めちゃくちゃな所は相変わらずです。申し訳ございません。
一方その頃、松木の容疑の証拠を掴むべく張込みを続けている山崎。今日も今日とて牛乳片手にあんぱんを食らう張込み中の習慣は変わらない。
しかし、今日の任務はいつも以上に気を引き締めていた。
松木が、行方不明になり未だ見つからない志乃を誘拐したかもしれない。
もしそれが事実ならば、自分は必ずその証拠を見つけ、彼を逮捕しなければ。真選組の華を奪われ、以前のようなむさ苦しい男の巣窟に逆戻りなんて死んでも御免だった。
(心の平穏と癒しのためにも)何としてでも志乃を救い出す。山崎は決意を新たに、窓の隙間から松木邸を凝視した。
しかし、張り込んでからというものの、松木邸には全く動きがない。元々松木自身は幕府の中央にいるような人物だが、登城するような動きは一切ない。こちらの警戒を看破している可能性も否めなくなってきた。
ハァ……と一度溜息を吐き、あんぱんの袋をもう一つ開けようとしたその時。
「!?」
一瞥した松木邸の門を、豪華な駕籠が潜っていった。駕籠に乗って入ってくるということは、中に高い位の人物が入っている。すぐに双眼鏡を取り出して覗く。
駕籠から降りてきたのはーーなんと、時雪の見合い相手であった篤子だった。
「まさか……今回の事件と
篤子と時雪の見合いが行われたその日から、志乃は姿を消した。よくよく考えてみれば、この二つの出来事はあまりにもタイミングが良すぎる。すぐに証拠の写真を撮ろうとカメラを構えると。
ドカァッ!!
山崎の背後にある扉から、大きな音が聞こえてきた。横を向くと、そこにはひしゃげた扉が無残な姿で転がっている。ゾッと背筋に悪寒が走った。
畳を踏みこちらへ歩み寄る足音が耳に入る。ゆっくり扉から後ろへ視線を向けた。
「…………え……?」
その人物を見て、山崎は言葉を失う。
志乃と同じ銀髪に赤い目、だがその左目は眼球にあたる部分が黒く、まるで機械のようだった。部屋の中にも拘らず開いているのは番傘で、纏っているのは所謂書生服。明らかに異様な雰囲気を漂わせる青年だった。
「な……何だ、お前は……」
「……………………」
物言わず、青年は山崎に近付く。それに従って後退るが、背中に窓が当たってしまった。
静かに傘を閉じた青年は、その柄をそっと引き抜く。部屋に射し込む光を反射して煌めくのはーー刃だ。
「ーーッ!!」
思わず息を呑んだ。
殺される。その恐怖が山崎を支配する。
しかし、ここは長年真選組として培ってきた勘が働く。山崎は刀を携え駆け寄ってきた青年を躱した。
隠しておいた刀を取り、振り下ろされる鋼と合わせる。力負けする、と悟った山崎は志乃からの助言を思い出していた。
(相手と圧倒的な力の差がある時は、無理に受け止めちゃダメだ。刀を受けた経験があるならわかるだろうけど、その衝撃は並じゃない。受け流して衝撃を抑えろ。そしてそのままーー)
「ーー柄で鳩尾を、ブン殴る!!」
ドッ!!
刀身を合わせた瞬間、鍔迫り合いを避けるべく身を逸らして流す。距離を縮めてゴッ、と鈍い手応えを感じる。
やったか、山崎に小さな希望が見えかけたーーが。
「なッ……!!」
柄が鳩尾に当たる前に、青年の手が柄を握りしめる。いくら引っ張ろうとしても、全く動かない。心臓がやけに大きな音を立てた。
ハッと顔を上げると、目の前には刀身がーー。
ーーヒュンッ
「!」
振り下ろされる寸前だった刃が止まり、青年はバッとその場から飛び退く。助かった、と思う間も無く山崎の足元に刀が突き刺さった。
「ぎゃああああああああ!!」
悲鳴を上げ刀から後退る。正直言って青年の襲撃よりこっちのがずっと怖かった。
着地した青年は入口を見やる。山崎もハッと顔を上げた。
「…………何だ」
「よォ。やっと見つけたぜィ。てめェの
栗色の髪が外からの光に照らされる。見慣れた黒い隊服に、山崎は目を見開く。腰に提げた刀を握り、駆け出した。
「お……沖田隊長!!」
ドォッ!!
