かぶき町一番街。普段は多くの人で賑わうこの通りが、今は人っ子一人いない。そんな閑静な街を、次郎長は華陀の城から見下ろしていた。
「随分と殺風景な街になっちまったな。人がいねーと存外、この街もしおらしいツラしてやがらァ」
「そちの娘が働きやすいようにな。歓楽街が子供の遊び場に早変わりじゃ」
次郎長の背後に立つのは、華陀。彼女の言葉を、次郎長は鼻で笑う。
「子供の遊び場ねェ。女狐の狩り場の間違いじゃねーか」
「……………………わしを見張りに来たか、次郎長よ」
「人聞きの悪いこと言いやがる。この次郎長がそんなケチなマネするために、相撲中継ほっぽいてわざわざこんな所に来るかい」
紫煙を燻らせる次郎長を、華陀の冷たい視線が射抜く。それを感じながら、次郎長も不敵な笑みを浮かべた。
「とりに来たのさ。狐の首を」
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一方その頃、次郎長一家&オカマ一家vs.かぶき町連合軍。
オカマ軍団がホストの狂死郎に大量に迫っている中で、西郷がその一人のアゴ美を蹴り上げる。今やその兵のほとんどをやられた西郷は、撤退の必要があると判断したのだ。
「もう勝負はついた。私らの負けだよ」
「西郷さん……」
「ついてませんよ」
西郷の言葉を否定する者が、一人。平子である。
「だってまだ、親父は天下を取ってないもの……」
平子は頭から出血し、傷ついた体を何とか起こして立っていた。その体で戦えるわけがない。西郷が諭すように言う。
「本当に親父に天下を取らせたいなら、これ以上いたずらに兵を削るなって言ってんのよ」
「こんな役立たず達……もういらないですよう。西郷さんだって……裏切りたいなら裏切ればいい。私は……一人になったって、親父の味方です〜」
たとえみんなが、どんなに親父を悪く言っても。たとえ親父の目に、私なんか映ってなくとも。
「……約……束……したもの。必ず…………帰ってくるって、約束したもの」
震える手で刀を取り、よろめきながらも前進する彼女に、時雪達も何もできなかった。ただ、その背中を哀れに思うことしかできなかった。
そんな彼女の前に、新たな気配が現れる。全身黒い布で覆われた、天人の兵団。
明らかにこちら側にとって危険な匂いを感じ、時政は訝しげに黒い兵団を睨んだ。
「何だあれは?」
「‼︎華陀の援軍!」
ヤクザがそう言うのを聞いて、時雪は目を見開く。
ついに来た。右手に握った竹刀が、少し震える。
「ここはお願い……。私は親父の元に」
平子が黒い兵団に後のことを任せ、華陀の城へ向かおうとする。
しかし兵団の真ん中を通り過ぎようとした瞬間、両脇にいた兵二人が、小太刀を振り上げた。
「「「「‼︎」」」」
「お……お嬢オオォォォォ‼︎」
ドドッ‼︎
閑静な街に響くのは、男達の悲鳴と肉を突き刺すような音。ポタポタと、地面に血の雫が滴り落ちた。
平子がゆっくりと、目を開ける。
「どうやら……私らまとめて……あの女狐にハメられたようだね」
「なっ……‼︎」
「ママああああ〜!!!」
平子と兵の間に割って入った西郷が、腕や肩で、彼女を襲う刃を受け止めていた。
西郷はその兵を殴り飛ばしたものの、深々と突き刺され、出血がひどい。
「西郷さんっ‼︎」
「兄上、あれを!」
時継が、時雪に背後を促す。さらに気配は増えて、なんと周囲を完全に、華陀の軍隊に囲まれてしまった。
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「
「フン、伊達に長年わしと抗争を繰り広げてはいないということか」
全ての黒幕、それは志乃の睨んだ通り、華陀であった。
次郎長は志乃よりも先にそれを見抜いていたが、娘の平子が華陀に利用されているのを知りながら、それを泳がせていたのだ。
