そして、お見合い当日。
志乃達は屋敷の中からの護衛を命じられた。
もちろん外にも隊士達を配備し、完全防御の構えである。
「いいか、オメーら」
隊士達を見渡して、土方が口を開く。
「今日の任務で怪我人を出せば、それこそ真選組全員の責任になる。しかと肝に銘じと……」
「死ね土方コラァァァァァ!!」
「ぬぉあああああああ!!」
言い終わる前に、高い声と共に砲撃が土方を襲う。間一髪土方はそれを躱した。
こんな事をするのは、この組織の中で一人しかいない。
「てんめェェェ!!人の話聞いてたのか総悟!!」
「え?あ、すいやせん。『落語者』の放送聴いてたんで、一切聞いてませんでした」
「謝罪すんなら罪悪感を持て!!」
「つーか土方さん、バズーカ食らっただけで、何でもかんでも俺のせいにしないでくださいよ。俺何もやってません」
「じゃあ他に誰がやったってんだよ」
「私だよ」
「オメーかよォォォォォォォォォォォ!!」
親指で自身を示しながら、志乃はバズーカを肩に担いだ。
銃口から煙が出ていることから、先程の砲撃も彼女によるものだと推測される。
「てめっ、何しやがんだ!!危ねーだろーが!!」
「うるせーな、これでも我慢した方だよ。本来なら不意打ちで撃ったところを、ちゃんと名指しして『死ね』っつって撃ったんだから」
「そっか、ありがとう!なんて言うかボケェ!!どっちにしたってよくねーわ!!」
恐らく、この小説ではなかなかお目にかかれないノリツッコミが炸裂する。
しかしそんな事すら気に留めない二人は、お互い怒っていた。土方は先程の志乃の行動に、志乃は彼氏の見合い相手に。
「仕方ないでしょ。このバズーカ、ホントならトッキー寝取ろうとしてるクソ女に一発ぶちかましてやりたかったの。でも我慢してアンタに向けたんだよ。今すぐにでも見合い相手なぶり殺しにしてやりたいところを堪えてるんだよ。わかったら黙って私の八つ当たりに付き合って」
「お前の事情なんざ知るか!!つーかどうせやんなら俺じゃなくて山崎にしろ」
「ちょっと副長!?さりげなく俺を犠牲にしましたよね!?」
二人の喧嘩が、山崎にまで飛び火する。
しかし、志乃は山崎を庇う。
「ザキ兄ィはダメ。トシ兄ィは殴り飛ばしたってピンピンしてるから平気だけど、ザキ兄ィにやると罪悪感がハンパない。私だってね、手出していい人と悪い人の区別くらいつくもん」
「オイじゃあ何で俺はバズーカで撃っていいんだ。何基準だコラ」
「だってトシ兄ィ、いつも総兄ィに殺されかけてるでしょ。日常が最早デッドオアアライブでしょ。だから大丈夫かなって」
「大丈夫なわけねーだろ!!何だその妙な信頼は!!」
サムズアップする志乃は、珍しくポーカーフェイス。時雪の見合い相手に対する殺気を抑え込んでいるのだろうか。
散々ツッコんだ土方は、肩を上下させてから溜息を吐いた。
その隣で、近藤が土方の肩に手を置く。
「まぁまぁトシ、志乃ちゃんも時雪くんが心配で気が気でないんだろう。あんまり怒らんでやってくれ」
「だからって公私混同されちゃ仕事になんねーよ。ったく……」
「それに、志乃ちゃんなら心配ないだろ。ああ見えて結構大人だし、ちゃんと身の振り方もわかってる。……ま、と言ってもあの娘はまだ12歳だが」
「……………………」
沖田と共に持ち場につく志乃の背中を見て、土方はタバコを取り出す。
わかっている。志乃がまだ子供であることなど。
恐らく今回の見合い、志乃は相当なショックを受けたはずなのだ。
彼女の時雪への依存っぷりは、側から見てもわかるほど。
そんなに惚れ込んでいる彼氏が突然、不本意ながら見合いをしなくてはならなくなった。
相手の顔を見たわけではないが、自分よりも年上ですぐに結婚できる年齢であることは安易に想像できる。
もしかしたら付き合っているだけの自分が切り捨てられると不安を感じているかもしれない……。
「近藤さーん、ちょっと屋敷見廻り行ってきまーす」
「えっ……あっ、ちょっ、志乃ちゃんんんん!?」
「オイ!!誰も許可出してねェぞ!?戻ってこいバカ娘!!」
ーー嫌な予感しかしねェッ……!!
