「ねぇ、待ってよ」
満天の星の下、震える足で追いかける。
「待って、待って」
何度呼んでも、その人は足を止めてくれない。泣き叫んでも、ずっと歩き去ってしまう。
まだ幼すぎた自分は、あの人を引き止める手段を何一つ知らなくて。
「待って、行かないで、ーーーー」
********
「っっ‼︎」
ハッと意識が一気に覚醒し、勢いよく起き上がる。しかし、いきなり動いたせいか、頭がくらりとした。
倒れかけた上半身を、支える手が背中にまわる。
「目が覚めたか」
「……高杉?何で……ここは……?」
「客室だ」
視界に入ってきたのは、相変わらず癪に触る高杉の顔と見慣れない天井。ふらつく体を何とか起こし、彼を見やると眠る前のことを思い出した。
「私……資料室にいて……その後、神威が来て私にカフェオレ飲ませて……あ」
眠る前の出来事を口にして思い出すと、ようやく騙されて催眠薬を飲まされたことを自覚した。
それと同時に、神威に対する怒りがふつふつと煮え滾ってくる。
ーーあ、の、や、ろ、ォォォォ‼︎
「クッソ‼︎あのすっとこどっこいめ、今度会ったら絶対ぶちのめしてやる‼︎」
バン‼︎と怒り任せに布団を叩くが、布団の下にあるのは自分の膝であるため、そのまま拳が膝に入った。自分で自分の首を絞めるような行為に、バカだなぁと呆れてしまう。
志乃が上半身を起こしているベッドに腰かけた高杉が、煙と共にフッと息を吐いた。
「今度会ったら、ねェ……。もしかしたらもう二度と会えないかもしれねえぜ?」
「えっ?」
もう二度と会えないかもしれない?
思わず言葉を失う。志乃は絶望とショックが入り混じったような表情で、高杉を見つめた。
「どういう、こと……?」
「あの男、どうやらアホ提督によほど嫌われていたらしくてなァ。そいつを片付けるために協力したまでだ」
「⁉︎じゃあ、アイツはもう……」
「言ったろ、二度と会えない
まだ死んでない。それだけでも、志乃はホッとした。
と、同時に思い直す。どうして、彼が死んでないとわかっただけでホッとしているんだ?
神威とは出会ってそこまで経っていないはずなのだが、そんなにも自分の中で大切な人になっていたのだろうか。
いや……この感情はむしろ……。
考え込んでいると、ふと顎を持ち上げられ、その目を高杉が覗き込んできた。
「志乃……俺の言った事、早速忘れやがったな」
「え?……あっ」
一瞬首を傾げそうになったが、すぐに思い出した。神威とは関わるな、と資料室に着いてすぐに言われていた。
冷や汗が頬を伝い、真っ直ぐ見つめてくる右目を直視できない。
後ずさった彼女を見逃さず、高杉はすぐさま志乃をベッドに突き飛ばした。
倒れた志乃の上に覆い被さり、顔を近づける。
「悪い子だなァ志乃は……」
「いやっ……」
焦ったような怯えたような志乃の表情が、なんとも愉快。
高杉は歪んだ笑みを刻んで、志乃のうなじに手を添えた。
「んんっ!ふ、……!」
ベッドに押し倒されてもなお退がろうとする志乃を押さえ込み、唇を塞ぐ。逃げられないように深く、強く。
「ぅんっ……ふ、くっ……んんっ⁉︎」
乱暴に口の中に舌が捻じ込まれ、思わず閉じていた両目を開けた。
唇が触れ合い、口の中が舌で蹂躙される。初めての感覚に襲われ、ぞくぞくと背筋を寒気が這い上がった。
「ぁん、ぅうっ……ゃ、んんっ……」
「ん……む」
上顎を舐め上げられ、ビクッと体が震える。両手首を掴まれ、ベッドに押し付けられた。
怖くてぎゅっと目を瞑り、必死に振り払おうと足をジタバタさせた。
「んぁ……も、や……」
最後にちゅっと彼女の小さな舌を吸い、口を離す。
右目に映ったのは、頬を赤らめて潤んだ半開きの目でこちらを見つめてくる志乃の姿だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「息が荒いな……初めてだったか?」
「っ‼︎」
目を見開き、次にはキッと睨みつける。白い肌が耳まで真っ赤になっていた。
