銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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親にとって子供はいつまで経っても子供

吉原。その全てを見下ろせる楼閣に、銀時、新八、神楽はやってきた。理由は、目の前の金髪の女に会うためだ。

 

「獣衆」金獅子・矢継小春。吉原の楼主として君臨している彼女の元に赴いたのは、先程の暗号を解読してもらうためだった。

代々銀狼の右腕として棟梁を支え続けてきた彼女ならば、とふんでのことだった。

早速銀時が、小春に数字の並ぶ紙を手渡す。それをしばらく眺め続けていたが、溜息と共に紫煙を吐き出した。

 

「………………」

 

「何か、わかりましたか?」

 

「わかりましたも何も……貴方達、唐突すぎるのよ。一体何があって、焦ってわざわざ私の元に来たわけ?」

 

「説明してる暇も惜しいんだよ。いーからさっさと解読しろビッチ」

 

「何ですって?」

 

ギロ、と小春が殺気を孕んだ目を銀時に向ける。しかも彼女は既に拳銃を持って銀時の額に当てがっていた。

 

「ま、待ってください小春さん!」

 

「お願いアル、志乃ちゃんが死んじゃうかもしれないネ!」

 

「⁉︎」

 

神楽の言葉に、小春が目を見開く。それに続いて、新八が今までの経緯を順を追って話した。

 

「なるほどね……攘夷戦争時代の化学兵器が、まだ残っていたなんてね……」

 

煙管を咥え、頬杖をつく。

紫煙をくゆらせ、眉をひそめた小春は一度目を伏せた。

 

「それで、杉浦さんがこの場所にいると……」

 

「…………」

 

改めて、数字の羅列に目を落とす。

 

『16 ー 32 21 41 17 6 8 25 15 3 10 22 12 25 824 62 46』

 

杉浦によれば、この暗号は銀狼なら一発でわかるということらしいが……生憎自分は銀狼ではないため、解読に時間がかかりそうだ。

小春は紙を机に置いて、携帯を取り出して、写真を撮った。

 

「取り敢えず、獣衆の全員に送ってみるわ。私も色々試してみるけど……」

 

「オイ、志乃だけには送るなよ」

 

「は?」

 

小春の手を掴み、銀時は携帯を取り上げて志乃以外の全員に写真とメールを送った。しかし、その写真は志乃の寝顔フォルダから取り出して送っていた。

 

「待たんかいィィィ‼︎」

 

パァン!

 

小春がツッコミと共に、発砲する。それを銀時が間一髪でかわした。

 

「何しやがるこのクソアマぁぁ‼︎」

 

「あんたこそ何してくれてんのよ‼︎私の秘蔵フォルダに手を出さないでちょうだい‼︎あれ撮り貯めるのにどれだけ苦労したと思ってんのよ!」

 

小春は拳銃を銀時に向けたまま、力説した。

 

「それはそれは大変だったのよ……志乃ちゃんは貴方に連れられて戦場にいたから、他人の気配にとっても敏感でね。気配を悟られぬよう、それこそ陰湿なゴリラストーカーのごとく……」

 

「お前もなかなか悪質なストーカーだろーが‼︎何拳握りしめて苦労語っちゃってんの⁉︎やってること最低だかんな‼︎」

 

普段ボケ担当の銀時にまでツッコませるとは。恐るべし。

しかし何とかそれを宥めて、ちゃんと暗号の写真を送った。

 

「僕達も頑張って解読してみます」

 

「……わかったわ」

 

銀時達が、小春の部屋から出ていく。

その背中を見届けてから、小春は携帯のメール送信ボタンを押した。

 

宛先はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー霧島志乃。

 

********

 

その頃、病院。病室で大人しく横になっていた志乃は、ぼんやりと窓の外の空を眺めていた。

右手の感覚は、もうほとんどない。『黒曜石』が完全に右手を侵し、使い物にならなくなっていた。

真っ黒になった彼女の右手に、ベッドの傍らに座る時雪が手を添える。

それを目視しないと、触れられたという感覚さえ、今の彼女にはわからない。

 

