「な……」
屋敷の中を走り回っていた近藤の額、汗が一筋垂れる。
「な…………」
自分は志乃を助けるためにここに来た。一刻も早く彼女を見つけて、外で戦う仲間達と合流するべく。
だがしかし。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
何故、自分は今、異形の生き物達と追いかけっこをしているのだろうか。
そんな疑問を考える間も無く、絶叫しながら、涙も鼻水を撒き散らして逃げまくる。
他の隊士達とも散り散りになってしまい、頼れるのは己の足のみ。脇目も振らず、全力疾走で屋敷の中をとにかく走り回った。
正直、松木を抑えてしまえば後はどうにでもなると高を括っていた。まさか伏兵を用意していたとは思えなかったのだ。
ーーしかし……まさか奴が、屋敷で動物実験を、しかもこんな事を行っていたとは……。
チラリと横目で背後を振り返る。鰐だったりライオンだったり虎だったりダチョウだったりゴリラだったり……あらゆるキメラ動物のオンパレード。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」
ーー無理ィィィィ!!やっぱり怖いィィィィィィィィ!!
振り返るんじゃなかった。近藤は心底後悔した。
ぎゃあぎゃあ喚きながら走る近藤の目の前に、真っ直ぐな廊下の脇に別の道を見つけたのだ。
咄嗟にそこへ逃げ込み、身を隠す。ドドドドドドド……と怪物達の足音が遠のいたのを確認した近藤は、身体中から息を吐き出した。背中を壁に預け、ペタン腰を下ろす。
しかし安心するのも束の間。敵地であることを思い出し、周囲に気を配る。
自分が逃げ込んだのは、脇道の廊下。その先に重い扉を見つけた。
何だ、アレは。ゴクリと息を呑んで、立ち上がった。
引きつけられるように、足が扉へ向かっていく。扉の前に立って、ドアノブに手をかけた。
ギギィ……
扉には鍵がかかっておらず、重みはあるものの彼の力では負担に思わない程だった。
中には、大きな空間が広がっていた。絢爛豪華な装飾が満遍なくあしらわれ、松木の財力を誇示しているようだった。
その奥、部屋の隅に置かれた天蓋付きベッド。それを視界に入れた近藤は目を見開いた。
大きなベッドに力なく体を横たえて、ぼんやりと宙を見上げている少女がいたのだ。しかも彼女の容姿は、近藤達が血眼で捜し続けた少女。
「志乃ちゃん……!!」
近藤はすぐに志乃の元へ駆け寄り、ベッドに横になる彼女を見下ろす。上質な生地で作られた赤いネグリジェに身を包んだ志乃は、意思のない人形のようだった。
「志乃ちゃん、わかるか!?俺だ!遅くなってすまない、助けに来たぞ!!」
肩を掴んで揺さぶっても、口もきかない。とにかくここから連れ出そうと彼女を持ち上げた。
だが。
カシャン
「えっ……」
抱き上げようとしても、志乃の体が動かない。ハッとベッドを見てみると、マットの下から彼女の手足を繋ぐ鎖が見えた。
「くそっ!あの野郎、なんてひどいことを……!」
腰の刀を抜いて、鎖を斬る。ようやく自由になったというのに、志乃はピクリとも動かない。
いや、動く意志がないと言った方が正しいのだろうか。ベッドの上に四肢を放り投げて、天井を見上げているようでその目は何も捉えていない。
「志乃ちゃん、志乃ちゃん!大丈夫か?」
肩を揺さぶっても、身体を起こさせても、何も反応を示さない。
「志乃ちゃん……?」
不審に思い、顔を覗き込む。虚ろな赤い目に近藤が映り込んだ瞬間、
ヒュンッ
風を切る音が聞こえた瞬間、耳のすぐ隣の壁に志乃の拳がめり込み、パラパラと破片が落ちる。
近藤の目の前には俯いた志乃がいた。先程まで人形のように動かなかった彼女が、息を弾ませて、拳を強く握りしめている。
「……志乃ちゃん…………?」
「……………………」
ゆっくりと顔を上げた志乃の目は揺れていた。近藤のスカーフを掴み、顔を近付ける。
「…………ん、で……」
「……えっ?」
「何で…………こんな、所に……」
