銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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超常現象はふとした途端に訪れる

窓から差す光に、志乃は目を覚ます。

ゴシゴシと目を擦ろうと手を挙げるとその手が毛むくじゃらになっていた。

 

ーー…………は?

 

寝ぼけていた視界が一気にクリアになった。

目の前には猫の手。部屋に置いてある大きな鏡を見ると、そこにあるのはいつもの少女の姿ではなく、白い毛の可愛らしい子猫。

 

ーーええええええええええええっ⁉︎

 

ま、ま、まままま待て待て待て待て。

志乃は狼狽を何とか抑えようと、深呼吸する。一旦落ち着いて鏡を見てみても、映るのは先程と同じ子猫の姿。

 

ーーうおあああああああああああ‼︎

 

再び混乱に陥り、布団の中をジタバタジタバタ。畳には自分のパジャマが散乱していて、それに構わずのたうちまわる。突然のことに、思考が追いついてこない。

 

ーーちょっと待って、コレもしかして私戻ったら裸⁉︎ウソ、嘘でしょ⁉︎ていうか私戻れるの⁉︎何これ一体どうすればいいの⁉︎

 

トントン

 

部屋の襖が、外から軽く叩かれる。続いて、時雪の声が聞こえてきた。

 

「志乃、朝だよ。早くしないとバイト遅れちゃうよ」

 

一気に脳が落ち着き、代わりにどんどん冷や汗が出てくる。どうしよう。これバレたらどうなるの⁉︎

 

「志乃?」

 

返事を返さなかったのが不審に思われ、チラ、と小さく襖が開く。

もしタイミング悪く着替えたりしていたら申し訳ない……という時雪なりの配慮だろう。嬉しいと言えば嬉しいが、私の裸に興味0かと思うと、何だか複雑な気持ちになる。

お前それでも私の惚れた男か。まぁ、そんな優しいところも好きなのだが、と惚気全開。

 

しかし、志乃の姿が見えないと判断するや否や、すぐに襖を開けた。

 

「志乃?どこ?……え?」

 

キョロキョロと部屋を見回してから、足元に近寄る猫に目がいった。

 

「ニャー!ニャー、ニャー!(トッキー!私だ、私だよ!)」

 

「猫……?どうしてこんな所に……」

 

時雪は不思議そうに腰を屈めて、猫を持ち上げる。猫は前足をジタバタさせて、何か必死そうに鳴いた。

 

「ニャー!ニャーニャー‼︎ニャアーオー‼︎(私だって!霧島志乃だってば‼︎気づいてよー‼︎)」

 

「す、すごいよく鳴く猫だなぁ……」

 

ーーダメだ、喋ろうとしても鳴き声にしかならない!

 

どれだけ叫んで訴えても、時雪には届かない。それもそうだ。自分は猫で、喋れるわけがないのだから。

 

とにかく、どうにかせねばならない。何とかして、人間に戻る方法を探さねばならないのだ。

しかし、今の自分は喋れないし、相談するにしてもそれをできる相手もいない。あ、定春って猫の言葉通じるかな?

 

兎にも角にも、突然自分の元に舞い降りてきた、ありがたくも何ともない超常現象。

取り敢えず志乃は時雪の手の中を抜け出し、窓から飛び降りて、一抹の期待を込めて定春のいる義兄の家へと向かった。

 

********

 

猫の足で歩くとかなり遠かった、銀時の家。その一階にあるスナックお登勢がいつもより大きく見えて、志乃は大きな溜息を吐いた。

階段を一段一段しっかり上り、扉の前に座り込んだ。

 

ーーハァ、これで何とかなればいいけど……。

 

カリカリと前足で軽く扉を引っ掻く。跡なんて残ったら銀時にあとで怒られるかなぁ……と考えながら、懸命に前足を動かした。

 

「……ダメだ。開かない」

 

何度引っ掻いても、誰か気づく気配は感じられない。そもそも、家の中は空っぽのようだ。

今日に限って仕事が入るとは……なんというバッドタイミング。溜息を吐いて、ぺたんとへたり込んだ。

 

気晴らしに屋根の上によじ登り、空を見上げる。いつにも増して、空が遠く感じた。自分が猫になってしまったからだろう。

 

「……これからどうしよう」

 

気持ちの良い日光が当たり、眠くなる。猫はお昼寝が好きとはよく言ったものだ。このまま眠れば、とても気持ち良くなるのに。

でも、どうせ寝るなら自分の布団か屯所の縁側がいい。……あれ?後者は猫もやること?私猫だったの?

