さて今回からオリジナル長篇、銀狼篇です。前回、杉浦が刹乃だとわかりましたが。ようやく……ようやく、銀狼一族の因縁が明らかになります!
ここ結構重要!テストに出るよ!(出ねーよ!)
いいことがあった先には悪いことがある
「なぁ、お前ら知ってるか?」
ここは攘夷浪士達が集まり、様々な情報を交換し合う、溜まり場。
そこでは最近の幕府の動向だったり、真選組の対策だったり、近日公開の話題作についてありとあらゆる情報が行き来する場所だ。
派閥も何も関係ない。幕府を倒さんとする志を共にする同士達の会なのだから。
そんな場所の真ん中で、一人の男が大きな声を上げた。
黒い髪に前髪で左目を隠したその男は、自身に注目が集まっているのを感じて、くつくつと笑う。
「幕府よりも将軍よりも厄介な敵が、
「幕府よりも将軍よりも厄介な敵?」「一体どういうことだ?」男の発言に、誰もが疑問を感じずにはいられない。
それでも男は、その態度を崩さず続けた。
「攘夷戦争に参加した者もそうでない者も……ご存じの人は多いのではないか?攘夷志士も天人も幕府軍も関係ない……かつて攘夷戦争で、敵味方問わず殺しに殺した、あの女を」
あの女。
その言葉だけで何者かが察せるのは、西郷や次郎長など、攘夷戦争初期に参加した者だけだ。
彼女は、敵味方から恐れられていた。
戦場において、彼女にとって敵だの味方だのという区別はない。
ただ、そこにいるから斬る。それくらい簡単な問題で片付けてしまうのだ。
そんな恐ろしい女を、彼らは決して忘れない。
否、忘れられないのだ。"銀狼"の恐怖を。
「その女の名前は、
その話を聞いた途端、数人の攘夷浪士の目が光った。
それはかなりの大人数で、男はニタリと歪んだ笑みを浮かべる。
「……どう思う?俺は許せないと思う。かつて自分が斬った者達のことを、その遺族や仲間達のことを全て忘れ、呑気に笑って生きているあの女が忌々しい‼︎今まで何度殺したいと願ったか‼︎……だから俺はここに提案する。ここにいる皆で、銀狼を殺そうではないか。あの女も銀狼とて、所詮はただの娘一人。
「「「「「おおっ‼︎」」」」」
賛同した攘夷浪士達の目が、嬉々として輝く。しかし、その目はどこか普通ではなかった。
当然だ。男が語っている最中に、彼らを自分の下僕にする
「ではこれより、俺達は銀狼を敵とする同士として、ここにあの女の首を掲げることを誓う‼︎銀狼を……霧島志乃をブチ殺せ‼︎」
「「「「「おおおおおおおお‼︎」」」」」
夜の空に、野太い叫び声が上がった。
********
朝。志乃は寝ぼけ眼を擦って、真選組屯所の門をくぐった。
「おはよ〜ございます……ふぁあ」
欠伸をして、ガシガシと頭を掻く。ノロノロと会議室の障子を開けると、まだ誰も集まっていなかった。
時計を確認すると、会議開始時間まであと30分もあった。
今頃みんな、食堂で朝食を食べたり何なりしているだろう。それまで寝るか……と座って膝を抱えた瞬間、ガラッと障子が開いた。
「……志乃か。早ェな」
「ん……おはよう、トシ兄ィ」
資料らしき紙を小脇に抱えて、土方が部屋に入ってくる。
ドサッと腰を下ろすと、愛用のマヨネーズ型ライターで煙草に火をつけた。
「それ、まだ使ってくれてたんだね」
「あ?……まぁな」
「へへっ、嬉しい」
「……そうか」
志乃の初バイトの時、彼にあげたそのライター。
今でも使ってくれていたことに志乃は喜び、頬を染めて少し照れくさいような笑顔を見せた。
しばらくすると、隊士達がぞろぞろと会議室に入ってくる。
彼らは志乃の姿を見て「おはよう!」と気さくに声をかけ、彼女も挨拶を返した。その姿は、監視される側とする側とは思えないほどだ。
最後に局長である近藤が入ってきて、土方の隣に座る。志乃はいつものように、部屋の隅っこで正座していた。
最近の攘夷浪士の動向だとか、株の値動きだとか、様々な話をした。
「それと、最近辻斬りがまた増えている。下手人は複数いるらしいが、見つけたら速やかに逮捕するように。以上で会議を終了するが……志乃ちゃん、少し前に出てきてほしい」
「えっ?」
突然呼ばれた志乃は、驚いて目を見開く。そしてその次には、冷や汗が出てきた。
「ち、ちょっと待って近藤さん……あ、私何かやらかした?もしかしてついに、幕府から私の斬首の言い渡しでも来た⁉︎」
「いや、そんな大げさな事じゃないから落ち着いて」
「大体幕府がお前を殺したりなんざするかよ。お前は将軍様の友人なんだから、万が一そんな事があっても、将軍様が許さねーだろうよ」
「まぁとにかく、こっちに来てくれ」と近藤が手招きする。
志乃は警戒したまま、立ち上がって隊士達の間を通って、近藤の目の前に正座した。
「志乃ちゃん、実は君に渡したいものがあるんだ」
「え?」
そう言って近藤が差し出したのは、小さな袋。
それを受け取り、中を探ると紐が出てきた。紅色で、少し長めのそれに、志乃は思わずキョトンとする。
「志乃ちゃん、今まで真選組でよく働いてくれた。それは、俺達からのプレゼントだよ」
「え…………」
「ほら、志乃ちゃん前にあの髪紐が無くなって困ってただろ?総悟から貰った簪でまとめてた時もあったけど……やっぱり志乃ちゃんには、
みんなが、私のために?
