季節ぶっ飛んでますがお気になさらず。
冬。すっかりと冷え込んだこの季節、寒くなると降ってくるものがある。
「雪だ」
窓の外を眺めながら、温かい部屋の中で志乃はポソリと呟いた。
雪やこんこん、霰やこんこん。なんて子供の頃桂から教わった童謡を口ずさみながら、宙を舞う雪を見つめる。
「いいなぁ、遊びに行きたい」
遊び盛りの子供にとって、部屋の中で過ごすとはそれすなわち苦痛である。あやとりも飽きたし漫画も飽きたし、することがなくて死にそうだ。
そう零してみても、返してくれる人は誰もいない。杉浦と凛乃は真選組、時雪も昨日から警察庁での仕事で家を空けており、志乃一人が留守番していた。
リリリリリンリリリリリン
「お?」
窓の外から視線を移した先には、固定電話。仕事の依頼か何かだろうか、と受話器を取りに向かう。
「ハイもしもし、こちら万事屋志乃ちゃんです」
『もしもし、志乃ちゃんアルか?』
「え?神楽?」
電話の相手は、なんと親友である神楽。
「何、どうかしたの?」
『フッフッフッ……聞いて驚くアル志乃ちゃん。なんとこの女王神楽様が、近所の福引でスキー場団体招待券をゲットしたネ!!』
スキー場。それはいわば夏におけるプールのような存在。子供にとってのオアシス、冬休みを満喫するために最も重要な場所。
その名を聞いた志乃の胸の中に、熱いものが込み上げてきた。
『志乃ちゃんもおいでヨ!一緒に行くアル!』
「かっ……神楽様ァァァァ!!」
神はここにいた。感動のあまり、両指を絡め、膝をついた志乃は天を仰いだ。
********
というわけで、やってきたました、スキー場。
どこぞのバラエティ番組の第一声か、とセルフツッコミを入れて、神楽と共に雪の上を走り回る。
「ぃやっほォォい!!ねえねえ神楽、何して遊ぶ!?」
「世界一デカいネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲作るアル!」
「よっしゃ!じゃあまずは真ん中の棒からな!」
雪遊びの方針をサクッと決め、行動に移す。雪遊びの定番といえば、雪だるま作り。だが、二人が作るのはただの雪だるまじゃない。雪を固めて巨大なネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を作るのだ。
志乃の子供の頃の記憶といえば戦場で暮らしたものばかりだが、その中には雪に触れ合う機会もあった。その中で一度だけ、兄達が少しでも彼女を楽しませようと、小さな雪兎を作ってくれたことがある。あの時は嬉しくて嬉しくて、どこにでも雪兎を連れていった。しかし、火の近くに置いていたせいで溶けてしまい、悲しくて泣いて銀時達を困らせた。
そんな事もあったな、と思い出に耽っている間に、志乃と神楽の身長を足しても足りないレベルの高さの砲台が完成した。後は横に、巨大な球体をくっつけるだけである。
「じゃあ志乃ちゃんは左側作ってヨ。私右側やるネ」
「オッケー、任せて〜」
サムズアップをして、砲台から遠く離れた場所にしゃがみ込み、雪玉を作る。小さなそれをゴロゴロ転がして、砲台の下にそのまま設置するのだ。
地道に転がしていくと、次第に雪玉のサイズが大きくなっていく。己の身長を遥かに越しても、まだまだ足りない。あの砲台に並び立つほどの玉ならば、立派なものに仕上げなくては。
気合を再注入し、重たくなった玉を転がすと、玉の向こう側から何やら揉めているような声が聞こえてきた。
「ん?」
回り込んで反対側を見てみると、志乃と同じく巨大な雪玉を作っていた神楽の前に、沖田が立っていたのだ。
「あれ?何で総兄ィまで一緒ーーに……」
対峙した二人は、こうなる事が決まっていたかのように、同時に手を出した。
並んでいるだけならば何事も起こらないのだが、ライバル同士の二人はそうはいかない。出会えば争うことが運命として定められているのだ。
こうなると、志乃は基本「無視」を選択する。単純に、あの二人の喧嘩に巻き込まれたくないからである。いくら親友と上司(名目上)が相手だとしても、こればかりは関わりたくないのである。
「さ〜て、さっさと雪玉を…」
メリッ
「ん?」
何か硬いものが埋め込まれたかのような音を耳が拾った。ふと上空を見上げると、神楽の作っていた超巨大雪玉がヘリコプターにぶつけられたのだ。
「…………は?」
嫌な予感が一瞬にして全身を駆け巡った。志乃は雪玉を放置して逃げ出す。その直後、ヘリコプターが爆発して、ゲレンデに落ちてきた。火と煙が辺りに充満する中、志乃は近くにあったソリを手に取り、ヘリコプターの残骸と神楽と沖田の喧嘩からさらに距離をとる。
「は!?何!?何でスキー場にヘリコプターが飛んでるわけ!?」
