ゆっくりでいいのでついてきてください。
「オーイ!!志乃ちゃーん!!どこだァー!」
江戸の街。両手をメガホンのようにして、四方に呼びかける。
何度この行為を繰り返しただろう。返ってくるのは少し耳障りな雨の音だけで、いつもの明るい声は聞こえない。
傘を片手に、山崎は辺りを見渡した。自分と同じように、路地で原田が声を張り上げている。
「どこに行っちゃったんだろう……」
そんな小さな呟きは、雨音に掻き消された。
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あのお見合いの日から、三日。
時雪は篤子との縁談を破棄したが、彼女は一向に諦める様子はない。彼女からの手紙は全て捨てているが、お見合いの日を境に志乃が行方不明になったのだ。
家にも、屯所にも帰ってこない。彼女が行きそうな場所は全て探してみたが、その姿はどこにも見当たらなかった。
真選組総出という異例の事態。
というか、一応志乃捜索班を組んではいるのだが、みんながみんな何故か挙ってそこに入り、結局全員が探すことになっているのだ。もちろん土方は反対したが、近藤の進言によりこの大捜索が始まった。
いなくなった、とわかってすぐは酷かった。特に荒れたのは沖田だ。
この原因を作り出した時雪を殺しにかかったり、志乃がいなくなってからというものの、休みもせずに探し回っている。
現に、今も。
「志乃ッ!!どこにいる、さっさと返事しろィ!!」
喉を鳴らして叫んだはずなのに、雨音に邪魔されて届かないような感覚に陥る。濡れて体に貼りつく服が、やけに重く思えた。
これも全て、焦っているからなのか。
惚れた女がいなくなっただけで、こんなにも焦る。
一つ舌打ちをしてから、また水たまりを蹴って走り出した。
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真選組が揃って志乃を捜していた頃。杉浦大輔は、上司の土方と共に資料室に来ていた。
今朝突然部屋にやってきて、「資料室についてきてくれませんか」と頼んだ杉浦。
彼の正体は志乃と同じ“銀狼”霧島刹乃。何か今回の件について知っているかもしれない。
「……オイ杉浦」
「何ですか?」
「お前、志乃がどこへ消えたか知ってるな」
「………………」
杉浦は真顔で土方を見つめ返したが、すぐに本棚に視線を移す。
「それを捜しにここに連れてってもらったんですよ」
「あ?」
「志乃は時雪くんがキスされたショックで居なくなったんじゃない。何らかの事件に巻き込まれたんです」
「はぁ!?」
驚きを声に出すと、杉浦は目当ての資料を見つけたのか、ファイルを取り出す。部屋の奥、真選組が結成されて間も無い頃のもの。それを広げて、ページをめくり始めた。
「オイ、それって一体どういう意味だ!」
「そのままの意味ですよ。恐らく志乃は、どっかの誰かの画策にまんまと嵌り、誘拐された可能性が高い」
土方の動揺を気にもせず、杉浦は手を止めない。
「多分今頃、監禁されてると思いますよ。何されてるかまではわかりませんけど」
「は、……!?」
彼の淡々とした態度に腹が立ち、土方は彼に詰め寄る。
「テメェ、それをわかってて何で……!」
「恐らく今回の件、時雪くんすら利用した謀略なんですよ。自然消滅した縁談を盛り返したのも、真選組に護衛を任せたのも、全て敵の罠。敵は最初から、志乃だけを手に入れたくて、ここまでの事をした。……ついでに邪魔者の排除もね」
「邪魔者……?」
土方の問いに答えず、パラパラと資料のページをめくる。そこの一枚で手を止めた。
「土方さん、俺は犯人の事を知りません。でも、貴方方は知ってるはずだ。かつて浪士組の名を冠していた頃、この男が仕出かした事を」
杉浦は報告書に載る男の写真を見せる。
「この男ーー松木羽矢之助を」
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志乃捜索を一度打ち切り、土方は近藤に杉浦の話を持ちかけた。相変わらず全てを見透かし、それを誰もが知っている体で喋る彼の言葉の真意を、自分なりに推測して報告する。
「松木羽矢之助……か」
近藤が、杉浦の挙げたキーマンの名を口の中で転がす。脳裏にその名を巡らせてみても、見覚えがないように思える。
「今山崎に、この男の身元を詳しく調べさせてるが……近藤さん」
「どうした?」
「……
いくら杉浦の正体が志乃の叔父・霧島刹乃とはいえ、彼は以前高杉と通じ、志乃の命を狙った。
志乃の嘆願に根負けして彼を生かしたが、あれほど彼女を恨んでいた杉浦が、志乃のために動くとも思えない。もしかしたら嘘を吐いているのかもーー。