そう思うと、じわじわと胸の奥が温かくなる。目頭がグッと熱くなった。
志乃は嬉しさのあまり、近藤に抱きついた。
「近藤さん、ありがとう‼︎」
「ハハ、そうか。よかったよかった」
ぎゅうう、と抱きしめてくる志乃の頭を優しく撫でる。志乃は近藤の胸に顔を押し付けてから、隊士達を振り返った。
「みんなもありがとう‼︎大好き‼︎」
「俺達も大好きだよ嬢ちゃん‼︎」
「さぁ、今度は俺達の胸にも飛び込んでおいで‼︎」
「オメーらはいいからさっさと仕事に行け‼︎」
隊士達は両手を広げて志乃を待ち構えたが、鬼の副長の一喝に負けて、トボトボと去っていく。近藤は「志乃ちゃんはたくさんの人に愛されてるな!」と豪快に笑った。
部屋に残っていた沖田が、彼女の背後にしゃがみ込む。
「貸せ。俺が髪まとめてやらァ」
「いいの?じゃあ、お言葉に甘えて」
志乃から髪紐を受け取り、口に咥えてから長い髪をまとめ上げる。
陽の光を反射する銀髪は、指の間からも零れ落ちそうで、とても綺麗な髪質だった。
少し悪戯してやろう、と沖田はグイッと強く髪を引っ張った。
「いだだだだ‼︎」
「あ、すまねェ嬢ちゃん。つい」
「ついって何だコラ‼︎お前絶対ワザとだろ、オイ‼︎」
「いいから前を向きなせェ」
「ったく……」
怒りを鎮めて、前を向く。
今度はちゃんと後頭部の上でまとめて、紐で縛った。最後に蝶々結びをして、完成である。
「ホラ、できたぜィ」
「ありがとう、総兄ィ」
沖田を振り返って、にこりと笑い、礼を言う。
その笑顔に不覚にも心臓が高鳴り、ムカついた沖田は彼女の頬を両手で引っ張った。
「いひゃいいひゃいいひゃい‼︎」
「畳にでこ擦り付けて『本当にありがとうございましたご主人様』。ハイ復唱」
「だりぇがしゅるか‼︎」
「テメーもさっさと仕事に行きやがれ」
チッ、と舌打ちを一つ立ててから、沖田が手を離して立ち上がる。
彼が部屋から出たのを見て、志乃と土方も立ち上がった。
「志乃、今日は俺と見廻りだ。いいな」
「はーい」
そう告げた土方が障子を開けたその時、目の前にバズーカを構えた沖田が。
「グッバイ土方さん」
ドカァアン‼︎
「総悟ォォォォォォォォ‼︎」
朝から、バズーカの音と男の絶叫が屯所に響き渡る。今日も真選組は平和だ。
********
見廻り。普段志乃は見廻りの際、土方がついているのだが、今日は何故か別の隊士と一緒に歩いていた。
話は数時間前に遡る。
土方が志乃と共に見廻りに行こうと彼女を呼ぼうとしたその時、隊士達が土方を呼び止めたのだ。
「お願いします副長‼︎嬢ちゃんと一緒に見廻りに行かせてください!」
頭を下げて頼まれても、土方は顔をしかめるだけだ。
いつも志乃が勤務時間内で外に行く時は、必ず土方がついていた。何故かというと、彼女の監視のためである。
そもそも志乃は、監視目的で真選組預かりになるはずだった。だが彼女がそれを拒否し、その折衷案として真選組でのバイトが決まったのだ。
ゆえに、彼女の単独行動は許されない。その見張り役を、土方が買って出たという話なのだ。
「ダメだ。お前らじゃアイツ甘やかすだけだろ」
「副長!そこを何とか!」
「わかってんのか?アイツは俺達の監視対象なんだ。いつ銀狼の力で暴れられちゃ困るんだよ」
「まだ言ってるんですか‼︎そんなこと言ってるの、もう副長だけっスよ⁉︎嬢ちゃんが悪い娘じゃないってことくらい、副長だってわかってるはずじゃないですか‼︎」
「っ…………」
隊士の怒声に、土方は思わず押し黙った。
わかっている。彼女がただの子供だということを。