土方の勘は、見事的中することになる。
********
ーーカコン。
静寂が包む部屋に、ししおどしの音だけが響く。
正装した時雪は、目の前で静かに微笑をたたえる少女ーー篤子と
時雪の隣には、父親代わりとして松平が座っている。
見合い相手の篤子の家系は、政治において幕府内で特に強い権限を持つ家老を輩出してきた名家だ。
もちろん断るつもりでいるこの見合いだが、断った後のことが怖い。
隣の松平や将軍の庇護により、自分はここにいる。
バックという名のツテのおかげで、時雪に対して強く出る者はいなかったが、今回ばかりは話が違う。
そもそもこの見合いは、時雪が幼い頃決まった縁組だ。
だが、次々と訪れた身内の不幸、一族の中央からの追放もあり、自然消滅となったものだとばかり思っていた。時雪は完全に油断していた。
弟達を養うために働いて、雇い主の志乃と恋人同士になって。
しかも志乃とは両想いだ。特に彼女である志乃からの愛は、最早執着ともとれるほど。
しかし、強くてか弱い彼女の、心の拠り所になってあげたい。
年不相応に聡く、高い実力をほこる少女は、本当は歳並みに明るくて優しくて、誰よりも幼気な心を持つ。
そんな彼女を隣で支え、心折れてしまいそうな時には護ってやりたい。いつもひとりぼっちだと勝手に感じている彼女の、帰る場所になりたい。
時雪は、そう願うようになった。
その理想を叶えるためには、何としてもこの高難易度のクエストをクリアせねばならない。
ゲームオーバーになれば、コンテニュー不可能な綱渡りだ。
時雪は一度、小さく息を吐く。
ーーよし、やるか。
「お久しぶりです、篤子様。相変わらずお美しい様子で何よりです」
「まあ……ありがとうございます。時雪様も、男前になられて」
挨拶代わりに、本心を隠した言葉で牽制し合う。
口元には笑みを絶やさない。それを心がけて、時雪はさらに仕掛ける。
「……して、今日は一体どのようなご用件で?私達の見合いは随分前に破談となったはずでは?」
「そうでした?正式な御断りは入れていなかったはずですよ?故に、この見合いはまだ有効。それを今、しているだけの話でございますわ」
「…………そうですか」
ムッとした表情を作る代わりに口角を上げて、憎らしいほどに笑顔を作った。
「せっかくのご縁ですが、お断りさせていただきます。貴女のようなお方は、私などには勿体無い。それに、私にはもう大切な人がいますから。どうぞ、お引き取り願います」
「あら……単刀直入に言うのですね。そんなにこの縁談を破棄したいと?」
「ええ。私の恋人は存外嫉妬深くてね。昨晩は大変でしたよ。まるで貴女の首を狙わんばかりの気迫でした」
「まあ野蛮な……。これだから下町の娘は……」
名前を直接出してはいないが、確実にバカにしたような発言。時雪は頬を引きつらせないように堪えた。
「そんな娘と付き合うなんて、貴方の家の品格が下がりますわ。だって貴方は、将軍家縁者。遠縁とはいえ、血の繋がりがあるのに変わりはありません」
「……………………でも、彼女は
キッパリと言い切った時雪を見つめる篤子の表情に、明らかに翳りが現れた。その時、外野だった篤子の父親が口を挟む。
「茂野殿!我が一家に恥をかかせるおつもりか!大体そちらの家は……」
「おやめください、父上」
父親代わりの松平が弁護しようとしたところを、篤子が父を諌める。元の綺麗な笑顔を貼り付けて、松平に言った。
「松平公、時雪様と二人にしていただけますか?」
「……だが、話は……」
「お願いします」
話は終わってない。そう言わんばかりの圧力に、松平は時雪に視線を移す。時雪はそれを受けて「大丈夫です」と頷いた。松平と篤子の父親は腰を上げ、部屋を出る。二人きりの空間に、かこん、とししおどしがまた鳴った。
********
一方その頃。時雪の気配と匂いを頼りに、志乃は屋敷の中を歩き回っていた。
「トッキー、どこかな……」
彼は今、何をしているだろうか。頭の中を、愛しい彼のことで埋め尽くされる。
時雪のことを考えるだけでこんなにも満たされるなんて、自分が彼に心底惚れている証拠だろう。
真選組の制服でうろちょろしているからか、志乃を曲者として咎める者はいなかった。
ふふふ、と跳ね上がる心のままに、少しスキップする。
着地した地点で、志乃は足を止めた。
「……………………え……」
石のようになる、とはこのことか。
体だけでなく、思考まで固まったような気がする。
そのくせ器官だけは正常に機能して、目前のこの光景を映していた。
