高杉が続けて放った言葉に、志乃は顔をしかめた。女狐とは一体、誰のことを指しているのか。女狐、と呼ぶからには女なのだろうが。
「……誰の話?」
「知らねェか」
御猪口に注いだ酒を呷り、高杉はさらに続けた。
「その女はかつて、春雨第四師団団長だった。だが組織内の派閥争いに負け、金を持ち逃げした。……そいつが地球に潜伏しているという情報を手にしたわけさ」
「地球ってったって、この国に本当にいるの?まさか海渡って外にいるとか言われたら私依頼受けないよ」
「この国にいるからお前に頼んだんだろ。しかも噂によれば、その女、江戸にいるという話だ」
「!」
箱膳に並ぶ料理に箸をつけながら、話を聞いていた志乃は目を見開いた。
「その情報は、どれくらい確か?」
「九割九分だ」
「ほぼ確実ってことか。……まぁ、それくらいなら。でも引き受けるからには、それ相応の対価は払ってもらうよ」
「もちろんだ。ーー決まりだな」
したたかな笑みを浮かべる高杉を、同じくニタリと笑って返した。
********
志乃が約束通り、華陀を拘束してから三日後。予め指定してきた埠頭に華陀を引きずって、志乃は鬼兵隊の面々を待ち構えていた。
太陽が傾く、夕暮れ時。こちらへ近づく気配を感じて、志乃は刀に意識を向けた。
「よぉ、待ってたぜ」
眼前に現れたのは、遣いとしてやってきた鬼兵隊。それを率いるように中心に立っていたのは、武市とまた子だった。
「随分と遅かったっスね。そんなに手こずる相手だったんスか?」
「手こずるどころの話じゃねーよ。アンタんとこの大将から言われた女の正体は誰なのかあれこれ調べたら、まさかかぶき町四天王だったなんて。ならず者の街・かぶき町で、ある日突然四天王の一角を潰してみろ。今度は私が危なくなるじゃねーか」
「ただでさえ新勢力だ何だって目ェつけられてんのに」と、溜息を吐いて志乃はぼやく。
こちらがちょこちょこ華陀のことを突けば、それに反応した向こう側がいつこちらにいつ牙を剥くかもわからない。
志乃はそんなギリギリの綱渡りをさせられていたのだ。褒め称えられてもいいくらいである。
「とにかく、ホラよ。約束の女だ」
「ご苦労様でした、霧島さん。して、こちらは……報酬です」
武市の後ろからやってきた浪士が、志乃にアタッシュケースを持って近寄る。それを、志乃が手をかざして止めた。
「あー、いいよいいよ金なんか。私はもっと別のモンが欲しい」
「別のもの?何言ってるっスか!せっかくこっちがわざわざ金を用意したってのに!」
「うるせぇやい。アンタらさ、確か春雨と密約交わしてんだったよね?なら、話は早い。私を春雨の母艦かそれみたいな場所に連れてって」
「はぁ⁉︎」
突然の頼みに、また子は驚いて声を上げた。武市も眉をひそめ(とは言ってもポーカーフェイスのままだが)、彼女の心の内を探った。しかし、いくら策謀家と呼ばれる彼でも、
「……一体何のためにそんなことを?貴女はわかっているのですか?春雨は貴女にとって敵です。そして当然、我々もそうなのでしょう。それなのに何故、わざわざ敵地に赴くようなことを?」
「じゃあ、あんた達が私の知りたいことを全て教えてくれる?」
「知りたいこと……?」
また子が復唱するように尋ねると、志乃がこくりと頷く。
「杉浦大輔について、その全てを私に教えろ」
「は?杉浦?何であんな奴のことを知りたがるっスか」
「そんなのどーだっていいだろ。金の代わりに情報を交換しようってんだ。悪くねェ話だとは思うが?」
「……目的が読めませんね」
相変わらず考えを読み取らせない虚ろな目に、志乃が映る。
「何故貴女は今更になって彼のことを調べたがるのです?確かに彼は我々と同じくシリアスキャラで、この小説では滅多に姿を見せない男。初期の頃は貴女に張り付いていたそうですが、真選組を抜けてからはとんと姿も見せず。最後に登場した回といえば、真選組動乱篇のしかも途中からではありませんか」
「いや私は
ハァと深い溜息を吐いて、腕を組んだ志乃は続ける。
「大体さァ、お前実写映画じゃアレただの佐藤◯朗じゃねーか。監督も役よりありのままの彼を尊重したそうじゃねーか。お前なんてな、佐藤◯朗にポジション丸まま持ってかれたようなモンだよ。同じ鬼兵隊でも、堂◯剛の高杉とか菜々◯の来島とかはまあまあ定評があるってのに、お前ただの佐藤◯朗じゃん。役者のまんまじゃん。もう武市変平太じゃないじゃん、佐藤◯朗じゃん」
「いやお前もなかなか場違いなボケかましてるっスからね⁉︎ていうか何でここで実写映画の話⁉︎二人揃って何シリアスシーンぶち壊してるんスかァァ‼︎」
