銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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人は誰しも独りではない

その日の夜。志乃は辰五郎の眠る墓に足を運んでいた。墓の前にはまだお登勢の血痕が付着しており、それを見ないふりして墓を見上げる。

志乃はしゃがんで手にしていた仏花を添えて、手を合わせた。

 

********

 

かぶき町に来てしばらく経った頃。

志乃はお登勢に店に呼ばれ、その道を歩いていた。話によれば、会わせたい奴がいる、とのことだが……名前までは詳しく教えてくれなかった。

ようやく店の前に辿り着き、扉を開ける。

 

「ああ、来たんだね」

 

「こんにちは。あの、何……か……」

 

お登勢の前にあるカウンター席に、一人の男が座っていた。その姿を見た志乃は、息が止まったかのような感覚に襲われる。

男も志乃に気づいてこちらを一瞥すると、その表情を固まらせた。

 

「ぎ…………」

 

男は目を見開いたまま立ち上がり、よろよろと志乃に歩み寄る。

 

「し……志乃……」

 

目の前に、兄がいた。

物心つく前からずっと一緒にいて、いつも護ってくれて、寂しい時には優しく抱きしめてくれた兄が。

 

性格の悪さがそのまま反映されているような捻くれた天然パーマ。そのくせ真っ直ぐ見つめてくる目は、衝撃と動揺のあまり揺れている。

志乃の頬を、一筋の涙が流れた。それがきっかけとなり、堰を切ったようにボロボロ溢れ出てくる。

 

「銀…………ぉにい、ちゃん……。お兄ちゃんっ‼︎」

 

「志乃っ‼︎」

 

どちらからともなく駆け寄り、強く抱き合う。

志乃は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔を、銀時の胸に押し付けた。銀時も泣きじゃくる彼女を抱きしめ、その銀髪を何度もくしゃっと撫ぜる。

 

「よかった……!もう、二度と会えないと思ってた……っ」

 

「……ごめんな、志乃……あの時、お前を置いてって……本当に……」

 

「行かないで……もうどこにも行かないで、お兄ちゃん……」

 

「……ああ、わかってる。もうどこにも行かねェよ。ずっと一緒にいるからな……」

 

再会を喜び合う兄妹を、お登勢はやれやれと言うように肩を竦めて見ていた。

 

彼女は、銀時と志乃が兄妹であることを薄々察していた。容姿の特徴もそうだが、何より彼女が確信を持っていたのは、その性格だ。

 

確かにどちらかといえば、志乃の方が幾分か銀時よりかはしっかりしているかもしれない。

しかし何か大切なものを失い、それでも再び何かを抱えようとのたうちまわっている姿は、とてもよく似ていた。

 

生き別れの兄妹がいると二人からそれぞれ聞いていたお登勢は、その相手をすぐに察し、二人を会わせた。それは銀時のためでもあるし、志乃のためでもある。

妹が見つかれば銀時も少しはまともになるかと、兄が見つかれば志乃も少しは子供らしくなるかとふんだのだ。

 

案の定、志乃は今まで見たことがないくらい顔をぐちゃぐちゃにして、銀時に縋って泣き続けている。普段の志乃ならば、涙を見せまいと自分の心を押し隠し、必死に一人堪えるだろう。

 

我慢をせずに、遠慮なく甘えられる存在。

それが、彼女にとって最も必要なものだった。

 

「ありがとうおばあちゃん……本当に、ありがとうっ……!」

 

ボロボロ大粒の涙を流しながら、志乃は目一杯の笑顔をお登勢に向けた。

 

********

 

翌日。志乃は銀時と共に、お登勢の家で仏壇に手を合わせていた。

仏壇の前にはまんじゅうが供えてあり、その隣には辰五郎の形見である刀と十手が置かれている。

ずっと隣で手を合わせている彼女に、銀時は呟いた。

 

「……何でお前がこんな所にいる」

 

「ダメ?」

 

「ダメだ。……これァ俺の問題だ。関係のないお前を巻き込むわけにはいかねェんだよ」

 

「関係なくなんかないよ。私はアンタの妹だ。アンタの行く道についていく。それに……」

 

手を下ろした志乃は、視線を仏壇から銀時に向ける。

 

「約束したもんね。もう私を置いて行かないって」

 

「……………………」

 