だが、近藤は勘繰る土方を諌める。
「トシ、志乃ちゃんを殺そうとしていた男の言葉を信用できんのはわかる。……だが、あの娘が消えて早3日。彼女の足取りは一切掴めてない。なら、悪魔の手に乗るのも一つじゃねェか」
「だが近藤さん!もし奴が嘘の情報を俺達に流していたら……!」
「責任は全て俺がとる!!」
キッパリ言い切った局長に、押し黙る他ない。不安を拭い去れない表情の土方に、近藤は珍しいものを見たように笑った。
「はは……トシ、お前もやっぱり志乃ちゃんが大好きなんだな」
「………………ハァ!?」
豪快に笑う近藤。土方は驚いて目を見開く。心なしかその頬は赤く染まっていた。
「冗談じゃねェ!!何で俺があんな小娘ッーー」
「おおおお、落ち着けトシ!!刀!刀しまって!!」
「アンタがいきなり変な事言うからだろ!!」
びっくりするじゃねーか、と愚痴を零し、タバコに火を点ける。
びっくり、というよりかは図星を突かれたような反応だったが……近藤はその言葉を呑み込み、松木羽矢之助の写真に目を落とす。
「この男……確か……」
「!何か知ってるのか、近藤さん!!」
見覚えのある顔だった。だが、それがどこで会ったのか、何故知ってるのか、それがわからない。松木の写真の下には、彼の罪状が書かれている。
『罪状:幼女誘拐、強制わいせつ未遂』
ーーただのロリコンじゃねェかァァァァアアアアアア!!!!
近藤と土方のツッコミが一致した。
しかし、ハタと閃く。ロリコン?ということはもしかしたら。
彼が捕まったのは、浪士組から真選組へ改名する間も無い頃ーーつまり約4年前。もし軽い罪として裁かれ(実際軽い事はないのだが)、既に服役を終えていたら。同じような犯罪を犯す可能性もある。
さらにもし、志乃の年齢ーー12歳がセーフティラインだとしたら。
志乃は顔だけで言ったら相当な美少女だし、その中身ーーSだと判明しても、相手が相応の性癖だったならば。
ーーハイアウトォォォォ!!
どっちにしろ、彼女を早く救出せねばならない。志乃は同じSの沖田とは違い、Mが大の苦手。寧ろ恐怖対象と言ってもいい。
兎にも角にも、急いで志乃を救出しなければどうしようもない。
「山崎には、何かわかり次第すぐに連絡させる!あと……気に食わねェが、杉浦も動員させる!いいな、近藤さん!」
「ああ、わかった!」
上司の了解を取り付け、土方は部屋を出ていった。杉浦を捜しに行ったのだろう。この情報も手がかりも少ない状況下では、銀狼の勘を利用する他ない。その背中を見送った近藤は、フッと嘆息した。
「……やっぱり何だかんだ言って、アイツも志乃ちゃんのことが好きなんだな」
まったく、色んな人に愛される少女だ。もう一度嘆息した近藤も、腰を上げた。
まだ雨の降る庭を眺める。
ーー必ず助ける。だから志乃ちゃん、もう少しだけ待っててくれ……。
届きもしない願いを、空に託す。
この曇天は、まるで志乃を覆い隠しているようだった。
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一方その頃。松木邸。
雨音を聞きながら本を読んでいた松木の部屋に、一人の青年が入る。銀髪に赤い目をした青年は、左目だけ眼球にあたる場所が黒かった。書生服姿の青年は、松木ではなくジッと一点を見つめていた。
「……僕を嗅ぎまわっている連中がいるらしいね?」
「………………」
「僕の言いたい事がわかるだろう?僕の……いや、僕達の間を邪魔する者は、全て殺せ」
「………………」
コクリと頷いた青年は、銀髪を靡かせ部屋を出た。
初めて彼を見た日、まるで愛しい彼女と生き写しだった。あの衝撃を、松木は忘れない。
彼は意志を持たぬ人形で、命令すればその通りに動く。役に立たぬ道具、松木の障害となるものを次々と排除させた。
本に目を落とした松木は、独白のように呟く。
「……それで?“彼”は墜とせそうなのかい?」
「…………もうちょっとよ。もうちょっとだけ待って。必ず……私のモノにしてみせるわ」
「君が欲しいと言うから譲ったが……もし彼が君のモノにならなかったら……どうなるかわかってるね?」
「…………………………」
「彼は殺す。あの男の首を見せたら……志乃はどれほど喜んでくれるかな」
口元に、歪んだ笑みを刻む。彼の座る椅子の向かいに立っていたのはーー篤子だった。きゅっと唇を結び、こちらを見据える彼女の視線を受け、松木の笑みはさらに深くなった。
今回の犯人役、松木羽矢之助の名前に特に深い意味はありません。
篤子は、お察しの通り(?)篤姫が名前のモデルです。