まぁ、志乃の実写映画評価は置いといて。コホンと一度咳払いをした志乃は、話を元に戻した。
「とにかく私は、
「だからってそんな勝手な話、晋助様が許すはずが……‼︎」
「いーや、許すね。アイツは昔から妹には弱かった男だ。私の言うことなら何でも聞いてくれたからね。それに……」
不敵な笑みを刻んで、志乃は挑発的な視線を二人に向けた。口元は歪んだ弧を描き、性格の悪さを表している。
「アイツにとって、これはチャンスのはずだ。何せ思いを寄せる女が、無防備にも男の船に単身乗り込むってんだ。狙うどころか手篭めにする機会はいくらでもある。なんなら拘束して一生船から出してやらねェなんてこともできるんだ。こんな滅多にないチャンス、あの高杉が逃すはずがねェと思うがね?」
「なっ……!」
「……なるほど。どうやら年相応でないのは、身体だけでなく心もそうだったようですね」
納得するように頷く武市だが、志乃の目がすぐに敵を見る色に変化する。
「何コイツ急に気持ち悪くなったんだけど。ロリコンが突然発症し出してんだけど」
「ロリコンではありません、フェミニストです」
「身体を比べただけでもうロリコン確定だろ。何?殺していい?」
「落ち着いてください。私はそんなことを言おうとしたのではありません。貴女は狡い
西日はいつの間にか、水平線の向こうへと姿を消してしまっている。空には星が瞬き始めていた。
「我々どころか晋助殿の気持ちをも利用し、己の目的を達しようとするとは……魔性の女とはまさに貴女のこと。これでは晋助殿は、女に弄ばれる哀れな男のようですな」
「私みてーな性悪女に引っかかった時点で、あの男の運は尽きていたのさ。それに、私をこんな最低最悪性悪ドS女に育てたのは誰だと思う?あの、ドS兄貴と性悪兄貴だよ」
肩を竦めて、志乃は空を仰いだ。
星を見上げるだけで思い出す。
銀時と高杉が、志乃を巡ってはよく喧嘩をしていた姿を。元々ウマの合わない二人だったが、お互い似た者同士で戦ではあの二人が組めば最強だったという。
二人から、志乃は性格の悪さと狡猾さを学んだ。
しかし逆に言えば、二人さえいなければ、志乃は純粋な少女に育っていたということになる。
「……仕方ありませんね。わかりました」
しばらくの沈黙の後、それを破ったのは、武市の了承だった。
「武市先輩!ホントにいいんですか、あんな信用ならないガキ……」
「彼女の真意がどうであれ、言うことは確かに正しいです。敵地にそう安安と己の身を晒すなど、よほどの馬鹿でなければできないでしょう」
「誰がバカだ。バカなのはてめーらの頭の中だろバーカ」
兎にも角にも、こうして話はまとまったのだった。
********
出発直前、深夜。
次郎長は病院のベッドの上で、窓の外を一人眺めていた。その時、不意に窓越しに銀髪が垂れ下がって、次郎長の目の前に現れる。
「やっほ、次郎長の旦那」
コウモリのように逆さまになって病室を覗き込んできたのは、志乃だった。手をヒラヒラと振って、「ここ開けて」とジェスチャーで伝える。
上着を羽織った次郎長が窓を開けると、体を回転させて小さな音を立てて、窓の下枠に着地した。
「随分と足場の悪い環境が好きらしいな、嬢ちゃんは。争いの収まった街にゃ、もう用無しか」
「…………私が街を離れるなんて、いつ言ったの?」
「言ったじゃねーか。『しばらく帰らねェ』ってよ。あらァ、そういう意味じゃねーのか」
「違うよ。ちょっと出張に行ってくるから、しばらく帰らないってだけだ。ていうか、そんなことを話したくてわざわざここに足を運んだんじゃないんだよ。礼を言いに来たんだよ、アンタに」
月の光が部屋に差し込み二人を照らす。逆光になっているせいで、志乃の表情はあまり読み取れない。
「ありがとね、旦那。アンタが私を匿ってくれたおかげで、私は華陀を捕まえられた」
「そーかい。結局俺ァ嬢ちゃんに利用されたとばかり思っていたがな。いや……嬢ちゃんは、あの女狐を捕まえるために、この街の全員を利用しやがったんだろう。どっちが女狐かわかんねーな、こりゃ」
「利用?何の話かな。私はこの街全てを利用できるほど器用じゃないよ。あの
「どうだか。はじめからあの女の本性に気づき、向こう方に悟られんように化けの皮を剥いでいたクセにな。バカならここまで上手いこと惚れた男まで使って、事態を収集させられるか」
「んも〜、みんな私を買い被りすぎだよ」
ケラケラと笑う志乃は、下枠に腰を下ろした。
実際、志乃が今回の件でしでかした事態は大きい。高杉の依頼のために次郎長と銀時、かぶき町全てを華陀失脚のために利用し、最終的にかぶき町四天王の一角を沈めてしまった。
