森の奥から、何かがやってくる音がする。
ここは、化け物が住んでいると噂されている屋敷だ。
一気に緊張感が高まる。
不意に、桂と志乃は逃げようとするが、銀時が逃げる桂の足を掴み、桂は志乃の腕を掴んだ。
「てめェら、普通この状態の俺置いてくか?」
「貴様ここに住むと言っていたではないか」
「心配しなくても大丈夫だよ。スグ戻ってくるって。カステラ買ってくるだけだから」
「カステラなんか何に使うつもりだよ!ヅラ子ォォ私達ツートップで今まで頑張ってきたじゃない!」
「だってさ」
「知るか」
「わかった!あのアレだ!昔お前らが欲しがってた背中に『侍』って書いてある革ジャンやるから!」
「誰が着るかァァ!そんなセンスの悪い革ジャン!!」
「貰ったとしても要らねーわ!!一日で捨てるわ!!」
「…………何をやっとるんだ。お主達」
モメる三人に割って入って森の奥からやってきたのは、あの動物好きなハタ皇子とそのじいだった。
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銀時救出に手を貸してくれた皇子に志乃は、事情を全て説明した。
「ほうほう。では、その子供がここに入ったきり戻ってこんと。お主らはそれを捜しに来たわけじゃな」
「そーいうこと」
「最近、何やら子供達がこの庭に入ってイタズラしておったからの〜。あそこの離れにある木が見えるじゃろう、その木の実を持ち帰れば立派な侍の証とか……まァ、子供らしいといえば子供らしいが」
その話を聞いた途端、志乃は思わずそっぽを向いた。
それと似たよーなことを昔やったことがあるよーな、ないよーな……。
居た堪れなくなり、志乃は話題を変えた。
「それで、この庭はアンタのもんなの?ちっちゃいオッさん」
「誰に向かって口きいとんじゃワレェ!このちっちゃいオッさんがどなたと心得るワレェェ!!」
「よさんか、じい。星は違えど美人は手厚く遇せと父上が仰っていたのを忘れたか?」
「皇子、騙されてはなりませんぞ。なんやかんやでお父上は結局ブサイクと結婚しておられるではありませんか」
「オイ!それ母上のことか?母上のことかァァ!!」
さらりと自分が仕える皇子の母親をディスるじい。こいつら仲悪いな。
ハタ皇子が、銀時と志乃を見て、眉をひそめる。
「ん?アレ、お主ら。……お主らどこぞで会ったかの?」
「え〜?やだキモーい。旧石器時代のナンパ〜?」
「そんなんじゃ江戸っ娘は引っかからないぞハゲ。死ねば?」
「そうか……どこぞで会った気がするのじゃが」
あっぶねェェェェ……!!
銀時と志乃は皇子がじいを向いたのをいいことに、サッと後ろを向いて深い溜息を吐いた。
それに気付かず、ハタ皇子はじいに言う。
「美人が困っておるのに放っておくわけにもいくまい。この方らの人捜し、手伝ってしんぜよう。のう、じい?」
「あ、俺パス。4時からゲートボール大会あるから」
「クソジジー、地獄のゲートを潜らせてやろーか」
「皇子殿、ちょっと伺いたいことが。子供達の間でここに化け物が棲みついているとの噂があるのだが、何か心当たりは……」
桂がそう尋ねた次の瞬間、森の奥から猛獣のような鳴き声が聞こえてくる。
重ねてこちらに来る足音や、木々がガサガサ揺れる音も聞こえた。
茂みや森を掻き分けて現れたのは、大きな可愛らしい顔の犬だった。
ハタ皇子は、犬の顎を優しく撫でる。
「オ〜ウ、ポチラブミー。化け物とはコレのことか?ポチは化け物なんかじゃないぞよ。ここは余のペット、ポチのために用意した庭でな。空き家だった武家屋敷を購入して、ポチの遊び場にしておる。心配せずとも、ポチは子供に危害など加えたりせんわ。ね〜、ポチ」
志乃はポカンとしてポチを見ていたが、ふと隣に立つ桂を見上げる。
桂はポチを触りたくてウズウズしているようだった。
「……スイマセン、僕もちょっと触らせてもらってもいいですか?」
「オイ!止めとけ」
銀時が制止するも、桂はポチの鼻を撫でる。
「何を怯えている?確かに図体はデカいが。よ〜しよ〜し。こんなに愛らしい動物が人に危害を加えるわけなかろう。天使だ天使」
「……ねえ、みんな。アレ……」
志乃が恐る恐るポチに指を指した先には、角を額に一本、顔の横にそれぞれ一本ずつ生やしている化け物がいた。
しかも、ポチの顔はその化け物の顔の下についている。
見間違いじゃない。志乃は思わず叫んだ。
「ギャーーーー!!天使とヤクザが同棲してるぅぅぅ!!天使とヤクザがチークダンス踊ってるよオイ!!」
「ポチは辺境の星で発見した珍種での〜。下は擬態で、コレに寄せ付けられたエサを上の本体が食らうという、大変良く出来た生物なのじゃ」
「まさに今の私らじゃねーか!!何でそれ早く言ってくれなかったんだよ!!」
「大丈夫だって。サラミしか食べないもんな、ポチは」
ハタ皇子がそう言った瞬間、ポチはガブッとハタ皇子のチョウチンアンコウみたいなツノをむしゃむしゃと食べていた。