くつくつと込み上げる笑いを堪え、綺麗な銀髪にキスを落としてベッドから腰を上げた。
「野郎は牢屋にいる。会いに行きたきゃ行け。俺ァ止めねーよ」
扉を開け、部屋を後にする。
彼の耳に最後に聞こえたのは、「最っ低‼︎」という可愛らしい罵倒だった。
********
簪で髪を纏め、牢屋の並ぶ中を歩く。チラリと中を一瞥しながら足を速め、神威を探した。
突き当たりの檻には、自分が捕まえた華陀が蹲っていた。茶碗の中にボルトとナットを転がし、ブツブツと譫言を繰り返している。
「フフフ……ちょうかはんか……ちょうか、はんかァ……」
「…………」
「やめといた方がいいよ」
黙って華陀を見下ろしていた瞬間、割って入ってきた声。
そちらに視線を送ると、手足に枷を嵌められた神威がいた。
動けないのかその場に座り込み、志乃を見上げている。半裸には包帯が巻かれていた。
「そいつは呪いの博打だ。負けた奴は必ず不幸になるのさ。俺も負けたんだから間違いない」
「……くだらねー。どうせ負けると決まってる博打なんて、ただの八百長じゃねーか」
再び溜息を吐いて、神威のいる檻に足を向けた。
「お礼参りに来たんだけど……そのザマじゃあ思う存分にできないね」
「そう?今の俺は拘束されて動けない。俺を殺すのに、これほどの好条件はないと思うけど」
「誰がお前の命なんざ欲しがるかよ。大体お礼参りっつったって、別にあんたの命まで奪ろうたァ思ってないから安心しな」
「公開処刑されるよりかは、志乃の手にかかって殺される方がまだマシかなぁ」
ケラケラ笑う神威。
人生のタイムリミットがあるという状況にも関わらず、ここまで呑気でいられるとは。志乃は呆れて、思わず笑みをこぼした。
「こんな時でも笑えるんだね」
「志乃だって同じでしょ?」
「あんたと一緒にすんな戦闘バカ」
「同じだよ。
「
神威の言葉を反芻した志乃は、彼から目を逸らし、宙を仰いだ。
なるほど、神威の言うことは案外的を射ているかもしれない。
自分は脈々と続く戦闘一族の末裔だ。
戦いを楽しいと思ったことはあるし、全てを破壊したくなる衝動に駆られる時だってある。
そういう面でいうと、神威の言うことはあながち間違ってない。
腐っても、銀狼。その血の自覚が、自分を深いワインレッドの闇に陥れた。
あの感覚はいくら掻き消そうとしても消えない。扉をほんの少し開いた一瞬で、心の奥底に根を張った。
闇の中に身を任せると、身体中を駆け抜けたのは恐怖ではなく快感。人を斬る度に、壊す度に、刹那の快感が駆け巡る。
それが、今の世界に生きる自分を苦しめた。
私は一体何をやっているんだ。どうして壊すことが楽しいと、殺すことが嬉しいと感じてしまうのだ。
こんな自分、もう嫌だ。今すぐ消えて無くなりたい。何度もそう願った。
だけど。
「……確かにそうかもしれないね。私は所詮獣だ。頭では色々考えても、結局は何かを壊すことにこの上ない悦を感じる。隠し通そうとしたところで無駄かもね」
「………………」
「でも、そんな自分も悪くない。全てを引っくるめて、自分なんだ……だろ?神威」
フッと自嘲の笑みを見せると、神威は笑顔を消して志乃を見つめ返していた。
ーーそうだ。私は、逃げちゃいけない。
覚悟を改めて決め直した志乃は、しゃがんで檻の中に手を伸ばした。
神威の手を掴み、もう片方の手で懐から赤い紐を取り出した。
吉原での戦いで、真っ二つに切られた古ぼけた髪紐。彼女のお守りだったもの。
志乃は髪紐を神威の右手に巻きつけ、キュッと硬く結んだ。
「私のお守り、お前にやるよ。強力な呪いがかかってるから、そう簡単に切れやしねー。もしあんたに未来があるのなら、また会おうぜ」
「…………志乃」
今まで黙っていた神威が口を開き、志乃の手を引く。鉄格子に額をぶつけるほどお互いに顔を近づけた。
「さっきはああ言ったけど、俺は志乃のこと、そこまでだと思ってないよ」
「は?」
「もっと高尚なものってことさ。志乃は、確かに獣の血が通っている。でも、それを活かしながら、さらに君を高尚なものに叩き上げたんだ」