悔しかった。

志乃と恋仲になってからというものの、自分は彼女に護られてばかり。自分が護ったことなど、一度もなかった。

いや、それ以前に、初めて出会った時から、自分は彼女に護られていた。

親のいない中、自分が家族を護らねばと、妹達の代わりにその身を溝鼠組に捧げようとした。しかし、その時彗星のごとく現れたのが、霧島志乃だった。

彼女は瞬く間に彼らを倒して、自分を助けてくれた。以来、彼女にこの借りを返そうと彼女の経営する万事屋に転がり込んだが、結局何も成し得ないままだった。

このままでは、自分のいる意味すらわからなくなってくる。

何のために、自分は霧島志乃のそばにいるのか。

 

「……………………」

 

胸が苦しくなって、涙が零れる。

その時、志乃の携帯が鳴った。

 

「!」

 

時雪は目を見開いた。着信に気づいた志乃が、体を起こそうとしていたからだ。時雪は咄嗟に、彼女の肩を掴む。

 

「ダメだよ‼︎安静にしてなきゃ!」

 

「ヘーキだって、これくらい。体起こすだけだよ?トッキーったら、心配しすぎ」

 

あはは、と笑う志乃に、何も返せなかった。

 

ーーどうして。どうして君は笑ってられるの?

 

志乃は左手で携帯を開き、メールの内容を確認する。

プライバシーを尊重して、時雪は画面を覗かなかった。

 

「……誰からだった?」

 

「…………んにゃ、広告メールだったよ。今注目の衆道本ランキングだって。どうしよう、1位のやつ買おっかな」

 

あと18時間の命だというのに、どうしてこうもヘラヘラ笑ってられるのか。何でそんなにいつも通り、呑気でいられるのか。

周りのみんなが、こんなに心配しているのに。暗号の解読に、尽力しているという時に。

何で。

 

「……んで……」

 

「ん?」

 

「何で……志乃は……そんなに笑えるんだよ」

 

確かな怒りを持って、時雪が呟く。膝に乗っていた拳が、彼の袴を握りしめてシワを作っていた。

志乃が視線を携帯の画面から時雪に向けた途端、涙を散らして叫んだ。

 

「志乃、もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ⁉︎なのに何でそんなヘラヘラ笑ってられるんだよ⁉︎こっちはものすごく心配してるのに‼︎どうしてそんな風に呑気でいられるんだよ‼︎ふざけるなよ‼︎」

 

「…………」

 

初めてかもしれない。時雪が、こんなに怒った姿を見たのは。

志乃は少し驚いたような表情だったが、すぐにスッと目を細める。

 

「怖いよ」

 

「…………ぇ?」

 

ポツリと紡がれた言葉に、時雪は涙を流したまま聞き返した。

 

「怖いよ」

 

「志乃……」

 

「今だって、不安で不安で仕方ない。さっきみたく笑ってないと、泣き出しちまうくらい。……ごめんね、トッキー。私、弱いからさ。こうでもしないと、怖くて震えが止まんないんだ」

 

フッと笑ってみせる志乃。携帯を握るその手が、微かに震えていた。

武者震いなんてものじゃない。単純に怖がっているのだと、時雪はすぐにわかった。

 

「……俺の方こそ……ひどい事言ってごめん……」

 

「いいよ。気にしないで、トッキー」

 

いつものように優しく笑いかけた志乃は、ベッドに左手をついて降りた。

 

「……えっ⁉︎」

 

突然のことに、時雪は驚きを隠せない。

志乃の右手は、完全に死んでいるのに。もう解毒剤を飲まなければ動けないのに。

 

「ち……ちょっと待ってよ‼︎」

 

金属バットを持って、普通に部屋を出て行こうとする志乃を引き止める。こんな時に外出なんて、何を考えているんだ。

 

「そんな体でどこ行くんだよ⁉︎病院で安静に……っ⁉︎」

 

言いかけた瞬間、時雪は言葉を失った。

ミシミシと、鳩尾に深い一撃が入る。かはっと唾を吐いて、時雪の意識は遠のいた。

崩れる彼の体を、志乃の右腕が支える。手は使えなくても腕はまだ機能していた。というか、右手を拳にしているおかげで、まだ殴るという使い道は残されている。

その拳で時雪を気絶させた志乃は、眠った彼をベッドに乗せた。

少し、というかかなり、手荒なマネをしてしまったことを、反省する。

志乃は時雪の唇にキスを落とし、踵を返して病室を出て行った。

 

********

 

志乃が向かった先は、自宅。

その自分の部屋の押入れに、大切なものをしまっていた。袋から取り出したのは……銀狼の伝家の宝刀・「鬼刃」。

それを帯に挿して、志乃は再び家から出た。その時、扉のすぐ隣に誰かがいた。

 