山崎が叫んだのと同時に、沖田が刀を突き出す。青年は傘でそれを受け止め、斬撃を繰り出す。金属音が響く中、狭い部屋は瞬く間に破壊され、山崎はそのとばっちりを食らう。
「うわわわわわわ!!」
それでも何とか躱し続け、ドアから外へ飛び出す。
「!」
山崎を追い、青年も動く。だが、彼の前に回り込んだ沖田が斬りかかる。
「……ッ」
「待てよ。てめェの相手は俺だろォ!!」
ゴガァァ!!
床ごと破壊する一撃に、青年は舌打ちしながら距離を取る。
「………………」
「さァて、尋問の時間だぜ」
声をかけながらとはいえ、青年の動きは素早かった。恐らく並の人間ではない。そんな強い奴と戦えるとは……刀を構え、口角を上げる。
「てめェは一体何者だ。何故
「……………………」
青年は沖田を見据えたまま黙っている。ピリッと殺気が辺りを支配する中、ようやく青年が口を開いた。
「…………わからない」
「……あ?」
「私が何者なのかも、何故あのお方があの娘を捕らえたのかも」
「……その“あのお方”ってのは……誰の事を言ってんだ」
「……………………名前は知らない。聞かされてない。だが、私には必要ない。私は道具だから」
「……道具……?」
青年はギッと沖田を睨み据え、刀を振るう。一撃一撃を躱し、時に受け止め、攻勢に転ずる。
「邪魔をするな」
「悪ィな、俺ァ他人の邪魔をすんのが好きなんでィ」
「悪趣味だな」
「てめェに言われたかねーよ。年端のいかねェ小娘誘拐したロリコン野郎が」
「……身に覚えがない」
「しらばっくれンな……!」
風を切り放たれた一閃に、青年は押される。ボロボロになった畳の上を転がる青年に飛びかかった沖田は、渾身の力で彼を穿った。
ーーだが、剣が貫いたのは畳。横髪だけを捉えていた。即座に傘に薙ぎ払われ、沖田の身体は壁に激突する。とてつもない力で吹っ飛ばされ、さしもの沖田もすぐには立ち上がれなかった。
その時、外から声が聞こえてきた。
「……応援か」
「……………………」
外に一瞥をくれた青年は納刀してから傘を開き、屋根の上へ跳び上がる。部屋には壁に背を預ける沖田だけが取り残された。
隊士達と青年の足音が遠退く中、原田と山崎が部屋に入ってくる。
「沖田隊長!!無事ですか!?」
「これが無事なワケねーだろィ。てめェの目ん玉は節穴か」
「すっ、すみません……」
痛む身体を起こし、刀を支えに立つ。あともう少しで、志乃の行方の手がかりが掴めそうだったのに。逃してしまった己の力不足に苛立ち、舌打ちする。
「………………」
沖田には腑に落ちない事があった。剣を交えたあの青年のことだ。
己が何者なのかもわからない。だが今はとある奴に仕えている。その仕えている主人が、娘を捕らえたというのだ。それは間違いなく、志乃のことに違いない。
自分達警察でない限り、他人を拘束するなど犯罪に等しい。そんな簡単な事もわからないのか。
ーーいや……道具だから、常識なんて必要ない、ってか……。
山崎と原田に支えられ、ともかく屯所へと戻った。
********
「…………なるほど。志乃に似た男か……」
屯所で報告を受けた杉浦は、顎に手をやり頭の回転を止めずに呟いた。それを受けた沖田が頷く。
「ああ。見た目こそ似ていたが、立ち回り方が全く違ェ」
志乃は元来の性格が災いしたか、敵がより苦しむような傷付け方をする。それもそれで志乃の将来が心配な気もするが、残念ながら既に手遅れだ。
しかし、あの男は的確に首を狙う暗殺者のような戦い方だった。
「…………間違いないな」