「…………」
「まぁ要するに、泣かないでってこと」
「‼︎」
ニコ、と笑った神威は、一度強く手を握ってから離した。
志乃は心を見透かされたように驚いて彼を見つめていたが、フッと微笑み立ち上がり、その場を後にした。
彼女の温もりを確かめるように、右手に結ばれた紐を眺める。所々綻びている古い紐を、彼女はどんな思いで使っていたのだろうか。
それを知る術はないけれど、黙って宙を仰いだ彼女の哀しげな表情は、きっとそれを物語っていた。
「バイバイ、志乃」
********
三日後。久々に入った資料室には、眠る前の状態がそのまま残っていた。
一つ無いものといえば、神威に飲まされた催眠薬入りのカフェオレだけ。あの後回収されたのだろう。
椅子を引いて、パソコンを立ち上げる。その時、ふと画面の端に見覚えのないアイコンがあった。
「?何これ。No.54?何の?」
意味不明な題名に興味を抱き、クリックする。ファイルは案外あっさり開き、その中にはある報告書が残っていた。
PDFファイルになっているそれをクリックすると……。
「‼︎なっ……」
報告書、という文字のすぐ下にある、二枚の写真。そこには、杉浦と銀髪の男が並んでいた。
写真の下には説明付が加わっていて、杉浦の写真には杉浦大輔、と書かれている。
肝心の銀髪の男の名前は……
「……霧島……刹、乃…………⁉︎」
あまりの衝撃に、驚きを隠せない。
報告書を下へとスクロールして、内容を読んだ。
「……今回の実験は……『検体同士の脳の交換』⁉︎」
バカな……‼︎
志乃は頭が痛くなった。
開国の影響で医療や科学が爆発的に進み、この国は発展していたことは知っていた。しかし、まさかその裏で、攘夷志士を使った人体実験が行われていたとは。
そんなこと……許されることじゃない。心の中で怒りが哮り狂い、強く拳を握りしめる。
実験の手順は飛ばして、結果を見た。
結果は……半分成功、半分失敗。
杉浦大輔に霧島刹乃の脳を移植することは成功したものの、残りの方は失敗した、と淡々と書かれていた。
これにより、杉浦大輔は死亡。霧島刹乃は、杉浦大輔という別の人間の体で生きる他なく、銀狼の力は永久的に失われたと言っても過言ではない。
「……じゃあ……」
志乃は震える声で、呟いた。
「杉浦は……私の兄ィってこと……?」
尋ねても、答えられる相手はいない。
しかし、目の前にある報告書が、志乃に真実を突きつけていた。
彼女が出会った杉浦大輔は、
こんなことが……志乃は衝撃の事実に絶句する他なかった。
********
しばらく頭を冷やしてから、パソコンの履歴を消去して電源を落とす。
衝撃が完全に抜け切ったわけではない。けど、少し落ち着いた。
まさか、兄が杉浦の体で生きていたとは。
ずっと死んでいたとばかり思っていたからーー。
「……生きてて良かった……」
ポツリと呟いて、椅子から立ち上がる。
扉を開けた瞬間、
ジャカジャカジャカッ
眼前に、無数の銃が向けられた。
「えーと……」
その数おそらく数十丁。突然のことに、志乃は思わずキョトンとした。
「何これ?」
「死にたくなきゃ大人しくしなァ銀狼」
「おお、そうか」
人質か何かにでもするつもりなのか。
天人達に囲まれ、取り敢えず両手を挙げて無抵抗を示す。
さて、ここからどう動こうか。
資料室は廊下の突き当たりにある部屋であるため、道は一本しかない。この道を真っ直ぐ進んで突破すれば、何かわかるだろうか。
なんて考えていると、カチャリと後頭部に拳銃が突きつけられた。
「わかってんだろうな?お前はこの船で一切の抵抗を禁じられている。少しでも俺達に妙なマネすれば、お前の命が危ないぜ」
「…………」
「オイ聞いてんのか⁉︎」
もちろん、聞く気などない。
志乃は腰に挿した金属バットに意識を向けながら、ぐっと右足に力を込めて、軽く膝を曲げた。
なるべく自然に、さりげなく。一度深呼吸をして、前を向く。
ドッ‼︎
そして一気に、加速した。
驚愕に固まる天人達を薙ぎ払い、走っていく。