戦争は平子が仕組んだものとはいえ、志乃はそれすらも見透かして、戦争自体を利用したのだ。実に末恐ろしい女である。
次郎長はフッと溜息を吐く。
「……全く、"銀狼"と関わるとロクな事がありゃしねェな」
「アンタさ、私以外の銀狼に会ったことあるの?」
「知らねーのか、お前さんの母親のことだろう」
「いや……私、両親の顔を覚えてなくて……物心ついた頃には、もう銀達が一緒にいたから……」
「そうか。そりゃどうりで知らねーわけだ」
少し哀しげな表情を見せる志乃が、次郎長の目にはあの時見た女と重なった。
月光に照らされる中、女の赤い目は憂いと悲哀を帯びていた。敵を斬り味方を斬り、"渡り鬼"と呼ばれた孤独な女は一体何を考えていたのか。
「……まぁ、知ってて損はないだろう。お前さんの母親のことだ。俺の知ってる限りだが、教えてやる」
志乃の目が、ゆっくりと次郎長に向けられた。それを感じながら、次郎長は口を開く。
「そいつの名前は、霧島
「……"鬼"……か」
「俺も戦場で一目見たことが……俺にゃアレが鬼だとは思えなかったね。鬼というよりかは人間だったよ。あんな物憂げな目をする鬼がいるか」
「…………」
「……俺がお前さんを天乃の娘だと思ったのは、目が似ているからだ。苛烈なやり口を平気でしてのけるクセに、そんな哀しい目をしている。……鬼なのか人なのかわかりゃしねェな、お前さん達は」
黙って話を聞いていた志乃は、ふと口角を上げ、腰を上げて窓の外側を向いて空を仰いだ。
「旦那、アンタの読みは外れてるよ。私も天乃って女も、鬼なんてものじゃない。ましてや人でもない。ただの"銀狼"さ」
次郎長を振り返って一度微笑みかける。月光に照らされた彼女は実に儚く、美しかった。
「そうだ。娘の私から一つ、アドバイスしてやるよ。親父なら娘を護ってあげなよ。父親ってさ、娘からしたら、最大の庇護者であり最高の男なんだから」
「…………お前…………」
「じゃあね、旦那」
前を向いた志乃は、そのまま窓枠から飛び降りる。次郎長が後を追って窓から下を覗き込むが、目立つはずの志乃の姿は、闇に紛れて見えなくなっていた。
********
江戸外れにある、埠頭。コンテナの囲うそこを、志乃は一人歩いていた。
ヒュウ、と風が吹く。それに色がついたように、煙が宙を舞っていた。
「女がこんな時間に一人でほっつき歩いてんじゃねェよ。攫われてェのか?」
雲から月が顔を出すと、志乃の前に一人の男を照らし出す。煙管を手にした隻眼の男は、彼女の姿を認めるとニヤリと笑った。
「……私をそこらの女と一緒にしないでくれる?私を攫おうってんなら、軍隊一個あっても足りないよ」
「ククッ……確かに。
「あんたみたいなバカくらいしか考えないだろうね、高杉」
紫色の派手な柄の着流しを着こなす高杉は、呆れ顔の志乃を見て妖艶に微笑む。それから背を向け、一歩踏み出し始めた。
「ついてこい。お前の行きたい所、どこへだって連れて行ってやらァ」
立ち止まったまま、遠ざかっていく背中を眺める。一つ息を吐いて、志乃も足を動かした。
ーーごめんね銀、トッキー。もうしばらくは帰れないや。
心の中で詫びてから、志乃は高杉の船に乗り込んでいったーー。
ーかぶき町四天王篇 完ー
ハイ、終わりましたかぶき町四天王篇。
こんなダークネスな雰囲気で終わった長篇初めてかもしれない。つーか長篇なんて大抵スッキリした終わり方してないよね、まとめきれてないよね、俺。あー、チックショー‼︎(コ◯メ太夫風)
まぁ今回はすっごいメチャクチャな部分もありましたが、志乃の恐ろしい一面を見せられたのではと思います。
恐ろしいといえば今回、トッキーが一番怖かったかもしれない。もうお妙さんレベルで怖いかもしれない。
何なの。ヒロイン系男子はヒロインらしく大人しくしててよ。
さて、志乃が執着し出した杉浦ですが、理由をここでちょっと説明を付け足しておきたいと思います。
まず真選組動乱篇のラストで、志乃は杉浦の狙いが自分で、いつか確実に自分を狙いつつ、その周囲諸共潰しにやってくるだろうとふんでいました。
志乃は仲間を護るため、誰も巻き込ませないため、一人で杉浦と決着をつけると決心。それから杉浦の正体を探ろうと色々と攘夷志士から情報を集めますが……そもそも杉浦のことすら知らない者が多く、鬼兵隊と繋がりのある組織にかけあってみても、結局何も掴めず……。
そこで志乃は今回、宇宙全ての情報を司っているであろう春雨の情報網を頼ることにした、ということです。
わかりにくかったですよね、すみません。
ということで次回、春雨の母艦に乗り込みます。