そこは、まぁ一言で言うと部屋だ。料亭の如何にもという感じの部屋。
そこの、真ん中にある机で、二人の男女が転がっていた。
女が上で、男は下で。そのシチュエーションだけ見ると明らかにアハンな雰囲気であることは察せる。
だって、二人は唇を重ねてるのだから。
しかし、志乃の思考を停止させたのは、それが理由ではない。寧ろそんなの些末な事に過ぎない。
問題なのは、その二人だ。
上に乗ってるのは、見たこともない美しい女。その下でキスを受け止めているのは、紛れもなく志乃自身が心から惚れた男。
「トッ…………キー…………」
最悪の未来は頭の片隅で予感していた。
まさか、まさか。
でも、そんなはずない。だって約束してキスもしてくれた。
なのに何で。
「んっ……!」
視線がぶつかって、彼が抵抗しようと下で暴れる。それを押さえ込んで、女はさらに彼に口付けていた。
この光景を一目見たら、即刻相手の女を殺してやる。それくらいの気概はあったはずだ。
でも、いざそれを目の当たりにすると、指一本すらピクリとも動かなくて、ただ呆然としている。自分の頭すら、何を考えているかわからない。
「ゃめ、ろっ!」
女を突き飛ばして、起き上がった時雪は、ゴシゴシと口を袖で拭う。
ギッと女を睨むが、フッと鼻を鳴らして笑うだけ。
「あら、女の一大決心に何てことをするの?」
「何が一大決心だ!無理矢理しておいて!……やっぱり、貴女との縁談は断らせていただきます!」
時雪はすぐに志乃の元へ近寄るが、その手が届く前に、体が離れる。
「……志乃?」
「………………ごめ、ん」
発した声は、思っていたより震えていた。
一歩退がり、頬を水が伝う。こんな情けない姿見られたくなくて、志乃は走り出した。
「志乃!?」
時雪の声も聞き留めず、足の裏で塀の屋根を蹴り、さらに跳ぶ。
何をやってるんだ。最低なのは他でもない自分だ。
以前、ファーストキスを他の男に奪われても、彼は許してくれたのに。
内で叫ぶもう一人の自分を押さえつけて、のたうちまわってる姿はあまりにも惨めなものだった。
頬の涙を拭って、再び屋根を蹴った。
********
「っはぁ……はぁ……」
荒い呼吸を吐いて、蹲る。屋根を飛び回っているうちに、いつの間にか雨が降ってきた。散々走って火照った体に冷たい水が打ち付ける。
「……っ、く、ぅうっ……!」
自分でもわからないまま、ボロボロと涙が零れる。ぐっしょり濡れた服では拭えず、ただただ俯いていた。
路地裏で膝を抱える志乃に、一人の男が近寄る。彼女の頭上に傘を差し出した。
「……?」
「ーー風邪をひいてしまうよ、
「!?」
聞き覚えのある声。だが、この声はーー志乃が最も嫌う声。
かつて、自分を無理矢理襲おうとした、あの男の声。
ゾッと背筋に寒気が走る。顔を上げるとすぐそこにーーあの男が立っていた。
「!!あ……っ」
「やぁ、覚えててくれたんだね?僕は嬉しいよ……」
慈しむような声に、虫唾が走る。
嫌だ。嫌だ。覚えていたくもない。思い出したくもない。できればもう二度と、目の前の顔を見たくなかった。
「待たせてしまったね。君と二人になるためには邪魔が多くてね。片付けるのも一苦労だ。……まぁ、それがようやくひと段落した。だから、君を迎えに来た」
「っ……!!」
「約束したからね?君をもう一度迎えに行くって。今度こそ、君と僕は永遠に一緒になる」
頬に伸ばされた手を払い、腰の金属バットを抜く。
一撃を男に叩き込もうとしたーーが。
ガギィン……!
「なっ……!?」
いつの間にか、男と志乃の間に、彼を護るように立っている青年がいた。その青年が手にする傘が、金属バットを受け止める。
雨の中、志乃ははっきりとその目に青年を映す。自分と同じ銀髪、赤い目……これは、銀狼の特徴と一致する。
まさか、そんなはずはない。だって、銀狼の一族は、今や私一人。
「お前……一体、何なんだ……!」
動揺を悟られぬよう、もう一撃加えんと金属バットを振るう。だが、その連撃全てを防がれ、次第に焦りが募った。
傘ーー番傘からして、夜兎だろうか。気を逸らして多少落ち着きを取り戻した志乃は、傘を突き破らん勢いで突きを放った。
「くそッ!」
苦し紛れのそれに、青年は無表情のまま傘の柄を握った。それを下に引っ張り……そこから、刀身が現れる。
「!」と志乃が目を見開いた瞬間、首元に衝撃が走った。水たまりに倒れ込み、飛沫が舞う。
最後に彼女が見たのは、自分とそっくりな顔立ちをした青年だった。
ここからしばらく志乃消えます。