 

ぐでーっと屋根の上で寝転がっていると、ズルズルと体が下に落ちていくような感覚がした。

 

ーーって、感覚がじゃなくてガチで落ちてるぅぅぅぅ‼︎ぎゃあああああああああ‼︎

 

屋根から看板、一階の屋根、看板へと体を打ち付け、最後にズベシャッと地面にダイブする。

ああ……最悪だ。恥ずかしい。

痛む体を起こし、プルプルと顔を振って土を飛ばした。

 

ガラッ

 

「一体何だぃ?何か落ちてきて……」

 

スナックお登勢の扉が開き、中からお登勢が現れる。

先程落下した時に屋根に体を強打したせいで、店内にも響いたのだろう。キョロキョロと辺りを見渡してから、お登勢はこちらへ視線を落とした。

 

「……?アンタ……見ない顔だね。新しく来た野良猫かい?」

 

「ニャア(いや、私だよ)」

 

「おや、随分と綺麗な猫じゃないかい。もしかして飼い主の元から逃げ出してきたのかい?アンタもバカだねぇ」

 

お登勢がしゃがみ込んで、志乃の体を持ち上げる。両腕に抱きかかえてから、お登勢は店の中に入っていった。

中では朝からたまとキャサリンが掃除している。お登勢が中に戻ったのを見て、彼女らも近寄った。

 

「お登勢様、それは……小猫ですか?」

 

「さっきの物音の正体はコイツみたいでねぇ。あんまり綺麗なモンだから、きっと誰かのペットだと思うんだけど……」

 

「ナンカ随分ト太々シイ顔シテマスネ。猫ノクセニ可愛ゲアリマセン」

 

『んだとゴラァ‼︎』

 

バリィ‼︎

 

「ギャァァァァ‼︎」

 

キャサリンの余計な一言にキレて、彼女の頬を思いっきり引っ掻く。まだ怒りが収まらない志乃は、お登勢の腕から抜け出して、キャサリンに飛びついた。

 

『こんのクソアマぁぁ‼︎黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって‼︎ぶちのめすぞ表出ろコラ‼︎』

 

「痛イ痛イ‼︎何ジャァヤルノカコノニャン公‼︎」

 

「キャサリン、アンタが可愛くないなんて言うから怒っちまったじゃないのさ。この猫……メスだね。女は可愛くないなんて言われりゃ怒るもんさ。猫も人間もおんなじさね」

 

「ほら、おいで」とお登勢の促しに応じた志乃は、キャサリンを睨みながらお登勢の腕に帰る。腕の中で丸くなった彼女を、お登勢は優しく撫でてくれた。

 

このままお登勢の猫になるのも悪くないかも。あ、もう猫いるじゃん。赤猫(タッキー)が。

なんてどうでもいいことをぼんやり考えていると、営業中ではないのに、扉が開いた。

 

「ババアー、昼飯くれ」

 

入ってきたのは、だらしないオーラを常に全開にしている銀時。そして、従業員である新八と神楽、ペットの定春だ。

 

『銀……!それに師匠と神楽と定春も……って、来たァァァァ‼︎』

 

ようやく会いたい人物(?)に会えた。その喜びで、志乃は叫ぶ。

しかし、周囲の人間には全く伝わらない。

 

「猫!銀ちゃん、猫がいるネ!」

 

真っ先に目を輝かせて飛び込んできたのは、神楽。興味津々、という目で顔を近づけられ、思わず後ずさりしてしまう。神楽はお登勢の腕から志乃を持ち上げ、抱っこした。

 

「うわー、フワフワで可愛いアルヨ〜。銀ちゃん飼って!この子飼ってヨ!」

 

「何言ってんだ。ウチは既に大食らいを二匹も飼ってんだよ。俺に首くくらせるつもりか」

 

「元々餌代なんてバカにならなかったアルヨ。猫の一匹や二匹増えたところで変わらないアル」

 

『ちょ、神楽放して‼︎死ぬ‼︎潰れる‼︎』

 

志乃の体は、夜兎族の神楽の腕力によって潰されそうになっていた。

普段の姿ならばそこまででもないのだが、いかんせんこの猫の体は弱すぎる。ジタバタ暴れても、全くものともしない。ヤダ夜兎怖い。

その時、神楽に近づいた定春が、志乃の首根っこを甘噛みで持ち上げた。

 