衝撃的な光景を見てしまった銀時たちは、思わず一歩下がる。
そんな彼らに、ハタ皇子は必死で弁明した。
「いや、コレはアレだよ。
「んなわけあるかァァ!!人体の一部が欠損してんじゃねーか!アンタ何、コイツに何かしたわけ!?」
「大丈夫だって。コレまた生えるから」
「ちょ、マジヤバいって!シャレになんねーよ!ああああああ」
古い武家屋敷の中で、彼らの悲鳴が響き渡ったーー。
********
「ハァ、ハァ、ハァ……。あ……っぶねぇ……。た、助かった……」
何とか木の上に隠れて難を逃れた志乃は、枝に座って一息を吐いた。
まだどこかにポチがいるかもしれないので、迂闊に降りれなかった。
木の下を見てみるが、銀時たちが見当たらない。
まさか……志乃の脳裏を、嫌な想像が
志乃はすぐに木の上を転々と移動して、銀時たちを捜した。
「お願い……食べないでよ、ポチ……もし食べてたら、アンタのはらわた掻っ裂いて内臓抉り返してやるからな……!!」
物騒なことを口にしながら、枝から枝へとジャンプする。
森の中を進むと、森が開けている場所があった。
そこに、銀時と桂が埋められた状態で、襲いかかろうと迫り来るポチを手で押さえ込んでいるのが見えた。
彼らの間には、てる彦もいた。
「やっと、見つけた……!!」
志乃はトントンと軽く木々の上を飛び、ポチの真正面にある木を思い切り蹴って、ポチに向かった。
金属バットを抜き、振り被る。
「おりゃあああああ!!」
渾身の力で振り抜いたバットは、ポチの顔面を強く打ち据えた。
鈍い音と手応えが、志乃のバットを握る手に響く。
ポチは志乃の一撃を食らって、向かいの木まで吹っ飛んだ。
「志乃!!」
「志乃ちゃん!!」
「お前、見ねーと思ったら……無事だったのか」
「まーね。アンタらはヤバそうだけど」
着地した志乃は、安堵した表情の銀時らを見て笑う。
しかし、その余裕は次の瞬間、崩れ去った。
「んなっ!!」
ポチが猛スピードで、志乃に突進してきたのだ。
それを視界に捉えた志乃は、咄嗟に金属バットで押さえるが、あまりの強さに膝を突きそうになる。
しかし、負けるわけにはいかなかった。
背後には、埋められた銀時と桂、そしててる彦がいる。
彼らを護るためにも、ここで引くわけにはいかなかった。
「ふんぐぐぐぐぐ……!!」
「志乃!!」
「踏ん張れー!!志乃!」
「くくっ……ぐ、う……っ」
銀時と桂の声が、耳に届く。
しかし、ジリジリと押されている。
このままじゃガチでマズい。
あと少しで、志乃の力が限界に達しようとしたその時。
ーーゴッ!!
鈍い音と共に、ポチは吹っ飛ばされ、力を込めていた金属バットも軽くなる。
志乃の体はフラつき、今度こそガクッと膝を突いた。
荒い呼吸を繰り返しながら、ポチが飛んで行った反対方向を向くと、そこには白フン一丁で西郷が立っていた。
「さ……西郷さん……」
「かっ……母ちゃん!!」
志乃の元に駆け寄ったてる彦も、西郷を見て驚く。
仁王立ちで鋭くポチを睨み据え対峙する姿は、かつての姿を呼び起こした。
桂が西郷を見つめながら言う。
「…………思い出したぞ。白フンの西郷……。天人襲来の折、白フン一丁で敵の戦艦に乗り込み、白い褌が敵の血で真っ赤に染まるまで暴れ回った伝説の男。鬼神、西郷特盛!俺達の大先輩にあたる人だ……」
西郷は拳の一撃をポチに叩き込み、あっさり鎮めてしまった。
「す、すげぇ……」
志乃はその強さに驚き、思わず呟く。
てる彦は、西郷に謝ろうと駆け寄った。
「か……か……か、母ちゃん……ご……ごめん。僕……」
しかし、てる彦の頭にも西郷の鉄槌が下され、てる彦は気を失ってしまった。
「バカヤロー。父ちゃんと呼べェ」
気絶したてる彦を肩に担ぎながら、西郷は背後にいる銀時と桂に言った。
「オイ。テメーらはクビだ。いつまで経っても踊りは覚えねーしロクに役に立たねェ。今度私らを化け物なんて言ったら承知しねーからな。それから……なんかあったらいつでも店に遊びに来な。たっぷりサービスするわよ♡」
西郷は三人を振り向いてウインクをし、去っていった。
志乃は西郷の後ろ姿に、思わず苦笑してしまう。
「…………恐いよ〜」
「どうやらいらぬ世話をしたらしいな。奴らも侍と変わらんな。立派な求道者だよ」
「……だね」
背後で話す銀時と桂の会話を聞いた志乃は、フッと笑って同調した。
********
数日後。志乃はてる彦に会いに西郷の店を訪れていた。
「そっか。授業参観、来てもらったんだ」
「うん。あんなでも、僕の父ちゃんだから」
煎餅を摘みながら、てる彦は志乃に微笑む。
それを受けて、志乃の表情も綻んだ。
「……いいお父さんだね」
「うん。僕の大好きな、自慢の父ちゃんだよ」
志乃とてる彦は、今日も楽しげにオカマたちと笑い合う西郷を見て、パクリと煎餅を口にしたーー。
次回、煉獄関篇です。