「時雪くんッ⁉︎」
「兄上ェェ‼︎」
「お兄様ァ‼︎」
自分を案じる声が、耳に入る。振り返ると、眼前に見える刃が、世界が、スローモーションのように動いて見えた。
あぁ、俺は死ぬのか。
額に痛みを感じたその時。
「何しとるんじゃ小僧ォォォ‼︎」
怒号と共に、目前に迫っていた辰羅が吹っ飛ばされる。一気に力が抜けて、時雪は地面にへたり込んだ。
時雪を助けた人物は、彼を見下ろして怒鳴り散らす。
「アホか!お前死ぬとこやったぞ!まだあの小娘に一発ぶちかますまで、死なれへんやろがい‼︎」
「か……勝男さん……」
呆然として、時雪は勝男を見上げる。
「な……何で、俺を……」
勝男はこちらを見つめる時雪から目を逸らし、自慢の七三ヘアーに手を添えた。
「お前何を勘違いしとるんか知らんが……わしゃあのふざけた小娘ぶちのめしたいだけや。あのクソガキ、オジキと繋がり持って、この騒動黙って見とったらしいからのう」
「………………えっ?」
「お前の言うとった事は要するにそういう事やろ。あの女はな、わしらだけやなくお前も利用したんじゃ」
「…………」
時雪は黙り込み、俯く。それを戦意喪失と見なした勝男は溜息を吐いて彼に背を向けた。
しかし。
「あ、の、お、ん、な……‼︎」
地響きでも起こったのか、と思うほどの威圧感満載の低い声。振り返ると、そこには鬼の形相で立ち上がった時雪がいた。
その様子を見た弟妹達は、長兄からゆっくりと離れる。
「やべぇ……姐御生きて帰れねェんじゃねーの、アレ」
「お兄様は怒ると閻魔大王より怖いんだから……」
「いや、姉上もあんまり変わりませんよ」
ボソボソと喋る弟妹達の声も、怒り心頭の時雪の耳には入らない。
「いつもいつも一人で何でも抱え込んで……挙句には俺を利用した?ふざけるなよ‼︎あの女、帰ってきたらぶっ飛ばしてやる‼︎」
時雪は竹刀を強く握りしめ、辰羅達を睨み据える。そのとんでもない殺気に圧された辰羅が、先手を取ろうと時雪に襲いかかった。
「俺の目的のために、お前らは邪魔なんだよ……」
味方でも恐れ慄くような、低く冷たい声。カッと開いた青い目は瞳孔が開ききっており、辰羅の腹めがけて鋭く竹刀を打ち付けた。
気絶した辰羅を払って、さらに駆け出す。
「邪魔だ、どけェェェェェェ‼︎」
「ちょっ、兄貴落ち着けェェ‼︎そんなに暴れちゃ、ヒロイン系男子の兄貴のイメージがァァ‼︎」
「待たんかコラァ‼︎お前ここわしの見せ場ァ‼︎」
「私の見せ場ァ‼︎」
「うるせェ知るかァァァァァ‼︎」
時政の制止も勝男と西郷の文句も耳には届かず、先陣を切って走り出す時雪。
かぶき町の人々はこれにより、時雪は怒らせると怖いということを悟った。
その勇ましい様を見て、お登勢は頼もしそうに笑う。
「何やってんだいアンタら‼︎連中にしかと思い知らせてやんな‼︎コイツが……かぶき町だってなァァァァァァァ‼︎」
お登勢の怒号と共に、辰羅vsかぶき町連合軍の戦いの火蓋が切って落とされた。
********
一方その頃、華陀の城。真っさらな畳に血飛沫が飛ぶ中、銀時と次郎長、そして志乃は敵を次々と斬っていった。
四方を囲む辰羅達は、彼女が目の前の一人を斬った途端、一斉に襲いかかる。
志乃は気配だけでそれを感じ取り、ターンしながら右、背後、左の順に敵の腹をかっ裂いた。
さぁ次に行こうーーそう意識を遠くに向けた瞬間、右足に鋭い痛みが走る。
「んっ」
ちらりとそこに視線を向けると、腹を斬り裂いて倒したはずの辰羅が、志乃の右足に刀を突き刺していた。
剣を突き立てられたというのに脳は非常に冷静で、即座に辰羅の額を太刀で貫く。
そこに、さらに飛びかかってくる影を察知した。
志乃は咄嗟に先程絶命させた辰羅の遺体を持ち上げ、襲いくる敵に投げつける。
それから突き刺さったままの刀を抜き、それを右側に迫っていた辰羅の心臓めがけて飛ばした。もちろん、視線は向けないままで。
ーーガキィン‼︎
「しつこいなァもう」
再び背後から、刃が迫る。
それを認めもせずに太刀で受け止めた瞬間、さらに目の前に刀を振り下ろす辰羅が見えた。
殺られる前に、先に志乃の蹴りが的確に辰羅を突き飛ばす。太刀を滑らせて背後を振り返り、肩から袈裟がけに斬った。
しかし。
「……!」
辰羅の瞳孔の開いた目が、志乃を捉える。死んでもおかしくない状態の辰羅が志乃の太刀を抱きしめるように止めていた。
それを悟った瞬間、背中をバッサリ斬られてしまった。
「ぐっ……‼︎」
やられた、と感じた瞬間、すぐに太刀を抜き取って背後の辰羅に突き刺す。そしてそこから体を斬り裂いた。
ほぼ一撃で辰羅達を仕留める三人に、華陀の頬を汗が伝う。
「とっ……止めよォォォ‼︎春雨が名にかけて、こ奴等の息の根止めよォォ‼︎」
華陀の元まで、あと数人。
両手で数えるほどしかいない手勢に、志乃は気を引き締め直し、柄を握る。
斬って、斬られ、また斬って。大勢の敵を既に斬り殺した後の体でやり合うには、些か辛いものがある。
だが、そんなことを言ってられない。こちらが斬らなければ、斬られるのみなのだから。
しかし、ついに体が限界を迎えた。出血と疲労が相まって、三人は敵を斬ってそのまま揃って畳の上に倒れ込む。
「これで最後じゃぁぁ‼︎とどめを刺せェェェ‼︎」
本能が叫ぶ。このままだとお前は殺される、早く立て、と。
そうは言っても体は限界だ。喉の奥から何かがせり上がってきて、吐き出す。ぼんやりした視界に赤だけが広がった。
体が叫ぶ。うるせぇ、わかってる、と。一喝しても、本能はずっと騒ぎ立てる。
生物として生まれたからには、必ず死に対して一定の恐怖は持っている。それは銀狼も同じだ。
死にたくない。まだ、死ねない。やらねばならないことが、決着をつけねばならないことがあるのだ。
その強い信念だけが、今の彼女を動かしていた。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」」」
最後の力を振り絞り、両の足を踏ん張って立ち上がる。
顔を上げたすぐそこにいた辰羅を、渾身の力で斬り飛ばした。
「…………や、やりおった。た……たった…………たった三人で、わ……わしの精鋭部隊を…………‼︎」
華陀の震えた声と、煩わしい呼吸音が耳に入る。口元を滴る血を拭って、志乃は不敵な笑みを浮かべた。
どうでもいいけど、最近、誕生日が来るのが早いなぁと感じるようになりました。年ですかね。