「病人が暇だからって外ほっつき歩いてんじゃねェよ」

 

家に寄りかかって、紫煙を立ちのぼらせていたのは土方だ。

空を眺め決してこちらを見ることもなく、しかし意識はこちらに向けている。

 

「…………」

 

志乃は土方を横目で流して、彼を無視して歩き去ろうとした。しかし、

 

ガシッ

 

肩を掴まれ、引き止められる。

 

「どこ行くつもりだ」

 

「放して」

 

振り返らずに、志乃は言い放った。冷たく、突き離すように。

しかし、そんなことで彼が手を放すつもりはないとわかっていた。

 

「一般市民が何堂々と廃刀令破ってんだ」

 

「一応警察で働いてるから問題ナシ」

 

「ただのバイトだろーが」

 

「シフト入ってる時は刀持ってるよなら、入ってなくても同じでしょ。アンタらだって休日に刀ぶら下げてんじゃん」

 

志乃は言い返す。

土方は正々堂々と話し合おうとしない彼女に、苛立ちを隠せない。

まただ。このガキは、こうして話を逸らして、俺から逃げようとしている。

わかっているのに、そのペースにまんまと乗せられていることが余計に腹が立つ。

 

「……よこせ。んな物騒なモン持ってどこ行くつもりだ」

 

「残念だけど普通の人間じゃ『鬼刃』は持てないよ。アンタだっていくら鬼呼ばわりされても、所詮人間じゃん」

 

「なら、今すぐ捨てろ」

 

銀狼(ウチ)の家宝をそう簡単に捨てられるワケないでしょ」

 

あくまで、志乃は振り返るつもりはなかった。

振り返ったら、あいつの顔を見たら、きっと決心が揺らいでしまう。そんな中途半端な覚悟を持ったつもりはないけれど。

わかってる。何故背後にいる彼が、ここに来たか。

……私が一人で行くのを止めるためだ。

まぁ、常識的に考えればそうだろう。どこの世界に、毒を盛られた人間を自由に歩かせる奴がいる。

でも、今回ばかりは、それはありがた迷惑だった。

行かなくてはならない。杉浦大輔(あのおとこ)と、決着をつけるためにも。

 

「聞いてんのか志乃。いいからとっとと病院に戻……‼︎」

 

土方の言葉が止まる。体が宙を舞っていた。

土方は咄嗟に体を捻り、着地する。

何があったのか、一瞬わからなかった。

振り返ると、藤色の小さな背中が遠く見えた。

彼女は、一瞬のうちに土方の体を投げ飛ばしたのだ。そう察した土方は、立ち上がり、抜刀する。

 

「待てっ、"銀狼"‼︎」

 

その背中に叫んでから、刀を携えて走り出した。

こうなったら、力ずくでも刺し間違えてでも止めてみせる。土方は覚悟を決めた。だから、"志乃"ではなく"銀狼"と呼んだ。

志乃は迫る土方を振り返ることなく、歩みを止めない。

 

「待てって……言ってんだろーがァァァ‼︎」

 

土方は、ついに刀を振り上げた。

しかし。

 

「ーーっっ‼︎」

 

ビタ、と、肩に下ろそうとした刀を寸での所で止めてしまう。

頭の中では、斬ってでも止めねばならないと理解していた。

なのに、体が動かない。

惑っている。本当に、彼女を斬るのは正しいことなのか。

目の前にいる彼女を、止めなければならないのに。なのに、彼女の決意がその小さな背中からひしひしと伝わってきて、圧倒されてしまう。

チッと、舌打ちした。

 

「……やめときな。生半可な覚悟で、刀なんて振るうもんじゃないよ」

 

「…………てめェ……何するつもりだ」

 

「野郎の目を、覚まさせに行く」

 

キッパリと、志乃は言い切った。

杉浦(やつ)を殺すではなく、目を覚まさせる、と。

首だけを回して、志乃は土方を見上げた。

 

「大丈夫。私は、必ず帰ってくる」

 

懐から、志乃は髪紐を取り出す。

真選組から貰った、あの髪紐を。

それを口に咥えてから、髪をまとめ、結い上げた。

 

髪紐(コレ)に誓うよ。約束だ」

 

にこり、と微笑んで、志乃は前を向いた。

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