恐らく彼女を見下ろして笑っているだろう高杉に、志乃は小さく舌打ちした。
「何だ、昔のように『お兄ちゃん』と呼んでくれないのか?」
「誰が呼ぶか。てか何であんたがこんなとこに居るの?」
志乃は憎まれ口を叩きながらも、決して後ろを振り返らぬよう努めていた。
対面すれば、奴の手に乗せられたも同然。
それだけは避けねばならないと、懸命に前を見つめ続けた。
不意に、志乃の頭に高杉の手が置かれ、優しく髪を撫でられる。
それに思わず、ゾッとした。
「まあ見てろよ志乃。今から
「え……?…………!!」
志乃は高杉の言葉を反芻していたが、ステージに立つ平賀を見て、ハッとした。
平賀が隣に立ついつぞやのカラクリーー確か名を三郎と言ったかーーに命じ、花火を打っていた大砲をこちらに向ける。
その後ろには確か、将軍の櫓がーー。
ーーまさか、将ちゃんを狙って……!?
「オイオイマジかよッ……!!」
今すぐ櫓に向かおうとした志乃は、バッと後ろを振り返る。
しかしそこにはもちろん、高杉が立っていた。
すぐに、高杉と目が合ってしまう。
ーーしまった……!
高杉はくつくつと笑って、志乃を見下ろしていた。
「よお。やっとちゃんと顔を合わせられたな……」
2人の視線が交わされた瞬間、櫓付近で大きな爆発音が鳴り響いた。
早く行かなくては。
焦る気持ちが、志乃を突き動かした。
「ッッ……!」
「おっと」
傍を通り過ぎて逃げようとした志乃だが、彼女の長いポニーテールを高杉が掴み、引っ張られる。
「くっ……!!放せ、このッ!!」
「せっかくの再会なのに逃げてんじゃねェよ。それとも、こうしてほしかったのか?」
「ハッ、バッカじゃないの?」
何とか言葉を返せている志乃だが、どうにか脱出する方法を探していた。
このままでは、将軍の首が危ない。
何とかして高杉から逃れ、将軍を護らねば。
意識を目の前の男から逸らしていると、不意に高杉がこんなことを言ってきた。
「志乃。俺と共に来てくれるか?」
「は?」
意図の見えない提案に、志乃は顔をしかめる。
高杉は彼女を見ながら続けた。
「なぁに、心配はいらねェよ。お前の力を買ってのことだ。お前は兄と似て、剣術に優れている。それに、お前も兄を殺したこの国が憎いだろ?俺の妻になって、一緒にこの腐った国を叩き潰してやろうぜ?」
「は?」
志乃は思いっきり眉をひそめた。
わけがわからない。
再会した頭にさらりとした流れでプロポーズ。
志乃の脳は完全に現実逃避を行っていた。
今日どれだけお金使ったっけとか、生活費に支障があったら全員から怒られるなとか、そんな事をツラツラと考えていた。
高杉は掴んだままの志乃の髪を引っ張り、顔を寄せる。
「いっつ……」
「ククッ、その顔も可愛いな……」
「ぐっ!」
引っ張る力を強くする高杉。
痛みに顔を歪める志乃を見て、愛おしそうに笑う。
……何とか、高杉の手を振り払わねば。
このままでは、Yes or Noを答える前に、連れ去られる可能性だってある。
考えを巡らす志乃の視界に、高杉が抜刀する光景が広がる。
一瞬、志乃の思考が停止した。
ーーザシュッ!!