苦しげに声を洩らす。壁に突き立てた腕も微かに震えていた。
「何で助けに来たんだよ……!!」
「!」
彼を真っ直ぐ見据え、喉を震わせて叫ぶ。
「私が……私が耐えていれば……」
「志乃、ちゃん……」
「こんな……こと、には……」
何があったのか。訊きたい事は山程あるのに、それが言葉にならない。今にも泣きそうな彼女の顔を見てしまえば、何も言えなかった。
「……帰って」
「え……?」
「帰って。今すぐ」
「な、何を……」
何で。どうしてそんな事を言うんだ。そう言いたいのに、口を噤んでしまいそうになる。「目は口ほどに物を言う」とはよく言ったものだ。その悔しさのような、悲しさを滲ませた目が、全てを物語っていた。
「……志乃ちゃん」
だが、逃げちゃいけない。
「聞いてくれ」
ここで逃げれば、俺は侍以前に男ですらねェ。
助けなきゃならねェ。みんなが俺をここまで繋いでくれた。
だから俺は、必ずこの娘を救い出さなきゃならねェ。
「………………」
「今この屋敷は、俺達真選組が包囲している。君をここに閉じ込めた男は、幕臣でありながら裏で様々な事をやっていやがった。君が捕まったのもその一つだ。だから俺はここに来た。奴を逮捕して、君を取り戻すために」
壁を砕いた志乃の手を取り、両手で包み込む。
「……みんな、ここに来てるの……?」
「ああ。君を助けるために」
「何で……!?ここには誰がいんのかわかってんの!?」
「え?」
志乃は近藤の手を払い、まくし立てるように喚き散らした。
その姿を彼は知っている。苦しくて苦しくて仕方ないのに、決して手を取ろうとしない意固地な少女の姿を。
「遺伝子操作で生み出された、宇宙最強の生体兵器ーー!私でも勝てなかった……だからこうなった!!
ーーパァン!!
左頬に、鋭い痛みが走る。叩かれた。目の前の近藤に。
志乃は驚いて近藤を見た。その目は、怒りと悲しみに満ちている。この目に既視感を覚えた。まるで子供を本気で叱る父親のような、そんな目。
彼女の華奢な両肩を掴み、近藤は必死に訴える。
「どうして志乃ちゃんはそうやって……俺達を頼ろうとしないんだ!!俺達がそんなに頼りないか!?俺達を失うのがそんなに怖いか!?甘くみるなよ、君が俺達のことをどう思おうと、俺達ゃ江戸を護る真選組だ!!そう簡単にやられやしねェ!!そんな連中でも志乃ちゃんには頼りねェか!!」
「…………」
「頼りねェならそれでもいい。だが覚えとけ。君は今その頼りねェ連中に助けられてるってことをな」
志乃の肩から手を離した近藤は、すぐに彼女を姫抱きにして抱え上げる。
「帰ろう、志乃ちゃん。またみんなでバカやって、俺達と一緒に戦ってくれ」
「………………」
重い扉を蹴破って、大事に志乃を抱え走り出す。腕の中の彼女は大人しくされるがままになっており、俯いて黙っていた。
廊下に出たはいいものの、外には松木が放った怪物で溢れている。松木が裏でバイオ研究を行っていたことは逮捕状に添付された情報の中に確かにあった。それがまさか、ここまでとは。
猛獣に見つからないように隠れながら、とにかく外へ脱出を試みた。
その時、ちょんちょんと肩を突かれる。
「志乃ちゃん……?」
志乃が自分に意識を向けさせるためにやったのか、と彼女を見下ろすが、相変わらず何も言わぬまま大人しくしている。では誰が?背後を振り返ると、そこには巨大なゴリラが顔を寄せてこちらを見ていた。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
驚きと恐怖で叫んだせいで、他の怪物達に見つかり、あっという間に追いかけっこが始まってしまった。
大の大人が、悲鳴を上げながら泣きじゃくっている。しかも鼻水まで垂らして。先程志乃に見せていたカッコいい姿とは完全にかけ離れている。
「うおあああああああああああああああ!!」
「ひぎぃぃいいいいいいいい!!」
不意に前方から自分と同じように悲鳴を上げてこちらへ走ってくる二人の人影が。
「万事屋!?てめーら何でここに……」