混乱をよそに、事態は進んでいく。ソリで滑っていると、隣を同じくソリが並走してきた。乗っていたのは雪遊びにはしゃぐ子供ではなく、パンイチのおっさん二人だった。一人はうつ伏せになって腰を高く上げ、もう一人は膝立ちで上から相手の尻を抱えるような体勢だった。そんなブレーキもかけていない状態で、ソリは志乃を追い越しあっという間に斜面を滑っていく。
「……えっ、何あれ」
呆然としたのも束の間、二人を乗せたソリは少し盛り上がった箇所で分離し、それぞれ落ちていった。その下でわあわあ騒いでいる連中に、見覚えがあった。
「何してんのトシ兄ィ」
「は!?お前こそ何でここに」
「何でって……神楽がスキー場団体招待券ゲットしたって言うから、それに誘われて。つかもしかして、さっきソリで滑ってったのって近藤さ……」
「そんな事今はどうでもいいんだよ!!とにかく将軍を……」
「将軍?」
何故ここで出てくる将軍?聞き返そうとした頃には既に土方は将軍が飛んでいった方向へ向かっており、志乃は一人立ち尽くす。
しかし、何やら
将軍は分離した後、ゲレンデに遊びに来ていた一般人にぶつかってしまったそうだ。将軍及び相手の安否を確認する。
「オイ大丈夫かアンタ」
「あー、大丈夫大丈夫。俺も初心者だからよくあるよな。ボードだけ滑らしちまうの。まァお互い気をつけようぜ」
将軍がぶつかった一般人は、銀時だった。彼は足元に転がる将軍に乗っかり、そのまま滑っていってしまったのだ。
「ちょっと待ってェェェェ!!それ将軍んんん!!」
猛スピードで遠ざかっていく銀時を追うべく、土方も全速力で走り出す。事態がさらに面白い方向へ転がっていったようなので、再びソリに乗り彼らを追いかけた。
しかし、人間とはいえスノーボードのスピードに足では到底敵わない。土方は隣を滑っていた近藤の上に飛び乗った。
「ちょっと待って副長。それ局長ォォォォ!!」
山崎の叫びをバックに、男達は雪山の斜面を滑っていった。志乃のソリも、彼らに追いつくためブレーキをかけずに乗っていた。なんとか食らいついた土方達が、ようやく銀時に並走する。
「止まれェェェェ!!止まれって言ってんのがわかんねーのかこの腐れ天パ!!」
「アレ?オイ志乃、何でコイツがこんな所にいやがんだ」
「さァ?」
「てめェいちいち状況を妹に確認とらねェと気が済まねェのか!!んな事言ってる場合じゃねェ下見ろ下!!それボートじゃねーぞ!!」
「あっ、いつの間に!!」
「いつの間にじゃねーだろ!それ誰なのかわかってんのか」
「つーかお前のボードも誰だそれ」
「あっ、いつの間に!!」
「オメーも同じだろーが!!」
「とにかく一刻も早くそれを止めろォォ!!切腹じゃ済まねーぞ!!」
「止められるもんならもう止まってるわ!!ボードも初心者なのに人間の止め方なんてわかるワケねーだろ!オイ志乃どーすればいーんだコレ」
「暴走する人間には包み込むような優しさが必要だよ。とりあえず田舎にスタンバイして温かい料理と心を用意して……」
「田舎に泊まろうじゃねーんだよ!!てめェ楽しんでんだろクソガキ!!」
久々に飛び出したクソガキ発言。何となく懐かしいなと思っていると、銀時が解決方法を見つけたらしい。
「オイちょっと待て。これパンツ、パンツを引っ張ると微妙に速さが落ちるぞ!!」
「なに!?パンツで人間ボードが操縦できるっていうのか!!」
銀時に倣い、土方も近藤のトランクスを引き上げる。すると確かにスピードが落ち、代わりに溝のようなものが出来ていた。
「ねェ銀、なんか変な跡みたいなのが出来てるけど。何これ?」
「ブレーキの跡だ」
「ブレーキ?」
「ブレーキって人間の体のどこからブレーキが出てくんだよ」
「前立腺ブレーキ。パンツを引っ張ることによって前立腺が刺激されて起動するブレーキだ」
「ああ〜、なるほどねー」
「なるほどねー、じゃねェェェ!!ちょっと待てェェェェそれただのアレじゃねーか!!」
ポン、と掌を叩いた志乃に土方がツッコんだ。志乃のいる手前、アレの正式名称を、というか小説でさえ言うのが憚られるのだが、そんな事をしている間にも前立腺ブレーキは雪に跡を残していく。
「やめろォォォもうそれ以上ブレーキは使うな!!世継ぎが生まれなくなるぞ!!」
「しのごの言ってる暇はねーんだよ!!止まんのが先決だろーが!!」
「あ”あ”あ”あ”あ”やめろォォォ!!」
二人と人間ボードと志乃のそりが、再び宙を舞う。着地の瞬間、バキッという何かがへし折れたような音がした。後ろを振り返ると、真っ白な雪面に、赤い血溜まりが出来ており、滑った跡に沿うように続いている。
ーーブレーキ、壊れたァァァァァッ!!
