも、」
ソファから腰を上げた沖田の背後にまわり、ボソッと耳打ちした。
「ええんか?志乃にええ格好見せれるチャンスやで?」
「…………何の話ですかィ?」
「隠しとってもバレバレやで。アンタ志乃のこと好きやろ」
「は?何で俺があんな女好きにならにゃならねーんですかィ。言っときますけど、俺ァあんなチビで生意気で喧嘩っ早くてガサツでバカでアホで鈍感で反抗的でこれっぽっちも可愛くねークソガキなんか、全く興味ありやせんから」
早口で真っ向から否定してくる沖田に、お瀧はニヤニヤを隠せない。沖田は彼女を振り返らずピシャリと扉を閉めて出て行ったが、その頬は少し赤かったのを、お瀧は見逃さなかった。
一人になった家で、お瀧は溜息を吐く。
ーーしゃーない。今回は素直になれへん少年のために、一肌脱いだろか。
お瀧は手入れの途中だった小太刀を取り出し、帯に挿した。
********
「みぃ!みぃ〜」
「ハイハイわかったから。よしよし」
屯所の縁側に腰掛ける志乃の手の中には、あれ以来すっかり志乃に懐いた小猫。元は野良で真選組に出入りしていたのだが、いつの間にやら志乃のペットのようになっていた。普段は野良のように辺りをほっつき歩いて、飯時になれば志乃の万事屋へ立ち寄る。この時に必ず、志乃にだけ甘えてくるのだ。
そして現在も、小猫は志乃に会いに、この真選組屯所まで足を運んだ。
「……そういや、お前に名前をつけてなかったね」
「みゃあ」
ふと思い出し、両手で小猫を抱え上げる。志乃は小猫を抱きしめて、屯所の中を駆け回った。土方の部屋を通り過ぎようとしたところ、何やら二人分の話し声が聞こえてくる。声だけで判断するに、山崎と土方だ。
「どうやら沖田隊長……命狙われてるようなんです。六角事件を覚えていますか」
「あの
「ええ、でも沖田隊長がこの資料を調べていました。何か繋がりがあるようで。元々あの事件、生存者はあの二人だけ。報告にも不審な点が多かったんです。あの二人、何か隠しているのかもしれません」
「………………六角事件か」
「ほうほう、何やら危ない匂いがしますね」
「うおわああああああ⁉︎」
「ぎゃああああああ‼︎し、志乃ちゃん⁉︎」
志乃が土方の背後から呟くと、土方と山崎が悲鳴を上げた。にししし、と笑う彼女の腕の中で、小猫が前足を志乃の顎に伸ばしていた。そんな彼女に、土方の怒りの声が飛ぶ。
「何つー登場の仕方してんだてめーは‼︎背後霊か‼︎」
「あれ?怖かった?もしかして今の怖かった?」
「バッ、バカ言ってんじゃねーよ。あんなもん怖いわけねーだろ。俺を誰だと思ってんだ」
強がって、煙草に火をつける土方。志乃はニヤニヤしながら畳の上に座り、両手に持っていた小猫を放した。小猫が興味津々に、土方の膝を前足でちょんちょんと触る。土方はチラリと小猫を一瞥してから、煙を吐いた。
「そいつ……まだ来てたのか」
「うん、なんか懐いちゃったみたいでさ。トシ兄ィ、名前つけてよ」
「知るか。お前の猫ならお前がつけろ」
「私のネーミングセンスは壊滅的だから無理。あ、じゃあザキ兄ィお願い」
「ええ⁉︎」
山崎はいきなり話題の矛先を向けられ、戸惑う。志乃は小猫の前足を合わせて、「お願い!」と頭を下げた。
山崎は、何故か照れながら「うーん」と唸る。しばらく考え込んだ後、ふと閃いたように目を見開いた。
「『トト』でどうかな?」
「なんか面白くない。却下」
「ちょっとォォォォ⁉︎」
他人に考えさせておいて、面白くないという至極気まぐれな意見で却下された。その一蹴ぶりに、山崎は涙目になって志乃の肩を掴んで揺さぶる。しかし志乃のは兄譲りの死んだ魚のような、何も考えてない目をして山崎を見つめた。
「何でよ‼︎せっかく俺が一生懸命考えたのに‼︎」
「私的になんか合わない。だから却下」
「じゃあ最初から志乃ちゃんが考えてよ‼︎何、俺に対する嫌がらせ⁉︎」
山崎がいつになくやさぐれている。流石に冷たくしすぎたか?と一瞬反省したが、「まぁいっか」とすぐにその反省をやめる。あまりにも自由奔放すぎる彼女に、見ていた土方も山崎に同情した。
「志乃、今のはお前が悪い。山崎がせっかく考えてくれたんだ。なのにあれはないだろう……」
「そうかな?ねぇ、お前はトトがいい?」
猫を抱えて尋ねると、小猫は志乃を見つめて「みゃあ」と泣き、甘えてきた。ということはつまり、
「それでいいってさ」
「『それでいい』って何?それじゃなくても別にいいってこと?」
「山崎、もうやめろ」
一度荒れるとしばらく収まらないらしい。今度山崎の好きなあんぱんを買ってやろうと決めた。
小猫改めトトは、一度下ろされると志乃の膝に乗り、彼女の肩に乗った。
「……で、さっきから何の話してたの?六角事件……とか言ってたよね」
「そっか、志乃ちゃん二年前はいなかったもんね」
「ま……簡単に言やァ真選組と過激攘夷派組織『創界党』との争闘事件だよ」
「へぇ……。でも、何で二年前の事件が今になって掘り返されたの?」
志乃が素朴な疑問を打ち出すと、「さァな」と土方が肩を竦める。腕を組んで考え込むと、志乃の携帯に電話がかかってきた。ポケットから取り出して画面を見ると、「タッキー」と書かれている。
「ハイもしもし」
『志乃、悪いけど今日は帰らへん。仕事が入ってもーてな』
「え?うん、わかった……」
『時雪にも連絡よろしくなァ。あ、そうそう……』
一度間を空けてから、お瀧の楽しげな声が聞こえてきた。
『総悟くんから目ェ離したらあかんで?』
「は?」
言葉の意味を図りかね、キョトンとした隙に、通話が切れる。命を狙われているらしい沖田から目を離すな?一体どういうことなのか……。
首を傾げたまま耳を離すと、トトが「みゃあ」と前足で志乃の頬を触り、甘えてきた。