「わんっ」

 

「ホラ、定春もこれ以上ウチにペットはいらないって言ってるぜ。お前に浮気されて嫉妬して、今まさに猫を噛み砕こうとしてるぜ」

 

『え"っ⁉︎ちょ、嘘、ええっ⁉︎』

 

銀時の言葉に、志乃は真っ青になる。このままじゃ定春に殺される……?それじゃあもう二度と人間に戻れなくなるじゃねーか‼︎

銀時は定春の言葉を代弁したように思えるが、彼にはもちろん動物と話せるという力があるわけではないので、定春が本当に噛み砕こうとしているかどうかもわからない。

ジタバタと足をバタつかせていると、定春はゆっくりと床に下ろしてくれた。

 

『え……』

 

『気をつけなお嬢さん。嫌ならちゃんと言わねーと潰されちまうぜ』

 

『あ……ありがとう定春』

 

定春が意外と硬派だった。その事実にショックを受けつつも、礼を言った。目の前の定春が、顔を近づけくんくんと鼻をひくつかせる。

 

『お前……どこかで嗅いだ匂いだな』

 

『定春、私だよ!霧島志乃!朝起きたらいきなり猫になってたのー‼︎』

 

『何⁉︎志乃か⁉︎』

 

『そう!あー良かった‼︎ようやく話の通じる人に会えた……』

 

ひし、と定春に抱きつく。ようやく理解者に会えて、心底ホッとしていた。

 

「見て銀ちゃん、定春と抱き合ってるネ。やっぱりウチに住みたいって言ってるヨ」

 

「オイいい加減にしろよ。飼わねーっつってんだろ」

 

ええ〜、と残念がる神楽の声を耳が拾うが、今の彼女にとってはどうでもいい。銀時が、米の乗った丼にあんこを大量にかけているくらいどうでもいい。

 

『ねぇ定春、元に戻る方法知らない?』

 

『……すまねぇ。俺もそんな超常現象、聞いたことがないからわからねぇ』

 

『やっぱそうか……』

 

深い溜息と共に、床にうつ伏せになる。このまま戻らなかったらどうしよう。さっきからずっと同じ不安が、頭の中をぐるぐる回る。なんか涙出てきた。

その時、コンコンと店の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「すみません、銀時さんいますか?」

 

「?アンタ確か……志乃の彼氏だったっけ?」

 

「あ……えと、はい……」

 

弱冠照れながら、あははと苦笑するのは、時雪だ。彼の後ろには、何故か八雲もいる。

 

「時雪さんに八雲さん?どうしたんですかお二人とも」

 

「あの、すみません銀時さん。白い猫がここに来ませんでしたか?」

 

「白い猫?もしかしてアレのことか?」

 

銀時が椅子ごと回転して、定春の隣で突っ伏す子猫を箸で指す。「行儀悪いですよ」と時雪に小言を言われたが、銀時は我関せずで小豆丼を食らう。

時雪は涙目になっている子猫を見て、慌てて八雲の肩を掴んだ。

 

「あっ!あの子です八雲さん‼︎あの子に早くそれを‼︎」

 

「はいはい、わかりましたから、指図しないでください。ウザいです」

 

八雲は袖の中から小さな小瓶を取り出し、子猫に近づいた。

 

「時雪くん、持ってください」

 

「え?」

 

「私、動物嫌いなんです。さぁ早く」

 

「は、はい……」

 

八雲に促されるままに子猫を抱える。八雲は子猫の口を無理矢理こじ開け、小瓶の中の液体を飲ませた。

 

「むがー‼︎むー‼︎」

 

「チッ、抵抗しますか。時雪くんちゃんと押さえて」

 

「痛っ!ちょ、痛いっ!」

 

必死に抵抗して暴れる子猫を、ぎゅっと抱きしめる。

ようやく全て飲み干させると、子猫は時雪の腕を飛び出し、八雲の顔面にドロップキックを食らわせた。

 

「バカ‼︎今飛び出したら……」

 

「にゃ?」

 

ピタ、と子猫が足を止めた瞬間ーー突如、子猫の体が発光し始めた。

一連の流れを見ていた銀時達も、まさかの展開に驚きを隠せない。

 

「うおっ⁉︎ちょ、何してんだ八雲‼︎いつの間にマッドサイエンティストになったんだお前‼︎」

 

「マッドサイエンティストになった覚えは一度もありませんよ。いい加減にしないと次は貴方達で実験をしますよ」

 

「だからそれがマッドサイエンティストだっつってんだろ‼︎」

 

「さっきからうるせーんだよアンタら‼︎ちょっとカッコいい感じでカタカナ語使いたいだけじゃないですか‼︎」

 

銀時と八雲の会話に、新八がツッコミを入れながら乱入する。その間にも光は強さを増し、銀時達は目を背けた。

 

ポン!

