銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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黒幕は動き出す

かぶき町町内会会場所から、次郎長を筆頭に一家がぞろぞろと出てくる。先を歩く次郎長に、ヤクザ達は次々と言った。

 

「オジキ、ホントにあんな話に乗るつもりで?」

 

「四天王勢力のうち、騒ぎを起こした勢力は残る三勢力が手を組んで潰すなんざ」

 

「奴等手ェ組んで邪魔なわしら潰す気なのは明白です。戦争止めるためなんざただの口実でっせ」

 

不安を募らせる舎弟達。次郎長は振り返らずに口を開く。

 

「手間が省けてよかったじゃねーか。ここいらでかぶき町の王は誰かハッキリさせんのも悪かねェ」

 

「ほでも、そないな事になったらお登勢と事を構えることになっ」

 

突如、次郎長が喋っていた舎弟の両頬を片手で掴み、黙らせる。

 

「……近頃物忘れがヒドくてな。お登勢って……誰だっけ」

 

乱暴に舎弟を突き飛ばし、再び歩き出す。背後での注意やら何やらを、聞く気にもならない。

 

「今は女狐よりよっぽど面倒な子狸がいるだろう。勝男まるめて何やら勝手やってるらしいじゃねーか。余計なマネしねーようにそっちの方に気を配っとけ」

 

背後の舎弟達にそう告げて、次郎長は溜息を洩らすように呟いた。

 

「……ったく、何しに来やがったんだあのガキゃ」

 

「へぇ。やっぱあのお姉さん、アンタらと関係があったんだ」

 

街灯はない。ビルの電気と星が夜空に光る中、確かにいた何者かが呟いた。

次郎長が、歩を止める。その時ちょうど雲に隠れた月が現れ、一人の少女を照らし出した。

桜柄の着流しを片側だけ羽織り、その下はジャージにブーツという一風変わった出で立ち。銀髪を夜風に靡かせ、赤い目は次郎長を見つめていた。

 

「こんばんは、次郎長の旦那」

 

次郎長の口元が、弧を描く。ヤクザ達も彼女の姿を見て、狼狽え出した。

 

「なっ……ぎ、銀狼⁉︎」

 

「バカなっ何故こんな所に……‼︎」

 

「あれ?私ってそんなに知られてるんだ?」

 

キョトンとした表情で、少女ーー霧島志乃は、首を傾げる。次郎長は数歩彼女に歩み寄り、その前に立った。

 

「こんな時間に何してやがる。ついに溝鼠組(ウチ)の傘下に入る気になったか?」

 

「まさか。今日は違う。次郎長の旦那、アンタと二人きりで話がしたくて来たのさ」

 

ハハ、と笑う志乃は、感情の込もってない冷たい視線を、次郎長の背後にいるヤクザ達に向ける。

 

「だから、てめーらは邪魔だ。とっとと消えろ」

 

「なっ……このガキ、オジキに何さらすつもりじゃ‼︎」

 

ヤクザの一人が、短刀を抜いて構える。そのまま彼女に向かって走ろうとしたその時。

 

「退け」

 

次郎長の鶴の一声で、ヤクザは足を止めた。

 

「しっ、しかし、オジキ!」

 

「退けっつってんのが聞こえねーのか。死ぬぞ」

 

ワントーン下がった声。ヤクザは渋々短刀を仕舞い、次郎長は舎弟達を全員先に帰らせた。

ビルの谷の抜けた風が、二人の着物や髪をそよがせる。次郎長は真っ直ぐ見つめてくる少女に、ある面影を重ねていた。

 

かつて、攘夷戦争に参加していた頃。次郎長は、一人の美しい女と出会った。

女はその身に鎧も何も着けず、ただ一振りの刀だけを手に戦場を渡り歩いていた。

そこには敵も味方もいない。ただ眼前のモノを斬り伏せ、その血を浴びていく。

まるで戦いというエサを求めて旅をする渡り鳥のように。だがその目は、誰よりも深い哀しみの色を帯びていた。

 

目の前にいる少女は、その女とよく似ていた。

美しい銀髪に鋭い赤い目、整った顔立ち。どこか別の面影を残してはいるが、次郎長は一つの推測を立て、思わず含み笑いをした。

 

「お前さん……霧島天乃(・・・・)の娘か」

 

「…………?」

 

次郎長の言葉に、眉を寄せる。しかしそれは長続きしなかった。

 

「……悪いけど、私は親の顔をこれっぽっちも覚えちゃいねーんだ」

 

「…………そうか」

 

「まぁ、そんなことはどうでもいいだろう。私は、アンタに頼みがあって来たのさ」

 

話題を変えた志乃は、腰に挿した短刀をコンクリートの地面に落とす。カラン、と乾いた音が響いた。

 

「この刀……見覚えないか」

 

次郎長は、刀を見下ろす。

柄の先に、紐の飾りがついている。これは、華陀の連れていた部下が持っていた刀と同型だった。

 

「…………」

 