「な、何だァァァ⁉︎この女‼︎」
「自分の立場ってのがわかってんのか⁉︎」
「何してやがる、早く取り押さえろ‼︎」
ガシッと腕を掴まれる。しかしその程度で止まる銀狼ではない。
腕や肩、足、首、腹に次々と腕がまわされ、複数人がかりで取り押さえられる。
志乃は手始めに右足で手を踏みつけ、次に振り上げて背後にいた天人を蹴り飛ばす。左足でもまず同様に掴んでいた手を踏んでから、傍らにいる天人を蹴った。
そして、少し動かしやすくなった左手で天人の胸倉を掴み、前方に投げ飛ばす。最後に右手で天人の腰のベルトを持ち上げ、志乃の腰に抱きつくように掴まっていた天人も左手でぶん投げた。
ようやく自由になった志乃は金属バットを抜き、再び走り出す。
跳躍して、顔面を蹴りつけ、踏み、数人まとめて殴り飛ばす。
その強さ、まさに……獣。
「何してる、相手は女のガキ一人だぞ⁉︎さっさと……ぶがっ⁉︎」
「ダメだ、止められねえ‼︎」
敵を薙ぎ倒し、竜巻のように走り去った先には、大きな部屋が見えた。扉が隔壁に閉ざされて、行き止まりになっているらしい。
志乃は拳を握りしめ、眼前にいた天人ごと壁を殴りつけた。
「らァァッ‼︎」
コースクリューブローで、隔壁をぶっ飛ばす。おかげで隔壁はひしゃげ、諸共殴られた天人はボロボロになっていた。
「あー……ごめん、流石にやりすぎたわ。ま、アンタらも私をいきなり襲ってきたんだし、おあいこだよね」
倒れた天人に一言詫びを入れてから、瓦礫を越えて歩き出す。
部屋の中にツカツカと足を踏み入れると、そこは集会所か何かのようだった。真ん中には高杉と神威が背中合わせで立っていて、それを取り囲む天人達は二人に無数の銃を向けていた。
数分前の自分と同じ状況に、思わずキョトンとする。
「なーにしてんの、二人とも」
「志乃こそ何やってんの?」
素っ頓狂な声が返ってくる。神威が目を丸くしてこちらを見下ろしていた。
それを見て、志乃はフッと笑みをこぼす。
「よぉ。生き残ったみてーだな、神威」
「まぁね。志乃のお守りのおかげで助かったよ」
ニコッと笑って、神威が右手首に巻かれた彼女の髪紐を見せる。それを見た志乃も、小さく息を吐いた。
「ぎ、銀狼ォォォ‼︎」
今度は、高い場所から見下ろしてくる阿呆提督の声。その表情は驚愕と怒りに震えていた。
「貴様ァ、ワシとの約束を忘れたのか‼︎ここにいる間は一切暴れんと誓ったではないか‼︎」
「それはこっちのセリフ。あんたこそ私との約束忘れたの?」
向けられる銃など、意にも介さない。
意識を周囲に向けつつ、目だけは鋭く阿呆提督を睨みつけた。
「確かに私は、ここでは一切暴れないと約束した。でもその約束が果たされるのは、あんた達が私に手を出さなければ、の話だ。アンタの部下が早まったんかどうか知らないけど、私は一度、お前らから銃を向けられている。しかも今もな。ここまで言えば、もうわかるだろ?」
金属バットを阿呆提督に向けてニヤリと笑ってみせた。
「先に約束を破ったのはお前らだ。だから、私も容赦しねェ。てめーら全員、ぶっ飛ばす」
「おのれェェこのガキが‼︎殺れェェェェ‼︎」
阿呆提督の怒りの絶叫と共に、敵が一気に駆け寄ってくる。その瞬間、壁が二ヶ所爆発した。
そこから続々と入ってくるのは、また子や万斉、武市ーー鬼兵隊だ。
「晋助様ァァァ‼︎攘夷浪士はやっぱこうっスよね‼︎また子は一生ついていきます」
「正気ですか、晋助殿も皆さんも。春雨相手にこの手勢で勝ち目があると⁉︎そんな事より今できる事は、大江戸青少年健全……」
「フン。正気など保っていては、世界を相手に喧嘩など売れんでござる」
「その通り……さっ!」
万斉が敵を次々と斬り伏せる横で、志乃も敵を薙ぎ倒していく。
志乃はたった一人の男をめがけて走っていた。その男も、志乃の姿を認めて、口角を上げる。
「神威ィィィイイイイイイイイイ!!!」
志乃と神威の二人が、一気に加速して近づき合う。同時に拳を振り上げ、ぶつかり合った。
ガッシィィッ!