しかし、だからと言って幕府から命じられた監視を、名目上怠ることはできない。
霧島志乃は、ただでさえ厄介な連中から狙われる娘なのだ。
目を離した隙に攫われ、最悪の場合殺されるかもしれない。たった12歳の娘が背負うには、重すぎる重圧だ。
しかも彼女は誰かを護っても、自分を傷つけることすら厭わないバカな子供。
だから、必ず隣にいて、無茶をしないか見守ってやらなければならない。
いつの間にか自分の手からするりと離れないように、しっかりと手を繋いでやらなければならない。
それが、彼女を護ることに繋がるのだから。
煙草を手に取り紫煙を吐いて、それが空に消えていく。それを見届けてから、土方は口を開いた。
「…………わかった。ただし、絶対にアイツを見ておけ。目ェ離した隙にどっか消えちまえば、そん時は切腹だからな」
「‼︎はいっ!」
隊士は笑顔を浮かべて、勢いよく頭を下げる。
廊下を歩いていた志乃を見つけるや否や、彼女の元へバッと走り、
「嬢ちゃん!今日は俺と見廻りだよ!」
「えっ⁉︎トシ兄ィが許すなんて、明日は槍でも降るの⁉︎」
なんていう失礼な会話は聞こえないフリをした。
という経緯で、志乃は隊士と共に見廻りに出ていた。
人通りが多く、迷子にならないように志乃は隊士の袖をちょこんと摘んで歩く。隊士は萌え死に寸前だった。
その時、笠を被った男とふとすれ違う。それだけならば、ただの通行人であったのに。
ヒュンッ
刹那、男は抜刀し、志乃の首を狙って振り抜いたのだ。
「じょ……‼︎」
ガシッ‼︎
「オニーサン、これは一体何のマネ?」
白刃が彼女の赤い血を浴びようとした瞬間、刀を志乃が右手で掴んだ。
「なっ⁉︎」
「嬢ちゃん‼︎」
男が刀を動かそうとするが、強い力で押さえつけられて全く動けない。
逃げようとする男に、志乃はグンと刀ごと男を引っ張って、顎を蹴り上げた。
「オラァ‼︎」
「ぐほっ‼︎」
一撃で男を沈めた志乃は、刀から手を離す。掌は刀を握ったせいで血塗れだった。
「嬢ちゃん‼︎大丈夫⁉︎」
「平気。あ、手錠手錠……」
「嬢ちゃんはパトカー呼んで‼︎俺がやっとくから」
「ほーい」
突然の通り魔事件が一瞬のうちに解決し、隊士は焦りながらも手錠を取り出す。
志乃が携帯を取り出して開いたところ、ズキッと鈍い痛みが右手に走った。
「いっつ……あー、くそッ」
「大丈夫?」
「うん、まぁ……」
おかしい。この程度の痛みなど、どうってことないはずなのに。
何とか痛みを堪え、土方に連絡を入れる。詳細を端折ってパトカーを要請し、通話を切った。
その時、再び右手にズキンと痛みが走る。痛いのは、先程刀を握った掌だ。
「ぐっ……‼︎」
「嬢ちゃん‼︎」
手が痺れ、痙攣を起こす。グラリと視界が霞み、ついに膝をついて倒れた。
焦った隊士が犯人そっちのけで志乃に駆け寄り、抱き起こす。
「大丈夫か⁉︎しっかり!」
「はぁ、はぁ……ぐ、う……」
顔が青ざめ、血の気が引いていく。
肩で呼吸する志乃に、隊士はパニックに陥った。
「じ……嬢ちゃんしっかりしろ、なぁ、嘘だろ?」
「はぁ、はぁ、はぁ」
苦しそうに息をしながら、懐に左手を入れ、クナイを取り出す。
それを投げると、この隙に逃げようとしていた犯人の足に突き刺さった。
「ぐぁあっ‼︎」
「逃が、すか……っ、あんたも……今すべき事を……げほっ、見失うな……‼︎」
「じ、嬢ちゃん‼︎」
「ゲホゲホッ、ゴホッ‼︎」
咳き込んだ志乃は、手を口にやる。喉の奥から血の味がして、込み上げてくるそれを地面に吐いた。
ビチャビチャ、と地面に血が水たまりを作る。歪んだ視界に最後に見えたのは、到着したパトカーだった。