「知っているなら、教えてほしい。最近、その刀を持った連中にうろちょろされて迷惑してんだ。とっ捕まえて拷問しても何も口を割らねえもんだから、アンタなら何か知ってるかとふんで来た次第さ」

 

「……………………」

 

「……黙ってても無駄だぜ。知ってんだろ」

 

まるで、心の奥底まで全て見透かされているようだ。その赤い目は、まさに千里眼か何か。

 

「……ああ。知ってるぜ。そいつァ華陀んとこの部下(ペット)のもんだ」

 

「…………やっぱり、か」

 

どうやら彼女はそれすらも勘付いていたらしい。末恐ろしい娘だ。

 

「何手先まで見ている」

 

チェスを話題にしているように、次郎長は尋ねた。志乃は一度目を見開いてから、長い睫毛を伏せた。

 

「さぁな。だが私は、目の前の自分のなすべきことしか見えてねーよ」

 

「なすべきこと?」

 

「依頼さ」

 

フッと笑みを浮かべる。次郎長は今度こそ彼女の腹の内が読めなくなった。

 

「私はかぶき町(このまち)の支配権どうこうに一切興味はない。ついでに言うと戦争が起きようがアンタの娘が何しでかそうが、私はどうだっていいんだ。所詮私は流れ者だからね。……でも今回は、今回だけは、あんたの企みに協力してやっていいんだぜ。次郎長の旦那」

 

「企み?んなもん考えたことは一度もねェよ。…………と言いてえところだが、どうせ全部わかってんだろ」

 

「察しがいいね。流石は旦那」

 

「茶化したって何も出ねーぞ。……さっさと言いやがれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー女狐の首が欲しいってよ」

 

ようやくわかった。彼女の狙いは、最初から華陀であると。

志乃の言った「依頼」の意味は図りかねたが、彼女の欲するものだけでもわかり、次郎長はニヤリと笑った。

 

銀狼は、そもそも多くを語らない。先見の明がある上に謀略、策略に関してあまりにも聡明ゆえ、何かいちいち言わなくても、仲間同士ならば会話が成立してしまうのだ。

これも戦場で敵に隙を見せないための銀狼の進化とも言える面だが、この通り接してみるととても面倒なのである。

 

しかし、志乃は首を横に振った。

 

「いや、何も首とかそんなおっかないものいらないから。身柄だけでいいから。それだけでいいから。だからそんな早まらなくていいから」

 

余裕そうな表情から一転、青ざめて両手を前に出して拒否する彼女に、笑いが込み上げてくる。

 

「いいからいいからうるせーな。とにかく、俺と組むんだ。それ相応の対価は払ってくれるんだろーな?」

 

「そーだな……ま、アンタの傘下に入る以外なら何でも」

 

「いいだろう。契約成立だ、嬢ちゃん」

 

待ってました、とばかりに志乃の口角が上がる。

夜の街、星空の下でしたたかな笑みを浮かべていたのは、少女と老人だけだった。

 

********

 

翌日。深い眠りから、朝日と共に志乃は目覚めた。

少しゴロゴロしてから上体を起こし、くあっと大きく口を開けてあくびを一つ。のそのそと布団から抜け出し、目を擦った。

 

昨日と同じジャージに着流しを纏い、懐やポケットにあらゆる暗器を仕込む。腰に金属バットを挿して、階段を降りて一階のリビングに向かった。

 

「おはよ〜」

 

「「おはよー、お姉ちゃん‼︎」」

 

「ぬぐぁうっ⁉︎」

 

突然二つの可愛い返事と同時に、鈍い痛みが襲ってきた。

弾丸のように飛び込んできた彼らを受け止めきれず、志乃は尻もちをついて倒れる。

 

「イタタ……」

 

「時雪くーん、お姉ちゃん起きたー!」

 

「起きたー!」

 

志乃に飛び込んだ二人の少年少女は、瓜二つの容姿をしていた。

それは二卵性の双子ではまず珍しい。そんな彼らはニコニコしながら志乃の両腕を引っ張って、彼女をリビングへ案内する。

 

「ちょっと時貞、小雪」

 

「「なぁに?お姉ちゃん」」

 

呼びかけると、息ぴったりな動きで振り返る。彼らは名前で察せる通り、時雪の弟妹である。ちなみに時貞は四男、小雪は次女。

いつも元気で活発な彼ら双子は、常に同じ遊びをしている。剣の実力も拮抗していて、兄妹であると同時にライバルでもあるのだ。

 

その時、奥から眼鏡をかけた少年が現れる。

決して新八ではない。彼はどちらかといえばボケ属性だ。

 

「こら、時貞!小雪!お姉ちゃんが困ってるだろ。すいません志乃さん。久々に志乃さんに会えて嬉しかったみたいで……」

 

「いや、別にいいよ。私も会えて嬉しいし。久しぶりだね、時継さん」

 

ぺこり、と私を下げたのは、これまた時雪の弟である三男・時継。

温和な性格の彼はこの双子とは正反対で、茂野家きっての秀才。知識欲が強く勉強はとても得意だが、剣の腕はそこそこなのだ。ちなみに時継は志乃よりも年上である。

 