顔面蒼白状態は長く続かず、二人を乗せたボードはコースから外れ、フェンスをぶっ飛ばして山の中へと進んでいく。
これはヤバイ。冷や汗をかいた志乃は、銀時と土方を救うべく全速力でそりを滑らせる。
「オイ志乃ォォォこれ何とかしろォ!!」
「頼むなんとか止めてくれェェェェ!!」
「無茶言うなやァァ!!こっちだってそりでてめーらのスピードに合わせるのに必死なんだよ!!この状況下で木にぶつからないようコントロールしてるだけでも凄いんだからね私!!」
事故を起こさないよう必死でそりを操作する。彼らを助けることは出来ないのか、と頭の片隅で弱音を吐いた。その時だった。
「銀さん、大丈夫!!今助けに行くわ」
「姐さん!?」
颯爽とボードを滑らせて、お妙が現れた。彼らが危機に陥っている中、コースを外れてまで助けに来てくれた。
「お妙……お前……」
「僕達が来たからにはもう大丈夫ですよ!!」
「なに当たり前のように人間ボード乗りこなしてんだこの
雪の飛沫から現れたのは、姉を背中に乗せた新八だった。一体何がどうなっているんだ。お前基本ツッコミ担当じゃなかったか?というツッコミが頭をよぎる。
「ボードの練習をしていたら間違って新ちゃんの上に乗っちゃって」
「何をどう間違ったらそうなんの?意味わかんないんだけど」
「そしたら意外にボードより乗りこなせることに気付いたの。やっぱり姉弟ね」
「弟ボードにしてる時点で姉弟じゃねーよ」
「人間ボードの操り方を教えてあげるわ。いい?始めにボードがかけている眼鏡を取って。コレがハンドル代わりになるわ」
「ごめんなさい
「つーか根本的な疑問だけど、何で眼鏡で人間ボードが操れるわけ?」
お妙の乗っているボードは眼鏡を標準装備しているが、銀時と土方のそれは最初からついていない。
それでは対策のしようがない、とお妙が言い切る前に、木の枝に手が当たり、眼鏡を落としてしまった。
「新ちゃんんん!!」
「いやそれ新ちゃんじゃねーし」
「どうしたらいいの、コレじゃ何もできないわ」
「お前ら一体何しに来たんだ!!」
このピンチの状況下で、救いが全くない事実に銀時がキレる。並走していた妹は自分達に追いつくのに精一杯で、お妙と新八は人間ボードの可能性を見せてくれただけ。後者に至ってはマジで何をしに来たのかわからない。
「オイ、いい事教えてやるよ。前立腺ブレーキって知ってるか」
「副長壊れ出したよ!!キャラじゃねェセクハラ発言しだしたよ!!諦めモードだよ!!」
「銀ちゃーん、大丈夫アルか!?」
次に聞こえてきたのは神楽の声。やっと助けが来たか、と振り向いた。しかし、目に入ったのは大きな雪玉から神楽が顔だけを出し、こちらへ転がってきている絶望的な光景だった。
「今助けに行くアル、待ってて!!」
「ウソをつけェェェェ!!」
彼女自身もかなり危機的な状況にあるものの、銀時達にかける声は明るい。
「明らかに助けてもらいに来たんだろーが!!手も足も出ない状況だろーが!!」
「そんな事ないヨ、みんなはきっと私が助けてみせるアル!」
「どうせみんな死ぬんだ」
「えっ」
雪玉の中には神楽だけでなく、沖田も巻き込まれていた。一瞬驚いたものの、すぐに神楽にシフトする。
「諦めたらそこで試合終了アル」
「何が辛いって、最後まで希望をもって死んでいくことだよね」
「なんかちょくちょくブラックな事挟む奴いるんだけど!?」
神楽がポジティブな言葉をかける一方、沖田がネガティブな言葉をかけてきて、結局プラマイゼロになる。
「惑わされないで」
「お前の戯言にか」
「アンタら何やってんだよ、何で天使と悪魔の囁きみたいになってんの」
「いいえ、私でもお前でもない」
「そして俺でもお前でもある」
「「そう、全ては黒でも白でもない真の闇へと返る」」
「結局ただの真っ黒の玉になったァァァ!!」
光が闇に呑まれ、希望を絶望が覆う。助けに来てくれた(?)神楽達でさえこうなってしまったのだから、もう救いの手は差し伸べられないだろう、と思ったその時。雪玉の中から、神楽や沖田とは違う、見知った別の顔が現れた。
「雪玉の裏で、ずっとスタンバッてました」
一瞬、騒がしかった空気がシンと静かになる。雪玉に埋もれたロン毛の存在に、銀時と土方は淡々と口を開いた。
「オイ神楽」
「総悟」
「「前立腺ブレーキって知ってるか」」
この後の展開が容易に予想できた。志乃は背後から轟く痛々しい悲鳴にそっと目を伏せる。
しかし次の瞬間、迫り来ていた雪玉が志乃達にぶつかり、雪崩のように全員を巻き込んでいった。