 

ポン菓子でも作ったのか、と思うほど軽快な音と共に、煙幕が出る。スナックお登勢は真っ昼間から大惨事だ。

 

「げほっ!ちょ、何なんですかコレ!」

 

「お登勢さん換気を!小さい窓でお願いします‼︎」

 

煙を吸わないよう、時雪はハンカチを取り出して鼻と口に当てる。銀時はもちろんハンカチを持ち歩いていないため、手でその代わりをした。

 

「バカヤロー、そんなんで充分な換気ができるわけねーだろ‼︎俺が扉開けるから……」

 

「ぎ、銀時さん‼︎そっち行っちゃダメです‼︎」

 

「は?」

 

時雪に止められ、銀時は足を止める。

しかしその時、足に何かが引っかかって前のめりに倒れてしまった。

 

「うぉわっ⁉︎」

 

咄嗟に目を閉じる。ドサ、と倒れ込むが、いつまで経っても痛みは来ない。

何かが下敷きになって、床と直接ぶつかるのは免れたらしい。ただ、その下敷きがめちゃくちゃ柔らかい。

 

「痛つ……一体何なんだよオイ……ん?」

 

手をついて起き上がろうとしたか、何かをふにゅっと掴んだ。途端に、ビクリと下敷きが揺れる。

 

「っひゃ⁉︎」

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく閉じていた目を開けると、銀髪を床に流した志乃が、銀時の下敷きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一糸まとわぬ、裸姿で。

 

「っ、きゃあああああああああああ‼︎」

 

茹で蛸かってくらい真っ赤になった志乃の強烈な右ストレートで、銀時は一発ノックアウトした。

 

********

 

「アンタねぇ、いくら兄妹みたいに育ったからって、世の中にゃやっていいことと悪いことがあんだよ‼︎ったく、こんなだから私は心配だったんだィ‼︎いつかアンタらが越えちゃいけない一線ってものを越えるんじゃないかってね‼︎」

 

「マァ、イツカヤルトハ思ッテマシタヨ」

 

「銀ちゃんサイテーアル!志乃ちゃんがかわいそうネ!」

 

「志乃様から深いショックを計測しました。大丈夫ですか志乃様」

 

「ぅう……ぐすっ」

 

店の床の上で、正座する銀時。その体は全身ボロボロである。その70%は、目の前で仁王立ちしているお登勢にやられたものだが。

被害者志乃は、お登勢から小さい古着の着物を借り、神楽とたまに慰められている。ちなみに何故か八雲と時雪、新八も正座させられていた。

 

「銀時、アンタは妹に嫌われてもおかしくないことしたんだよ。もしかしたら関係の修復が不可能になるかもしれないくらい、ね」

 

「……いや、その……アレはホントもう、事故っていうか……つーか、志乃に変な薬飲ませた八雲(コイツ)が悪いだろ」

 

「アレは私が特別に調合した猫になる薬なんですよ。超貴重なソレを、志乃は栄養ドリンクと間違えて飲みやがったんです。だから私は悪くありません。大体それに気づけなかった時雪くんの方が悪いです」

 

「八雲さんがそんなもの作ってたなんて知るわけないでしょ!そもそもウチは互いのプライベートにはあまり干渉しないようにって決めてるじゃないですか!それなら新八くんが一番悪いです!」

 

「オイぃぃぃぃ‼︎何僕に罪なすりつけてんですかァ⁉︎僕が一番関係ないでしょ!」

 

「ガタガタ言い訳すんじゃないよ‼︎うら若き乙女の裸見た時点でお前ら全員同罪さね‼︎」

 

「「「「はい」」」」

 

互いに責任を押し付け合う四人に、お登勢の一喝が入る。彼女の剣幕に負けた男達は、お登勢の約二時間に亘る説教を受けた。

 

兎にも角にも、志乃の身に起きた超常現象は、これにて幕を引いたのであった。

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