銀時は小さく溜息を吐いて、ボリボリと頭を掻いた。

 

「ったく、妙な妹持っちまったもんだぜ」

 

「心配しないで。私はもう子供じゃないよ。自分(てめー)の身くらい、ちゃんと守れるから」

 

立ち上がった銀時は、辰五郎の形見である十手を手に取る。志乃は仏壇の花を手入れしながら、口を開いた。

 

「……だから、もう一人で抱え込むのはやめて。アンタは独りじゃないんだよ。ね?新八、神楽」

 

銀時がピクリと反応する。彼らの背後には、確かに新八と神楽が立っていた。

二人を振り返って、志乃も腰を上げた。

 

「昔っからそうだよね、銀時(あんた)は。何でもかんでも一人で勝手に背負い込んで、勝手にどこかへ行っちゃって………………でもね、そんなので助けられたって、私は何も嬉しくなかった」

 

彼女の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。

戦争が終わり、幕府に追われながらあちこちを放浪する日々。時には何も食べられない日もあったが、志乃は銀時がいるだけでよかった。

 

しかし、それは突如崩れることとなる。

ある日、銀時が幕府に捕まってしまったのだ。銀時は志乃だけでも逃がそうと、彼女を置いてたった一人で行ってしまった。

 

目を覚ました時には、もう銀時はどこにもいなかった。その代わり、やってきたのは役人達。

怖くて怖くて、志乃は自分自身を護るためにその心を閉ざし、彼の帰りを待ち続けた。

 

辛かった。役人達は日々銀時の死を示唆するような事ばかりを言うし、志乃を監禁して逃げられないように拘束した。

それらはまだ幼い彼女にとって、多大なストレスとなった。

 

神楽も銀時のジャージの襟を掴んで、涙ながらに叫ぶ。

 

「志乃ちゃんの言う通りネ……。バーさんがいなくなったら助かったって、何にも嬉しくないアル。銀ちゃんがいなくなったら、生きてたって何にも楽しくなんかないアル‼︎」

 

シンと静まり返る部屋。沈黙を破ったのは、銀時だった。

 

「楽しくなんか……なくたっていいだろ。それでも俺ァ、てめーらに生きててほしいんだよ」

 

志乃、神楽、新八が目を見開く。

衝撃だった。あの坂田銀時が、こんなことを口走るなんて。

 

「もうごめんなんだよ。あんな思いすんのは。もう誰一人、死なせたくねーんだよ」

 

刹那、志乃の心の中を、炎のような怒りが支配した。

何だ、その言い草は。それはまるで、私達を信じていないようなーー。

しかし次の瞬間。

 

ドカァァ!

 

新八が、渾身の一撃で銀時を殴り飛ばした。襖を吹っ飛ばし、お登勢のドレッサーを破壊する。

志乃は驚いて、新八を見やった。新八は銀時を見下ろして、一気にまくし立てる。

 

「アンタ、それでも坂田銀時かよ。何度大切なものを取り零そうと、何度護るものを失おうと、もう二度と何かを背負い込むことから逃げない‼︎そう旦那さんに誓ったんじゃないのかよ‼︎一旦護ると決めたものは絶対護り通す、それが坂田銀時じゃないのかよ‼︎ちょっとくらいお登勢さんが危ない目に遭ったくらいでなんだってんだよ‼︎お登勢さんはあれくらいじゃ死なない‼︎僕らは死なない‼︎アンタは死なない‼︎何故ならアンタが僕達を護ってくれるから‼︎何故なら僕らが絶対アンタを護るからだ‼︎」

 

新八は志乃の言いたかった全てを、代弁してくれた。

 

そうだ。銀時は一人なんかじゃない。

今の彼にいるのは、妹である私だけではない。新八や神楽、そしてーー。

 

「銀時様……私達はまだ何も失っていません。だから……その(こころ)まで失くしてしまわないでください」

 

「キャサリンさん……たまさん」

 

たまが膝をつき、殴られた銀時の口元に垂れる血を拭う。

 

「銀時様、貴方はこれまで私達を何度も護ってくれました。どんな窮地からもどんな困難からも。私達は、貴方を信じています」

 

「ダカラ今度ハ私達ヲ信ジナサイヨ」

 

