ところで最終巻の発売日、8月2日は志乃の誕生日だったんですよ。奇跡だ、と私は思いましたね。
そんな志乃がカッコよく可愛く活躍するこの小説をこれからもどうぞよろしくお願いします。
「おおおおおおおおおお!!」
野太い怒号が響いた瞬間、大地を砕く音が続く。躱した青年は次々と襲いくる志乃の猛攻に防戦一方であった。
このままでは、仕留める前に仕留められる。あの力は自分と同じもの。同じ強度のものがぶつかり合えば、拮抗するどころか僅かな差でどちらかが砕ける可能性もあった。
自分には得物がある。それを使えば攻勢に転じる事が出来るのに、その隙を与えられない。
「……!」
こうなれば、耐久戦だ。どちらが先に疲れるか。覚悟を決めた青年は、傘を放って刀を構えた。
志乃の跳び蹴りを避けて、下に潜り胴体に刃を入れようとする。その柔い身を断たんと迫る刀を左腕で受け止め、右手で掴んだ。
バキィンッ!!
「!!!」
掴まれた刀が、握り潰された。目の前の光景が信じられず、背筋に今まで感じた事のない寒気が走った。悪寒とも言えるそれに、感情の乱れを自覚する。
ーー殺される。
その言葉が頭をよぎった瞬間、意識が目の前の現実に引き戻された。振り上げられる拳、闇夜に輝く殺意を秘めた瞳。
ーー反撃をせねば。この女に、殺される。
ドスッ!
その時、青年は折れた刀を躊躇なく志乃の腹に突き立てた。じわりと服に血が染み込み、滲んでいく。
「かはっ……!」
志乃が反撃を受け後退したのを逃さず、傘を叩き潰すように振り下ろす。
「志乃ちゃん!!」
外野から叫んだ神楽の声が響く。
それでも今は、戦いを見守るしかない。彼女は自分の獲物を横取りされるのを死ぬ程嫌う。こんな状況で助太刀でもしようとした暁には、敵より先に自分が殺されるだろう。
一体どこで教育方針を間違えたのか。銀時は口元を引攣らせて血を吐く妹を見つめた。
もう一撃、と傘を振り上げた瞬間、今度は志乃が自身に突き刺さった刀を抜き取り、ぶん投げる。刃は頬を擦り、宙を舞った。
だが、刃を避けた一瞬で、志乃は青年の脇腹に蹴りを入れた。
ドゥッ!!
「ーーッ!」
しかし、青年は負けなかった。振り上げていた傘は志乃の肩に確かに届き、血が飛び出た。
互いに一撃を見舞われた二人は、そのまま地面に倒れる。
「がぁぁ……ッ」
ーーああクソ、痛いなぁコンチクショー。
痛みに顔をしかめて、起き上がろうと足を立てる。
まだ、まだ倒れちゃいけない。負けないためにも、ここでくたばるわけにはいかないのだから。
アイツを止められるのは私だけなのだ。アイツさえ止められれば、敵は最強の駒を失い、勝ったも同然になる。勝利の女神が掲げる天秤を、こちらへ傾けることが出来る。
私がコイツを仕留めた後は、みんながきっと何とかしてくれる。だから、今度こそ、今度こそ私が耐え抜くのだーー。
********
ーーある日、真選組はとある護衛任務で、全員屯所を離れていた。当時真選組に監視対象として保護されていた志乃は、彼らの帰りを大人しく待っていたのだが、誰もいないこの時間を狙って、松木が真選組屯所を包囲したのだ。
『いいか。娘は必ずこの狭い敷地の何処かにいる。しらみつぶしに探せ!見つけ次第捕らえろ』
物陰に隠れて様子を伺っていた志乃は、瞬時に青ざめた。
屯所の周囲には、松木の部下が何十人も張っている。さらにそこへ100人程の捜索部隊が、たった一人の娘を見つけるために、辺り構わず敷地内を闊歩するのだ。
子供の体で隠れられる場所はいくつか知ってるが、そう長い時間は居られない。必ず見つかる。だが、移動しようにも下手に動けば見つかる可能性も高まる。
なんて卑怯な隠れ鬼だ。志乃は生唾を飲み込んだ。
ふざけるな。捕まる気なんてさらさらない。この頃から既に反骨精神旺盛な彼女は、何が何でも逃げ切ってやろうと考えていた。
しかし、所詮は子供の甘い考え。一時間も経たない内に、志乃は見つかった。
『っ!』
『オイいたぞ!捕まえろ!』
一人に見つかれば、すぐにその情報が伝播する。そしてそれらが確実に逃げ場を塞いでいき、だんだんと一箇所へと誘導されていく。敵の策に見事嵌められた幼い彼女は、次第に恐怖を募らせていった。
脳裏に浮かぶのは、欲望めいたあの男の目。怖い。怖くて仕方ない。捕まるのだけはどうしても嫌だった。
『ッ……ッ……!!』
喋り声が近づいてくる。足音が大きくなる。こちらへと、接近している。
呼吸がどんどん浅くなっていく。やだ。怖い。怖い怖い怖い!!