「だが今頃わしを斬りに来た所で遅い。哀れな猿共は既に一人残らず潰されてよう。次郎長、貴様の娘もな」
「俺がてめーの策を看破しながら、何の策も講じていねーとでも」
「講じていまい」
次郎長は、平子にも華陀にも悟られぬよう、自身も踊る芝居をしていた。華陀が協定の元、平子に兵を貸すことがあれば、手薄になった城で華陀の首をとる算段だったのだ。しかし、それすらも華陀は見抜いており、不敵な笑みを崩さない。
「わしが兵を動かした時には遅かった。虚をついたはいいが、貴様は自身の勢力を、娘をエサにしたのだ」
「奴等が大人しくエサになるタマとは思えねェがね。何せ長年俺とやり合ってきた連中だ。おかげでこうして、
「次郎長、わしも貴様と長年やり合ってきた者であることを忘れたか。ランデブーは断るが、パーティの用意ならできている」
華陀の周りを、彼女の大勢の兵が固める。エルフのように尖った耳が特徴的な彼らを見て、次郎長の表情が一気に険しくなる。
「…………辰羅か。夜兎、荼吉尼に並ぶ傭兵部族をここまで揃えるたァ、テメーやっぱりただの博打好きの姉ちゃんじゃねーな」
「……次郎長、長きに亘った貴様とわしの戦いもこれで終わりじゃ。この街はもうわしのもの……いや、宇宙海賊『春雨』第四師団団長・華陀のものと言った方がいいのかえ」
「……ついに尻尾を出しやがったな、化け狐」
自身の正体と本性をようやく明かした華陀に、次郎長はニヤリと笑みを送った。
「世迷言を……とうの昔に気づいておろう。貴様さえいなければこんな街、吉原の鳳仙と同じく容易く手に入れられたであろうに。地べたを這いずる猿風情が、随分と邪魔立てしてくれたな」
華陀は、見抜いていた。次郎長が何故外道に身をやつしてまで、この街に深い根を張ろうとしていたか。
それは天人から、かぶき町を護るためだった。
今や江戸の街の半数以上が、天人によって差配を握られている現状。
次郎長は勢力を拡大しそれを示威することで、内外からの天人による干渉を跳ね除けてきたのだ。
彼は攘夷戦争に参加し、学んだことが二つある。一つは、今のままではこの国は、天人に食い尽くされること。二つは自分自身があまりにも無力だということだ。
そんな最中、次郎長は戦場で一人の女と再会した。
女は、以前見かけた様子と全く違っていた。
戦場を渡り歩き、それがどんな戦であろうと介入し、しっちゃかめっちゃかに掻き回して去る。その圧倒的な強さと無慈悲さから、いつしか彼女は"渡り鬼"という二つ名で通るようになった。
そんな彼女が、全く違う雰囲気を纏って、再び次郎長の前に現れた。
何かあったのかと尋ねると、女は小さく笑った。
ーーもうわたしは今まで通り、戦わない。護りてーもんができちまったからね。
そう言って踵を返した彼女の腰には、太刀ではなく木刀がぶら下がっていた。
「護りてーもんがあるなら、てめーが変わるしかあるめーよ」
渡り鬼は、護りたいものを護るために、剣を捨てた。
ならば、彼は。
「俺ァてめーらに勝つために、人間やめたのさ」
人から道を外れた何か。それはまさしく、戦場で敵味方問わず命を刈り取った、あの"渡り鬼"のように。
「華陀よ。この街を吉原の二の舞にさせてやるワケにはいかねェ。他の街は知らねーが、ここを容易く獲れると思うなよ」
「ククク……頼みの四天王は死に絶え、貴様のみ。一体何ができると?」
「華陀……てめー一体今まで、この街で何を見てきやがった。かぶき町を、なめるなよ」
その時。
ドカァッ!
ある四人が一斉に襖を蹴破り、華陀とその軍勢、次郎長のいる広間へと躍り出た。
「なっ、何じゃ貴様らは‼︎」
一人は番傘を手にした中華服の少女。一人は眼鏡をかけた地味な少年。一人は白い天然パーマの、十手を肩に置いた男。
そして最後の一人は、銀髪の少女。隣に立つ男と似た格好をして、身の丈に合わない太刀を担いだ。
「よっ、次郎長の旦那」
「待たせたな、ガングロジジイ」