目の前に、赤が飛び散る。
しかし、彼女が斬られたのではない。
思わぬ光景に、高杉は眼を見張る。
「!」
「なっ……!!あ……」
志乃は思わず、言葉を失ってしまう。
高杉の刀を、第三者の手が止めていたのだ。
その手の持ち主は、志乃と同じ銀髪を自由にはねさせ、高杉を鋭く見据えている。
「オイオイ変態さんよォ。こいつ俺の妹でさ、手ェ出さないでもらいたいんだが」
「あ……ぎ……、
ーーーー銀ッッ!!」
「志乃よォ。おめーストーカーだったりロリコンヤンデレだったり……ホント男運ねぇな」
「うる、さいっ……」
高杉の刀を受け止めながら笑う銀時に、志乃はホッとして思わず涙を流した。
怖かった。
本当に不安で不安で仕方なくて、去勢を張り続けていた。
銀時が来てくれただけで、こんなにもホッとできるなんて。
邪魔された高杉は、銀時を睨み据える。
「銀時ィ……てめェどーいうつもりだ」
「てめーこそどういうつもりだ。志乃を放せ」
「志乃は元々俺達のものだったろ。それがテメェから俺の元に来るだけの話だ」
「悪ィが、てめーみてーな打算丸出しの野郎に大切な妹を渡せるか。どうせ部屋に連れ込んで
「???」
銀時の発言に志乃は一人首を傾げていた。
更に強く引き抜こうとする高杉は、刀に力を込める。
それを咎める銀時も、更に強い力で刀を握り締めた。
銀時の手から、血が止めどなく溢れ出る。
このまま銀時に迷惑ばかりかけるわけにはいかない。
志乃は右手の中指にはめていた水風船の紐を外した。
「高杉!私からのプレゼントだ……よッ!!」
ぶんっと勢いよく、水風船を高杉に投げつける。
高杉が水風船に気を取られている隙に、銀時は高杉から志乃を引き剥がした。
「っ、志乃!!」
「待てよ、高杉。昔馴染の再会だ。ゆっくり話そうぜ」
志乃を追いかける高杉を遮り、銀時が立つ。
志乃は銀時の背中を見つめながらも、やっと高杉から逃げ出して櫓に向かった。
高杉は苦々しく志乃を見つめながら、彼女が投げつけた水風船を拾い、中指にはめる。
「……まあいい。志乃からのプレゼントを貰えたからな」
「だからオメー、そーいうとこが嫌われんだよ。キモいぞ」
恍惚とした表情で水風船を眺める高杉に、銀時がボソッと言った。
********
櫓では、真選組と平賀のカラクリ兵団が戦闘を繰り広げていた。
志乃もその中に飛び込み、金属バットでカラクリらを薙ぎ払っていく。
ふと前を見てみると、将軍がいる櫓に向かって、三郎が大砲を向けているのが見えた。
「んにゃろ、させるかっ……」
バットを構えて走り出した志乃のポニーテールを、後ろからぐいっと掴まれる。
振り返ると、カラクリが髪を引っ張って志乃を持ち上げていた。
「あだだだだ!!痛えっつの!!何コレデジャヴ!?放しやがれこのっ……がはっ!?」
足が宙に浮き、無防備な志乃の腹に、カラクリの金属で出来た拳が打ち据えられた。
思わず唾を吐いた志乃の視界が、痛みでボヤける。
役に立たない視界が、カラクリがもう一度腕を振りかぶるのを捉えた。
ーーやばっ、これ……。私、死ぬ……?
死を覚悟した志乃が、ギュッと目を瞑る。
次の瞬間、
ズバッ!
何かが斬られた音と共に、頭が軽くなる。
それを感じた瞬間、体がクンと引っ張られ、カラクリと引き離された。
「ったく、手間がかかるぜ」
「チ、チンピラお兄さん……!?」
「いい加減チンピラ言うな。何度言えばわかる。俺は土方十四郎だ」
土方は捕まっていた志乃の髪を切り、志乃を抱えてカラクリと距離を取っていたのだ。
カラクリの手から、切られた銀髪がハラハラと零れ落ちる。
土方は志乃を降ろすと、カラクリと対峙した。
「ガキ、てめーも早く逃げろ」
「やだ」
「あぁ?」
志乃はバットを両手で構えて、土方と肩を並べる。
痛みを訴える腹を無視して、スゥッと一度、深呼吸をした。
「これ以上、誰かに護られてばっかはゴメンだね」
カラクリが志乃に向かって、腕を振るう。
それと同時に、志乃は走り出し、まるで刀で斬るようにバットを振るった。
バットはカラクリの首を捉え、胴から離す。
冷たい目で倒れたカラクリを見下ろすと、志乃はそれを次の
そして、土方に目もくれず話す。
「土方ってったね。アンタこそガキ呼ばわりはやめてよ。私はガキなんて名前じゃない。私の名前はーー」
ジャンプしながら、志乃はバットを振りかぶり、カラクリを叩く。
カラクリの脳天はひしゃげ、真っ二つに割れていった。
「霧島志乃だ」
その少女、銀髪を靡かせ戦場を駆け巡り、血の色に染まるその目は敵の死に顔のみを映す。
その姿、まさしく狼。
彼女の名は、霧島志乃。
殺すことだけを生き甲斐とする最恐先頭集団・獣衆の棟梁"銀狼"の末裔であるーー。