ミシミシ、と小さな音が二人の拳の間に響く。お互い力は全く緩めない。それでも、二人は不敵な笑みを浮かべていた。
先に動いたのは神威だった。力を抜いて志乃の体勢を崩し、彼女の腕を掴む。そのまま振り回して、投げ飛ばした。
周りに立っていた敵をも巻き込んで、志乃は床に叩きつけられる。すぐに志乃が起き上がった瞬間、神威の手が彼女の顔を掴み、床にめり込むほど押し付けた。
「ぐっ……!」
馬乗りしてきた神威の拳が振り上げられる。それを左手で受け止め、右手で顔を掴む神威の手首を握りしめる。渾身の力でそれを押しのけ、上体を起こし頭突きをした。
志乃はすぐさま神威の頬に拳を入れ、殴り飛ばした。神威も志乃同様敵を巻き込んで吹っ飛ばされ、すぐに体を起こす。志乃はやり返しとばかりに一瞬で近寄り、顔面を蹴りつけた。
しかしまた神威も志乃の足首を掴み、持ち上げて投げる。志乃は空中で体勢を整え、着地。
「ふふっ……」
「クククッ……あははははっ!」
戦っているのに、二人は笑った。彼らには、楽しい以外の感情はなかった。
全力を出し合って、本気で戦い合える。そんな相手は、今まで一人もいなかった。
「はははっ!楽しいなぁ、神威!」
「そうだね。俺と全力でやり合っても大丈夫な奴なんて……お前くらいだよっ!」
再び、志乃と神威が走り出す。
また二人がぶつかり合うかと思われたが、今度はすれ違いーーお互いの背後にいる敵にその拳を叩きつけた。
「でも……邪魔な奴らがいるね」
「ああ。よし、まずはあいつらからだな」
背中合わせになって、志乃は金属バットを抜く。神威も腰を落として、構えをとった。
二人同時に駆け出し、眼前の敵を殴り飛ばした。
「おのれ猿共が‼︎何をしている‼︎潰せェェェ‼︎」
阿呆提督が叫んだ瞬間、またまた爆発が起こる。今度は、黒い中華服の集団が入ってきた。
「……なんだい。心配して必死こいて船手漕ぎで来てみれば、いつも以上にピンピンしてるじゃねーか。すっとこどっこい」
「第七師団‼︎バッバカな‼︎奴等何故生きて……‼︎」
阿呆提督の混乱をよそに、乱戦は続いていく。彼の配下の兵は次々に寝返られ、形勢が覆されつつあった。
立ちはだかる敵を吹き飛ばし、殴りつける。志乃はまさしく獅子奮迅の暴れっぷりを、春雨に見せつけた。
相手は、まだ幼さの残る少女。
小柄で軽く、簡単に捻り殺せそうなほどか細い少女なのに。
そんな小娘一人に、春雨の軍隊一個弱の人数が潰されていく。
春雨は彼女を甘く見すぎていた。最初、ここに来た彼女はただの子供のように見えた。
ゆえに誰もがこう思った。「銀狼など、本当は大したことのないただの小娘」だと。
しかし、そんな事は一切なかった。目の前で暴れ回る少女は、誰にも止められない。
この一件は、春雨に改めて銀狼の恐ろしさを思い知らせた。
最後の一人を絞め上げて、気絶させる。
倒れた敵を見下ろして、志乃はパンパンと埃を払った。
「あー、疲れた」
「うわー、流石銀狼。倒した敵の数がえげつないっス」
「ま、アンタとは格が違うってことだよ猪ババア」
「誰が猪ババアっスかァァァ‼︎ホント何なんスかこのガキ‼︎自分の立場わかってんの⁉︎」