時継について、小さな女の子が志乃の太ももに抱きつく。

 

「お姉ちゃんっ」

 

「よっ。久しぶりだな紗雪」

 

大きな目を志乃に向ける彼女は、三女の紗雪。

可愛いものが大好きととても女の子らしい女の子。ちょっぴり泣き虫なところもあるが、剣の腕は確かな娘だ。

 

ここまで時雪の兄弟が揃っていると、大方予想もできる。志乃は四人に連れられてリビングに入る。

 

「あっ、おはよう志乃」

 

「おはようございます志乃ちゃん」

 

「チーッス姐御。お久しぶりッス」

 

「……………………」

 

「トッキー……深雪さん、時政、時晴……」

 

上から順番に、志乃は名前を呼んだ。

 

最初はお馴染み、トッキーこと時雪。

志乃の営む万事屋と家庭の一切の家事をこなす、茂野家長男。志乃の彼氏で茂野一刀流皆伝の師範代である。

 

次に、長女で時雪の妹・深雪。

兄である時雪のいない間、実家を切り盛りする姉。普段は優しい笑顔をたたえているものの、一度スイッチが入るとなかなか手のつけられない暴れん坊に豹変する。

 

続いて次男・時政。

彼を一言で表すと、チャラ男。整った顔立ちを武器にナンパを繰り返す生粋のチャラ男だが、剣に関しては兄に勝るとも劣らない実力者。

 

最後は五男・時晴。

常に無口でボーッとしており、何を考えているかよくわからない子供。その目は半開きで無気力感が漂っている。

 

想像通りの茂野一家勢揃いに、志乃は乾いた笑い声しか上げられない。

 

「どーしたのみんな揃って……いきなりウチに遊びに来て」

 

「あはは、実は実家でちょっと大事件が起こって。危ないからこっちに逃げてきたんだ」

 

「大事件って何よ」

 

「ゴキブリが出たんだ」

 

「よし、帰れ」

 

「「「「「「「「ええええええええ⁉︎」」」」」」」」

 

スパッと茂野家の大事件を斬った志乃は、時雪諸共外へ追い出そうとした。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ志乃‼︎頼むよ、うちの妹達が夜も眠れなくて困ってるんだ‼︎」

 

「うるせえ、そんなに嫌なら今すぐゴキブリホイホイ買ってこい‼︎」

 

「志乃さんご存じないのですか、ゴキブリは人が寝ている間に口の中に入り、体の中で卵を産むことだってあるんですよ‼︎」

 

「知るかっつってんの‼︎つーかやめてよここでそんなこと言うの‼︎」

 

「別にいいじゃねぇッスか、姐御!他の人達しばらく帰らねえって言ってたし!お瀧さんも帰ってねーし!」

 

「あいつらァァァァ‼︎面倒だからって私に全部託して逃げやがったな‼︎」

 

時政の言う通り、橘はしばらく鈴の家に泊まることになっており、八雲は結野衆に遊びに行っている。お瀧は昨晩から帰ってきてないという。

 

昨晩、と聞いたところで、ふと思い出す。そういえば、銀時はどうなったのだろう。

志乃は一度溜息を吐いてから、さっさと椅子に座って朝食を掻き込んだ。

 

「志乃?」

 

「トッキー、銀がどうなったか何か聞いてない?」

 

「……………………」

 

「?」

 

銀時の話題を上げると、時雪は押し黙った。

一体どうしたのだろうか。少なくとも兄に嫉妬するような男ではないと思っていたのだが。

 

「……何かあったの?」

 

「…………今朝、近所の人から聞いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時さんが……溝鼠組の若頭を殺したって」

 

「……⁉︎」

 

思わず、言葉を失う。衝撃で、志乃は固まってしまった。

しかし、すぐに冷静な思考を取り戻す。

 

ーー……ピラ姉ェの仕業か。

 

あの時、銀時は平子の策略に巻き込まれていた。だから彼女の仕業だとわかるのは案外早くて、衝撃も炭酸の泡のように抜けていく。

 

昨晩話した次郎長の口ぶりでは、彼自身が戦争を起こそうなんて思っているようには見えなかった。

おそらく町内会会議所でのことも、あの女狐を躍らせるための演技。

戦争を起こしたがっている人物は本当は別にいて、おそらく平子はその人物に利用されているーー。

 

「…………」

 

「お姉ちゃん……大丈夫?」

 

今にも零れそうな涙を溜めて、紗雪が見上げてくる。彼女の小さな頭に手を乗せて、優しく往復させた。

 

「大丈夫だよ」

 

心配してくれてありがとう、と付け加えると、紗雪はぎゅっと抱きついてくる。

 

ーー何も起こらなければいいんだけど。

 

そう願った時に限って、何かが起こるものなのだ。




茂野一家 超簡易プロフィール

長男:時雪 18歳
長女:深雪 16歳
次男:時政 15歳
三男:時継 13歳
四男:時貞 10歳
次女:小雪 10歳
三女:紗雪 7歳
五男:時晴 5歳
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