新八、神楽、キャサリン、たま。

四人の顔を一人一人一瞥してから、志乃は銀時を見つめた。

 

「一緒に護ろう。バーさんの……私達の居場所を。私達を引き合わせてくれた……この街を」

 

「……………………」

 

それまで黙っていた銀時が、立ち上がる。そして、もう一度仏壇の前に座った。

彼らの前には、六つのまんじゅうが。

 

「……ワリーな、旦那。アンタのために買ってきたんだが。また一個も残りそうにねーや。その代わり、もう一度約束するよ」

 

新八、たま、キャサリン、神楽、志乃が、皿の上に乗ったまんじゅうを次々に取り、口に入れた。

 

「アンタの大切なモンは、俺達が必ず護る」

 

最後に残った一つを、銀時が持った。

 

「ありがとうよ、旦那。こんなくそったれ共と会わせてくれて」

 

そして、銀時もぱくっとまんじゅうを食べた。

 

********

 

翌日。ついに、お登勢の店が潰される日がやってきた。

平子は溝鼠組の面々を連れて、西郷は自身の店の店員を率いて。彼らは誰もいないお登勢の店の前を取り囲んだ。

平子が、全員を見渡して拳を挙げる。

 

「それじゃあ一丁始めましょうか‼︎お登勢の手向けにも派手にやっちゃってください、皆さ〜ん‼︎」

 

「ちょっと待ってください、お嬢‼︎」

 

「?」

 

ここで、ヤクザの一人がおかしな点に気づく。誰もいないはずの店に、暖簾が上がっているのだ。

 

用心しながら、店の扉を開ける。

カウンター席に、銀髪の男が一人座っていた。その前には銀髪の少女がいちごオレのパックを傾け、小さなお猪口に酌している。

 

「てっ……てめェはっ……⁉︎」

 

「あ、お客さん?ごめんねー、出直してもらえる?今日は貸し切りなんだ」

 

「そーいうこった。ワリーな、一人で飲みてェ気分なんだ。誰にも邪魔されたくねーんだよ」

 

「何を……!」

 

「そっから」

 

足を踏み入れようとしたヤクザ達を、声だけで制止する。

 

「一歩たりとも、入るんじゃねェ」

 

「何ぬかしてんだァァ‼︎もうここはてめーらの居場所じゃねーんだよ‼︎」

 

ヤクザ達が武器である斧や金槌を振り上げた瞬間、ヤクザ達は店から追い出された。

しかしそれはかなり荒々しく、吹っ飛ばされたという表現が正しいだろう。店から、さらに二人が歩いて出てくる。

 

「聞こえなかった?」

 

男はいちごオレを飲み干してから、十手を構える。少女も太刀を肩に置き、舌を出してヤクザ達を挑発した。

 

「その抜きたてのごぼうみてーな薄汚ェ豚足で、一歩たりともこの店に入るんじゃねェっつってんの」

 

「パ……パー子、志乃ちゃん。アンタら……何で」

 

「……ウフ。やっぱり来ると思ってましたよアニキ、アネゴ」

 

驚愕を顔に浮かべる西郷と、不敵な笑みを見せる平子。大軍勢を前にしても、二人は臆することなく堂々と立っていた。

 

「おっ……おどれはァァァァ‼︎」

 

「かぶき町中敵にまわして、まだわしらに刃向かういうんかい‼︎」

 

銀時と志乃は、その言葉を鼻で笑ってあしらった。

 

「……かぶき町中?笑わせんな。俺にとっちゃ、てめーらかぶき町の一部でも何でもねェ。ただの道に転がる犬のクソと変わんねーんだよ。俺にとってかぶき町に必要なもんは、何一つ欠けちゃいねェよ」

 

向かい屋根の上、左、右。五人で、次郎長一家と西郷オカマ軍団を囲む。

そこに現れたのは、それぞれ得物を携えた新八、たま、神楽。

 

「僕らのかぶき町の全ては」

 

「ぜーんぶ」

 

「ここにあるアル」

 

志乃はニタリと笑って、太刀を構えた。

 

「潰せるもんなら潰してみなァ。何人たりとも……私達の街には入らせねーよ」

 

ついに、かぶき町大戦争の火蓋が、切って落とされようとしていた。




……え?タッキーがいない?

大丈夫です!出てきますよ、あとで!
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