絡んできたまた子に、50くらい倍返しする。「やられたら倍にしてやり返す」が彼女のモットーだ。
ギャーギャー騒いで掴み合っていると、高杉がすぐ隣を通り過ぎる。
「約束通り送ってやらァ。早く来い」
こちらを見向きもせず、歩き去っていく高杉。志乃はすぐに取っ組み合いをやめ、彼を追いかけた。
彼らの背中を、残ったメンバーが見送る。
「……なるほど。あれほど晋助殿を嫌ってはいても、心の底ではまだ慕っているということですか」
「ツンデレ、というものでござるか。……微笑ましいな」
武市の言葉を受けて、万斉も呟く。
いくら銀狼と恐れられていても、所詮はただの子供。
最強でありながら未熟。そのアンバランスが、霧島志乃らしさなのだと感じた。
「……
「え?何か言いましたか万斉先輩」
「いや……何でもないでござる」
幼い子供を寝つかせるための歌。
そんな優しい歌が、高杉から聞こえてきた。
********
高杉に送られ地球に到着した志乃は、船のタラップを降りようとしていた。
ここは江戸の普段誰も来ない埠頭。こんな場所を知っているなんて、流石はテロリスト、と思う。
「世話になったね。ありがとう、高杉」
「……フン。敵に礼を言うたァ、相変わらず甘ェ女だな」
「それで結構。でも、今度会う時は容赦しないから」
口元に笑みを残しつつタラップを降りると、背後から何かが飛んでくる気配が迫ってきた。
咄嗟にそれをかわすと、それは綺麗な着地を決める。傘をさしたままよくそこまで暴れられるもんだ。志乃は嘆息した。
「何、神威」
「もう行っちゃうの?」
「あぁ。心配かけちまうしな」
「じゃあな」と去ろうとしたその時、手を掴まれる。右手首に何かを巻かれた感覚がして、思わず振り返った。
神威が志乃の右手首に巻いていたのは、もう片方の赤い紐。自分が巻いたあの時のように、きゅっと固く結んだ。
「これ、志乃にあげるよ。強力な呪いがかけられてるから、そう簡単に切れやしないよ。もしまた会えたら……今度こそ、逃がさないから」
ジッと自分を覗き込んでくる、綺麗な青い瞳。志乃の赤い目とは対照的だった。
志乃はしばらく神威を見つめ返していたが、ふと「そっか」と呟いた。
「?」
キョトン、とした彼の顔を見つめながら、ようやく自分の本心に気がつく。
私はこいつが好きなんだ。
好きと言っても、時雪のような恋愛的な意味でもなく、ましてや銀時のような思慕的な意味でもない。
言うなれば、好敵手。互いに拮抗する実力で、対等に渡り合える。神威はそんな相手なのだと。
「上等だよ、神威。アンタが私を捕まえるってんなら、私だって負けねえ。誰よりも先にアンタをぶっ飛ばす。そしたら私の勝ちだ」
「なら、俺が志乃を捕まえれば俺の勝ちだ。その時は、俺の子を産んでもらうから」
「やれるもんならやってみろよ。少なくとも私はお前のこと嫌いじゃねーぞ。…………
不敵に笑って、神威の手を振りほどく。
二人の間で交わされた、決闘の約束。
果たして勝つのは
それはまだ、誰にもわからないーー。
さぁ次回オリジナル長篇です!
その名も、「銀狼篇」‼︎