「銀ちゃんんんん!!もうダメアル、目の前にゴリラが来て挟み討ちネ!!」
「ふざけんなァ!!俺ァまだ死にたくねーよ!!せめて志乃の成長を見届けてからーー」
「誰がゴリラだァァ!!つーか何でこっち来るゥゥゥ!!」
成人男性二人と成人男性並みかそれ以上のフィジカルを持つ少女がぶつかり合う。当人同士しかダメージのないなんとも小規模な事故となった。ただし連れ回されている志乃は完全にとばっちりである。
アリさんとアリさんがごっつんこ〜などという可愛いものではない。三人がそれぞれ痛みに悶え、取り敢えず事故チューとか無くて良かったとか余計な事を考える。だが背後から迫る猛獣達の足音に我に返る。
「ギャアアアアこっち来たァァ!!」
「あっ、オイゴリラお前何で志乃ちゃんお姫様抱っこしてるアルか!!それは選ばれしイケメンのみがやる資格を持つ代物なんだヨ!!」
「いやツッコむ所おかしくない!?つーかてめーら何でここにいんだよ!!」
「うるせーてめェ何で先に志乃助けてんだよ!!ここは主人公の見せ場だろ!?ゴリラのくせに王子様とかバカじゃねーの」
「いや待って待って今そんなことしてる場合じゃ……」
志乃は、ぎゃあぎゃあ騒ぐ彼らを近藤の腕の中で見つめていた。
ああ畜生。何でみんな来てるんだよ。何で、何で。己の中で、苛立ちと悔しさ、微かな嬉しさが渦巻く。
まただ。昔と何も変わらない。結局助けられてばかりだ。意地を張って誰も頼らないつもりだったのに、また
もうこんなのは嫌だ。今度こそ私が、みんなを護らなきゃ。ここから助け出さなきゃ。事態がこうなったからには、このキメラ生物どもも松木も、宇宙最強の生体兵器もーー全部全部ぶっ潰す。
ぎゅっと拳を握りしめ、爪先を床につけて軽く跳ぶ。廊下の壁を蹴り勢いをつけて、三人を囲んでいた猛獣達を一撃ずつ殴り蹴りで鎮めていく。今まで動かなかった志乃が突如飛び出したことにより、猛獣や銀時達の視線は彼女へ向く。
「志乃ちゃーー」
彼女の白い拳が、巨大なゴリラの顔面を正確に穿つ。落下のスピードと彼女の腕力も相まって、ゴリラは床に伏せられる。
その上に立った志乃は、まさに獣の王。横顔から見える赤い目は、鋭い輝きを放っていた。
「……ごめん。近藤さん。私、また同じ過ちを繰り返すとこだった」
「志乃ちゃん……!」
「奴らを全員ぶっ潰す。上等だ、やってやるよ……この
ペロリと舌舐めずりをした志乃はゴリラの上から飛び降りて、他の猛獣達に襲いかかる。
「さァて手始めにリハビリ戦だ。死にてェ奴からかかってこいやァァァ!!」
敵陣に単身飛び込み、悪鬼羅刹の如く暴れ回る彼女を遠巻きに眺めながら、近藤は安堵の表情を浮かべる。
そうだ。君はそういう娘だ。己の持つ圧倒的な力を振りかざし、戦いを楽しむ
彼女の背中を見送りつつ、銀時は肩を竦める。
まったく、どこの誰に似たのやら。会ったことがなくても、母の血はしっかりと受け継がれているらしい。
“銀狼”の血のままに戦うことを嫌い、誰かを護るために戦いたいという母の願いは、娘が叶えているようだった。
物思いに耽っていた彼の思考も、隣にいるチャイナ娘のせいで現実に引き戻される。
「銀ちゃん、なんか庭の方が騒がしくなってるアル!私志乃ちゃんと一緒にコイツらぶっ潰すアル。銀ちゃんはゴリラ連れてさっさと下行くネ!」
「は?」
「え?」
うんともすんとも言えぬまま、首根っこを掴まれる。男二人は夜兎の馬鹿力により身体が宙に浮き、次には窓ガラスに向かって投げられる。
「え!?え!?」
「ちょっと神楽ちゃん!?何やってんの!?何やってーー」
「うぉらァァァァァァ!!」
「「イヤァァァァァァァァ!!」」
男達の恐怖の咆哮は虚しく響き、抗う間も無く身体は窓ガラスを割って地面へ落ちていった。その元凶は「よし、一仕事した!」と満足げに汗を拭って、志乃の加勢に走り出した。
カッコよく書こうと思っても結局こうなる。近藤の漢気万歳。普段のダメダメさとの振り幅がより良いです。ギャップって末恐ろしい。