「何か心当たりがあるのか?」
近藤に問われ、杉浦は「ええ」と返す。
「それ、俺です」
「……は?」
「だから、俺ですって。正確に言うと、かつての俺の
「「「!?」」」
「か、身体!?それってどういう……」
近藤が全員の動揺を代弁するように尋ねる。杉浦の眉間にはさらに皺が寄り、一つ舌打ちをする。
「皆さん、俺のこと知ってますよね?身体は杉浦大輔でも、脳は霧島刹乃のものだって」
事実確認には、全員が頷いた。それを受けて続ける。
「俺は攘夷戦争中にとある組織に捕まり、脳と身体を入れ替えられた。その身体が、恐らく沖田さんと戦ったんです」
「ということは……松木に協力してるのは、杉浦大輔ってことか?」
「いや、違いますね」
土方の考えを即刻否定した杉浦は、近くに置かれた資料を土方の目の前に置く。紙の一番上には『報告書』と書かれていた。
「何だ?」
「俺を実験台に使った『検体同士の脳の交換』……その報告書です」
報告書を手に取った土方が紙をめくると、目を見開いてそれに釘付けになった。
「オイ杉浦、コレ……!!」
「勿論違法ですよ。この時
「………………そうか」
しかし、こうなると厄介になってきた。
敵方に、志乃と同等もしくはそれ以上の力を持つ切札があるというのだ。
真選組最強の沖田でさえ、この体たらく。志乃を救い出すのは一筋縄ではいかなくなってきた。
だがもし、先に志乃を救出することができたら、可能性は高くなる。
「あっ、局長!副長!沖田隊長!」
山崎の声に思考が遮られる。焦った様子で飛び込んできた山崎は、手に一枚の写真を持っていた。
「どうした?」
「張込み中に撮った写真なんですけど……コレ、ここに写ってる人、見て下さい!」
近藤に差し出された写真を、土方と沖田、杉浦も覗き込む。
山崎は襲われる直前に見た光景をなんとか写真に収めたのだ。
その努力と根性を讃えてほしい気分だが、この場にはそんな気概を持つ人物はいない。志乃が帰ってきたら慰めてもらおうと決めた。
その写真は、松木邸に正門から入った駕籠から出てきた篤子の姿を収めていた。
「コイツぁ……」
「間違いねェ。
ギリ、と土方はタバコを噛む。横顔が少し見える程度だが、それでも篤子だと認識できた。
この写真は、時雪の見合いと志乃の誘拐が関係していることを充分に証拠付けるものとなり得る。
そもそも幕臣として政を行う松木と、武家の生まれとはいえ娘である篤子が、こうして会うなどおかしいのだ。杉浦も写真を眺め、確信したような表情を浮かべる。
「流石です山崎さん。これで全て繋がりました」
そう言って、口の端を歪める。
「犯人は松木で間違いないでしょう。奴は四年前
「……なるほど。
沖田が静かな殺気を放つ。淡々と述べられた言葉は冷酷の色を帯び、怒りを宿している。
それを横目に、杉浦はケータイを開く。
「ま、とにかく時雪くんに報告しましょうかね。利用されてることを知らせとけば、こっちの動きと連動させやすい。女の方は利用されてることを知ってて尚協力してるんだろうが……ま、味方は多いに越したことはねェ」
通話画面を開き、発信ボタンを押そうとする。
が、ここで杉浦は画面を閉じ、代わりにメール画面を表示した。
「オイ、まさかメールで送るのか?時間かかるだろ」
「いいんですよ、コレで」
土方に一瞥もくれず、画面を凝視する。メールを打ち終わったところで、送信ボタンを指で押した。
「さぁてこっちも始めますかね、化かし合いの準備を」
これは久しぶりに楽しくなりそうだ。杉浦は一人、口角を上げた。