ーーコロン
その時、志乃の近くにいた部下達の足元に、サッカーボール大の球が転がった。突如出現したそれを怪訝そうに見ていると。
プシューッ!
『!?な、何だこれは!』
『煙……!?ゲホゲホッ、ゴホッ』
『クソ、前が見えん!オイ、誰かーー』
球から吹き出た煙は、一気に屯所内に充満した。隠れていた志乃は突然の事に様子を伺っていたが、不意に妙な匂いが鼻を掠めた。
『……?』
くらりと、体が前傾に崩れ落ちる。それは所謂催眠薬の一種だったのだが、幼い彼女はそれに気付かなかった。
しかし、それを受け止める手があった。優しく触れてくれる温かい手。力の抜けた体を仰向けにされ、ぼんやりとした視界に空が映る。傍らに見えたのは、灰色だった。
********
……目が少し霞む。こんな事は久しぶりかもしれない。
刃先を突き立てられた腹が、傘に貫通された肩が痛い。そこから血が流れ、体内から段々抜けていくのがわかる。こうして立っているのがやっとなくらい、力が上手く入らない。
「……け、ほっ。はぁー……はぁー……!」
目の前で同じく立ち上がった青年の姿がよく認識出来ず、ぼんやりと色のみが映し出される。
だが、だからといって負けるわけにはいかない。
ザッ……
しっかり大地に足突っ立てて、立たなきゃならねェ。もう、誰も奪わせないためにも。誰にも奪わせないためにも。
「………………………………ぁ……あぁ………………!!」
たとえ己が何と言われようと。罵られ、蔑まれようと。私は負けるわけにはいかない。
「あ”あ”ああ”ああ”ああああああああ”あ”あ”ああああああああああああああ”あ”あ”あ”あ”ああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
転びそうになりながらも、ボロボロになりながらも、拳を握り走り出す。相対する青年も、傘を握ってこちらへ駆け寄ってきていた。
まさに、一騎討ち。どちらかが倒れ、どちらかが生きる。ただそれだけの、シンプルな決着。
得物の長さの分、青年が有利となる。視界に入る傘、確実に仕留めようという意志のこもった一撃。
「こ ろ す」
爛々と輝く、殺気の宿った目。その赤い目を、志乃は見逃さなかった。
傘は、志乃の顔面に強く打ち据えられた。
「志乃ちゃん!!」
ガォォン!!
衝撃と共に、砂煙が舞う。
彼の人生上、最も強く力を込めて殴った。確実に、彼女の息の根を止めるために。彼女を潰すために。
主人の命令など、頭から消えていた。目の前の脅威に立ち向かうため、青年は必死にならざるを得なかったのだ。
だが。
ーーググッ
「……!?」
グググググ
傘が、ゆっくりと押し返される。志乃の左腕が、傘を受け止めていたのだ。確実に撲殺しようとしていた一撃は見事志乃の腕の骨を折ったものの、殺すには至らなかった。
この事実に、青年はゾッとした。そんな、彼女を仕留め切れなかった。早く、早くしなければ今度はこちらが殺される。あの恐怖をまた、味わうことになる。
そんな。そんな。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーー。
「よォ」
女にしては低めの声が、耳に届く。全身がぞわりと粟立った。
「随分イイ面になったじゃねェの。ちったァ人間らしくなったな、オニーサン」
少女の紅い目に、己の顔が映る。怯えにより引き攣った、それだった。
ーーゴッ!!
繰り出された剛力に、口の中が切れ、頬骨が砕かれた。青年の左頬を捉えた拳は、そのまま地面へと叩きつけ、クレーターを作った。
青年の血が手に付着し、地面に斑点を残す。彼の沈黙を悟った志乃は、体勢を直し、背筋を伸ばして直立した。
「……ヘッ。口程にもねェ奴だ」
気絶した青年を見下ろし、いつもの人の悪い笑顔を浮かべた。
トッキー篇も残すところあと2話!
さあ、もうちょっとでこのクソ長い茶番が終わりますよ!それまで頑張って!